学位論文要旨



No 128825
著者(漢字) 田中,大介
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ダイスケ
標題(和) 葬儀業のエスノグラフィ : 現代日本の葬儀業と葬儀サービスに関する人類学的探究
標題(洋)
報告番号 128825
報告番号 甲28825
学位授与日 2013.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1186号
研究科 総合文化研究科
専攻 超域文化科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,晋司
 東京大学 教授 川中子,義勝
 東京大学 教授 森山,工
 東京大学 准教授 名和,克郎
 国立歴史民俗博物館 准教授 山田,慎也
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、現代日本における葬儀業の活動と、葬儀業によって提供される葬儀サービスを対象とした人類学的研究である。筆者はこれらの対象に関する調査事例を人類学の手法に基づくエスノグラフィとして提示し、その考察を通じて今日の葬儀業が果たしている役割を実証的に捕捉することを目論んだ。

上記の目的設定は、次の2つの社会背景に対する学術的知見からの呼応という視点に根ざしている。第一に、日本では高度成長期以降、葬儀業の存在が葬儀の実施に際して不可欠となっている状況が一般化しており、それにともなって「多彩な民俗や慣習が織り成す局地的実践」という図式による葬儀実践の把握がすでに困難になっていること。第二に、葬儀実践の変化を生みだす主要な人間関係が、地域共同体内の血縁・地縁関係から供給者―消費者関係へと比重を移してきたのに対して、その変遷を射程に含む有効な理論が打ち出されてこなかったこと。すなわち本論文は、このような葬儀をめぐる現状と従来の学術的図式との乖離を先行研究の精査も含めて検証すると同時に、サービスの供給―消費という双方向的な関係性が生みだす産業のダイナミクスに主たる焦点を当てて、文化的実践である葬儀の変容において発揮される葬儀業の役割を描き出す試みとして位置づけられる。

このような本論文の企図に基づき、筆者はフィールドワーク(参与観察)とインタビューによる経験的事例の収集を中心とした質的調査の手法を採用し、考察にあたっては関連する文献・資史料・統計などの精査を組み合わせ、新たな人類学的知見を生みだすことを目指した。また、本論文に盛り込んだ事例情報は、2001年10月の予備調査開始から現在に至るまで重ねてきた国内各地での調査から得たものである。そのなかで最も長期にわたる調査は、東京都杉並区の葬儀社において2004年7月から2005年8月まで実施したフィールドワークであり、雇用契約を締結して常勤従業員の立場で現場作業に従事するという調査形態を採った。ただし2005年8月に常勤形態での活動を一旦終了した後も、同社には調査を継続中である。さらに、この長期集中調査に加えて、現在まで1都2府14県の都市部・村落部・島嶼部にまたがる国内各地の葬儀社・関連業者・各種団体・地方自治体・宗教法人などに対して断続的なフィールドワークを実施し、現代葬儀をめぐる動向を総合的に捕捉することに努めてきた。

以上に示した調査の結果をもとに、筆者は全8章からなる構成によって本論文の議論を展開した。まず、序論にあたる第1章において研究の目的・視座・意義を示し、さらに葬儀業や現代葬儀を題材とする先行研究の検討を行なった。これは筆者の取り組みを大局的な研究潮流のなかに位置づけるとともに、本論文に汲み取ることができる議論を摂取するという狙いに基づく。続く第2章では対象理解の一貫として、葬儀業が現在の事業形態に行き着くまでの変遷を、社会史的な視座に基づいて俯瞰した。この作業を通じて、筆者は葬儀業という産業カテゴリーの歴史的な位置づけを明確にしただけでなく、先行研究が看過してきた事実関係を考察に摂り込むことができたと考えている。

これらの議論が論文全体を貫く問いと社会背景を明らかにする基礎的探究であったのに対し、それを受け継ぐ第3章から第6章までは、各々の主題に沿った具体的な事例描写に該当する。第3章では個々の企業組織を緩やかに束ねている「葬儀業界」の包括的な動向に着目し、葬儀業の産業構造が持つ特質を把握した。第4章では葬儀社の日常労働に焦点を当て、その仕事を成り立たせている諸要素を微視的に捕捉することに努めた。その後の第5章は、葬儀業の現場におけるサービス開発の機制を描写し、新たな葬儀実践の様式が生み出されていく過程に光を当てている。そして事例描写の最後に当たる第6章では、現代社会において葬儀業が請け負っている新たな役割としての「ケア」という要素に焦点を特化して、葬儀業の活動が持つ多元性を浮き彫りにした。

第7章では各章で焙り出された論点を序論で示した問題意識に収束させ、論文全体の考察に当たる議論を展開した。ここで筆者は諸事例を貫く顕著な動向として、葬儀業全体を覆う種々のイノベーションに着目し、その現象を葬儀における新たな価値と意味の追求として捉えたが、それは先行研究における一般的視座であったマクドナルド化の構図、すなわち大量生産の機制による葬儀の均質化ないしはマニュアル化という見立てとは異なるものである。むしろ現代葬儀の現場で生起している出来事とは、そのような人間的要素の排除を中核とするのではなく、文化に対して能動的かつ創造的にはたらきかけるという営みを基軸とするのであり、筆者はこの様相をいわゆる「文化資源論」の枠組みで説明することを試みた。

すなわち、今日における葬儀業の役割とは単純な慣習と伝統の反復というよりも、まさに文化を利用して新しい様式を生産することなのである。この点を筆者は最終章の第8章において再度吟味しつつ、葬儀業による能動性と創造性の発揮によって現代葬儀が成立しているという説明を与えるとともに、現代の葬儀サービスが「自らの生活の延長線上で死をコントロールしたい」という消費者の欲求に対する呼応となっていることを、結論として提示した。

審査要旨 要旨を表示する

田中大介氏の論文「葬儀業のエスノグラフィ:現代日本の葬儀業と葬儀サービスに関する人類学的探究」は、現代日本の葬儀業について、人類学的なエスノグラフィ(民族誌)の手法により記述、分析したものである。本論文におけるデータは、主に東京都杉並区の葬儀社ニチリョクにおいて、雇用契約を締結し、常勤従業員の立場で現場作業に従事するという参与観察調査の方法により、2004年7月から2005年8月まで田中氏が実施したフィールドワークによって得られた。また、この集中調査に加え、1都2府14県にまたがる国内各地の葬儀社、関連業者、各種団体、地方自治体、宗教法人などに対しても調査を行っている。

以下に、本論文の各章ごとの概要について述べる。第1章では、序論として、死の儀礼と産業の結びつきに関する先行研究をレビューしつつ、本論のテーマである現代日本の葬儀業への視座について論述し、本論を文化的実践としての葬儀業の役割を描き出す試みとして位置づけている。第2章では、日本における葬儀業の歴史的展開について述べ、葬儀業の誕生から今日に至る過程を跡づけている。この作業を通して、現代日本における葬儀業という産業カテゴリーの歴史的な位置づけを行っている。

第3章から第6章までは、各々の主題に沿った葬儀業と葬儀サービスに関する具体的な事例が描写されている。第3章では、現代日本における葬儀業界を概観し、サービス業としての葬儀業の市場、業界団体、業種間ネットワーク、業者間の力関係など産業構造上の特質を論じている。第4章では、葬儀社ニチリョクでの参与観察調査をもとに、葬儀社の日常活動に焦点を当て、その仕事を成り立たせているさまざまな要素をフィールドノートの記録に基づいて微視的、民族誌的に検討している。第5章では、葬儀業の現場におけるサービス開発の機制を記述し、現代葬儀にみられる新しい動向に光を当て、儀礼空間(祭壇)がさまざまに演出され、消費者の好みに応じた葬儀がつくられていく様相を検討している。第6章では、現代社会において葬儀業が請け負っている新たな役割としての「ケア」(デスケア、遺体ケア、グリーフケア)に焦点を当て、今日の葬儀業の業務の広がりを検討している。

第7章では、各章で提出された論点を整理し、序論で示された問題意識に立ち返って、論文全体の理論的考察を行っている。とくに葬儀業におけるさまざまなイノベーションに着目し、それを葬儀における新たな価値と意味の追求として捉えている。また、葬儀業が文化に対して能動的かつ創造的に働きかけて、新しく「葬儀をつくる」という側面に注目し、それを文化資源論の観点から説明している。最後の第8章では、本論を総括して、今日における葬儀業の役割とは、慣習と伝統の反復というより、消費者の需要に呼応して、新しい文化の様式を生産することであると結論づけている。

以上の構成を持つ本論文の意義は、第1に、葬儀の産業化、あるいは儀礼と産業の結びつきというテーマを葬儀社での参与観察調査に基づいて、詳細かつ具体的に追求し、現代日本の葬儀のエスノグラフィとして示したことである。この種の研究は従来ほとんど行われておらず、現代日本社会研究の空隙を埋めるきわめて貴重な貢献である。

第2に、これを通して人類学における儀礼研究の伝統と産業研究の試みをつなぐ新たな研究領域を開拓したことである。これにより葬儀のような「儀礼」が現代において新しいかたちで再生産されていく様相を現代文化のダイナミズムの中で捉えることに成功した。

第3に、そのような「文化産業」としての葬儀業が「葬儀をつくる」側面を文化資源論の視座を踏まえつつ明らかにし、現代日本の葬儀が葬儀産業と消費者との相互作用の中から作り出されるものであることを実証的に示した。

審査においては、本論文での議論の仕方、とくに宗教職能者である僧侶や寺院の位置づけや葬儀業と消費者の関係の捉え方をめぐって批判的なコメントも提出された。しかし、本論文の持つ価値は十二分に高いものがあり、本論文は文化人類学の研究に対して重要で貴重な貢献をなしていると判断された。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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