No | 128794 | |
著者(漢字) | 清水,皇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シミズ,スメラ | |
標題(和) | Pt(111)平滑および階段状表面のドナー分子に関する分光学的研究 | |
標題(洋) | Spectroscopic studies of donor molecules on the Pt(111) flat and step surfaces | |
報告番号 | 128794 | |
報告番号 | 甲28794 | |
学位授与日 | 2012.12.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第842号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 物質系専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 緒言 ドナー性分子は、基底状態における最高被占軌道 (HOMO) のエネルギーレベルが比較的高いので、電子を放出しやすく酸化されやすい性質を示す。ドナー性を有する物質は、一酸化炭素 (CO)、アンモニア (NH3) 等の無機物質、Tetrathiafulvalene (TTF)、Tetrathianaphthacene (TTN) 等の有機7π電子系、半導体のドーパントである15および16族元素などが挙げられる。 固体表面において吸着分子がドナーとして作用するためには、分子のHOMO準位が固体のフェルミ準位よりも相対的に高い位置に存在することが原則であり、この時HOMOからの電子移動が可能となる。すなわち、電荷移動自由エネルギー変化が負でなければならない。しかし、実在の系はこうした単純な描像で記述できない事も多い。例えば、CO/遷移金属系では、2 π*軌道への基板d電子の逆供与が同時に生じる(Blyholderモデル)[1]。また、有機分子吸着系では、分子構造が柔軟で、場合によっては反応性の高い置換基を有するため、固体表面ではその電子状態や構造は容易に変調され得る。よって、分子の吸着状態と共に電子状態を観測し、電荷移動状態を議論することが重要となる。 本研究では、Pt(997)表面におけるCOとTTFの吸着状態と電子状態について調べた。CO吸着系に関しては、放射光を用いた高分解能X線光電子分光法 (HR-XPS)、TTFに関しては、赤外反射吸収分光法 (IRAS)、高分解能電子エネルギー損失分光法 (HREELS)、走査トンネル顕微鏡 (STM)、およびHR-XPSを用いて研究を行った。これらの結果に基づいて、化学的に活性なPt表面上における一般的なドナー分子の吸着挙動を解明することを目的とした。 COについては、既に過去の研究から表面吸着系に対して多くの知見が得られているが、Pt(997)表面では内殻の電子状態に関する報告例がないため、HR-XPSを用いて、分子と基板双方の視点から電子状態を明らかにした。また、その結果に基づいて、CO-Pt基板間の電荷移動機構および電荷移動状態のCO被覆率依存性について考察した。 TTF吸着系についてはCu(111) およびAu(111)表面を除いて実験的報告がない[2,3]。後者に関しては、単純な電子移動モデルから一価未満のTTFカチオンが生成することが示唆されている。化学的に活性な遷移金属であるPt表面においても同様にTTFカチオン生成するのか、あるいは分子構造が変調された吸着種が観測されるのかは非常に興味深い。結果として、本研究ではPt表面上のTTF単層飽和膜中に5種類のTTF吸着種が存在することを見出した。それらの、電荷移動状態を様々な分光学的証拠に基づいて考察した。 2. 実験 実験は全て超高真空中 (~1x10(-8) Pa) で行った。Pt(997)表面は、Ne+イオンスパッタリング、1120 Kでのアニールを繰り返し行うことで清浄化した。気体COはパルスバルブを用いて1.0 Torrの定圧で導入した。手製のK-cellを用いてTTFを蒸着した。HR-XPS測定はKEK-PFのBL 13で行った (hv= 400 eV、220 eV、130 eV)。EELS測定はEp = 4.99 eV、入出射角60°で行った。IRAS測定はp偏向の赤外光を基板表面で反射させて行った。STM測定は、NaOHaqで電解研磨したWチップを用いて行った。探針は超高真空内に導入後、電子衝撃加熱し清浄化した。CO/Pt(997)系の吸着およびXPS測定は室温または200 Kで行った。TTF/Pt系に関しては全て室温で行った。 3. 結果と考察 (1)CO/Pt(997) Figure 1 (a)-(d) に4種類の被覆率におけるC 1s normal emission XPSスペクトルを示す。 0.45 ML CO/Pt(997)では、285.91 eV、286.24 eV、286.64eVに3つのピークが観測された (Fig. 1 (a))。これらは、terrace-bridge、step-on-top、terrace-on-top サイトのCO に帰属される。この状態から310 Kまで加熱すると、terrace-bridge COのみが脱離した状態になる (Fig. 1 (d), 0.065 ML)。被覆率0.31 MLにおいても、0.45 MLの場合と同様に3つのピークが存在する。この状態から400 Kまで加熱すると、step-on-top COのみが表面に残る (Fig. 1 (c), 0.028 ML)。 被覆率0.45 MLはc(4x2) CO/Pt(997)の構造モデルから求められる被覆率0.46 MLとよく一致する。また被覆率0.028 MLは、stepにCOが飽和吸着する場合 (Pt 2原子毎にCO 1分子が吸着) の被覆率0.058 MLのおよそ半分であるので、平均してstep Pt原子4個にCO が1分子吸着する吸着モデルが得られる。 Figure 1における各ピークのエネルギー位置は各被覆率で若干異なる。step-on-topおよびterrace-on-top COのピーク位置を被覆率に対してプロットしたものを、Figure 2に示す。step成分に関しては、~0.1 ML以下では高束縛エネルギー側にシフトし、~0.1 ML以上では低束縛エネルギー側にシフトした。terrace-on-top成分も、step成分に類似した傾向を示した。高束縛/低束縛エネルギー側へのシフトは、元の電子状態からの 電子の減少/増加を意味している。故に、被覆率に応じて、CO-Pt基板間の電荷移動状態が変化していることが分かる。さらに、Blyholderモデルに基づいて考察すると、~0.1 ML以下では電子供与の増加や電子逆供与の減少が、~0.1 ML以上では電子供与の減少や電子逆供与の増加が生じる可能性がある。 一方、過去のCO/Pt(997)系に関するIRASスペクトルから、CO伸縮振動モードは被覆率に対して一様なブルーシフト示すことが分かっている[4]。このことは、CO結合の結合次数が被覆率と共に増加することを示唆している。 C 1sスペクトルとIRASスペクトルからの情報および結合次数の定義(=(結合性軌道の電子数-反結合性軌道の電子数)/2) に基づくと、~0.1 ML以下では逆供与の減少が、~0.1 ML以上では供与の減少が起きていると結論づけられる。 次に、C 1s スペクトルと同時に測定されたPt 4f スペクトルをFigure 3に示す。清浄表面 (Fig. 3 (a)) では、71.1 eV、70.8 eV、70.6 eVにそれぞれbulk、surface-terraceおよびsurface-stepのピークが観測される。COが吸着すると、それらのsurface成分は高束縛エネルギー側へシフトする。これは、電子逆供与が供与に比べて相対的に多いことを意味する。0.028 MLでは、1種類のシフトしたピークが観測された。C 1sスペクトルとの対応から、このピークはstep-on-topサイトPt原子に帰属される。最終的に0.45 MLでは、さらに2種類のシフトしたピークが観測された。これらは、各吸着サイト(terrace-on-top, -bridge) のPt原子に帰属される。 step-on-topおよびterrace-on-topピークの被覆率シフト傾向は、Fig. 2におけるC 1sスペクトルの場合と全く逆である。これは、各吸着サイトの近傍で、CO分子とPt原子間における電荷移動が生じることを示唆している。但し、0.028 MLにおいては、清浄表面に比べてsurface-terrace成分の強度が明らかに減少している。このため、step-on-topサイトのCOには周りのterraceからも電子が逆供与されている可能性がある。 本研究では、一連のC 1sおよびPt 4f XPSスペクトルから、stepサイトに吸着したCO分子の電荷移動機構が明らかになった。基本的に、PtはCOに対しての見かけのドナー (逆供与が相対的に多い)、COはPtに対しての見かけのアクセプターとして振舞うが、その電荷移動量は被覆率に応じて常に変化している。 (2) TTF/Pt(997), Pt(111) Figure 4にPt(997)表面上に300KでTTFを吸着させた場合のHREELSの蒸着時間依存性を示す。ここでは、C-H、C-C (C=C)、Pt-C伸縮振動モードに注目する。蒸着時間3 sでは、vC-Hが2925 cm(-1)、vC-Cが1320 cm(-1)に観測される。これらは、TTFのC=C二重結合(C sp2混成状態)が、Pt(997)表面に吸着することによってC-C単結合(C sp3)に再混成されたことを示している。また、vPt-Cが355 cm(-1)に観測されることから、この再混成は、基板Pt原子とTTFのC原子間の共有結合形成に由来することが分かる。 蒸着時間 10 sではvC-Cが1320および1380 cm(-1)に分裂して観測される。一方、vC-Hは依然シングルピークである。この結果は、TTFの中央C=Cと基板間の相互作用が末端C=Cよりも低下した成分も表面上に存在する事を示している。単層飽和膜(≡1 ML)では、低被覆率で観測された振動モードに加えて、vC=CおよびvC-H (sp2成分)も観測される。このことから、基板と反応していない成分が含まれることが分かる。また、低被覆率領域でIRASスペクトルを測定すると、面内モードが観測されないことから、最初はflat-lyingに配向している再混成種が生成することが分かった。一方、1 ML TTF/Pt(997)に関するIRASスペクトルには、様々な面内モードが観測されたので、被覆率と共にtilt配向した再混成種が増加する Figure 5 (a)に1 ML TTFにおけるS 2pスペクトルを示す。デコンボリューション解析によって、このスペクトル中には4種類の成分が含まれることが分かった。各成分のS 2p(3/2)ピーク位置は、162.10、162.66、163.43、164.01 eVである。また、硫黄を含む分子吸着系で、~164 eVより低束縛エネルギー側にS 2pピークが観測される場合、一般には金属-硫黄共有結合が認められる[2]。よって本研究においては3種類のPt-S共有結合の生成が示唆される。Figure 5 (b)に硫黄原子1個当りの原子電荷の変化量とS 2p(3/2)ピーク位置の相関を示す。ここから、高束縛エネルギー側の1成分は電子を奪われた状態にあることが分かる。これはTTFがドナーとして作用する場合があることを示している。しかし、ピーク強度から、その生成量極めて少ないと言える。一方、低束縛エネルギー側の3つの硫黄成分は電子を供与された状態にあることが分かる。例えば、162.10 eVに観測されたPt-S結合成分では、-0.24個の電子がPtからSに与えられている。 HREEL、IRASおよびS 2p XPSの結果から、本研究では以下に示す5種類の吸着モデルを考案した (Figure 6)。 これらの構造の妥当性は、TTF/Pt(997)についてのC 1s XPSスペクトルを詳細に解析することによって確認された。また、/Pt(111) flat面に吸着したTTFに関する実験との比較から、構造(A)は、step面で生成しやすいことも明らかになった。発表時には、5種類の吸着種の妥当性、生成割合、それらの正味の電荷量について詳しく議論する。また、Pt 4f XPSスペクトルやSTM像などの結果も交えて、step近傍における詳細な吸着構造についても説明したい。 4. まとめ 本研究では、HR-XPS、HREELS、IRAS、STMを用いて、Pt(997)表面上におけるCOやTTF共着状態と電子状態について研究した。CO/Pt(997)系では、C 1sおよびPt 4fの高分解能XPS測定では、吸着分子と同様に吸着サイトも変調を受け内殻の電子状態に反映される事が分かった。また、step-on-top COの電荷移動状態は被覆率と共に常に変化することが明らかになった。TTF/Pt系に関しては、Pt基板上において、TTF分子骨格中の炭素原子や硫黄原子はPt-CおよびPt-S共有結合を形成し、再混成されることが分かった。Pt-S結合の中の電子は硫黄原子上に局在しており、再混成種は負に帯電することが分かった。化学的に活性な金属表面では、単純なドナー・アクセプターという概念は適用できない。吸着種-基板間に形成される化学結合中の電子の偏りを調べた上で、電荷移動状態を吸着系別に考察することが重要である。 Figure 1. Coverage dependence of C 1s normal emission spectra of CO/Pt(997). Figure 2. the binding energy shift as a function of CO coverage (θ). Figure 3. Coverage dependence of Pt 4f normal emission spectra of CO/Pt(997). Figure 4. Coverage dependence of HREELS spectra of TTF/Pt(997). A molecular structure in this figure shows TTF. Figure 5. (a) S 2p spectrum of 1 ML TTF/Pt(997). (b) Binding energy of S 2p(3/2) as a function of atomic charge variation per S atom. Figure 6. Adsorption models of TTF on Pt(997). | |
審査要旨 | 本論文は,Pt(997)表面における一酸化炭素(CO)の吸着状態と電荷移動,Pt(997)およびPt(111)表面におけるテトラチアフルバレン(TTF)の吸着状態と電荷移動について,高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS),低速電子回折(LEED),高分解能X線光電子分光(HR-XPS),走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた研究について述べられている.論文は6章からなり,第1章は本研究の背景と目的,第2章は実験装置と実験方法,第3章はPt(997)表面におけるCOの吸着と電荷移動,第4章はPt(997)表面におけるTTF分子の多様な吸着状態と電荷移動,第5章はPt(111)表面におけるTTF分子の多様な吸着状態と電荷移動,第6章は結論である. 第1章では,ドナー分子とアクセプター分子を概観し,表面におけるエネルギー準位アラインメントについて提案されているモデルを紹介した後に,CO分子とTTF分子の性質について述べている.最後に本研究の目的を設定した. 第2章では,本研究に用いたHREELS,HR-XPS,STM-IRAS実験装置について簡略に説明している.また,単結晶Pt表面の清浄化と,CO分子の吸着およびTTFの蒸着について記述した. 第3章は,Pt(997)表面におけるCOの吸着状態と電荷移動をHR-XPSを用いて詳細に研究した結果について述べられている.ステップのオントップサイト(SOサイト)のみにCO吸着した表面,SOサイトとテラスのオントップサイト(TOサイト)にCOが吸着した表面,SOサイトTOサイトそしてテラスブリッジサイト(TBサイト)にCOが吸着した表面を作製し,それぞれの吸着面のC 1sとPt 4f(7/2)のHR-XPS測定を行った.C1sではTBサイト,SOサイト,TOサイトに吸着したCOに帰属されるピークが観測された. Pt(111)c(4x2)-CO表面のC 1sと比較することにより,サイトごとの吸着量を見積もった.一方,それぞれの吸着面におけるPt 4f(7/2)スペクトルから,COがどのサイトに吸着した場合でも,Pt 4f7/2ピークは高結合エネルギー側に化学シフトすることがわかった.すなわち,どの場合でも表面Pt原子からCOに対して電荷移動が生じている.さらに,CO分子がSOサイトのみ吸着した場合,ステップのPt原子だけでなくテラスのPt原子からも電荷移動が生じていることを示す初めての結果が得られた. 第4章は,Pt(997)表面におけるTTF分子の吸着状態と電荷移動を表面振動分光(HREELSとIRAS), C 1s, S 2p, Pt 4f(7/2)のHR-XPSおよびSTMで研究した.吸着量の小さい領域の振動スペクトルから,TTFのC=C二重結合がC-C単結合に再混成し,Pt-C結合が形成されたことがわかった.さらに吸着量を増やすと,TTF分子の中央C=Cと表面との相互作用が弱い吸着種が出現する.飽和単層膜では,低被覆率で観測された振動モードに加えて,sp2を示唆するν(CC)およびν(CH) が観測された.一方,S 2pスペクトルには4つの成分が有り,そのうち3つはPt-S共有結合を示唆している.これらを勘案して5種類の吸着構造モデルを提案し,C 1sスペクトルから,それぞれの相対被覆率を見積もった.Pt 4f(7/2)スペクトルはTTFの吸着により,PtからTTFへ電荷が移動することを示した. 第5章はPt(111)表面におけるTTF分子の吸着状態と電荷移動について述べている.第4章と同様の実験により,Pt(111)表面でTTFは複数の吸着状態をとることがわかった.TTF分子の炭素原子や硫黄原子はPt-CおよびPt-S共有結合を形成し,再混成されることが分かった.相違点としては,S 2pのHR-XPSによると,Pt(997)に吸着したTTFの方が基板からの電荷移動がやや多いことが判明した. 第6章では,全体のまとめと今後の展望について述べられている.特に,Ptのように化学的活性が強い金属基板の場合,吸着状態はドナー・アクセプターという電荷移動の概念だけでは説明できず,金属と分子の化学結合を考えることが重要であることを結論した. 以上のように, 清水皇氏は,Pt(111)平滑および階段状表面におけるCOおよびTTFの吸着状態と電荷移動について,様々な分光学的手段を駆使して詳細な研究を行った. なお,本論文の第3章は,小板谷貴典,則武宏幸,向井孝三、吉本真也,吉信淳との共同研究,第4章は小板谷貴典,向井孝三、吉本真也,吉信淳との共同研究であるが,論文提出者が主体となって,実験の遂行,分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める. | |
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