学位論文要旨



No 128808
著者(漢字) 山根,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,マサコ
標題(和) 鮮新世‐更新世の東南極氷床変動復元
標題(洋) Plio-Pleistocene reconstruction of East Antarctic Ice Sheet fluctuations
報告番号 128808
報告番号 甲28808
学位授与日 2012.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5892号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川幡,穗高
 東京大学 教授 多田,隆治
 東京大学 教授 田近,英一
 東京大学 准教授 阿部,彩子
 東京大学 准教授 横山,祐典
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

地球史を通じて新生代は寒冷化の時代であり、これは極域氷床の形成・発達と深く関係している。現在、未来も含め新生代の地球システムを考える上で、極域氷床は重要な要素の一つである。過去530 万年間の鮮新世‐更新世 (Plio-Pleistocene) には、三つの全球的な気候イベントがおきた。530 - 300 万年前のPliocene climate optimum (PCO) は、気温、海水温、海水準、大気中CO2 濃度が現在と同じか、現在よりも高く (例えば、Dowsett et al.,1996;Haywood et al., 2010; Lunt et al., 2010; Pagani et al., 2010; Seki et al., 2010)、気候変動に関する政府間パネル 第四次報告書 (IPCC AR4) で予想された今世紀末の地球環境と類似しているとされる時期である。300 - 270 万年前のLate Pliocene transition (LPT) は、北半球氷床の発達に伴い、全球的な寒冷化傾向が一段と顕著になった時期である。140 - 80 万年前のMid-Pleistocene transition (MPT) には、氷期‐間氷期サイクルが4.1 万年周期から10 万年周期に変化し、その振幅も大きくなった。これらの気候イベントは、全球気候システムの重要な再編期であり、南極氷床の発達史とも密接に関わっていると考えられる。しかし、過去の南極氷床の変動は、地理的に遠い、過去の氷床変動の記録が陸上に残っていない、南大洋では有孔虫がほとんど産出しないなど、南極特有の問題のため、十分に明らかにされていない。本博士論文は、鮮新世‐更新世における東南極氷床変動の復元、および、全球的気候変動との関連の解明を目的に、岩石の露出年代測定と海洋堆積物中の生物源珪酸塩酸素同位体比 (δ(18)Osilica) 測定を行った。それにより、露出年代からは東南極氷床の氷厚と底面状態を明らかにし、δ(18)Osilica からは氷床融解イベントを検出した

2. 表面照射年代法を用いた研究

手法:表面照射年代法は、地表面に含まれる元素と二次宇宙線との相互作用により生成される宇宙線照射生成核種の濃度 (10)Be, (26)Al など) を測定し、その濃度と単位時間当たりの核種生成率、放射性核種の場合は核種壊変定数から地表面が宇宙線にさらされた期間 (露出年代) を直接求めることができる手法である。また、同一試料から複数核種の測定を行えば、露出史 (simple exposure もしくはcomplex exposure) を知ることができ、これは試料採取地点を最後に覆った氷床の底面状態を間接的に表す。氷床底面が圧力融解点に達している場合 (warm-based)、基盤岩表面は融氷水によって浸食されるため、すでに生成されていた核種は削剥され基盤岩表面はリセットされる (simple exposure)。一方、氷床底面が圧力融解点に達していない場合 (cold-based)、基盤岩表面は浸食されないため、すでに生成されていた核種は保存されるが、放射性核種は放射壊変し、核種により存在量は異なる (complexexposure)。

試料:東南極ドロンイング・モードランドのセール・ロンダーネ山地から採取された試料の(10)Be と(26)Al の測定を行い、露出年代を算出した。これに加え、現在までに報告されている東南極5 地域 (コーツランド、ドロンイング・モードランド、マック・ロバートソンランド、プリンセス・エリザベスランド、ビクトリアランドおよび南極横断山脈) の露出年代データのコンパイルと一部データの再計算を行い、地域ごとにまとめた。

結果・考察:(1) 300 万年前以前の東南極氷床は現在よりも少なくとも600 m 以上厚い氷床であった、(2) 300 - 100 万年前にかけて内陸から沿岸へ徐々に氷床が薄くなった、(3) 160 - 80万年前に底面が融解状態から凍結状態に変化した、ということが明らかになった。また、この東南極氷床の変化の時期は、全球的な気候変動 (PCO, LPT, MPT) の時期と同期していたことが明らかになった。

3. 生物源珪酸塩酸素同位体比測定を用いた研究

手法:生物源珪酸塩酸素同位体比 (δ(18)Osilica) は、有孔虫の酸素同位体比と同じように、海水温と海水の酸素同位体比 (δ(18)Osea water) の影響を受ける。有孔虫が産出しない海域での有力な古海洋学ツールであるが、従来の測定法では反応性の高い薬品の使用や煩雑な前処理、多量の試料 (mg オーダー) が必要であった。本研究では、安全・簡単・微量 (< 100 μg) 測定可能な誘導高温炭素還元法に連続フロー型質量分析を組み合わせた新手法を用いた。

試料:2010 年1 月から3 月にかけて行われた、統合国際深海掘削計画 第318 次航海 (IODPExp.318) で掘削された東南極ウィルクスランド沖のコアU1361A (64°24.57'S, 143°53.20'E,水深3465.5 m) の鮮新世‐更新世に相当するコアの上部122.5 m を用いた。試料は過酸化水素処理を行った後、20 μm と63 μm のふるいを用いて> 63 μm、20 - 63 μm、< 20 μm の各フラクションに分けた。放散虫 (Spongotrochus glacials) は、> 63 μm のフラクションから、顕微鏡下で拾い出しを行った。珪藻は、20 - 63 μm のフラクションから、水比によって珪藻を分け、その後、顕微鏡下で珪藻以外の混入の有無の確認を行った。

結果・考察:(1) 珪藻の酸素同位体比 (δ(18)Odiatom) の平均値より放散虫の酸素同位体比(δ(18)Orads.) の平均値の方が1.8 ‰軽かった。これは、δ(18)Odiatom は南極表層水の情報を、δ(18)Orads.は南極中層水の情報を持っているためと考えられる。(2) 鮮新世‐更新世を通してδ(18)Odiatomの長期トレンドは見られなかった。一方、底生有孔虫のδ(18)O は更新世に比べ鮮新世の値は軽く (Lisiecki and Raymo, 2005)、予想される南極氷床の量は鮮新世の方が少ない (Pollardand DeConto, 2009)。したがって、この海域のδ(18)O は更新世に比べ鮮新世の方が相対的に重く、融氷水の流入減少が原因として考えられる。このことは、ウィルクスランドが氷床に覆われていなかった時期が鮮新世温暖期の中にあった可能性を示唆している。

4. 東南極氷床変動と全球的気候変動

図 1 (a) で示すように、温暖な鮮新世の東南極氷床は厚く、底面が融解している流動が激しい氷床であった。このような氷床が存在し続けるには、降雪量の増加、すなわち水循環の強化が必要である。この時代は海水温が上昇していたとされるので、これに伴う蒸発量の増加が寄与していたと考えられる。また、流動が激しい東南極氷床では、南大洋への融け水の供給が増加する。融氷水の増加は、CO2 を取り込む南極底層水の形成の減少を招き、大気中CO2 濃度上昇の原因になったと示唆される。したがって、長期間持続した鮮新世の温暖環境および高CO2 濃度に、現在とは異なった姿の東南極氷床が寄与していた。

南極の氷厚減少が始まった300 万年前頃は、全球的な寒冷化が顕著になったLPT と同時期である。寒冷化に伴い、海面からの蒸発量は減り、南極へ運ばれる水蒸気量も減少した。この結果、南極の降雪量は減少を続け、氷厚も減少し続けたと考えられる (図1 (b))。南極氷床は薄くなっていき、氷床底が圧力融解点に達することがなくなった160 - 80 万年前に流動性が激しい氷床から安定な氷床へ変化した。氷床の形が変わり、氷床末端が海に接するようになった結果、南極氷床の変動は海水準変動の影響を強く受けるようになったと考えられる。この時期はMPT と一致しており、南極氷床が海水準変動を通して北半球氷床と同期するようになったことが、氷期‐間氷期サイクルの振幅増大に影響を与えたと示唆される。

5. まとめ

本研究の結果、鮮新世‐更新世を通して、東南極氷床は流動が激しい氷床から安定な氷床に変化したことが明らかになった。また、東南極氷床の挙動は海洋循環・炭素循環を通して、全球的な気候に寄与していた可能性が示唆された。この結果は氷床モデルの改良やモデルによる将来予測の向上に有用であるモデルの動作特性の検証に大きく貢献できると考えられる。

図1 (a) 鮮新世"温暖期"における気候システム、(b) 更新世"寒冷期"における気候システムの模式図.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は, 鮮新世‐更新世における東南極氷床変動の復元,および,全球的気候変動との関連の解明を目的として行われた地球化学的研究であり,論文は全5章から構成される.

第1章はイントロダクションであり, 鮮新世‐更新世における三つの全球的な気候イベント (Pliocene climate optimum, Late Pliocene transition, Mid-Pleistocene transition) の背景が整理されている. これらの気候イベントは,全球気候システムの重要な再編期であり,極域氷床の発達史とも密接に関わっていることが研究されてきた. しかし, 過去の南極氷床の変動は,地理的に遠い,過去の氷床変動の記録が陸上に残っていない,南大洋では有孔虫がほとんど産出しないなどの理由,すなわち南極特有の問題のため,十分に解明されてこなかった.鮮新世‐更新世における東南極氷床変動の復元,および,全球的気候変動との関連の解明を目的に,岩石の露出年代測定と海洋堆積物中の生物源珪酸塩酸素同位体比 (δ(18)Osilica) 測定を行い,東南極氷床の氷厚と底面状態および氷床融解イベントを検討する背景を述べている.

第2章では, 地表面が宇宙線にさらされた期間 (露出年代) を直接求めることができる表面照射年代法の分析結果について述べている. 東南極ドロンイング・モードランドのセール・ロンダーネ山地から採取された岩石試料の(10)Beと(26)Alの測定が行われ,露出年代が算出された.これに加え,現在までに報告されている東南極5地域の露出年代データのコンパイルと一部データの再計算が行われた.その結果, (1)300万年前以前の東南極氷床は現在よりも少なくとも600 m以上厚い氷床であった,(2)300 - 100万年前にかけて内陸から沿岸へ徐々に氷床が薄くなった,(3)160 - 80万年前に底面が融解状態から凍結状態に変化した,ということを明らかにした.さらに,この東南極氷床の変化の時期は,全球的な気候変動 (Pliocene climate optimum, Late Pliocene transition, Mid-Pleistocene transition) の時期と同期していたことを明らかにした.

第3章では, 生物源珪酸塩酸素同位体比 (δ(18)Osilica) の分析結果について述べている. 東南極ウィルクスランド沖で掘削された海洋堆積物コアに含まれる珪藻と放散虫のδ(18)Osilica測定が,安全・簡単・微量測定可能な新手法を用いて行われた.その結果,(1)珪藻の酸素同位体比 (δ(18)O(diatom)) は南極表層水の情報を,放散虫の酸素同位体比 (δ(18)Orads.) は南極中層水の情報を持っていること,(2)この海域のδ(18)O(sea water)は更新世に比べ鮮新世の方が相対的に重く,融氷水の流入減少があったこと,すなわち,ウィルクスランドが氷床に覆われていなかった時期が鮮新世の中にあったことを明らかにした.

第4章では, 第2~3章で得られた鮮新世‐更新世における東南極氷床の氷厚と底面状態および氷床融解イベントの結果を基に, 東南極氷床変動と全球的気候変動との関連についての考察が記述されている.温暖な鮮新世の東南極氷床は厚く,底面が融解している流動が激しい氷床であった.このような氷床が存在し続けるには,降雪量の増加,すなわち水循環の強化が必要である.この時代は海水温が上昇していたとされるので,これに伴う蒸発量の増加が寄与していたと考えられる.また,流動が激しい東南極氷床では,南大洋への融け水の供給が増加する.融氷水の増加は,CO2を取り込む南極底層水の形成の減少を招き,大気中CO2濃度上昇の原因になったと示唆される.したがって,長期間持続した鮮新世の温暖環境および高CO2濃度に,在とは異なった姿の東南極氷床が寄与していた.南極の氷厚減少が始まった300万年前頃は,全球的な寒冷化が顕著になったLPTと同時期である.寒冷化に伴い,海面からの蒸発量は減り,南極へ運ばれる水蒸気量も減少した.この結果,南極の降雪量は減少を続け,氷厚も減少し続けたと考えられる.南極氷床はしだいに薄くなっていき,氷床底が圧力融解点に達することがなくなった160 - 80万年前に流動性が激しい氷床から安定な氷床へ変化した.氷床の形が変わり,氷床末端が海に接するようになった結果,南極氷床の変動は海水準変動の影響を強く受けるようになったと考えられる.この時期はMid-Pleistocene transitionと一致しており,南極氷床が海水準変動を通して北半球氷床と同期するようになったことが,氷期‐間氷期サイクルの振幅増大に影響を与えたと示唆される.

第5章では,本論文のまとめと今後の展望が記述されている.本研究では,鮮新世‐更新世を通して,東南極氷床は流動が激しい氷床から安定な氷床に変化したことを明らかにされた.このような東南極氷床の挙動は海洋循環・炭素循環を通して,全球的な気候変動に寄与していた可能性が示唆された.この結果は氷床モデルの改良やモデルによる将来予測の向上に有用であるモデルの動作特性の検証に大きく貢献できると考えられる.

本研究に関係した共同研究に関しては,横山祐典准教授(東京大学 大気海洋研究所),三浦英樹博士(国立極地研究所),前杢英明教授(広島大学大学院 教育学研究科),岩崎正吾博士(北見工業大学),松崎浩之准教授(東京大学大学院 工学系研究科)と共に成されたが,論文提出者が主に分析,解析及び解釈を行なったもので,論文提出者の論文への貢献は本質的な部分で特に高く,寄与は十分であると審査委員全員が判断した.

以上の理由より,審査委員会は本論文を提出した山根雅子氏に博士(理学)の学位を授与できると認めた.

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