学位論文要旨



No 128790
著者(漢字) 稲垣,貴之
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,タカシ
標題(和) 体外免疫法を利用した高速抗体取得方法の開発
標題(洋)
報告番号 128790
報告番号 甲28790
学位授与日 2012.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7890号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 准教授 上田,宏
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、体外免疫法を用いた抗体の取得方法の開発を目的としている。

抗体とは、生体内の免疫反応の一端を担う蛋白質で、特定の物質(抗原)に特異的に結合することが出来る性質や、他の免疫系の細胞を活性化するなどの様々な働きをする。この性質を利用して、疾患の検出・診断や、疾患の治療など幅広く利用されている。従来は、生体に抗原を注射等の方法で投与することで免疫を実施し、生体内の免疫反応を利用して抗体を取得する。この従来法では、生体反応を待つ必要があり、抗体の取得までに非常に長い期間を要する。また、生体に投与する抗原量が多く、調製が困難な物質の免疫や、生体に対して毒性を示す抗原の免疫は非常に困難であった。このような状況の下、1980年代から生体外で免疫を実施する体外免疫方法の研究がなされた。

これまでの体外免疫方法では、(1)T細胞が多く含まれる胸腺細胞を培養し、その培養液でB細胞を活性化する手法、(2)抗原で活性化したT細胞と共培養する手法、(3)サイトカインや抗体を添加して、B細胞に刺激を加える手法などが提案されている。しかしながら、再現性や汎用性の点で問題があった。さらに、誘導したい免疫反応の詳細が明らかでない等の問題から検証が不十分な点が考えられた。

今回我々は、高親和性抗体を得る為には、SHMを誘導し、抗体の親和性を変化させることが必要であると考え、SHMの誘導に必要な因子を探索した。その結果、GCの形成と、AIDの発現誘導という2つの因子に着目した。特にAIDは、実際に抗体の遺伝子に点変異を入れる為の重要な酵素であり、その発現誘導がSHMにとって重要な事が考えられた。

第2章において、このAIDの発現誘導と、GCの形成が可能な体外免疫方法の開発を行った。

これまでにAIDの発現誘導に関しては、anti-CD38抗体によって刺激したB細胞にIL-4刺激とIL-5刺激を加える事で誘導可能である事が報告されている。さらに、GCの形成においては、生体内では、ヘルパーT細胞との相互作用によって誘導されることが知られており、ヘルパーT細胞からの刺激の主要な成分はCD40-CD40 ligandの相互作用である事も示されている。これらの調査結果から、T細胞性の刺激物質としてIL-4、IL-5、anti-CD38抗体、anti-CD40抗体の4種類を用いることとした。

これら4種類を様々な組み合わせで使用し、抗原の有無でAID発現量に差異のある組み合わせを検討した。その結果、この4種の因子全てを用いた組み合わせ(TDS)によって優位な差異が確認できた。AIDの発現量自体は、免疫前の64倍(抗原無添加の場合の1.7倍)であった。さらに、ここにT細胞非依存性刺激物質であるLPSを添加することで、大幅に発現量を向上させられることを発見した。LPS+TDS刺激によって、免疫前の363倍(抗原無添加の場合の2.6倍)にまで発現を上昇させることに成功した。

一方、GCの遺伝子マーカーであるBcl-6に関しては、免疫前よりも発現量が減少するという現象が観察され、脾臓から調製直後の細胞は休止期のB細胞であり、Bcl-6を高発現しているという過去の報告例と相関する結果となった。しかし、LPS+TDS刺激によって抗原の有無での発現量の差異が確認されている事、Bcl-6も培養日数を経るごとに発現量が上昇している事から、LPS+TDSでGCも誘導されている事が示唆された。

つぎに細胞の表面抗原の発現量によって分類し、GCやPlasmablastの形成を確認した。その結果、免疫後2日間培養することでGCに似たフェノタイプを示す細胞GC like B cellの誘導が観察され、その後Pre-PB like B cellやPre-GC like B cell等、GCへの分化途中、Plasmablastへの分化途中の細胞などが検出され、LPS+TDSによるGCの形成が確認できた。また、LPSは、B細胞の活性化やPlasmablastの分化誘導には働くものの、GCの形成はTDSが優位に働くことが示された。生体内においてGCの形成はT細胞からの刺激によって誘導されることから、生体外においても、T細胞性の刺激によってGCを形成させることが出来ることが示された。

これまでの体外免疫法の問題点であった再現性を確保し、GCの形成とAIDの発現誘導を実現する手法として、LPS+TDS刺激による免疫方法を確立した。

第3章では、第2章において確立した体外免疫法を用いた抗体取得方法の確立と、抗原HELの免疫、SHMの誘導確認とanti-HEL抗体の取得を実施した。

確立した体外免疫法を用いて、免疫した細胞から、scFvを構築する高速抗体取得方法(RAntIS法)を考案し、構築した。scFv化する際に、VH鎖とVL鎖をシャフリングすることで、10(10)~10(14)という非常に大きい抗体ライブラリーを構築することが出来た。また、抗体の活性確認まで、免疫スタートから約10日間と非常に短縮することが出来、迅速な抗体取得方法となった。

RAntIS法を用いて、免疫後の培養時間と得られる抗体の活性・特異性を検討した。その結果、培養5日後が最も効率よく抗体が取得出来ること、培養日数を延ばすと、活性が低いクローンが優位に得られることが明らかとなった。また、得られたクローンの遺伝子配列を決定し、ゲノム上の抗体遺伝子との比較により、体細胞変異の有無を確認した。その結果、どのクローンもゲノム上の配列と比較して変異が蓄積されているという結果となった。培養日数ごとに解析すると、培養5日目以降は約10か所のアミノ酸置換を伴う変異が蓄積されているという結果となった。今回は活性のあるクローンとしてスクリーニングしたのちに配列解析を実施しているので、活性のあるクローンは、平均10か所前後の変異を蓄積している事が示された。過去において、高親和性抗体への変異の蓄積数を解析した研究から、高親和性抗体には5~10箇所の変異が蓄積されている事が報告されており、今回得た解析結果と相関していた。

得られたscFvクローンのうち、活性の高いクローンの親和性をBIACOREにて解析した結果、78 nM (kon : 2.86 × 104 M(-1)s(-1)、koff : 2.33 × 10(-3) s(-1))と、10-8Mオーダーであった。また、免疫した細胞をハイブリドーマ化し、抗原特異的なIgGクローンを得た。その親和性は、0.5 nM (kon : 9.9 × 105 M(-1)s(-1)、koff : 5.5 × 10(-4) s(-1))と、非常に親和性の高い抗体が得られた。この活性であれば、血液中の微量成分も検出可能であり、IgGである為汎用性も高い抗体を得ることが出来た。従来法で得た抗体は10(-8)~10(-9)Mの抗体であり、scFv化することでやはり、10~100倍活性が低下していた。これらのことから、我々の手法は抗原を特異的に免疫して、高親和性抗体を得ることのできる非常に優れた手法である事が示された。得られたIgGの活性を比較すると、我々の手法では、活性の非常に高い抗体も得られるものの、その大多数は通常の抗体レベルの活性であり、アフィニティマチュレーションによる高親和性抗体発現細胞のみを濃縮できていないことが示唆された。生体外において、抗原を免疫し、体細胞変異を誘導し、かつ非常に高い活性の抗体を得ることが出来る手法を確立することが出来た。

第4章では、低分子量ペプチドを免疫し、特異的抗体を得ることに成功した。

体外免疫法のメリットとして、低分子化合物の免疫が容易な点や、自己抗体の免疫が可能な点が考えられている。実際に低分子化合物の免疫に関しては報告例があり、従来法では必要不可欠な、キャリアータンパク質とのコンジュゲートの作製が不要というメリットが報告されている。しかし、取得効率は非常に低いものであった。今回我々は、7 mer ~ 24 merの低分子ペプチドを直接免疫し、抗体を取得することに成功した。抗原として、HELを免疫した場合に比較すると、GC細胞の形成数が少なくなっており、免疫原性が低いことに起因すると思われる、免疫反応の微弱化は見られたものの、他のペプチドに対して反応性の低いクローン(特異性の高いクローン)を得ることに成功した。本法では、HELを免疫した際と同様、スクリーニングしたクローンのうち約30%が抗原に対して特異的なクローンであり、非常に効率よく抗体を取得出来る手法である事が示された。

本法では、低分子量ペプチドをキャリアータンパク質にコンジュゲートすることなく、直接免疫し、抗体を取得することに成功した。抗体の取得自体はこれまでにも報告されているが、これまでの報告例と比較しても、非常に高効率で取得することが出来る手法である事が示された。

第5章では、体外免疫法のもう一つのメリットと考えられる自己抗原に対する抗体を取得した。

マウス由来のS100A10という自己抗原及び、非常にホモロジーの高いヒト由来のS100A10を免疫し、抗体を得ることに成功した。

また、これらの抗体は、脾臓細胞ではなく、B細胞を免疫した場合でも同様に抗体が取得出来、当初の想定通り、LPS+TDSによってT細胞からの刺激を代替することができたことが示された。この事から、先述の通り、培養細胞を用いた免疫も可能である事が示唆された。培養細胞として生体内以上の抗体ライブラリーを作製することが出来れば、さらに汎用性の高い抗体取得法となることが示唆された。

同時に、IgGへのCSRを確認したところ、得られたクローンのうち50%~90%と非常に高い確率でIgGが取得できており、本法でCSRが誘導されている事が示された。

このように、CSRやSHMを誘導可能な、体外免疫法の構築と、それをベースとした抗体取得方法を開発した。この手法では、非常に高効率で抗体を取得できるうえ、低分子量ペプチドや自己抗原も免疫可能である等、様々なメリットが確認できた。

本法では実現できていないが、アフィニティマチュレーションによる抗原特異的高親和性抗体を産生している細胞を特異的に濃縮する手法と、高親和性抗体のSHMを停止する、Plasmablastへの分化誘導の手法を組み合わせ、かつiPS細胞等から誘導したB細胞ライブラリーの開発し免疫に使用するという3点を解決することで、完全な生体外での抗体取得方法の構築が可能であると考えられ、生体外での抗原の免疫における問題を一つ解決した手法を構築することが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、体外免疫法を用いた抗体の取得方法の開発を目的としている。

抗体は、生体内の免疫反応を担う蛋白質で、特定の物質(抗原)に特異的に結合することができる性質や、他の免疫系の細胞を活性化するなどの様々な働きをする。この性質を利用して、近年では診断薬や治療薬(抗体医薬)として、医療分野でも幅広く利用されている。診断薬や治療薬の開発において、高親和性抗体の迅速な取得は非常に重要な課題であるといえる。抗体の取得においてもっとも時間を要する過程は、抗原を免疫する過程であり、この過程を迅速化する手法として、体外免疫法の活用が考えられる。しかし、既報の体外免疫法では、免疫反応である抗体のクラススイッチを再現性良く誘導できないなどの問題点があった。本論文では、高親和性抗体を取得するために誘導すべき免疫反応として、体細胞変異の蓄積による抗体の親和性成熟に着目し、体細胞変異を再現性良く誘導し、迅速に抗体を取得する手法の開発を目指したものである。本論文は以下の6章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の目的と概要、本研究の背景について述べている。

第2章では、体細胞変異の誘導をモニタリングする指標として、RNA editing enzymeであるActivation-induced cytidine deaminase (AID)の発現誘導と、胚中心様B細胞への分化誘導という2項目に着目し、これらを実現する為のB細胞の刺激方法の検討・解析を行った結果を報告している。抗原としてニワトリ卵白リゾチーム(HEL)を用い、T細胞性の刺激物質としてIL-4、IL-5、抗CD38抗体、抗CD40抗体、T細胞非依存性の刺激物質としてLPSを用いている。

Real time PCRを用いたAID mRNAの発現解析の結果、T細胞性の刺激として上記4種類全てを添加する条件(4種類のT細胞性刺激を全て使用する条件を以下TDSと省略する)で、抗原の有無によるAID mRNA発現量の差異を確認することができ、さらに、LPSを同時に添加することで、大幅に発現量を上昇させることにも成功したと述べている。この条件下で、フローサイトメトリーを用いて細胞の表面抗原を解析した結果、胚中心様B細胞を検出することができたことも述べている。さらにこれまでの体外免疫法の問題点であった再現性を確保し、胚中心様B細胞への分化誘導とAIDの発現誘導を定量的に評価し実現する手法として、LPS+TDS刺激による免疫方法を確立したことを報告している。

第3章では、第2章において確立した体外免疫法を用いた抗体取得方法の確立と、抗原HELの免疫、体細胞変異の誘導確認とanti-HEL抗体の取得を行っている。

確立した体外免疫法を用いて、免疫した細胞からscFvを構築する迅速抗体取得方法を考案している。構築したscFvを大腸菌で発現させることで、抗体の活性確認まで、免疫開始から約10日間と非常に短縮することができ、迅速な抗体取得方法となったと述べている。この手法で得られたクローンの遺伝子配列・アミノ酸配列を解析し、変異が蓄積されていることを確認している。また、得られた抗体の活性をBIACOREにて評価し、scFvとして、解離定数78 nM (kon : 2.86 × 104 M-1s-1、koff : 2.33 × 10-3 s-1) のクローンを得ている。また、本論文で構築した体外免疫方法を用いてハイブリドーマを構築し、抗体をスクリーニングした結果、解離定数0.5 nM (kon : 9.9 × 105 M-1s-1、koff : 5.5 × 10-4 s-1)の完全長抗体を得たことも述べている。

第4章では、低分子量ペプチド(Angiotensin I, 10mer)を免疫し、特異的抗体のスクリーニングを行っている。本方法では、低分子量ペプチドをキャリアータンパク質にコンジュゲートすることなく直接体外免疫し、低分子量ペプチドに特異的に反応する抗体を取得することに成功したと述べている。

第5章では、体外免疫法のもう一つのメリットと考えられる自己抗原の免疫を行っている。マウス由来の自己抗原S100A10、及びこれと非常にホモロジーの高いヒト由来のS100A10 (ホモロジー91%)を免疫し、動物細胞を用いた通常の免疫法では取得が困難な自己抗原に対する抗体の取得に成功したことを報告している。

また、これらの抗体は、脾臓細胞ではなく、B細胞を免疫した場合でも同様に取得でき、当初の想定通りLPS+TDSによってT細胞からの刺激を代替することができたことが示されたと述べている。このことから、培養B細胞を用いた免疫も可能であることが示唆され、抗体のレパートリーを保持した培養B細胞系統が構築できれば、さらに汎用性の高い抗体取得法となると考察している。

同時に、IgG1へのクラススイッチを確認したところ、得られたクローンのうち50%~90%と非常に高い確率でIgG1が取得できており、本法でクラススイッチが誘導できたと述べている

第6章は研究の総括である。

以上、本研究ではクラススイッチや体細胞変異を誘導可能な体外免疫法の構築と、それをベースとした抗体取得方法を開発し、様々な抗原に対して利用できる可能性を示している。また本研究で得られた抗体は、腎臓がんの診断薬として利用する応用展開が期待される。また、抗体医薬においては、ヒト生体内での拒絶反応を抑える目的から、ヒト抗体の作製が必要と言われているが、本手法はB細胞に対して刺激を加えることで免疫反応を誘導しており、ヒトB細胞を体外免疫することによって迅速にヒト抗体を取得する手法の開発も期待される。このように、本博士論文研究を通じて開発された体外免疫法ならびに迅速抗体取得方法はバイオエンジニアリング分野への貢献が大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク