学位論文要旨



No 128742
著者(漢字) テームサイトン,ティーラシット
著者(英字)
著者(カナ) テームサイトン,ティーラシット
標題(和) 臨界点における神経場モデル
標題(洋) A Neural Field Model at Criticality
報告番号 128742
報告番号 甲28742
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第399号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 合原,一幸
 理化学研究所 教授 山口,陽子
 東京大学 教授 駒木,文保
 東京大学 准教授 松尾,宇泰
 東京大学 特任准教授 平田,祥人
内容要旨 要旨を表示する

A neural field model is used to simulate spatio-temporal evolution of spontaneous neural activity in the critical regime, a domain where a system's control parameter is in the vicinity of a critical point. The critical point is the point where the system passes through the second-order phase transition. This point possesses some special properties, such as power-law or scale-free behaviors and divergence of correlation lengths. In this research, certain properties of the model in the critical regime and outside are determined. For example, correlation patterns, community structure of functional networks, coherence patterns, and phase shift and phase lock durations are studied in the neural system at criticality in comparison with other regions, namely, the supercritical and subcritical regions. Our study shows that many aspects of the brain information processing are optimized in the critical region. In addition, we also observes some phenomena that have been found in empirical experiments the brain.

審査要旨 要旨を表示する

近年、脳神経科学分野では、臨界現象が重要な働きを担う可能性があるとする実験事実がいくつか報告されている。しかし、臨界現象が脳内に存在するか、存在する場合にはどのような働きを担っているかについては、まだ、論争が続いている。本論文は、数理モデリングや数値計算等のアプローチを通して、脳のメゾスコピックな数理モデルである神経場モデルにおいて、臨界現象が存在することを示すとともに、その機能的な役割に関して議論するものである。

本論文は「A Neural Field Model at Criticality」(臨界点における神経場モデル)と題し、6章と付録からなる。

第1章「Introduction」(序論)では、脳神経科学の知見、特に、計算論的神経科学的な知見を中心にして、近年の研究をまとめた。また、実験で観測されている脳内の臨界現象の証拠についても説明している。

第2章「Critical Phenomena」(臨界現象)では、臨界現象に関する一般的な導入をしている。特に、臨界指数や普遍性クラスに関して記述した。また、臨界現象の例として、平衡状態の例であるイジングモデルと、非平衡状態の例である方向性のあるパーコレーションの数理モデルを挙げた。また、脳神経系の臨界現象の候補である神経雪崩(neural avalanche)に関しても紹介した。

第3章「Neural Field and Critical Point」(神経場と臨界点)では、神経場モデルにおいて、臨界点が存在することを示した。この章以降が、この論文における著者の貢献である。まずは、メキシカンハット型の重みづけ関数と、活動が閾値以上の時だけ出力を返すようなより単純な半シグモイド関数(half sigmoidal function)を用いて、神経場モデルを定義した。この神経場モデルにおいて半シグモイド関数の傾きをより急峻にしていくと、臨界点を生じることを解析的および数値的に明らかにした。また、間欠的な神経活動は、実験的に観測される神経雪崩とよく類似していた。また、自発活動の効果を取り入れるために、ノイズや背景活動の効果も取り入れた。臨界指数が-0.5となり、実験で得られている値と一致した。加えて、クラスターサイズの分布関数が-1.5の傾きを持ち、実験的に観測されている指数と一致した。また、ここで考えた神経場モデルが、パワースペクトルのべき乗則という臨界現象の別の特徴も持っていることを確認した。

第4章は「Correlation Patterns and Network Structure in Neural Fields」(神経場における相関パターンとネットワーク構造)では、臨界現象が、異なる部位の神経細胞間の相関を高めるとともに、相関の意味での機能的なコミュニティー構造を生成していることを示した。まず、臨界点で、神経細胞間の相関が高いことを示した。そして、臨界現象がコミュニティー構造の迅速な切り替えを促している可能性を示した。特に、モデュラリティ指数(modularity index)が臨界点で最も高いこと、コミュニティーの数が臨界点で最も少ないこと、コミュニティー構造の時間的変動が臨界点で最も小さいことを示した。

第5章「Coherence and Phase Synchronization in Neural Fields」(神経場におけるコヒーレンスと位相同期)では、神経場における神経細胞の集団活動を臨界現象の立場から特徴づけた。特に、スペクトルで定義されるコヒーレンスが臨界状態で高くなり、さらに、臨界状態では位相同期がより強くなることを明らかにした。

第6章「Discussions and Conclusions」(考察と結論)では、数理モデルの数値実験によって得られた知見と今まで論文で発表されている実験結果が整合的であることを議論した。まず、間欠的な神経活動が実験的に観測されている神経雪崩とよく似ていることを指摘した。数値実験から得られたサイズの分布関数の臨界指数-1.5は、神経雪崩で観測された臨界指数と一致した。また、相関パターンの重要性について明らかにした。さらに、臨界状態では、モデュラリティ指数が高いため、コミュニティー構造による情報の分離がより容易になるとともに、少ないコミュニティー数が情報の統合を促進する可能性を実験的な知見も交えて指摘した。そして最後に、本論文の結論をまとめた。

付録「Robustness of Results」(結果の頑強性)では、本論文で行った数値実験の結果がパラメータを変更してもロバストに得られるものであることを確認した。

以上を要するに、本論文は、脳神経系において臨界現象が広く存在する可能性を理論的な立場から示すとともに、その機能的な役割に関して示唆に富む新たな知見を得ている。これは、理論神経科学に貢献するところが大きいとともに、臨界現象の数理的な結果は非線形科学や数理情報学の面からも、新しい視点を与えている。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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