学位論文要旨



No 128747
著者(漢字) 細野,美奈子
著者(英字)
著者(カナ) ホソノ,ミナコ
標題(和) 埋め込み型せん断ひずみセンサの設計論
標題(洋)
報告番号 128747
報告番号 甲28747
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第404号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 准教授 竹内,昌治
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

本研究は,ヤング率の小さい柔軟な弾性体のせん断ひずみを計測対象とした埋め込み型せん断ひずみセンサについて,解析的手法および実験的手法双方を用いて性質を調べ,その結果からセンサの設計指針を提案する.

高分子材料を代表とする,ヤング率1 MPa以下の柔軟な弾性体の微小領域に働くせん断方向の動的な応力やひずみを直接計測する技術が幅広い分野において必要とされている.これに対し,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術はμmオーダのサイズの構造を製作,加工することが可能であるため,これまでMEMS技術を用いた微小なセンサの開発,研究が数多く行われてきた.一つの例として,突起構造を計測対象に埋め込んでせん断方向の静的,準静的ひずみや応力を計測した埋め込み型センサが挙げられる.しかし,計測可能周波数帯域や応答の追従性といったセンサの動的応答特性に関して,埋め込まれたセンサや計測対象の構造,物性値が与える影響は明らかにされておらず,センサの設計指針も明確になっていない.

本研究では,ピエゾ抵抗層の形成された起立したマイクロカンチレバーをセンサ素子とする埋め込み型せん断ひずみセンサに関して,計測対象と埋め込み型センサの構造や物性が,センサの計測可能周波数帯域,応答の追従性といった動的応答特性に与える影響を理論的解析および実験的手法により明らかにする.さらに,得られた結果をもとに,埋め込み型せん断ひずみセンサの設計指針を提案する.

2.理論・解析

本研究で用いる埋め込み型せん断ひずみセンサと計測手法の概要を図1に示す.図1に示すように,計測対象となる弾性体よりもセンサ素子である起立カンチレバーが十分小さいため,弾性体がせん断方向に変形する際,埋め込まれたセンサ素子は弾性体の変形にならう.このときピエゾ抵抗層のひずみから生じる抵抗変化を計測することで,弾性体に生じるせん断ひずみを検出する.図2(a)に起立させる前の真直カンチレバーと各部寸法を示す.図2(a)より,センサ素子となるカンチレバーは二脚部(以下,ヒンジ部)と磁性材料の成膜された領域(以下,プレート部)からなっている.ヒンジ部表面にピエゾ抵抗層が形成されており,プレート部には磁性材料としてニッケルが成膜されている.また,カンチレバーの形状は元々真直であるが,図2(b)に示すように,磁場をかけてプレート部を磁化させたまま蒸着したパリレン膜の張力によって,カンチレバーは起立状態を維持している.また,パリレン膜の厚さを調整すれば,起立カンチレバーのせん断方向変位に対する等価剛性を調整することができる(図2(c)).

はじめに,本研究でセンサの設計指針の一つとして用いるため,センサ素子および弾性体のせん断方向変位に対する等価剛性を導いた.弾性体に埋めていないセンサ素子の集中荷重に対する変形を図3に示す.本研究では,プレート部端点にせん断方向集中荷重Fが負荷された起立カンチレバーのせん断方向変位に対する等価剛性kcを図3のように表すこととした.また,図4(a)に示すような計測対象弾性体単体のモデルを考えたとき,集中荷重に対する弾性体の変形を図4(b)に示す.このとき,Timoshenko梁の理論よりせん断方向集中荷重Fが負荷された弾性体のせん断方向変位に対する等価剛性Keを図4(b)のように表すこととした.さらに,センサチップを埋めた弾性体を図5(a)に示す.本研究では,図5(b)に示すように弾性体がせん断方向に変形するとき,等価剛性の関係式としてkc << Ke が成り立てば,起立カンチレバーが弾性体にならって変形するものとした.さらに,kc << Ke が成り立つとき,弾性体に埋め込まれたセンサチップの起立カンチレバーヒンジ部の変形は,弾性体に埋め込まれていない起立カンチレバーがヒンジ部とプレート部の境界B 点に集中荷重を受けたときの変形に近似できるものとし,ヒンジ部中立面からの距離hに生じるひずみεを図5(b)に示す式で表した.このひずみ式を用いてセンサ出力である抵抗変化率を得ることができる.

続いて,弾性体に埋まった起立カンチレバーのせん断方向定常ひずみに対する変形を2 次元有限要素法(以下,2D FEM)によって解析した.構築したモデルの解析メッシュを図6に示す.弾性体の物性値は従来研究でよく用いられているPolydimethylsiloxane(以下,PDMS)の物性値を用いた.使用した要素は4辺形および3 角形2 次平面ひずみ要素,最小要素サイズは20 nm,要素数は起立カンチレバーがおよそ5 万,弾性体がおよそ3 万とした. 変位境界条件として弾性体底辺のy, z方向変位を固定拘束し,弾性体上辺にy=0.5 μm, z=0 μmを与えたとき,系全体に生じる第1主ひずみのコンター図を図7(a)に,ヒンジ部に生じる主ひずみの座標軸正方向とその値を図7 (b)に示す.図7 (b)より,弾性体に埋められた起立カンチレバーの場合,ヒンジ部長手(周)方向に第1 主ひずみ,法線方向に第3 主ひずみが生じており,ヒンジ部に生じる第1 主ひずみの傾向は図5(b)に示す式を用いて算出される値と同じ傾向を示すことが確認できた.また,弾性体のヤング率を100 kPaから2 MPaまで変化させたとき,ヒンジ部に生じる第1主ひずみの解析結果を図8に示す.図8に示す結果より,各ヤング率におけるヒンジ部端点たわみ量の誤差は5% 以下であったにもかかわらず,ヒンジ部に生じる総主ひずみ量の2D FEM 解析結果と理論値との誤差はヤング率が444kPa から変化するほど増加した.解析と理論値との間に生じた誤差の要因として,弾性体中のヒンジ部のひずみを表す式(図5(b))には埋め込まれた弾性体の物性値が含まれないが,2D FEM解析では,ヤング率の増加と共に弾性体変形時に生じる起立カンチレバー周囲の応力も増加したことが考えられる.

3.製作・実験

製作した埋め込み型せん断ひずみセンサチップおよびセンサ素子である起立カンチレバーを図9に,センサチップを埋めた計測対象弾性体を図10に示す.本研究では,計測対象弾性体として底面が6 mm×6 mmで統一されたPDMS(ヤング率444 kPa)を用いた.

センサチップを埋め込んだ弾性体上面にステップ入力を与えたときのセンサの抵抗変化率の計測を行った.ピエゾ素子を用いて製作した加振器を含む実験セットアップおよび実験概要を図11(a)と(b) に示す.また,弾性体上面変位に対する各センサの抵抗変化率計測結果を,起立カンチレバーヒンジ部端点たわみ量に換算したときの各センサの抵抗変化率を図11(c) に示す.図11(c)に示す結果より,E1 センサのヒンジ部端点の単位たわみ量に対する抵抗変化率は3.42×103 m-1となり,理論値2.47×103 m-1 との誤差は38%,E2 センサは6.50×103 m-1となり,理論値2.47×103 m-1との誤差は164%となった.この誤差の要因として,起立カンチレバー周辺のチップ構造が変形に影響したこと,加えて,カンチレバーの等価剛性が低いE2 センサの方がE1 センサより誤差が大きくなったことが考えられる.

また,弾性体や埋め込み型センサが系全体の動的応答特性に与える影響を明らかにするため,等価剛性を調整したセンサチップおよび弾性体を製作し,それぞれに対し掃引正弦波による変位加振を行ったときのセンサ応答を計測した.はじめに,パリレン膜の有無によるセンサ素子の等価剛性の変化について確認するため,弾性体に埋め込まれていないセンサチップの共振周波数を計測した.パリレン膜の成膜されていないセンサ素子の1 次共振周波数の理論値は1.52 kHz,パリレン膜が1 μm成膜されたセンサ素子の1 次共振周波数の理論値は3.36 kHzである.センサチップに対し,掃引正弦波による変位加振を行った結果の一例を図12に示す.図12に示す結果より,共振周波数の理論値と実測値との間には14% の誤差があるものの,パリレン膜の有無によりセンサチップの共振周波数が大きく異なったため,パリレン膜の蒸着によってセンサ素子である起立カンチレバーの等価剛性が増加することを確認した.

続いて,センサチップを埋め込んだ弾性体に対し,100Hz から2 kHz の正弦波による変位加振を行ったときのセンサ応答および入力信号に対する位相差の計測を行った.弾性体高さを調整して等価剛性を変化させた弾性体に対して同寸法のセンサチップを埋めたとき,弾性体上面の単位変位量に対する各センサの抵抗変化率と入力信号に対する位相差を図13 に示す.図13 に示す結果より,E1 センサでは2 kHz以下で共振応答は計測されなかったが,E4 センサでは900 Hz 付近で共振応答が計測された.よって,E1 センサとE4 センサはセンサチップの特性が等しく弾性体の寸法のみ異なることから,弾性体に埋め込まれたセンサの動的応答特性は弾性体によって変化すること,また,共振後は位相差を生じることから計測可能周波数帯域は弾性体の共振点以下であることが分かった.さらに,パリレン膜厚を調整して等価剛性を変化させたセンサチップを同寸法の弾性体に埋めたときの掃引正弦波加振に対する各センサ応答を計測した.10 Hz 定常加振時の各センサの抵抗変化率を用いて正規化したE1, E2, E3 センサの応答のゲインと入力信号に対する位相差を図14 に示す.図14 に示す結果より,E1, E2, E3 の全てのセンサで2 kHz以下での共振応答は計測されず,センサ間で位相差も見られなかった.よって,埋められたセンサチップの等価剛性が弾性体の1/400 以下であれば,センサチップの動的応答特性は計測に影響を与えないことが分かった.

4.結論

本研究から,ヤング率1 MPa 以下の弾性体に生じる動的せん断ひずみを計測可能な埋め込み型センサを設計する際,センサ素子の等価剛性が弾性体の等価剛性の1/105 以下になるように寸法を決定すればセンサ素子が弾性体にならって変形するとみなしてセンサ応答を表現できること,加えて,センサチップの高さが弾性体高さの35%以下かつ弾性体のヤング率が500 kPa 程度であればその誤差は40% 以下となることが分かった.さらに,埋め込み型動的せん断ひずみセンサの計測可能周波数帯域は計測対象となる弾性体の寸法に依存し,センサは影響を与えないことが分かった.

図1埋め込み型せん断ひずみセンサの概要

図2(a)センサ素子となるカンチレバーの各部基準寸法,(b)パリレン膜の蒸着によって起立したカンチレバー,(c)蒸着するパリレン膜の厚みによる起立カンチレバーの水平方向変位に対する等価剛性の変化.

図3起立カンチレバーのプレート部先端Cに集中荷重を受けるカンチレバーの変形と,起立カンチレバーの水平方向変位に対する等価剛性を表す式.

図4(a)弾性体単体モデル,(b)境界条件がy(0)=0,β(0)=0のとき,端点に集中荷重Veを受ける弾性体の変形と弾性体の水平方向変位に対する等価剛性を表す式.

図5(a)センサチップの埋められた弾性体モデル,(b)境界条件がy(0)=0,β(O)=β(H)=0のとき,端点に集中荷重を受ける弾性体とセンサ素子の変形図と,起立カンチレバーヒンジ部(AB問)に生じるひずみ,およびセンサの抵抗変化率を表す式.

図6 2DFEMモデルの解析メッシュ(a)センサチップの埋められた弾性体モデル,(b)センサチップ周辺,(c)ヒンジ部付け根(A点)周辺,(d)プレート部端点(C点)周辺.

図7(a)2DFEMによる弾性体中のセンサ素子の変形解析,(b)弾性体中の起立カンチレバーヒンジ部に生じる第1主ひずみと第3主ひずみの値と発生方向の2DFEM解析結果,および変形近似モデルにより算出した理論値.

図8弾性体のヤング率に対するヒンジ部に生じる第1主ひずみの変化.

図9(a)製作したセンサチップ,(b)起立カンチレバー,(c)起立カンチレバーを側面から観察した写真.

図10(a)センサチップが埋められたPDMSの外観,(b)センサチップが埋められたPDMSを上から観察した写真.

図11(a)実験セットアップ外観,(b)ステップ入力に対する応答計測の概要,(c)等価剛性の異なるセンサチップが埋められた弾性体にステップ入力を与えたとき,センサ素子のヒンジ部端点たわみ量に対する各センサ応答の計測結果.

図12パリレン膜厚により等価剛性を変化させた,弾性体に埋められていない各センサチップに対し,掃引正弦波変位加振を行ったときの各センサ応答の計測結果.等価剛性の低いセンサチップのみ,1.2から1.3kHzで共振応答が観測された.

図13高さを調整して等価剛性を変化させた弾性体に対して同寸法のセンサチップを埋めたときの掃引正弦波変位加振に対するセンサ応答の計測結果.センサ応答のグラフは弾性体上辺単位変位量あたりのセンサの抵抗変化率の変化を表している.弾性体寸法が変化することによって系全体の動的応答特性が変化している.

図14パリレン膜厚を調整して等価剛性を変化させたセンサチップを同寸法の弾性体に埋めたときの掃引正弦波変位加振に対するセンサ応答のゲインの比較.得られた結果に対し,10Hz定常加振時の各センサ応答を用いて正規化を行っている.センサチップの等価剛性が1000倍程度変化しても,弾性体の等価剛性の1/400以下であれば,系全体の動的応答特性に変化は見られなかった.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「埋め込み型せん断ひずみセンサの設計論」と題し、4章から構成される。

材料のひずみを計測する代表的な方法はひずみゲージで、一般的には材料の表面に貼り付けるものである。これに対して、シリコンの微細加工を用いたマイクロカンチレバーを材料に埋め込めば、材料の内部のひずみを直接計測できる。しかしながら、材料のヤング率が計測に与える影響、材料の変形に対するカンチレバーの静的・動的応答や抵抗変化については、詳しく調べられていなかった。本論文の目的は、ヤング率の小さい柔軟な弾性体のせん断ひずみを計測対象とした埋め込み型せん断ひずみセンサについて、解析的手法および実験的手法双方を用いて力学的および電気的な性質を調べ、その結果からセンサの設計指針を提案することとしている。

第1章「序論」では、研究背景、従来研究とその課題、本研究の目的と意義について述べている。

第2章「理論・解析」では、埋め込み型せん断ひずみセンサのセンサ素子、および計測対象となる弾性体の変形について理論式を導き、センサ素子の設計および有限要素法による静的解析、固有値解析を行っている。本研究では、センサ素子としてピエゾ抵抗型起立カンチレバーを用いており、弾性体中に埋められたセンサ素子が弾性体にならって変形するときにひずみが生じ、それに応じて変化するセンサ素子の抵抗変化を計測することで、弾性体のせん断ひずみを計測することができる。このとき、弾性体のヤング率やセンサ素子の寸法が応答に与える影響を有限要素法により解析しており、弾性体のヤング率600kPa以下かつセンサチップの高さが弾性体厚さの35%以下であれば、弾性体の影響を無視した変形モデルによってセンサ素子に生じるひずみを誤差24%以下で近似可能であることを示している。また、センサ素子の主ひずみはセンサ素子のピエゾ抵抗層の長手方向(伸長歪み)および法線方向(収縮歪み)に生じていることを示している。一方、固有値解析ではセンサチップ単体での動的応答特性が全体系の共振周波数に与える影響は微小であることを確認している。また、センサ素子と弾性体それぞれの変形方向に対する等価剛性をセンサの設計パラメータの一つとして導き、センサ素子と弾性体の静的・動的応答特性を算出している。

第3章「製作・実験」では、第2章で設計した動的せん断ひずみセンサを製作し、実際にシリコーンゴム(以下、PDMS)に埋め込んで動的せん断ひずみの計測を行っている。動的せん断ひずみの計測実験ではステップ入力、一定周波数入力、スイープ正弦波入力の3種類の入力に対するセンサ応答を計測している。実験対象として、センサチップを埋め込むPDMSの厚さを調整したもの、埋め込むセンサ素子の等価剛性を約1000倍の範囲で調整したものを用意し、第2章で導いた各等価剛性が、センサチップの埋め込まれた弾性体系の静的、動的応答特性に与える影響を考察している。実験の結果、センサのステップ入力に対する応答は、センサ素子の等価剛性比が1/100000以下になるように寸法を決定すれば、センサ素子が弾性体にならって変形するとみなして誤差40%以内で表現することが可能であることを示した。また、センサの計測可能周波数帯域は、計測対象となる弾性体の共振周波数以下になること、等価剛性比が1/400以下であれば、センサ単体時の動的応答特性は計測に影響を与えないことを示した。

第4章「結論」では、第2章および第3章において得られた結果から結論を述べている。

以上要するに、本論文では、シリコン微細加工を用いたマイクロカンチレバーを、弾性体に埋め込んだせん断ひずみの計測で、シリコンに比べて小さなヤング率をもつ材料にカンチレバーを埋め込んでも、第3章で述べたカンチレバーの寸法とすれば、弾性体の最小の共振周波数以下で弾性体にならってカンチレバーが変形し、静的および動的せん断ひずみを計測することができることを示している。この結果は、埋め込み型マイクロせん断ひずみセンサで、ロボットの触覚や、タイヤと路面に働く力の計測、靴や義肢に働く力の計測をするときの、マイクロカンチレバーの設計に資するものである。この点から本論文は、知能機械情報学の発展に貢献したものであって、本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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