学位論文要旨



No 128789
著者(漢字) 木村,文陽
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,フミタカ
標題(和) 静電モータを用いたハプティックデバイスに関する研究
標題(洋)
報告番号 128789
報告番号 甲28789
学位授与日 2012.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7889号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 山本,晃生
 東京大学 准教授 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

本文

近年,様々なハプティックデバイスが開発され,その応用分野は拡大の一途をたどっている.それら応用分野の中で,人間の運動制御学に関する研究は,ハプティックデバイスが大きく貢献すると期待される分野の一つである.なぜなら,ハプティックデバイスは様々な力覚を被験者に提示する必要のある多くの運動制御学に関する実験に適用することが可能だからである.特に,それらハプティックデバイスを用いた実験の中でも,機能的核磁気共鳴装置(functional Magnetic Resonance Imaging : fMRI)を用いた実験は人間の運動制御学に大きな貢献をもたらすとされている.しかしながら,fMRIを用いた実験を実現するには,一般にMR対応性と呼ばれ,強磁場環境下への対応と言う大きな困難が立ちはだかっている.一般的に,MRI装置はその測定を行う為に1Tを越える強磁場を用いる.その様な強磁場は,汎用的に広く用いられている電磁モータの動作に干渉しその動作を著しく不安定にしてしまう弱点がある.更に,一般に"ミサイルエフェクト"と呼ばれ,磁性体が強磁場に引かれてミサイルの如く早いスピードで装置に向かって飛んでいく現象に対して,その安全性を確保するため,MRI装置と共に用いる周辺機器には,磁性体を含む一般的なモータ等を持ち込んではいけないと言うルールが敷かれている.

その様な問題を克服する為に,これまでにさまざまな非磁性のハプティックデバイスが研究されてきた.これまでの研究では,離れた位置にある電磁モータの出力を非磁性材料を用いた伝達機構によって伝達する方式や,非磁性な圧電素子を用いた超音波モータを組み込んだデバイス等が考案されてきた.しかしながら,多くの非磁性機構はその特性に非線形性を有しており,その特性が制御を困難なものにしていることが懸念される.

一方で,静電アクチュエータを用いたハプティックデバイスも提案されている.数ある静電アクチュエータの中でも,交流駆動両電極型静電モータは,3相帯状電極を配線した2枚のフレキシブルプリント基板フィルムで構成され,既存の電磁モータに迫る出力性能と制御性能を実現している.よって,この静電モータをハプティックデバイスに用いることで,前述の課題を解決することが期待されている.更に,薄型化や小型化が容易なことから,MR対応のアプリケーション以外にも,近年その数を急速に増やしている携帯型端末に組み込みが可能なハプティックデバイス等への応用も期待出来る.しかしながら,これまでの研究では,デバイスの設計に主眼が置かれており,周辺技術も含めたシステム全体に踏み込んで研究されている例はほとんどない.

例えば,静電モータは,その駆動に数kVの三相交流信号を必要とすることから,実際の駆動には研究開発用途で用いられる大型のアンプが使用されてきた.しかし,その様な大型のアンプを使用することはハプティックデバイスの携行性を著しく損なってしまう為,それらの要求に見合った専用の駆動装置開発が必要とされている.また,もう一つの例としてハプティックレンダリングがあげられる.先行研究においては,シンプルで排他的なレンダリングプログラムを専用に開発してきた.しかし,静電モータを用いたハプティックデバイスをより広範囲で利用するためには,デバイスは汎用的なハプティックツールに実装されなければならない.また,ハプティックデバイスの制御手法には,インピーダンス型とアドミッタンス型と呼ばれる2種類の方法があるが,静電モータの性能はモータの積層を行うことで大きく変わることが報告されている為,積層方法によって制御手法を変える必要のあることが予測される.しかし,これまでの研究では断片的に触れられるのみであり,制御手法について体系的に議論されていない.

この様な状況を踏まえ,本研究では,静電モータをハプティックデバイス用アクチュエータとして用いた場合の,ハプティックデバイスとしての性能を明らかにして静電モータを用いたハプティックデバイスの設計枠組みの構築を目指し,駆動装置や,制御に必要な各種センサについて,静電モータを活かしたアプリケーションに対応出来ることを目的とした周辺技術の開発を行うことを目的とする.

本論文は6章から構成される本論に,序章と結論を合わせた全10章から構成される.

以下,各章の概略を述べる.

第1章では,本研究の背景として,ハプティックデバイスの歴史,静電モータの概要を述べ,本研究の目的と概要を示す.

第2章では,ハプティックデバイスと静電モータの基礎的な事柄を議論し,設計枠組みの構築を行う.ハプティックデバイスは,その制御手法から大きく分けてアドミッタンス型とインピーダンス型に分けられるが,静電モータの場合は,モータの構造や積層方法によってその適応は別れる.両方式を用いた場合のデバイス構成について議論し,続いてデバイスの設計に必要なパラメータから,制御モデルを構築し制御工学的観点から予測される性能を検討する.議論に基づいた簡単なプロトタイプを実際に製作し,実験的に性能評価も行う.

続いて,第3章から第5章までは,第2章で議論された内容に基づき,必要な周辺技術開発を行う.

第3章では,駆動装置の開発について述べる.静電モータの駆動には1kV以上の高電圧と,数百から数kHzまでの周波数帯域が要求される.これらの信号を,モータの駆動方法によっては6ch(3相交流を2組)分同期して発信する回路が必要となる.また,ハプティックデバイス用の駆動装置としては,1kHz程度の応答速度が必要とされることから,この程度の速度でモータの駆動に必要な信号は高速生成される必要がある.更に,携帯性を実現する為に小型な駆動装置であることも必須である.小型な昇圧装置としてはトランスが安価かつ簡便であることから,小型トランスを用いるのに適した方法として,モータの駆動は2周波数法で行うこととする.以上の要求を満たす駆動装置にについて議論し,実際に作成して性能評価を行う.

第4章では,力センサの開発について述べる.アドミッタンス型のハプティックデバイスを実現するには力センサが必須であることが第1章で述べられている.また,この力センサも当然のことながらMR対応であることが求められる.従来研究では,光学式の変位センサが力センサとして用いられてきたが,その剛性や信号のドリフトだけでなく,ねじれや温度補償について懸念されてきた.そこで,本章では光ファイバFBGと言う,コア部分に周期的な屈折率変化を持つ光ファイバを利用した力センサを提案する.2本のファイバを差動的に用いることで,従来提案されてきたFBGファイバを用いたセンサよりも剛性を高く保ち,更に温度やねじれ補償が可能な手法について議論し,実際にハプティックデバイスに組み込みが可能な力センサの開発を行う.

第5章では,位置センサについて述べる.ハプティックデバイスをインピーダンス制御によって駆動する場合,位置センサが必須であることが第1章で述べられている.また,静電モータは同期モータなのでオープンループによる位置決め制御が容易な一方で,推力制御は変位センサとの緊密な連携制御が必須であることから,その意味でも位置センサは必須である.そこで,本章では,静電モータに組み込み可能であり,かつモータへの負担を軽減する意味で移動子側への配線を不要とする静電容量式位置センサを提案する.まず,原理を数式によって確立し,続いて性能を最大限引き出すことの出来る最適な設計手法について解析を行う.そして最後に,試作機を用いた実験的評価を行う.

第6章と第7章では,第3章から第5章までに開発された周辺技術を用いて実際にハプティックシステムを構築し,実装評価を行う.

第6章では,アドミッタンス型ハプティックデバイスの開発について述べる.第2章で得られた議論に基づき,第3章で開発した駆動装置と第4章で開発した力センサを用いてアドミッタンス型ハプティックデバイスを構築する.本研究のモチベーションの一つとして,第1章で述べたfMRI装置を用いた実験に適用可能なハプティックデバイスの実現は本章によって為されることになるため,構築されたデバイスを実際にfMRI装置内に持ち込み評価実験を行う.評価実験では,デバイスが装置から干渉を受けずに安定して動作するか,また逆にデバイスが装置の撮像結果に干渉していないかを評価し,研究のモチベーションが達成されていることを示す.

第7章では,インピーダンス型ハプティックデバイスの開発について述べる.第2章で得られた議論に基づき,第3章で開発した駆動装置と第5章で開発した位置センサを用いてインピーダンス型ハプティックデバイスを構築する.第6章とは異なり,インピーダンス型デバイスとしてもシステムが構築可能であることを示し,特に本研究のもう一つの目的である薄型ハプティックデバイスの実現について,デバイスの評価実験を通してその目的が達成されている事を示す.

最後に,第8章では本論文の結論を述べる.本研究で得られた成果についての総括を行い,更に今後の展望について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「静電モータを用いたハプティックデバイスに関する研究」と題し,静電モータを用いたハプティックデバイスの実現に必要な設計法や性能についての検討,また周辺装置技術に関する一連の開発研究で得られた成果を纏めたものである.

本文は以下に示す8章で構成されている.

第1章「序論」では, 研究の背景と目的について述べている.まず,静電モータをハプティックデバイスに用いることで,単に従来の電磁モータと置き換えるだけでなく,その薄さや非磁性といった特徴を活かし,特にMRI環境における応用や薄型ディスプレイと一体化したデバイスへの応用が期待できることを述べている.次に,その実現に向けた課題として各制御方法におけるデバイスの構成や性能に関する検討のほかに,力センサや位置センサなどの周辺技術の必要性を挙げ,これらの課題の解決を本論文の目的とすることを述べている.

第2章「静電モータによるハプティックデバイスの構築法」では,装置構成,駆動方法,制御方法,性能に関する基礎的な検討と実験を行っている.まず,モデルを用いた解析では,静電モータがダイレクトドライブであることでその剛性を比較的容易に設定でき,また,移動子が軽量なためレンダリングの正確さにおいて優位であり,静電モータの特徴を活かした構築が可能であることを示している.次に,実験によってインピーダンス制御とアドミタンス制御のいずれも適用可能であることを示している. 静電モータの駆動信号の分解能によってモータの推力特性が変化するため,波形の分割数を40以上にすることが望ましいことや,フレキシブルプリント基板の層構造について,フィルム表面に凹凸を設ける必要があることを示している.そして,ハプティクディバイスの実現には,高速な波形生成システムを含む小型駆動装置や,非磁性の力センサ,モータの構造的な特徴を損なわない位置センサの必要性を述べている.

第3章「FPGAを用いた駆動装置」では,高速な制御周期を実現するモータの駆動装置の開発ついて述べている.開発して装置は,FPGAを用いた小型の波形発生器と,汎用のパワーアンプIC,小型の昇圧トランスを用いた増幅器から構成される.一般に,ハプティックデバイスで十分な剛性を提示するためには制御周期が1kHz以上必要であると言われているのに対し,本装置は最高で2MHzの制御周期で動作するため十分にその要求を満たすことを示している.一方で,本駆動装置を用いたモータの駆動実験では,印加信号周波数が大幅に高くなった影響によりモータの発熱現象が確認されたため,モータの静電容量とコンダクタンスを測定することで,発熱量を導出する手法について述べている.これによって,モータの適切な駆動周波数を選定し,発熱問題を回避することに成功している.

第4章「ファイバブラッググレーティング(FBG)を用いた力センサ」では,2個のFBGを用いた力センサについて,その原理や設計手法を明らかにし,試作した装置によって,その評価を行っている.反射光のスペクトル変化を検出する測定系が高価であり,また応答性に課題があったのに対し,考案したものでは,差動光回路によるフィルタ効果によって,特定の波長の光強度を安価な測定系で高速に検出できることを示している.また,ファイバの個体差を補償する手法についても明らかにしている.そして,これらの検討に基づいたセンサを試作しその性能を評価し,その有効性を確認している.

第5章「静電容量式エンコーダ」では,静電モータの推力制御に不可欠な電極位置を検出するためのセンサとして開発した静電誘導を用いた静電容量式エンコーダについて,その原理と設計手法などを述べている. このエンコーダは,移動子上に2相電極,固定子上に4相電極を有した構造になっており,静電誘導によって移動子へ電位分布を励起するため移動子は配線を持たないという特徴を有す.試作機による実験により,既存のハプティックシステムに大きな改造を加えること無く実装可能であることを検証している.

第6章「アドミタンスデバイスとしての構成」では,第2章から4章で得られた設計手法,駆動装置,力センサを用いて実際にアドミタンスデバイスを作製し,実験によってそれらの有効性を示している.また,作製したデバイスをMRI装置内に持ち込んで行った実験において良好な性能を確認し,MRI環境におけるハプティックデバイスへの適応の有効性を検証している.

第7章「インピーダンスデバイスとしての構成」では,第6章と同様にこれまでに得られた成果を用いて実際にインピーダンスデバイスを作製し推力制御を実現することでそれらの有効性を確認している.また,作製したデバイスを用いてディスプレイに表示した動画とインタラクションを行うことで,ディスプレイと一体化できるデバイスへの可能性を示している.

第8章「結論」では,本論文を総括するとともに,今後解決すべき技術課題を具体的に述べている.

このように,本論文の研究において,静電モータを用いることにより,強磁場であるMRI環境で使用できるハプティックデバイスを実現し,その構成法を明らかにしている. 加えて,FBGを利用して,制御のために必要な力センサーを開発するとともに,変位センサーとして移動体に給電を不要とした静電エンコーダを新たに開発している.これらの成果は,精密機械工学,メカトロニクス,静電気工学,ロボット工学等の学問分野の発展に貢献するものであり,工業的利用への期待も大きいと言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク