学位論文要旨



No 128751
著者(漢字) 権,秀賢
著者(英字)
著者(カナ) コン,スヒョン
標題(和) 韓国におけるグリーン・ツーリズム事業の運営と関係主体に関する研究 : 日本との比較分析
標題(洋)
報告番号 128751
報告番号 甲28751
学位授与日 2012.10.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3865号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 教授 松本,武祝
 東京大学 教授 池本,幸生
 東京大学 准教授 安藤,光義
 東京大学 准教授 八木,洋憲
内容要旨 要旨を表示する

韓国および日本は高度経済成長以来,経済発展を果たしたが,それは人口移動および産業の不均衡発展をもたらした。その結果,農山村における地域経済の停滞化,過疎化が進み,地域間に深刻な格差が生じた。対外的にはWTO体制下での開放化,国際化の影響により,農業はグローバル市場において激しい競争をしなければならない状況に置かれた。一方で,農村開発は農村が持つ多面的機能を生かし,持続可能な開発を行うよう求められている。

これらの国内外の状況を考慮した新しい農村開発のあり方として,既存の生産中心の農業から,農業の多面的機能を生かした市場を開拓することが一つの方向性として志向されている。その中で有望な手法の一つとして考えられているのがグリーン・ツーリズム(以下G・T)を活用した農村開発である。

しかし,多くの農村地域でG・T事業を導入が進む一方で,関係主体をめぐる問題が指摘されている。G・Tに対する地域住民の理解不足,合意形成の混乱,運営主体の葛藤,マーケティングやマネジメント能力の限界などの問題が指摘されている。

そこで,本研究は韓国におけるマウル単位のG・Tの現状を明らかにし,持続可能なG・T事業を推進するための方法と課題について,関係主体の役割や関係主体間の関係に焦点を当てながら,明らかにすることを目的とする。

第2章では,韓国のG・T事業の背景,状況を明らかにするため,韓国と日本の農村農業を取り巻く変化,G・Tの関連施策,G・Tの実態について把握した。まず,農村農業の実態について,韓国と日本の人口・経済的な側面の特徴は類似な傾向がみられた。人口的な側面は農村・農家人口の減少,高齢化率の増加が指摘できる。このような人口的な変化は経済的変化とも関連がある。若い世代の人口減少と同時に急激な高齢化が進んだ。このような状況は農林業の衰退をもたらし,農家の農外所得,兼業農家の比率を増加させ,農村の経済構造の複合化された。一方,このような変化は農村が持つ多面的機能に注目する機会にもなり,G・Tのような事業を通して,農村・農業を活性化しようとする動きが出るようになったこととともに,政策的にも変化がある。韓国において,G・Tの政策は2000年以来,以前と大きく変わり,その特徴は,「(1)G・T個人事業者中心の育成から,マウル単位の中心育成,(2)トップダウン方式からボトムアップ方式の政策の推進,(3)助成金の使用はソフトウェア開発も含む」のようになり,G・T関連事業も,毎年,規模が増加している。

第3章では,実際に農村地域でG・T事業を行っている運営者の立場から,G・Tのインパクトをどのように認識しているのか,そのインパクトは個人の属性,農業経営的属性,G・T関連属性との関係について明らかにした。まず,G・T運営者が認識しているG・Tのインパクトは「文化的インパクト」,「経済的インパクト」,「生活の質・環境的インパクト」,「交流インパクト」,「不定的インパクト」の5つに分類することができた。属性とインパクトを分析した結果,「文化的インパクト」,「経済的インパクト」,「否定的インパクト」は属性による差は見られなく,調査対象者はG・Tのインパクトを肯定的に認識していることが明らかになった。また,「生活の質・環境的インパクト」の認識については,性別,出身地,主な農家所得の変数により,集団間に差があった。女性,移住者,専業農家の方が「生活の質・環境的インパクト」をより肯定的に認識していた。「交流インパクト」は地元出身者がより肯定的に認識していた。

第4章では,先行研究で指摘された韓国におけるマウル単位のG・T運営上の問題点(1)G・Tのマウル運営組織,(2)情報提供,コミュニケーション,(3)運営人力,(4)意思決定,葛藤の解決,(5)事業運営,会計管理,(6)体験プログラムの差別化について,韓国で最も先進事例であるAマウルの事例研究を通じてどう解決していたのかを聞き取り調査に基づいて明らかにした。(1),(3)の問題について,Aマウルは既存のマウル組織を活用しながら,マウルないでできないことは外部の人と協力した。伝統的に韓国の農村は外部の人に対して,閉鎖的な傾向があるが,Aマウルはマウル住民と外部の人の適切に釣り合ってG・Tを運営している。(2)の問題について,Aマウルはパソコン,インターネットを積極的に活用し,ホームページ,掲示板などを利用して住民,訪問客などが情報交換をしている。実際,70代のお年寄りまで,パソコンが活用できるよう教育も受けている。(4)の問題について,Aマウルは長い間の経験で,満場一致,オピニオンリーダーの活躍の工夫で意思決定と葛藤の解決を行っている。(5)の問題については日程管理と会計管理は電子化し,住民がインターネットで確認できるような仕組みをつくり,透明に管理できるようにした。(6)の問題についてはマウル独自のコンテンツを確報が必要であるため,住民が能力を持つことが重要であると考え,勉強会,教育,クラブ活動,先進地見学などの文化活動,教育活動を活発的に行い,住民の競争力をアップさせていると考える。

第5章では,各地域の特性にあったネットワークづくりの提案を課題に,各地域の韓国のTマウルと日本のS町と対象に事例研究を行った。TマウルとS町の事業者属性を分析した結果,事業開始動機,事業運営に対する満足度は差がなかった。事業運営に関わっているステークホルダーは,Tマウルは研究者,行政,消費者,事業者,S町は行政,専門家,事業者が現れた。各地域のネットワークの特性は,Tマウルは(1)地域外部から様々なステークホルダーがG・T事業に関わっている。(2)各ステークホルダーグループと地域内部に関わりがある人物が特定されている。(3)その人物がネットワーク上において中心人物として現れる「分散型ネットワーク」をしている。S町の特徴は(1)地域外部から,行政,専門家だけがG・T事業に関わっている。(2)ネットワーク上で一人の中心人物が現れている「一極集中型ネットワーク」をしていることが指摘できる。両事例から,Tマウルのように地域共同運営,外部の支援が多い地域では,外部の専門家,研究者,行政,マウル住民が自分の役割,責任を明確にし,緊密に協力できるようなネットワークを構築することが必要である。S町のように,個人事業者が独立して自分の事業体を持っている地域では,各事業体を連結する窓口の役割をする人を中心としたネットワークが必要であり,事業体間の提携,情報交換,交流ができるようなネットワークを構築することが望ましい。

第6章では,事務長制度に対する国の補助が縮小されるときの対案を考えることを課題にし,日本と韓国において中間的推進・支援組織を利用してG・Tを運営している地域の事例をあげ,G・T中間支援組織の設立,特徴をについて明らかにした。韓国の事例である「楊平農村ナドリ」と日本の事例である「南信州観光公社」はG・Tの中間支援組織として設立された。組織の形態,運営の仕組み,自治体との関係,受け入れシステムなどは異なっているが,消費者,行政,農家,近隣地域を結びネットワークを構築し,そのため,様々な支援,機能を果たしている中間支援組織の役割をしていることは共通であった。しかし,「楊平農村ナドリ」は「南信州観光公社」より,まだ組織として,過渡期的な段階であるため,企画,マーケティング,集客,受け入れなどのすべての分野を管理できる専門性を持つことが必要とされる。そして,「事務長」が各マウルに不在するときには,事務長の役割をG・T中間支援組織に移行すると,現G・T事業がスムーズに推進できるようになると考えられる。

以上の研究結果を総合し,韓国におけるG・Tの推進方向を提言すれば,以下の4点をあげられる。第一は,GTの肯定的なインパクトを増大させるためには,女性の参加が多い地域では,女性向けの教育プログラムを導入し, 農家女性が主導する方向にG・Tを推進するとG・Tのインパクトをアップさせることができる。地元出身者が多い地域は, 農産物の直売, 農家民宿, 一社一村交流のように, 都市と農村が交流できるプログラムを導入することが有効である。専業農家が多い地域では農業を守りながら地域の環境, 景観づくりをしながら, 農業体験, 農村体験, 環境教育など農村の自然を楽しめる体験プログラムを導入する方向に特化し, 発展させれば, 肯定的なG・Tのインパクトを認識することができる。

第2に,実際G・T事業は男性より,女性に適した分野であるが,農家女性を対象にした支援,教育プログラムは少ないのが実情である。農家女性をGT運営に活用する必要がある。また, 比較的に, 若くて, 都市部で様々な経験をした帰農者の中には農村での生活を楽しんで, 農村で新たな可能性をさがし移住してきた人が多く, 農村部ではこのような帰農者を積極的に受け入れ, 地域のG・T運営を担当する人材として育成する必要がある。

第3に,マウル単位で運営しているところ, 個別事業体が独立して運営しているところは, 性格が異なるネットワークを構築するべきである. 前者は事業に参加している個人の競争力が高くない傾向があるため, 専門家, 行政, 地域住民, 消費者を緊密てきに連結し, 各自の役割と責任を明確にし,協力できるネットワークが必要である。後者は各事業体が単独で運営できるような能力を持っているため各事業体を連結する窓口の役割をする人が必要とされ, 情報発信, 情報交換, 交流, 連携ができるネットワークを構築することがより効果的なネットワーク構築戦略である。

第4に,楊平郡の農村ナドリのような組織をつくって事務長の役割を移行させ, 地域住民の教育, プログラム開発, マーケティング, 集客, 受け入れの過程を一括的に担当する組織をつくることが有効である。このような中間支援組織は地域の資源, 産業を連携させ, 地域全体の活性化にも寄与できると考える。

G・T研究における本研究の成果は,第1に,G・T事業参加者のインパクト認識について現在まで先行研究のような理論的な区分ではなく,事例調査に基づいた実証分析を行い,先行研究で注目しなかった新たなG・Tの「生活の質インパクト」,「交流インパクト」を究明した。第2に,G・Tのステークホルダーが構築しているネットワークの構造を計量的に分析し,事業者の特性によるネットワークの構造の違いを明らかにした。これは,G・T事業,もしくは事業者の特性変数の統計的検定を通じて成功要因を究明した既存の研究とは異なり,個人と個人が結んでいる「関係」に重点を置きながら,その関係の構造と内容を分析してG・T事業の成功を理解しようとした点から,G・T研究において新たなアプローチ方法を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、韓国におけるマウル(集落)単位のグリーン・ツーリズム(以下G・T)の現状、および、持続可能なG・T事業を推進するための方法と課題について、明らかにすることを目的としている。そして、同時に、G・T事業の関係主体の役割や関係主体間のネットワークの構造と機能に焦点を当てるとともに、日本との比較分析を通じて、G・T事業の効果的な実施方法に対する政策提言を行うことを目的としている。

第1章では、G・Tに関する基本概念と先行研究のサーベイを行うとともに、農業・農村を取り巻く環境の変化によって、G・Tによる農村開発の有効性が高まっていること、その一方で、G・Tの事業運営の関係主体をめぐる課題が多いことを指摘した。

第2章では、韓国におけるG・T事業の背景を明らかにするため、農村農業を取り巻く変化と関連施策について、日本と比較しながら整理した。とくに、近年、韓国においてG・T関連施策が実施されており、関連施策の実効性の検証を現場レベルで行うことの必要性を指摘した。

第3章では、G・Tが地域に与えるインパクトに関する事業運営者の認識、および運営者の属性と認識との関係について分析した。G・T運営者が認識しているG・Tのインパクトは「文化的インパクト」、「経済的インパクト」、「生活の質・環境的インパクト」、「交流インパクト」、「否定的インパクト」の5つに分類することができる。「文化的インパクト」、「経済的インパクト」、「否定的インパクト」には属性による差は見られなく、調査対象者はG・Tのインパクトを肯定的に認識していることが明らかになった。また、「生活の質・環境的インパクト」の認識については、性別、出身地、所得源の種類との関係が見られ、とくに女性、移住者、専業農家がより肯定的に認識していること、「交流インパクト」については地元出身者がより肯定的に認識していることを明らかにした。

第4章では、韓国におけるG・T事業の先進事例であるAマウルの運営に関する実態調査分析を行った。韓国におけるマウル単位のG・Tに共通する課題としてあげられる、運営組織、情報提供、コミュニケーション、人材、意思決定、紛争解決、事業運営、会計管理、体験プログラムの差別化などの課題の解決方法について分析した。その結果、外部の人材の活用、ITの活用、オピニオンリーダーの形成、業務および会計の管理システムの構築、人的資源開発対策の実施などが、課題解決に有効であったことが示された。

第5章では、韓国のTマウルと日本のS町を対象とした社会ネットワーク分析の手法を用いて、事業関係者間のネットワークの連結性、集中化指数、中心性の計測を行い、ネットワークの構造を明らかにするとともに、地域特性に適応したネットワーク形成の提案を行った。事業運営に関わっているステークホルダーは、Tマウルは研究者、行政、消費者、事業者、S町は行政、専門家、事業者など、多様であった。Tマウルのネットワークは、地域外部から様々なステークホルダーがG・T事業に関わりを持ち、各ステークホルダーグループと地域内部に関わりがある人物が特定され、その人物がネットワーク上において中心人物として現れる「分散型ネットワーク」であった。一方、S町のネットワークは、地域外部から、行政、専門家だけがG・T事業に関わりを持っているが、ネットワーク上で一人の中心人物が存在する「一極集中型ネットワーク」であった。両事例の分析から、地域共同運営、外部の支援が多い地域では、外部の専門家、研究者、行政、マウル住民が自分の役割、責任を明確にし、緊密に協力できるようなネットワークを構築することが必要であること、個人事業者が独立して自分の事業体を持っている地域では、各事業体を連結する窓口の役割をする人を中心としたネットワークが必要であり、事業体間の提携、情報交換、交流ができるようなネットワークを構築することが望ましいことが示された。

第6章では、韓国と日本において、中間的推進・支援組織を利用してG・Tを運営している地域の事例をとりあげ、G・T中間支援組織の設立、特徴について明らかにした。両者の間で、組織の形態、運営の仕組み、自治体との関係、受け入れシステムなどは異なっているが、消費者、行政、農家、近隣地域を結ぶネットワークを構築し、そのため、様々な支援、機能を果たしている中間支援組織の役割をしていることは共通している。しかしながら、韓国では組織として過渡的な段階であるため、企画、マーケティング、集客、受け入れなどのすべての分野を管理できる専門性を持つことが必要とされること、マウルの事務長の役割を中間支援組織が担うことによって、G・T事業がスムーズに推進できることが明らかとなった。

第7章では、以上の分析を総合して、韓国におけるG・T事業に対する政策提言を行った。特に、G・T事業における女性・高齢者・専業農家の参加促進、地域の事業主体の構成に応じたネットワーク形成、市・郡レベルの中間組織によるマウルレベルのG・T運営支援の有効性を提示した。

以上、本研究は、韓国におけるG・Tの発展に関して、多様な角度からの実証分析を行い、その実態を解明するとともに、東アジアにおける農村開発政策に対する指針を提示するものである。この分析成果は、学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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