学位論文要旨



No 128796
著者(漢字) 西村,聡修
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,トシノブ
標題(和) T細胞由来人工多能性幹細胞(T-iPS細胞)を用いた、抗原特異的かつ機能的なT細胞の再分化誘導
標題(洋)
報告番号 128796
報告番号 甲28796
学位授与日 2012.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第844号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

<研究の背景と目的>

獲得免疫の主役ともいえるT細胞は、体内・体外の様々な病原に対してシステマティックな免疫系統を形成している。その中でも細胞傷害性T細胞(Cytotoxic T Lymphocyte: CTL)は、癌やウイルス感染細胞を直接排除する主要な役割を担う。ヘルパーT細胞(Helper T Lymphocyte: Th)や制御性T細胞(Regulatory T Lymphocyte: Treg)も細胞傷害性T細胞やその他のリンパ球、自然免疫担当細胞等の働きを制御することで病原の排除と免疫反応の収束に貢献するが、時に自己抗原に対する望まれざる免疫反応を惹起することも知られる。T細胞はそのサブセットに関わらず、それらが持つT細胞受容体(T-cell Receptor: TCR)を介して標的抗原を認識することでT細胞としての機能を発揮する。TCRによる抗原認識は、主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex: MHC、特にヒトではHuman Leukocyte Antigen: HLAと呼ばれる)とその上に提示された標的抗原の両方の認識を介するものであるため、非常に特異性の高い認識反応であることが知られている。

抗原特異的なT細胞を用いた免疫細胞療法は、安全かつ効果的に病原を駆逐できる可能性を持つ技術として現在でも活発に研究・開発が進められている。この手法の最も優れている点は、抗原認識の特異性を持ちながら長期に渡るターゲット細胞の監視が可能な点にある。現在までに様々な研究グループによって、抗原特異的な細胞を得る手法が開発されてきた。その一例として、癌患者の癌組織内に浸潤しているT細胞(Tumor Infiltrating Lymphocyte: TIL)を取り出し、体外増幅を経て、再び患者体内に輸注する方法があるが、体外で抗原特異的T細胞を大規模に増幅させる際にT細胞が幾度も抗原に晒された疲弊状態、すなわち長期生存能、増殖能、細胞傷害活性、サイトカイン産生能が著しく低下した状態に陥ってしまうことが知られる。そのため、現状では高い治療効果が得られていない。また患者から同じTILを繰り返し取り出すという操作も現実的には困難であるため、繰り返しの輸注は不可能である。また、抗原特異的T細胞を産出する手法として、T細胞に外から抗原特異的TCR遺伝子を導入し、発現するTCRを変換する手法も取られている。この手法を用いることで抗原特異的T細胞を繰り返し作り出すことが可能ではあるが、外来遺伝子導入の際に必要な体外増幅過程による細胞疲弊は避けられず、また外来TCR遺伝子と内在性TCR遺伝子間でのハイブリッドTCRが発現してしまう問題も懸念されている。TCRはα鎖とβ鎖がヘテロダイマーを形成した構造をしている。外来性TCRα鎖と内在性TCRβ鎖(もしくはその逆)が形成するハイブリッドTCRは外来性の抗原特異的TCRαβや内在性TCR遺伝子によるTCRαβとは別物であり、目的とした抗原を認識するTCRの割合の減少ばかりか、GvHDを始めとした意図しない副反応を呈する事例も報告されている。

これらの問題を乗り越えるために、我々はT細胞から作製したiPS細胞(T-iPS細胞)を用いることを考えた。iPS細胞は様々な細胞種に分化可能な多能性を有しているのと同時に、その多能性を維持したまま半永久的に自己複製させることが可能な細胞である。また、T-iPS細胞はES細胞や他の組織由来のiPS細胞とは異なり、そのゲノム中のTCR遺伝子領域において正常な遺伝子再構成を有しているものと考えられる。T-iPS細胞を起点に再びT細胞へと分化誘導する際には、既に再構成されたTCR遺伝子は更なる遺伝子再構成を受ける必要はなく、そのまま同じ再構成様式のTCRが発現するものと考えられる。以上の特性から、ある抗原に対して特異的に反応するTCRを発現するT細胞を無限に産出することが可能になると考え、実験を行った(図参照)。

<方法と結果>

1) 抗原特異的T細胞からのiPS細胞の作製

終末分化した細胞からのiPS細胞の作製、および末梢血中の血液細胞からのiPS細胞の作成は、従来までは非常な困難であり、それはT細胞に関しても同様であった。我々は高感染価のレトロウイルスもしくはセンダイウイルスを用いることで、初期化因子(OCT3/4, SOX2, KLF4およびc-MYC)の導入の効率化、それらの発現量の上昇を実現し、また初期化までに要する細胞増殖と生存率の上昇をSV40由来T抗原を同時に導入することで実現した。これらにより、末梢血中のT細胞からだけでなく、ex vivoにおいて高度に増幅させたT細胞からもiPS細胞を作成することに成功した。初期化に用いた外来遺伝子は、iPS細胞作成後にRNAiの手法を用いて細胞内から完全に取り除くことが可能である。

1型ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)において、T細胞による抗原認識の対象となるタンパク質の一つにNefがある。Class I MHCであるHLA-A24上に提示されたNef由来の8アミノ酸残基からなるペプチドNef-138-8 (RYPLTFGW)を特異的に認識するCD8+ T細胞を、HIV-1患者末梢血から分取し、モノクローナルなCLTクローン(H25-4)を得た。上記の初期化系を用いて、H25-4 CTLからT-iPS細胞(H254SeVT-3)を作成し、多能性幹細胞としての基本的性質である多分化能および自己複製能を有している細胞であることを確認した。H254SeVT-3のゲノムDNAを抽出し、そのTCR遺伝子領域の様相を解析したところ、α鎖をコードするTCRAおよびβ鎖をコードするTCRBの両遺伝子領域において再構成済みであることが確認され、それらの再構成様式は初期化前のH25-4ゲノム中におけるそれと全く同一であった。

2) T-iPS細胞を起点としたT細胞分化誘導

多能性幹細胞を起点としてT細胞を誘導する試みは主に2つの段階から成り、(1)多能性幹細胞から造血幹・前駆細胞(Hemetopoietic Stem/Progenitor Cells: HSPCs)を誘導する段階、および(2)HSPCsからT系譜 細胞へと誘導する段階である。ES細胞やiPS細胞を、造血支持能を持つストローマ細胞であるOP9上で共培養すると、適正なサイトカイン条件の元でES/iPS-Sacと呼ばれる嚢状構造体を形成する。この袋の中では血球系細胞が優位に誘導され、多くの造血幹・前駆細胞(CD34+ HSPCs)を包含する。ヒト生体内から分取したCD34+ HSPCsをNotch ligandであるDelta-like 1 (DL1)を発現するOP9 (OP9-DL1)上で共培養するとT系譜細胞への分化誘導が可能であることが知られている。我々はiPS-sac内から取り出したCD34+ HSPCsをOP9-DL1上に播種し、適正なサイトカイン条件下で共培養することでT系譜細胞への再分化誘導を促した。しかしながら、これらの方法によって再分化誘導されたT系譜細胞は、種々のT細胞マーカー(CD5, CD7, CD3およびTCRαβ)を発現していたものの、positive selection以前であることを示すCD1aの発現が見受けられ、かつCD4/CD8共陽性細胞(Double Positive: DP)段階までしか熟成していなかった。そこで、OP9-DL1上のT系譜細胞を回収しallogeneic PBMCとの共培養系に移行させると同時にpositive selectionを模倣するTCRからの刺激を与えることによって、より成熟したCD8単独陽性(Single Positive: SP)細胞を得ることに成功した。

3) 再分化誘導したT細胞の特性評価および機能評価

再分化誘導したT細胞は表面抗原マーカーを指標とした表現型および転写因子群などの細胞内因子に関して末梢血T細胞と類似していた。また、これらの細胞が発現するTCRは、初期化前のH25-4 CTLが発現しているものと全く同一であった。

再分化誘導したCD8 SP細胞をHLA-A24/Nef-138-8テトラマーと反応させたところ、多くの細胞がテトラマー反応陽性であった。これらテトラマー陽性細胞をFACSもしくは磁気選択により純化し、元のH25-4 CTLと同程度にテトラマーと反応する細胞群を得た(以下、reH25-4)。抗原特異的T細胞の機能評価においては、標的抗原の認識と連動して機能が発揮されることを示す必要がある。我々は、Nef-138-8およびHLA-A24を発現する抗原提示細胞を用いて、(1)ELISPOTによるサイトカイン産生能、および(2)51Cr release assayによる細胞傷害性を測定し、reH25-4の抗原特異的機能を確認した。

<考察・今後の展望>

iPS細胞はES細胞と同等の特性を持つことに加え、皮膚細胞や血液細胞などの体細胞から作成されるためES細胞作製における倫理的問題を回避できる。自家細胞に由来する場合は免疫拒絶さえも回避可能なことから、再生医療における切り札となることが期待されている。我々は本研究を通して、抗原特異的なCD8+ T細胞(H25-4)からT-iPS細胞(H254SeVT-3)を作成し、そのT-iPS細胞から再びH25-4と同一の抗原特異性を示す機能的CD8+ T細胞(reH25-4)を得ることに成功した。これらの知見により、図1に示すような抗原特異的T細胞を再誘導し患者へと輸注する免疫細胞療法の第一の基礎が固められたのではないかと考えている。

図 T-iPS細胞を介した抗原特異的T細胞の誘導、およびそれらの輸注による免疫細胞療法の概略

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、ヒトiPS細胞の研究、ヒトT細胞の研究、およびヒトT細胞を用いた免疫療法について、これまでに報告されている成果と残されていた問題点について適切にまとめられている。現在のT細胞免疫療法においては、主に輸注するT細胞の疲弊による治療効果の低下が問題となっているが、この点にiPS細胞を介した再生の概念を導入することで、質が良く若いT細胞を用いたあらたな治療法の開発の可能性について述べられている。また、iPS細胞を介在させることで、同じ抗原反応性を持つT細胞を多数回輸注可能になること、および一過性の免疫増強でなく、免疫システムの再生をも視野に入れている。

第2章では、本研究の実験結果について述べられている。その第1節では、T細胞由来iPS細胞 (T-iPS細胞)の効率的な作成法を開発し、続けて本研究のモデルとなる疾患としてHIV-1を選択し、患者由来のHIV-1特異的な反応性を持つT細胞からのT-iPS細胞の作成に成功している。HIV-1特異的T-iPS細胞のゲノム中には、TCR遺伝子の再構成という形でHIV-1への抗原特異性が保存されていることも見出した。続く第2節では、前節で作成したHIV-1特異的T-iPS細胞をin vitroで再びT細胞へと分化させる手法の開発に成功している。特に、T細胞分化の最終段階である完全に成熟したCD8単陽性細胞への分化は、以前までは誰も成し得なかった部分である。また論文提出者は、分化に伴い抗原特異性が変化してしまうことを見出し、これを抑制する手法の開発にも成功している。最後の第3節では、再分化誘導したCD8+ T細胞の機能評価を行い、オリジナルのHIV-1特異的T細胞と全く同一の抗原特異性を有することを示した。また、iPS細胞化と細分化誘導を経ることで細胞傷害性の増強は観察されなかったが、高い増殖能力を獲得していることを示し、T細胞免疫システムの再構築に大きく寄与できる可能性を示した。

第3章の考察では、T-iPS細胞から効率的にT細胞を作成することができた背景に関し考察し、また今後T-iPS細胞を用いた免疫療法の実現への展望をこれから埋めなければならない問題点を挙げながら考察している。第4章は実験方法、第5章は引用文献となっている。

体細胞から作成可能な多能性幹細胞であるiPS細胞は、ES細胞作成に付随する倫理的な問題点と移植の際の免疫学的な問題点とを回避可能であるため再生医療の画期的なツールとなり得ると言われており、これまでに様々な細胞種への分化誘導が活発に進められている。本研究の結果は、iPS細胞技術の特色を生かした新規の免疫療法開発につながる大変意義深い研究であると考えられる。

なお、本論文第2章は、岩本愛吉教授 (東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 感染症分野)、古関晴彦チームリーダー (理化学研究所 免疫・アレルギー科学 総合研究センター 免疫器官形成研究グループ)、中西真人教授 (産業技術総合研究所 幹細胞工学研究センター バイオセラピューティック研究チーム)、江藤浩之特任准教授 (東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター ステムセルバンク)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の計画、遂行、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

論文提出者は、審査会における審査委員の質問に対して適切に答えを与えるなど有用な質疑応答を行えていた。

以上より、論文提出者は自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力と学識を有すると考えられ、博士(生命科学)の学位を授与できると判断する。

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