No | 128768 | |
著者(漢字) | 安,孝珍 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アン,ヒョジン | |
標題(和) | ニホンウナギの発育初期における機能的変化に関する研究 | |
標題(洋) | Ecophysiological changes during early larval development in the Japanese eel | |
報告番号 | 128768 | |
報告番号 | 甲28768 | |
学位授与日 | 2012.11.02 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3867号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生活史のなかでも幼生期は生残、成長に激しい変動が見られるのに加え、成体になるまでの内部、外部での様々な変化が進行する重要な時期である。近年、絶滅の危機に瀕しているウナギもその例外ではない。ウナギの仔魚であるレプトセファルスは成魚とは大きく異なる独特な形態をしているが、河川への遡上に先立ちシラスウナギに変態する。ウナギは仔魚期を海で過ごすため、その生態については不明な点が多い。しかし近年、ニホンウナギの完全養殖が成功し、人工種苗を用いることで仔魚期の変化について調べることが可能となった。 本研究では、ニホンウナギの仔魚期における発達および機能的変化を詳細に調べることを目的とした。特に、初期生残と成長に重要と考えられる栄養吸収と浸透圧調節機構に着目した。実験魚に用いたニホンウナギは東アジアで広く食用に供されるが、アメリカウナギ、ヨーロッパウナギと共にその資源量が近年、激減している。完全養殖に成功したとはいえ、仔魚期の減耗のためシラスウナギにまで発育する個体は極めて少なく、それに要する期間も天然に比べて長い。仔魚期の発達とそれに伴う機能の変化を明らかにすることは、天然環境でのレプトセファルスの生態を理解する基礎になるばかりでなく、今後のウナギ養殖技術の改善にも役立つものと考えられる。 1. 孵化と発達 本章では、孵化から孵化後1ヶ月までの成長率と生残率を調べるとともに、各器官の発達を、組織学的手法を用いて観察した。まず、異なる水温で孵化時間と孵化率がどのように変化するかを明らかにした。実験には人為的に催熟した親ウナギから得た受精卵を用い、22℃でインキュベートした受精卵が桑実期に達した後、16、19、22、25、28、31℃に設定した水温区(塩分35)に200個ずつ収容した。胚の発達段階を桑実期、胞胚期、嚢胚期、眼胞および耳胞形成期、心臓形成期、孵化期の6つに分け、各発達段階に至るまでの時間を測定した。さらに、孵化率についても各群で調べた。その結果、平均孵化率は、16℃区で0%、19℃区で11.5%、22℃区で32.2%、25℃区で68.7%、28℃区で3.5%、31℃区で0%であり、25℃区で最も高い値を示した。高水温区ほど卵の発生速度は速く、孵化時間は短くなった。これらのことから、水温が卵の発生速度には大きく影響し、ニホンウナギの卵において最適な水温は25℃前後であることが判明した。 仔魚期の成長率については、孵化後4日まで全長が急速に伸長したが、その後の伸長はゆっくりとなった。成長に大きな個体差が見られるようになるのは、孵化後2週間位の時期からであった。乾体重は孵化後8日まで減少し、その後、増加に転じた。これは卵黄や油球が完全に消費される時期と一致するため、内部摂食から外部摂食へ切り替わることが原因であると考えられる。体重も孵化後2週間を過ぎてから個体差が見られるようになった。生残率は孵化後2週間から急激に減少した。仔魚の発達段階は、開口(2日目)、歯の発達(4日目)、眼の黒化(6日目)、油球消滅(8日目)で特徴づけられる。組織学的観察の結果、消化管と思われる明瞭な管構造は孵化後1日目では頭部の後ろ側までにしか存在せず、孵化後2日目で肛門まで伸びていることが確認された。孵化後3日目には消化管以外にも肝臓、膵臓などの消化器官が観察され、腎臓のもとになる腎管も消化管の背側に見られた。孵化後8日目には腸と直腸を区切る弁が観察され、食道、消化器官、腸、直腸の分化が生後8日以内に完了することが明らかとなった。その後、孵化後1ヶ月まで大きな変化は見られなかった。以上の結果から、外部摂食を開始する孵化後1週間前後において消化器官が著しく発達することが分かった。 2. 栄養吸収 ここまでの結果から、孵化後2週間までが仔魚期で重要な転換点になっていることが明らかになった。この時期に見られる成長率の個体差、生残率の急減の原因として考えられるのは、内部栄養から外部栄養への切り替わりである。そこで本章では、孵化2週間までに起こることが予想される栄養吸収機構の発達を調べることとした。 消化管内の栄養吸収をペプチド・トランスポーター1(PEPT1)の発現を指標に調べた。 PEPT1はdi-peptideやtri-peptideの高い輸送能力と低い特異性のため、栄養輸送体として広く使われていることが強く考えられる。本研究では初めに、ニホンウナギのPEPT1の塩基配列を決定したのち、PEPT1の発現変動を定量real-time PCR法で調べた。サンプルとして孵化直後から12日目までの仔魚を用いた。また絶食による影響を調べるため、給餌を始める6日目から仔魚を給餌群と無給餌群に分けた。その結果、PEPT1の発現量は孵化後5日目から7日目の間に著しい上昇を示した。給餌群に比べ、無給餌群の発現が10日目で有意に高くなった。同時に主要な消化酵素であるトリプシンについても同じ方法で発現変動を調べた。トリプシンの発現もPEPT1と同様の傾向を示し、6日目から8日目にかけて上昇が見られた。またPEPT1と同様、無給餌群の発現が給餌群よりも有意に高かった。PEPT1 とトリプシンの発現上昇時期は養殖現場での給餌開始時期とよく一致する。 次に、13日目の仔魚を消化管部位に応じて、食道部、胃原基部、腸前部、腸後部および直腸部に切り分け、定量real-time PCR法によりPEPT1とトリプシンの発現部位を特定した。PEPT1は腸後部で、トリプシンは膵臓を含む胃原基部で、それぞれ最も高い発現が見られた。PEPT1の発現は腸前部と直腸部でも認められたが、前腸と後腸でしか高い発現が見られない成魚の結果とは異なった。 さらにPEPT1の発現細胞を同定するため、塩基配列から演繹されるアミノ酸配列をもとにPEPT1に対する特異的抗体を作製し免疫染色を行った。成魚の腸で免疫染色を行なった結果、腸の上皮細胞で強い反応が観察された。仔魚の腸は成魚とは形態が大きく異なり、腸特有のひだ状の内部構造は観察されないが、仔魚でも成魚と同じように腸の上皮細胞で免疫反応が見られた。本章の結果、栄養吸収とPEPT1 の関連性が確認され、さらに腸でのPEPT1 の発現動態が明らかとなった。 3. 浸透圧調節 栄養吸収機構に加え、浸透圧調節能の発達も仔魚期の成長・生残に大きな影響を及ぼす要因のひとつと考えられる。ウナギの仔魚、レプトセファルスは海洋環境に生息するため、海水適応能の発達が重要である。海に生息する魚は、環境水が体液よりも高張なため体内の水が奪われる傾向にある。海水魚は脱水を防ぐため、海水を飲んで腸から水を吸収し、同時に余分な塩類を排出する必要がある。そこで、水飲みと塩類の排出を調べることで、ニホンウナギの仔魚期における浸透圧調節機構の解明を試みた。 まず、水飲みの開始時期を調べるため、孵化直後から毎日仔魚を、蛍光物質を含む海水に3時間浸漬し、レーザースキャン顕微鏡で観察を行った。その結果、孵化直後から消化管内に蛍光物質を含む水が観察された。飲み込まれた水は孵化1日目には頭の後ろ付近に留まっていたが、2日目になると肛門まで達しているのが観察された。このことは、これまでの初期発達の観察結果とよく一致する。さらに、口が開く正確な時期を調べるために、仔魚の走査電子顕微鏡観察を行なった。孵化1日目に裂け目のような形をした口が観察され、2日目には穴状の構造となった。なお、口の両隣には一組の孔が観察されたが、これは後に鰓孔になるものと考えられた。 飲み込まれた海水から水が吸収されるのに先立ち、その浸透圧を低下させるためNa+とCl-が吸収される。ウナギの腸上皮細胞に発現するNa+とCl-の吸収を担うイオン輸送タンパクは、Na+, K+, 2Cl共輸送体2β(NKCC2β)とNa+, Cl-共輸送体β(NCCβ)であることが判明している。そこで前章で実験に供した仔魚のmRNAを用い、定量real-time PCR法によりNKCC2βとNCCβの日齢による発現変動を測定し、さらに部位別発現量を比較した。 NKCC2βの発現量は孵化後から4日目にかけて徐々に上がり、5日目と6日目で有意な上昇を示した。しかし、7日目で低下し、その後安定した。一方、NCCβの発現量は孵化直後に最も高く、3日目において最低値を示した後、上昇に転じた。6日目の発現量は4日目より有意に高かったが、再び若干減少し、その後は安定した。孵化時の高い発現量の原因としては卵中に含まれる母体由来の要因が考えられた。部位別発現については、NKCC2βの場合、腸後部の発現量が食道部・胃原基部に比べて有意に高かったが、腸前部・直腸部との有意差はなかった。NCCβの発現量は直腸部で他の部位より有意に高い発現を示した。 ウナギの孵化仔魚では、塩類排出の主な担当器官である鰓が未発達なため、体表に分布する塩類細胞が塩類を排出する。仔魚体表の塩類細胞を観察するため、FITC標識 Na+/K+-ATPase抗体を用いたwhole-mount免疫染色を行なった。塩類細胞は孵化直後には頭部に多く存在するが、その後徐々に体全体に分布を広げた。体表の塩類細胞に加え、腸と直腸で強いNa+/K+-ATPase免疫反応が見られた。これらの結果から、仔魚の浸透圧調節は孵化直後から正常に機能し始め、腸と直腸における浸透圧調節能が発達するのは孵化後5日目前後であることが示された。 以上の結果より、ニホンウナギは孵化後1週間前後までに仔魚期において生存および成長に必須な機能を獲得することが明らかとなった。本研究において提示された発育初期での詳細な組織学的観察および遺伝子発現変化を指標として用いることで、仔魚の発達段階およびその健全性を総合的に判断可能となることが考えられる。このことはニホンウナギの人工種苗生産で問題になっている初期減耗、成長率の改善に役立つことが強く期待される。 | |
審査要旨 | 本研究では、ニホンウナギの仔魚期における発達および機能的変化を詳細に調べることを目的とした。特に、初期生残と成長に重要と考えられる栄養吸収と浸透圧調節機構に着目して研究を行った。 1. 孵化と発達 全体の背景と構想を述べた序章に続き、第2章では、孵化から孵化後1ヶ月までの成長率と生残率を調べるとともに、各器官の発達を、組織学的手法を用いて観察した。異なる水温で孵化時間と孵化率がどのように変化するか検討したところ、平均孵化率は25℃区で最も高い値を示し、高水温区ほど卵の発生速度は速く、孵化時間は短くなる傾向が認められた。同時に、各水温区における胚の発生過程を詳細に記述した。仔魚期の成長率については、孵化後4日まで高い値を示したが(0.71 mm/日)、その後成長率は急減した(0.15 mm/日)。仔魚の乾燥重量は、仔魚の卵黄消費に伴い孵化後8日まで減少し続け、その後摂餌開始の効果で増大に転じた。生残率は孵化後2週間から急激に減少し、その後は安定した。組織学的観察の結果、消化管と思われる明瞭な管構造は、孵化後1日目は頭部後端付近までしか存在しなかったが、孵化後2日目で肛門まで到達することがわかった。孵化後3日目には消化管以外にも腎管、膵臓が認められた。孵化後8日目には腸と直腸を区切る弁が観察され、食道、消化器官、腸、直腸の分化が生後8日以内で完了することが明らかとなった。 2. 栄養吸収 仔魚期における栄養吸収については、孵化直後から12日目までの仔魚を用い、栄養輸送体として広く使われているペプチド・トランスポーター1(PEPT1)を指標に調べた。絶食による影響を調べるため、給餌を始める6日目から仔魚を給餌群と無給餌群に分けて調べたところ、PEPT1の発現量は孵化後5日目から7日目の間に著しい上昇を示した。給餌群に比べ、無給餌群の発現が10日目で有意に高くなった。同時に、主要な消化酵素のトリプシンについても同方法で発現変動を調べたところ、PEPT1と同様、6日目から8日目にかけて上昇が見られた。またトリプシンにおいても、無給餌群の発現が給餌群よりも有意に高いことがわかった。次に、13日目の仔魚を消化管部位に応じて、食道部、胃原基部、腸前部、腸後部および直腸部に切り分け、定量PCR法によりPEPT1とトリプシンの発現部位を特定した。PEPT1は腸後部で、トリプシンは膵臓を含む胃原基部で、それぞれ最も高い発現が見られた。さらにPEPT1の発現細胞を同定するため、塩基配列から求めたアミノ酸配列をもとにPEPT1に対する特異的抗体を作製し免疫染色を行った。成魚の腸で免疫染色を行なった結果、腸の上皮細胞で強い反応が観察された。仔魚の腸は成魚とは形態が大きく異なり、腸特有のひだ状の内部構造は観察されなかったが、仔魚でも成魚と同じように腸の上皮細胞で免疫反応が見られた。 3. 浸透圧調節 ニホンウナギの仔魚期における浸透圧調節機構を解明するため、孵化直後から毎日、仔魚を蛍光物質を含む海水に3時間ずつ浸漬し、レーザースキャン顕微鏡で水飲みの開始時期を調べた。その結果、すでに孵化直後から消化管内に蛍光物質を含む水が観察された。飲み込まれた水は孵化1日目には口部から頭部後端付近までに限られていたが、2日目になると肛門まで達した。消化管内でのイオン吸収を調べるために、イオン輸送タンパク、Na+, K+, 2Cl-共輸送体2β(NKCC2β)とNa+, Cl-共輸送体β(NCCβ)について、日齢によるそれぞれの発現変動および部位別発現量を比較した。NKCC2βの発現量は仔魚の発育とともに上昇し、7日目以降そのレベルは安定した。一方、NCCβの発現量は孵化直後に最も高く、3日目において最低値を示した後、上昇に転じた。部位別発現については、NKCC2βでは腸管全体に発現がみられたのに対し、NCCβの発現量は直腸部で他の部位より有意に高い発現を示した。ウナギの孵化仔魚では、塩類排出の主な担当器官である鰓が未発達なため、体表に分布する塩類細胞が塩類排出の役を担うが、この塩類細胞は孵化直後には頭部に多く存在し、その後徐々に体全体に分布を広げていくことが明らかになった。 以上、本研究によりニホンウナギは孵化後1週間前後までに仔魚期において生存および成長に必須な栄養吸収と浸透圧調節機能を獲得することが初めて明らかとなった。 以上のように、本論文ではニホンウナギの仔魚期における急激な発達過程を様々な角度から検討し、総合的に考察した点が優れており、ここで得られた知見はニホンウナギの仔魚期に関する基礎生物学的理解を深め、また同時に本種の人工種苗生産の技術開発研究に役立つものと考えられる。よって審査委員一同は本論文が基礎、応用の両面で博士(農学)の学位論文としてふさわしいものであると認めた。 | |
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