学位論文要旨



No 128760
著者(漢字) 坂元,基紘
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,モトヒロ
標題(和) 溶融酸化物の構造および熱力学的性質・物性への影響
標題(洋)
報告番号 128760
報告番号 甲28760
学位授与日 2012.10.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7881号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 井上,博之
 東京大学 教授 岡部,徹
 東京大学 准教授 吉川,健
 東京大学 教授 宮山,勝
内容要旨 要旨を表示する

鉄鋼製錬では、鉄鉱石中の脈石に由来するスラグや精錬剤、潤滑剤として添加されるフラックスなどの溶融酸化物は各工程において重要な役割を果たしており、そのため溶融酸化物の熱力学的性質や物性が広範囲な組成で測定されている。諸物性の組成依存性は、溶融酸化物中での各元素の局所構造により著しく変化すると考えられており、構造と諸物性との関係を明らかにすることが求められている。一方で昨今では、核磁気共鳴法が発展し、原子レベルでの構造解析や元素ごとの局部構造の解析が可能となり、溶融酸化物やガラスの構造解析に期待されている。そこで本論文では、鉄鋼製錬での基本組成であるケイ酸塩溶融酸化物中でのPとBの局所構造に着目し、それらの局所構造を核磁気共鳴法により調査し、その熱力学的性質および物性との関係を明らかにすることを目的とした。

第1章では、序論として鉄鋼製錬プロセスでの溶融酸化物の役割や重要性について述べ、各プロセスで必要となる溶融酸化物の熱力学的性質および物性について整理し、それら諸物性が溶融酸化物の構造により著しく影響を受けることを示した。一方で、様々な構造解析手法を紹介し、鉄鋼製錬で利用されるスラグやフラックスのような多成分系の溶融酸化物の構造解析には核磁気共鳴法が有用であることを述べた。溶融酸化物中のPやBの既往の研究に関して熱力学的性質と構造の関係について整理し、その課題を示した。

第2章では、製鋼プロセスの中で特に重要である脱リン反応に着目し、溶融酸化物中Pの局所構造を調査した。1873 Kで溶融したCaO-SiO2-PO(2.5)系酸化物を急冷させることにより得たガラス中のPおよびSiの局所構造について、(31)Pおよび(29)Si マジック角回転核磁気共鳴法(MAS-NMR)を用いて測定を行った。組成をCaO/SiO2比が1または1.3と一定とし液相領域内でPO(2.5) 濃度を変化させた時、PO(2.5)濃度の増加に伴いPはリン酸イオンの単量体であるPO4(3-)の構造とその二量体であるP2O7(4-)の二つの存在形態を取ることを確認した。また、全ての試料中で主にPはPO4(3-)として存在しているものの、PO(2.5)濃度増加に伴いP2O7(4-)の存在比はわずかに増加し、CaO/SiO2比の増加に伴い減少した。また、一方でSi周辺の架橋酸素はPO(2.5)濃度の増加に伴い増加した。これらの(31)Pおよび(29)Si MAS-NMRの結果から、PO(2.5)濃度の増加に伴い

の反応が進行したと考察した。さらに、溶融酸化物中のPやSiの各局所構造の存在比の理論的光学的塩基度依存性を調査し、CaO/SiO2比に依らずに一様に変化することを確認した。MAS-NMRにより直接確認されたこれらの各局所構造の光学的塩基度依存性は、Duffyらや難波らが提唱しているミクロな塩基度とマクロな塩基度の関係から各局所構造を予測する方法を用いて説明できることを明らかにした。

第3章では、連続鋳造プロセスで使用されるモールドフラックスの添加剤であるB2O3に着目し、フラックス中Bの局所構造を核磁気共鳴法により測定した。大気雰囲気下、1823 Kで溶融したCaO-SiO2-BO(1.5)系酸化物を急冷することにより得たガラス中のBおよびSiの局所構造を(11)Bおよび(29)Si MAS-NMRと(11)B 多量子遷移マジック角回転核磁気共鳴法(MQ-MAS)を用いて調査した。試料組成をCaO/SiO2比を0.68、0.92、1.15、1.38と一定とし、BO(1.5)濃度が5 ~25mol%の組成範囲で実験を行った。この実験組成内ではBは3つの酸素が配位した構造([3]B)と4つの酸素が配位した構造([4]B)をとることを確認した。また、[4]Bの存在比はBO1.5濃度の増加に伴い増加し、CaO/SiO2比の増加に伴い減少した。[4]Bの存在比の理論的光学的塩基度依存性についても調査し、光学的塩基度の増加に伴い[4]Bの存在比が減少することを確認した。次に、(11)B MQ-MAS法により、第一近接原子より広範囲な距離での構造解析を行い、 [3]Bおよび[4]Bの構造にはそれぞれ二つの構造が存在することを確認した。それらの構造をring状の[3]Bとnon-ring 状の[3]Bと推定し、また[4]Bの局所構造は、4つのSiと結合した[4]B([4]B(0B,4Si))と3つのSiと1つのBと結合した[4]B( [4]B(1B,3Si))と推定した。一方で、(29)Si MAS-NMRにより溶融酸化物中でのSiの局所構造を観測した結果、BO(1.5)濃度の増加に伴いSi周辺の架橋酸素の増加を確認した。このことから、BO(1.5)濃度の増加に伴い溶融酸化物中でBが[3]Bの局所構造をとる場合には、

の反応が進むことを、[4]Bの局所構造をとる場合には、

の反応が進行すると推察した。また、(11)B MAS-NMRから計算したSi周辺の非架橋酸素の数(NBO/T)および(29)Si MAS-NMRから計算したNBO/Tを比較検討することにより、[3]B周辺の非架橋酸素数が1つであると推定した。最後に、溶融酸化物の構造と粘度との対応を確認し、BO(1.5)濃度の増加に伴い活性化エネルギーが増加するのはSi周辺の架橋酸素が増加しSi-O-SiやSi-O-[4]Bなどの構造が形成されて、構造全体として結合が強くなるためと考察した。

第4章では、溶融酸化物中の構造と熱力学的性質の関係を明らかにするために、第3章で構造解析を行った組成と同様の組成範囲でCu-Siを参照金属とした化学平衡法により1823 Kでの溶融酸化物中BO(1.5)およびSiO2の活量、活量係数を測定した。BO(1.5)の活量係数はBO(1.5)濃度の増加に伴い増加し、またCaO/SiO2比には依存しなかった。BO(1.5)の活量係数と [4]Bの存在比との関係を調査したところ、CaO/SiO2比が近い組成の試料中では[4]Bの存在比の増加に伴いBO(1.5)の活量係数が増加し、[4]Bの存在比と[4]Bの存在比との間には正の相関があった。溶融酸化物中のBO(1.5)濃度が増加した場合、BO(1.5)が酸性酸化物であるために塩基度は減少する。塩基度が減少すると、第3章で示したように本実験組成では[4]Bの存在比が増え、また同時にBO(1.5)は酸性酸化物であるためにBO(1.5)の活量係数は増加する。このように、塩基度の減少に伴いBO(1.5)の活量係数および[4]Bの存在比も共に増加するため、[4]Bの存在比と熱力学的性質の間には正の相関があると考察した。一方で、溶融酸化物中でのSiO2の熱力学的性質も測定を行い、BO(1.5)濃度の増加に伴いSiO2の活量係数が増加することを確認した。これは、29(Si) MAS-NMRでも確認されたように、CaO/SiO2比が一定の場合ではBO(1.5)濃度の増加に伴い、Si周辺の架橋酸素が増加したためと考えられる。また、SiO2の活量係数はCaO/SiO2比の増加に伴い減少した。これはCaO/SiO2比の増加に伴いCaOがSiとOが形成する網目構造を切断したためであると考察した。

以上のように、CaO-SiO2系溶融酸化物にPO(2.5)やBO(1.5)を添加した溶融酸化物中でのP、B、Siの局所構造の測定を行いその組成依存性を明らかにし、各元素の局所構造が粘度や熱力学的性質に対応することを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄鋼製錬での基本組成であるケイ酸塩溶融酸化物中でのPとBの局所構造に着目し、それらの局所構造を核磁気共鳴法により調査し、その熱力学的性質および物性との関係を明らかにすることを目的とした研究であり全5章よりなる。

第1章では、序論として鉄鋼製錬プロセスでの溶融酸化物の役割や重要性について述べ、各プロセスで必要となる溶融酸化物の熱力学的性質および物性について整理し、それら諸物性が溶融酸化物の構造により著しく影響を受けることを示されている。また、鉄鋼製錬で利用されるスラグやフラックスのような多成分系の溶融酸化物の構造解析には核磁気共鳴法が有用であることを述べている。溶融酸化物中のPやBの既往の研究に関して熱力学的性質と構造の関係について整理され、その課題が示された。

第2章では、製鋼プロセスの中で特に重要である脱リン反応に着目し、溶融酸化物中Pの局所構造を調査した。1873 Kで溶融したCaO-SiO2-PO2.5系酸化物を急冷させることにより得たガラス中のPおよびSiの局所構造について、(31)Pおよび(29)Si マジック角回転核磁気共鳴法(MAS-NMR)を用いて測定を行った。溶融スラグ中でPO2.5濃度の増加に伴いPはリン酸イオンの単量体であるPO4(3-)の構造とその二量体であるP2O7(4-)の二つの存在形態を取ることが確認され、全ての試料中で主にPはPO4(3-)として存在しているものの、PO2.5濃度増加に伴いP2O74-の存在比はわずかに増加していた。一方でSi周辺の架橋酸素はPO2.5濃度の増加に伴い増加し、PO2.5濃度の増加に伴いシリケートネットワークの重合反応が進行することが確認された。さらに、溶融酸化物中のPやSiの各局所構造の存在比の理論的光学的塩基度依存性を調査し、CaO/SiO2比に依らずに一様に変化することが確認された。

第3章では、連続鋳造プロセスで使用されるモールドフラックスの添加剤であるB2O3に着目し、フラックス中Bの局所構造が核磁気共鳴法により測定された。大気雰囲気下、1823 Kで溶融したCaO-SiO2-BO(1.5)系酸化物を急冷することにより得た種々の組成の試料中のBおよびSiの局所構造を(11)Bおよび(29)Si MAS-NMRと(11)B 多量子遷移マジック角回転核磁気共鳴法(MQ-MAS)を用いて調査し、Bが酸素を3つ配位した構造([3]B)と4つ配位した構造([4]B)をとることが確認された。また、[4]Bの存在比はBO(1.5)濃度の増加に伴い増加し、CaO/SiO2比の増加に伴い減少した。[4]Bの存在比の理論的光学的塩基度依存性についても調査し、光学的塩基度の増加に伴い[4]Bの存在比が減少することが確認された。次に、(11)B MQ-MAS法により、第一近接原子より広範囲な距離での構造解析を行い、[3]Bおよび[4]Bの構造にはそれぞれ二つの構造が存在することが確認された。それらの構造はring状の[3]Bとnon-ring 状の[3]Bと推定され、また[4]Bの局所構造は、4つのSiと結合した[4]B([4]B(0B,4Si))と3つのSiと1つのBと結合した[4]B( [4]B(1B,3Si))と推定された。一方、Siの局所構造を観測した結果、BO(1.5)濃度の増加に伴いSi周辺の架橋酸素が増加したことから、BO(1.5)濃度の増加に伴い溶融酸化物中でBが[3]Bの局所構造をとる場合には、

の反応が進行し、[4]Bの局所構造をとる場合には、

の反応が進行することが推察された。また、(11)B MAS-NMRから計算したSi周辺の非架橋酸素の数(NBO/T)および(29)Si MAS-NMRから計算したNBO/Tを比較検討することにより、[3]B周辺の非架橋酸素数が1つであることが推察された。最後に、溶融酸化物の構造と粘度との対応を確認し、BO(1.5)濃度の増加に伴い活性化エネルギーが増加するのはSi周辺の架橋酸素が増加しSi-O-SiやSi-O-[4]Bなどの構造が形成されて、構造全体として結合が強くなるためであると推察された。

第4章では、溶融酸化物中の構造と熱力学的性質の関係を明らかにするために、第3章で構造解析を行った組成と同様の組成範囲でCu-Siを参照金属とした化学平衡法により1823 Kでの溶融酸化物中BO(1.5)およびSiO2の活量、活量係数が測定された。BO(1.5)の活量係数はBO(1.5)濃度の増加に伴い増加し、CaO/SiO2比には依存しなかった。また、CaO/SiO2比が近い組成の試料中では[4]Bの存在比の増加に伴いBO(1.5)の活量係数が増加し、[4]Bの存在比と[4]Bの存在比との間には正の相関が示された。一方で、溶融酸化物中でのSiO2の熱力学的性質も測定を行い、BO(1.5)濃度の増加に伴いSiO2の活量係数が増加することが確認された。これは、29Si MAS-NMRでも確認されたように、CaO/SiO2比が一定の場合ではBO(1.5)濃度の増加に伴い、Si周辺の架橋酸素が増加したためと考えられる。また、SiO2の活量係数はCaO/SiO2比の増加に伴い減少したが、これはCaOの増加がシリケートネットワークを切断したためであると考察した。

以上のように、CaO-SiO2系溶融酸化物にPO(2.5)やBO(1.5)を添加した溶融酸化物中でのP、B、Siの局所構造の測定を行うことによりその組成依存性を明らかにし、各元素の局所構造が粘度や熱力学的性質に対応することを明らかにしており、種々の精錬プロセスでのフラックス組成の開発指針を与え、高温物性の理解の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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