学位論文要旨



No 128776
著者(漢字) 山下,貴子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,タカコ
標題(和) 金融行動のダイナミクス : 少子高齢化と流通革命
標題(洋)
報告番号 128776
報告番号 甲28776
学位授与日 2012.11.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1176号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松原,隆一郎
 東京大学 教授 佐藤,俊樹
 東京大学 教授 倉田,博史
 東京大学 准教授 清水,剛
 名古屋大学 教授 家森,信善
内容要旨 要旨を表示する

本論文の研究課題は、(1)金融サービス・マーケティングの定義、(2)金融機関のマーケティング行動の変化が消費者にもたらす影響、(3)年齢構成・世代構成の変化が金融資産選択に及ぼす影響、(4)日本と米国の金融資産選択行動の比較、(5)リーマン・ショックのようなネガティブ・イベントが消費者に与えるインパクトの分析、の五つの問題を明らかにすることを目的にした。

金融規制緩和とともに金融機関の金融マーケティング戦略が大きく変化する中、各戦略を多様化するチャネルごとに分析し、さらにこれらマーケティング戦略や市場環境の変化に呼応した家計の金融商品選択に際しての商品選択の意思決定ルールや情報取得過程について検討を行った。異業種企業の金融分野参入も相次ぎ、銀行業ではセブン&アイ・ホールディングス、ソニー等についで流通大手のイオンもフルバンク参入を果たし、電子マネーの市場拡大と共に急速に大きく勢力を拡大している。まさにスーパー・マーケット創世期のような金融商品の「流通革命」により、今後も新しい金融のビジネス・モデルが次々に創造されるという点で個人金融市場へのマーケティングは大きく変化しつつある。

さらに2008年秋に起こったリーマン・ブラザースの破綻に端を発する世界的な金融危機は専門家でも予見不可能であったとされているが、不確実性の高まる中で一般の消費者はどのようにして金融商品を選択し、市場環境の変化に対処しようとしているのか、その消費者行動を分析し、金融マーケティング戦略の動向と家計の金融商品選択プロセスを関連づけてことは意義あることと考えた。

本論文の構成については以下の通りである。第1章では、金融規制緩和および少子高齢化による、金融機関のマーケティングと消費者の金融資産選択行動の変化について概観した。

第2章では、既存のマーケティング理論に立脚して、金融商品・サービスの特質と消費者意思決定過程について考察した。金融サービス・マーケティングは広義のサービス・マーケティングの研究領域の中に含まれており、サービスは実物財と区分するために、IIHIP(無形性(Intangibility)、異質性(Heterogeneity )、生産と消費の同時性(Inseparability)、消滅性(Perishability))という4つの特徴で定義づけられてきた。金融サービスには加えて、受託者責任(Fiduciary responsibility)、消費の持続性(Duration of consumption)、危険準備消費(Contingent consumption)の3要素が付加され、7つの次元から定義される。また金融商品は、一般の消費財にはない性質として、一次選択行動の非完結性、価値変動性、動機概念の重要性といった特徴を持っている。これらの特徴を踏まえた上で、伝統的な消費者情報処理モデルに基づいた金融商品の購買意思決定過程の説明を試みた。

第3章では、主として金融商品やサービス購入に関わる知覚リスクの問題について考察した。また消費者の年齢や貯蓄目的・投資経験が金融商品や金融広告を評価する過程にどのような影響を及ぼしているのか検証し、有効なマーケティング・コミュニケーション戦略を明らかにすることを目的として分析をすすめた。まず知覚リスク水準によってリスク性資産への投資行動が抑制されるわけではないということが示された。知覚リスクと消費者選択行動の関係について、これまで高い知覚リスクは情報探索の動機になり、必要な手がかりを取得して知覚リスクの水準を低減させることに成功すれば購買し、知覚リスクの水準が高いままであれば購買を忌避するとされてきた。しかし、本研究結果によると、リスク性資産への投資経験の有無を基準に比較すると、両群に知覚リスク水準そのものに差が見られなかった。むしろ関与や情報処理能力の高さがリスク性資産への投資行動を促進していることが示された。

金融商品広告からの情報の取得過程についてみると、安全資産の広告の方がリスク性資産の広告よりも理解度が高く、安全資産広告のコンテンツのうちの収益性に関する部分(利回りや受取利息)を重視していることが示された。しかし、比較的複雑なリスク性資産であっても、投資経験のある消費者の広告の理解度は高い。また、同一の安全資産広告を見ていても、年齢によって重視するコンテンツが異なることがわかった。リスク性資産の広告は金融商品取引法の制約下で、多様な消費者がそれぞれに求める情報をいかに理解しやすいものにするのかが重要である。

第4章では、家計の金融商品保有金額と金融資産の選択基準、および金融資産選択の日米比較について、ベイズ型コウホート分析により、世帯主年齢をもとにしたライフステージ要因の影響(年齢効果)、時代的な金融環境要因の影響(時代効果)、世帯主の属する世代固有の特性要因の差(世代効果)を分離し、家計の金融商品選択行動に対する考察を行った。その結果以下のことが示された。(1)日本においては、株式・株式投資信託、債券・公社債投資信託等のリスク性金融商品は時代効果・年齢効果および世代効果の3効果が大きい。(2)定期性預金(銀行・郵便局)、生命保険、金融機関外貯蓄(社内預金等)等の安全性重視の商品は年齢効果が大きい。(3)通貨性預金(銀行・郵便局)は時代効果が大きい。(4)金融商品の選択基準に関してはどの項目についても時代効果の影響が大きく、経済状況に呼応して重視する選択基準が異なる。また、1970年生以降の世代のマインドとしては運用に消極的で利便性を重視した選択が行われている。(5)金融資産選択行動に関しては日米で差異が見られ、米国ではリスク性金融商品の種類によってコウホート別の所持パターンも異なっている。

第5章では、金融商品のチャネルの多様化による製販分離が進む中、リーマン・ショックのようなネガティブ・インパクトが起こった状況下で、消費者はどのように金融商品を選択しようとしているのかという点について明らかにした。家計の金融資産選択行動についてサイコグラフィックな変数を用いて「金融リテラシー」と「コンサルティング情報希求」の水準を用いた4象限で消費者のセグメントを作成することで、それぞれの投資態度やデモグラフィックの特徴が明らかにすることができた。また、金融商品の選択プロセスについて分析を行った結果、「金融リテラシー」も「コンサル希求」も低いクラスタでは、選択順が「業態→機関→商品」と金融機関の選択順位が高く、「××銀行、○○証券」といった機関名を手がかりに商品を選択していることが示された。「コンサル希求」の高いクラスタでは、「機関→商品」と選択する割合が高く、商品より先に販売元である機関を参照し決めている。リテラシーが高く、コンサル希求が低いクラスタでは、販売元の金融業態や機関は重視されず、商品を直接選択している割合が大きい。「機会主義的行動」因子の下位尺度との関係をみても、金融商品選択プロセスに販売機関選択を含めるセグメントの平均値が低く、商品選択の順位が高いセグメントの平均値が高い。「機会主義的行動」をとる消費者は、金融機関にこだわらず金融商品の条件を見て選択する傾向が見られた。

最後に、本研究の限界について述べる。第一に、本書は金融資産の選択行動を分析対象にしており、土地や家屋などの実物資産については議論の枠から外している。第二に、本研究で使用した『貯蓄動向調査』、『家計調査年報(貯蓄・負債編)』のデータは二人以上の世帯に関する貯蓄・負債の保有状況の実態を明らかにしたものであり、単身世帯が含まれていない。標準モデル世帯が減少し、ライフサイクルが多様化しているにもかかわらず、これら単身世帯の金融資産選択行動を分析するための時系列データが十分に蓄積されていない。

本研究では、金融サービス・マーケティングの定義や金融機関のマーケティング行動の変化が消費者にもたらす影響、消費者の年齢・世代構成の変化が金融資産選択に及ぼす影響、日本と米国の金融資産選択行動の比較、およびリーマン・ショックのようなネガティブ・イベントが消費者に与えるインパクトの分析、といった5つの課題について、それぞれの章において一定の成果を提出することができた。金融マーケティングの研究はまだ蓄積が少なく、本研究の貢献は大いに意義あるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

終身雇用制度や年功序列型賃金などの伝統的な雇用慣行が自明のものではなくなり、一部の企業では年金制度についても従来型の確定給付年金に代えて確定拠出年金(日本型401k)が導入されている。このように個人向けの金融市場をめぐる事業環境が大きく変わり、日本では各家計が慎重に金融商品や金融機関の質を評価していかねばならなくなった。ところがリーマン・ショックのような金融にかんするネガティブ・イベントも発生している。本論文は、規制緩和も含むこのような金融環境の変化のもとで、家計はどのように資産選択を行い、また金融機関はいかなる金融マーケティングでそれに応じようとしているのかにつき、アンケート調査の結果をベイズ型コウホート分析等の手法によって処理し、実態の解明を試みる意欲的な実証研究である。

提出論文の要旨は、以下の通りである。

第1章では、金融規制緩和および少子高齢化によって生じた金融機関のマーケティングと消費者の金融資産選択行動の変化について概観している。異業種企業の金融分野参入が相次ぎ、銀行業ではセブン&アイ・ホールディングス、ソニー等についで流通大手のイオンもフルバンク参入を果たし、電子マネーの市場拡大と共に急速に大きく勢力を拡大している。新しい金融のビジネス・モデルが次々に創造され、個人金融市場へのマーケティングは大きくその方法を変化させつつある。

しかし一方では2008年秋に起こったリーマン・ブラザースの破綻に端を発する世界的な金融危機のように、不確実性の高まりが認識される中で一般の消費者も金融商品の選択方法を変えているはずである。

第2章では、既存のマーケティング理論がもっぱら物的な商品を対象としたのに対し、サービス、なかでも金融サービスが対象とされるならば、どのような金融マーケティング理論を構築すべきかを考察している。

サービスは実物財と区別するために、従来はIHIP(無形性(Intangibility)、異質性(Heterogeneity )、生産と消費の同時性(Inseparability)、消滅性(Perishability))という4つの特徴で定義づけられてきたが、さらに金融サービスには、これらサービスの4特徴に受託者責任(Fiduciary responsibility)、消費の持続性(Duration of consumption)、危険準備消費(Contingent consumption)の3要素が付加され、7つの次元から定義される。また金融商品には一般消費財にはない性質として、一次選択行動の非完結性、価値変動性、動機概念の重要性といった特徴がある。

消費財の購入にかんしては、伝統的に消費者情報処理モデルが構築されている。金融商品の購買意思決定過程については、先に挙げた金融サービスの特徴を踏まえて伝統的な消費者情報処理モデルを拡張すれば、消費者は金融商品を選択する過程において、商品評価の複雑さや知覚リスクの存在ゆえに多くの困難に直面しており、困難の度合いは消費者のセグメントによって異なると予測される。そこで3章以降では、消費者がセグメントによりどのように金融サービスを選択しているかを実証的に分析することにした。

第3章では、主に金融商品やサービスの購入に関わる「知覚リスク」の問題を考察した。消費者の年齢や貯蓄目的・投資経験は、金融商品や金融広告を評価する過程に影響を及ぼしているが、それを検証することを通じて有効なマーケティング・コミュニケーション戦略がどのようなものであるのかを探っている。

その結果、まず知覚リスク水準いかんでリスク性資産への投資行動が抑制されるわけではないということが示された。従来は知覚リスクと消費者選択行動の関係について、高い知覚リスクを感知した消費者は情報探索を行うようになり、その結果、必要な手がかりを得て知覚リスクの水準を低減させることに成功すればその商品を購入し、知覚リスクの水準が高いままであれば購買を忌避するとされてきた。しかし本研究の結果により、リスク性資産への投資経験の有無を基準に比較したとしても両群で知覚リスク水準そのものには差が見られず、むしろ関与の度合いや情報処理能力の高さの方がリスク性資産への投資行動を促進していることが示された。

また年齢(ライフステージ)ごとに資産選択動機が異なるため、金融機関や商品に求める品質も異なっている。安全資産への満足度は、若年層は安全資産へのニーズが高いため高くなっているが、シニア層では低い。これは年齢を経るにつれ投資目的が「資産運用」の色合いを深めていることを示唆している。

金融商品広告からの情報の取得過程についても分析してみると、安全資産の広告についての方がリスク性資産の広告についてよりも理解度が高く、広告のコンテンツの中の収益性に関する部分(利回りや受取利息)を重視していることが分かった。しかし比較的複雑なリスク性資産であっても、投資経験のある消費者は広告に対する理解度が高い。また同一の安全資産広告を見ていても、年齢によって重視するコンテンツが異なることも分かった。これらを総合すると、金融商品取引法の制約下においてではあるが、リスク性資産の広告は、多様な消費者がそれぞれに求める情報をいかに理解しやすいものにするのかが重要ということになる。

第4章では、家計の金融商品保有金額と金融資産の選択基準、および金融資産選択について、中村隆が開発したベイズ型コウホート分析を適用し、世帯主年齢をもとにしたライフステージ要因の影響(年齢効果)、時代的な金融環境要因の影響(時代効果)、世帯主の属する世代固有の特性要因の差(世代効果)を分離して、日米を比較しつつ家計の金融商品選択行動に対する考察を行った。結果として、以下のことが示された。

(1)日本においては、株式・株式投資信託、債券・公社債投資信託等のリスク性金融商品は、時代効果・年齢効果および世代効果の3効果ともに大きい。

(2)定期性預金(銀行・郵便局)、生命保険、金融機関外貯蓄(社内預金等)等の安全性重視の商品は、年齢効果が大きい。

(3)通貨性預金(銀行・郵便局)は、時代効果が大きい。

(4)金融商品の選択基準に関しては、どの項目についても時代効果が大きく、経済状況に呼応して重視する選択基準が異なっている。とりわけ1970年生以降の世代のマインドとして、運用に消極的で利便性を重視した選択が行われている。

(5)金融資産選択行動に関しては日米で差異が顕著であり、とくに米国ではリスク性金融商品の種類によってコウホート別の所持パターンが異なっている。

第5章では、金融商品のチャネルの多様化によって製販分離が進む中、リーマン・ショックのようなネガティブ・イベントが起こると消費者はどのように金融商品を選択するのかを分析している。

まず消費者のセグメントを「金融リテラシー」と「コンサルティング情報希求」の水準の高低によって4象限に区分する。ここで家計の金融資産選択行動についてサイコグラフィックな変数を用い、それぞれの象限について投資態度やデモグラフィックの特徴を明らかにした。データとしては、2007年から2010年まで実施された「日経NEEDS-RADAR金融行動調査」のうち、貯蓄・投資商品に対する態度に関する尺度を用いている。

「コンサル希求」の高いクラスタは平均年齢が若く、「コンサル希求」が高くかつ「金融リテラシー」が低いクラスタではライフステージでみると第一子が誕生~就学までの家計の割合が多い。したがって金融知識の少ない消費者は子供の誕生をきっかけにコンサルティングへの要望が高まると考えられる。「金融リテラシー」の高いクラスタは平均収入が高く、リーマン・ショックのようなイベントのあったあとでもリスク性資産の組み入れ意向が強く、リスク耐性が高い。「金融リテラシー」の低いクラスタはリスク性資産の組み入れ意向が萎縮している。以上が示された。

さらに金融商品の選択プロセスについては、「金融リテラシー」も「コンサル希求」も低いクラスタでは選択順が「業態→機関→商品」と金融機関の選択順位が高く、「××銀行、○○証券」といった機関名を手がかりに商品を選択していることが示された。「コンサル希求」が高いクラスタでは「機関→商品」と選択する割合が高く、商品より先に販売元である機関を参照し決めている。「金融リテラシー」が高く、「コンサル希求」が低いクラスタでは、販売元の金融業態や機関は重視されず、商品を直接選択している割合が大きい。

これら4象限と「機会主義的行動」因子の下位尺度との関係をみても、金融商品選択プロセスに販売機関選択を含めるセグメントの平均値が低く、商品選択の順位が高いセグメントの平均値が高い。「機会主義的行動」をとる消費者には、金融機関にこだわらず金融商品の条件を見て選択する傾向が見られる。

以上が提出論文の要旨であるが、本論文は次のような点で評価することができる。第一に、経済学においても選択行動論は行動経済学の分野で著しい発展が見られるが、本論文ではそれと経営学系のマーケティング理論の交差するところで実証分析を行い、互いの知見を補うものとなっている。さらに、一部は既存のデータや理論を活用してではあるが、考えつく限りで網羅的に実証を行っている。その包括性は類を見ないものである。

第二に、従来の理論は実物的な消費財を対象とするものであったが、サービス、なかでも金融サービスは、サービスが実現しないことが多い保険を考えれば分かるように、モノを消費して得られる満足とは異なる目的をもって需要されている。そこで金融資産選択にかかわる因子を年齢・時代・世代や情報源、経験等、広く拾い上げ、モノと満足をつなぐ合理的かつ単純な選択ではなく複雑で広がりのある意志決定過程を、詳細かつ厚みをもって記述することに成功している。とりわけ、消費者は高い知覚リスクを感知すれば情報探索を開始し、必要な手がかりを得て知覚リスクの水準を低減させることに成功すればその商品を購入するという従来の想定が覆され、情報探索をすればするほどリスク性資産を回避することもあり、投資行動はむしろ関与の度合いや情報処理能力の高さによって促進されると示した点は重要である。総じて、個人の意志決定であっても、金融資産の選択は社会や周囲からの情報に大きく依存し、「合理的個人」の相互作用という経済人モデルとは異なる社会経済学的な分析枠組みが必要であることを示唆している。

第三に、こうした実証分析の結果が、金融マーケティングをどのように行うべきかの実践的な提言に直結しており、金融界にとっても有用である。

しかしながら、本論文にはいくつかの弱点も存在する。第一に、本論文は金融資産の選択行動を分析対象にしており、土地や家屋などの実物資産については議論の枠から外している。だが金融資産の選択が、実物資産の保有額や負債(住宅ローン等)の多寡の影響を受けないとは考えがたい。第二に、第4章で使用した『貯蓄動向調査』、『家計調査年報(貯蓄・負債編)』のデータは二人以上の世帯に関する貯蓄・負債の保有状況の実態を明らかにしたものであって、単身世帯が含まれていない。標準モデル世帯が減少しライフサイクルが多様化しているにもかかわらず、単身世帯の金融資産選択行動を分析するための時系列データが十分に蓄積されていないことは本論文そのものの瑕疵ではないが、結果の意義に一定の限界があることも事実ではある。

第三に、本論文は近年の金融行政を「規制の緩和」ととらえているが、2001年の金融商品販売法、消費者契約法など、消費者保護の観点から業者に対し施行されたのは規制の強化とみなすべき側面もあり、本論文での実証結果の解釈にあたっては慎重に行うべきであろう。

しかしながら、これらの点は本論文の学術的価値を損なうものではない。総じて、本論文は、金融サービス・マーケティングの定義や金融機関のマーケティング行動の変化が消費者にもたらす影響、消費者の年齢・世代構成の変化が金融資産選択に及ぼす影響、日本と米国の金融資産選択行動の比較、およびリーマン・ショックのようなネガティブ・イベントが消費者に与えるインパクトの分析、といった5つの課題について、それぞれの章において一定の成果を提出することに成功している。金融マーケティングの研究は緒についたばかりであり、本論文の貢献は大きい。以上の点から審査委員会は、本論文が博士(学術)の学位を授与されるのにふさわしいと判断する。

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