学位論文要旨



No 128786
著者(漢字) 新田,友子
著者(英字)
著者(カナ) ニッタ,トモコ
標題(和) 北極圏における陸域水循環過程の解明に向けた陸面モデルの高度化に関する研究
標題(洋) A study on land surface modeling for the pan-Arctic terrestrial hydrological cycles
報告番号 128786
報告番号 甲28786
学位授与日 2012.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7886号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 芳村,圭
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 准教授 阿部,彩子
 国立極地研究所 特任研究員 高田,久美子
内容要旨 要旨を表示する

北極圏における陸域水循環過程は,いくつかの点で中低緯度とは異なる性質を持つ.水が主に液体として存在する夏と固体として存在する冬とでは対照的で,強い季節性を持つ.また,北極圏は地球温暖化に対する感度が高く,その影響を顕著に受ける地域のひとつで,気候変動の指標となる地域である.過去数十年,気温の上昇とともに,春の積雪被覆の減少,河川流量の増加,河川氷・湖氷の凍結期間の減少,永久凍土の温度上昇といった陸域水循環の変化が観測されてきた.このような変化は北極圏の環境だけでなく全球的な気候システムにも影響を及ぼす可能性がある.そのため,北極圏における陸域水循環過程とその変動,長期変化,気候への影響の理解は重要な課題である.現地観測の少ない場所を含む高緯度域で,陸域水循環過程の変化を検出し原因を特定するためには,広域モデルを用いる方法が有用な手法である.しかしながら,観測の少ない場所を対象とする場合は特に,気象強制力,モデル構造,パラメータの不確実性が大きいと予想される.そのため,限られた観測データを有効に利用して検証を行い,不確実性を定量化することが重要である.本研究は,このような課題に対応するための,高緯度域における陸面モデルの高度化を目的としている.はじめに東京大学大気海洋研究所,国立環境研究所,海洋研究開発機構によって開発された大気海洋結合モデルMIROC5の陸面モデルMATSIROを,観測をもとにした気象データを強制力として計算できるように修正(オフライン化)を行った.気候モデルが出力する降水量や気温等の変数は,観測と比較して系統的な誤差を持つことが知られている.オフライン化して気象観測データを強制力として用いることで,陸域水循環に関する観測データとの比較が容易になる.また,オフライン実験はオンライン実験と比べて計算コストが小さいため,多くの数値実験ができるといった利点がある.

第2章では,まずモデルの説明とオフライン実験の実験設定について述べた.積雪被覆率,積雪水当量,積雪深,河川流量の観測データを用いた検証を行った結果,積雪被覆率は過小評価する傾向があること,積雪水当量は融雪期に過大評価で解け残る傾向があることがわかった.

第3章では,陸面モデルにおけるサブグリッドスケールの積雪被覆率と積雪深変化の表現というタイトルで,SSNOWD (Subgrid SNOW Distribution)モデルを陸面モデルMATSIROに組み込み,オフライン実験による検証を行った.SSNOWDはサブグリッドの積雪水当量分布が対数正規分布に従うと仮定していて,サブグリッドの積雪の物理過程を考慮している.観測と再解析データをもとに作成された気象強制力のデータセットを用いて,29年間のシミュレーションを行った.衛星観測をもとに作成されたデータセットとの比較によって検証した結果,SSNOWDを組み込むことで,気候値の空間分布だけでなく積雪面積の時系列変化も改善することが示された.SNOWDのCVカテゴリーごとに積雪面積を検証した結果,冬期に積雪面積が一定値に達する高緯度域,季節内変動を示す中緯度域ともに改善することが示された.また,積雪深と積雪被覆率の関係を検証した結果,既往研究で示されていたような積雪深と積雪被覆率のヒステリシス的な関係も表現できることがわかった.

第4章では,アンサンブル実験を用いた全球積雪シミュレーションの不確実性評価を行った.北極圏の主要流域で積雪水当量シミュレーションの不確実性を定量化した結果,積雪スキームとパラメータに起因する不確実性は,堆積期はあまり大きくないこと,融雪期になると大きくなり,パラメータに起因する不確実性は標準実験の約半分から1.5倍程度の幅を持つことがわかった.降水量データセットに起因する不確実性は,堆積期初期から積雪水当量の不確実性が大きく,融雪するまで継続していた.流域ごとにアンサンブルメンバーの幅を見ると,パラメータ摂動アンサンブル実験では,オビ川で45 kg/m2程度,より寒冷なエニセイ川,レナ川,コリマ川では,約66 kg/m2,78 kg/m2,86 kg/m2となっている.アムール川ではばらつきが比較的小さく,ユーコン川とマッケンジー川では約77 kg/m2,74 kg/m2となっている.複数の降水量データセットを用いたアンサンブル実験では,ユーラシアのオビ川,エニセイ川,レナ川,コリマ川,アムール川では,GPCPの降水量データセットを用いた結果が,残り4つからひとつだけ離れる結果となり,残り4つの最大値と最小値の差は小さかった.ユーコン川とマッケンジー川比較的ばらついた結果となった.また,パラメータの不確実性を構造の異なるモデル間で比較した結果,本研究のパラメータ・セット選択手法を用いると,積雪被覆率に対して感度のあるチューニング・パラメータを持つモデルに対しては年平均の北半球積雪面積を用いた制約は効かないのに対して,そのようなパラメータを持たないモデルでは,年平均の北半球積雪面積を用いても不確実性は小さくなることがわかった.

審査要旨 要旨を表示する

北極圏は地球温暖化に対する感度が高く,その影響を顕著に受ける地域のひとつで,気候変動の指標となる地域である.過去数十年,気温の上昇とともに,春の積雪被覆の減少,河川流量の増加,河川氷・湖氷の凍結期間の減少,永久凍土の温度上昇といった陸域水循環の変化が観測されてきた.このような変化は北極圏の環境だけでなく全球的な気候システムにも影響を及ぼす可能性がある.そのため,北極圏における陸域水循環過程とその変動,長期変化,気候への影響の理解は水文学や気候学にとって極めて重要な課題のひとつである.

現地観測の少ない場所を含む高緯度域で,陸域水循環過程の変化を検出し原因を特定するためには,広域モデルを用いる方法が有用な手法である.しかしながら,観測の少ない場所を対象とする場合は特に,気象強制力,モデル構造,観測不可能なモデル特有のチューニングパラメータ(以下パラメータ)の不確実性が大きいと予想される.そのため,限られた観測データを有効に利用して検証を行い,不確実性を定量化することが重要である.

そのような背景のもと本論文では,東京大学大気海洋研究所,国立環境研究所,海洋研究開発機構によって開発された大気海洋結合モデルMIROC5の陸面モデルMATSIROの高度化し,北極圏における陸域水循環の推計精度を向上させること,及びその推計値の不確実性を要因別に定量化することを試みている.

第2章では,まずモデルの説明とオフライン実験の実験設定について述べている.積雪被覆率,積雪水当量,積雪深,河川流量の観測データを用いた検証を行った結果,積雪被覆率は過小評価する傾向があること,積雪水当量は融雪期に過大評価で解け残る傾向があることがわかった.

第3章では,陸面モデルにおけるサブグリッドスケールの積雪被覆率と積雪深変化の表現というタイトルで,SSNOWD (Subgrid SNOW Distribution)モデルを陸面モデルMATSIROに組み込み,オフライン実験による検証を行っている.SSNOWDはサブグリッドの積雪水当量分布が対数正規分布に従うと仮定していて,サブグリッドの積雪の物理過程を考慮している.衛星観測をもとに作成されたデータセットとの比較によって検証した結果,SSNOWDを組み込むことで,気候値の空間分布だけでなく積雪面積の時系列変化も改善することが示された.SNOWDのCVカテゴリーごとに積雪面積を検証した結果,冬期に積雪面積が一定値に達する高緯度域,季節内変動を示す中緯度域ともに改善することが示された.また,積雪深と積雪被覆率の関係を検証した結果,既往研究で示されていたような積雪深と積雪被覆率のヒステリシス的な関係も表現できることがわかった.

第4章では,アンサンブル実験を用いた全球積雪シミュレーションの不確実性評価を行っている.北極圏の主要流域で積雪水当量シミュレーションの不確実性を定量化した結果,積雪スキームとパラメータに起因する不確実性は,堆積期はあまり大きくないこと,融雪期になると大きくなり,パラメータに起因する不確実性は標準実験の約半分から1.5倍程度の幅を持つことがわかった.降水量データセットに起因する不確実性は,堆積期初期から積雪水当量の不確実性が大きく,融雪するまで継続していた.また,パラメータの不確実性を構造の異なるモデル間で比較した結果,本研究のパラメータ・セット選択手法を用いると,積雪被覆率に対して感度のあるチューニング・パラメータを持つモデルに対しては年平均の北半球積雪面積を用いた制約は効かないのに対して,そのようなパラメータを持たないモデルでは,年平均の北半球積雪面積を用いても不確実性は小さくなることがわかった.

第5章では結論を述べている.

このように、本論文は気候システムにおいて重要な北極圏での陸面水循環過程の解明に資する積雪過程を含んだ陸面モデルの高度化を行い,積雪被覆の時空間分布の再現性を劇的に高めた上で,その推計値の時間変動及び長期変化等に伴う不確実性を,要因ごとに定量化することを可能にしたものである.高度化された陸面モデルは次世代の気候変動予測モデルに採りいれられることはもちろんのこと,不確実性算定手法は気候変動のメカニズム研究や,気候変化の検出及びその原因特定の研究にもつながることが期待されており,学術的にも大きく貢献するものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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