学位論文要旨



No 128831
著者(漢字) 田中,世紀
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,セイキ
標題(和) 資源と民主化の政治学
標題(洋) Liberal Dictators and the Politics of Democratization
報告番号 128831
報告番号 甲28831
学位授与日 2013.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1192号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 遠藤,貢
 東京大学 教授 石田,淳
 東京大学 教授 古城,佳子
 東京大学 教授 加藤,淳子
 東京大学 准教授 清水,剛
内容要旨 要旨を表示する

自由で公正な選挙を実施することは独裁者にとって選挙での敗北、失脚というリスクが伴う。にもかかわらず、独裁者は自由で公正な選挙を実施する場合がある。今日、世界中のあらゆる独裁国家で選挙が実施されているが、そうした選挙の多くが独裁者に有利なように不正操作されたものである。これに対し、過去50年の間、自由で公正な競争選挙も数多く行われてきた。なぜこのように、ある独裁政権と見なされる国の為政者は競争選挙を実施し、他の独裁者は不正選挙を実施するのだろうか。

この問いに対し、先行研究は三つの観点から取り組んできた。第一に、「民主化の波」と呼ばれる議論である。何らかのきっかけにより多くの国がドミノ的に民主化するというこの仮説は第三の波が起こった1970年代に流行したが、その後、民主化の停滞と条件化の失敗により下火になっていった。第二に、1990年代以降に興隆した「中途半端な民主主義」論がある。しかし 、多くの独裁政権が民主制の特徴をも持ちあわせると主張した「中途半端な民主主義」論も、競争選挙の概念化に終始し、なぜある国は競争選挙を実施し、他の国は実施しないのかという条件の特定作業に成功しているとはいえない。最後に、富の分配に着目する議論がある。これは古くは経済成長、現在では経済不平等を媒介変数として税制と民主化を結びつける研究群である。しかし、かつての西欧諸国とは異なり、近年の途上国は、税制に頼らずとも、資源の収奪と先進国からの援助の流入により国家財政が確保可能であり、かつての民主化と20世紀後半の民主化をパラレルに捉えることはできない。これに対し、近年、この途上国の財政源の変化に着目して、資源が豊富に存在する国は民主化の可能性が低いという「資源の呪い」論が、競争選挙の条件を説明する有力な仮説として登場してきた。

本博士論文はこの「資源の呪い」論へのアンチテーゼとして位置づけられる。より具体的に言えば、本博士論文は、 資源(天然資源と援助)というマクロな変数に、既存研究が考慮してこなかった「政治的保証=選挙後のプロスペクト」というよりミクロな視点を接合させることで、「資源の呪い」論とは異なる仮説を導きだし、いつ、どこで競争選挙が実施されるのかをより精緻に分析していくものである。

これまでの多くの政治理論は、為政者は政権の維持を最優先目標とする、という前提に立ってきた。あえて平易な言い方をするならば、あらゆる為政者は政権の座にしがみつく傾向にあると考えてきたのである。とりわけ今日の国際社会では、国際法のグローバル化によって、独裁者は国際裁判の脅威にも晒されており、簡単には政権(=為政者の免責特権)を放棄することはできない状況がうまれている。このような状況で政権喪失の可能性のある競争選挙を実施することは、独裁者にとって自殺行為でしかない。

しかしながら、独裁者の中には、逆説的に、競争選挙を実施することが選挙後の政権維持確率を高めることに繋がるため、競争選挙を実施するインセンティブが高い独裁者が存在する。換言すれば、選挙後の「政治的保証」が担保されている場合に、独裁者は不正選挙ではなく競争選挙を実施しやすくなる状況が産まれるのである。とはいえ、豊かな資源を持つ国の独裁者は市民を抑圧するか懐柔し続けるだけの資源を持っているため、不正選挙を続けても政権の維持が可能であり、こうした状況に直面する可能性は低い。また、資源の乏しい国の独裁者は競争選挙で勝利するだけの資源を持たないので、政権を維持するためにはクーデターのリスクを負いつつ、無理矢理にでも不正選挙を実施し続けるほかない。

これに対し、豊かではないが貧しくもない資源を有する国の独裁者は、権威主義体制を安定して維持できるだけの資源は有していないが、その資源を競争選挙での勝利を目指して動員することが可能であるため、不正選挙を続けることで市民の不満を高めるよりも競争選挙を実施する方が政権維持確率が高まる 場合がある。換言すれば、このカテゴリーに位置する独裁者(資源による歳入がGDP比5.8 から19.8%)が最も競争選挙後の「政治的保証」が得られやすく、競争選挙を実施しやすいと考えられるのである (資源と民主化の逆U字仮説)。

この仮説を検証するために本博士論文は、計量分析と二つの異なる事例分析の三つのステップを用いる。まず事例分析では比較事例分析を行うことで、よりマクロな視点から本仮説が他の対抗仮説と比較して有効な説明力を有しているのかを分析する。これに加えて、過程追跡分析を行うことで、本仮説の想定する因果関係が現実に存在するかどうかを判断する。続いて、計量分析では、独自のデータセットを使って仮説の一般的な妥当性を検証するが、因果関係を特定するために操作変数法を用いる。

本論文の意義は以下の三点にまとめられる。第一に、マクロな資源とミクロな政治的保証という二つの変数を結びつけ、独裁者の制約条件を整理することで、民主化の条件についてより体系的な理解を提供する。第二に、民主化プロセスを、政権交代を伴う民主化と政権交代を伴わない民主化に分類することで、民主化論に新たな分析枠組みを示す。とりわけ独裁政権下の競争選挙という政権交代を伴わない民主化は、直感に反し政治的安定と民主化の促進が担保されると主張する。第三に、「資源の呪い」論のアンチテーゼとして、資源の豊かさは必ずしも民主化に悪影響を与えるわけではなく、民主化にはある程度の資源の豊かさは必要であると主張する。

最後に、本博士論文の構成は以下の通りである。第1章では、独裁国家における選挙、民主化の現状を描写することで、本論文の問いを提示する。第2章では、先行研究を整理することで「資源と民主化の逆U字仮説」を提示する。ここではこの仮説がさらに空間仮説と時間仮説に分類される。付録においては、中央アフリカ3カ国(カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン)の事例を用いて本博士論文の理論モデルを例証する。第3章と第4章では、1次資料、2次資料、インタビューに基づいて、質的な仮説の検証を行う。第3章は比較事例分析、第4章は過程追跡分析を行うが、事例には資源が豊かな国としてスーダン、貧しい国としてジンバブエ、比較的豊かな国としてガーナのアフリカ3カ国を取り上げる。「資源の呪い」論通り、スーダンでは民主化が進んでいない一方、「資源の呪い」論に反し、資源の貧しいジンバブエで民主化が進まず、比較的豊かなガーナで競争選挙が実施され民主化が進んだのはなぜかを、資源の流れを追うことで分析する。第5章では計量分析を用いて仮説の検証を行う。分析には1960年から2004年の時系列国別データを用い、資源と民主化の逆U字が存在することを示す。

第6章では、競争選挙の実施が果たして独裁者に「政治的保証」を提供しているのかを検証するために、競争選挙後、独裁者はどのような政治生命を辿るのかについて追跡調査を行う。第7章は、結論をまとめるとともに、本論文の議論をより一般化することで、昨今の中東、北アフリカでの民主化の動きについて言及する。

審査要旨 要旨を表示する

田中世紀氏から提出された学位請求論文「Liberal Dictators and the Politics of Democratization」(邦題:資源と民主化の政治学)は、全七章からなり、全体で276頁である。本論文は、「独裁者には自由で公正な選挙の実施には選挙での敗北、失脚というリスクが常に伴うにもかかわらず、独裁者はそのような自由で公正な選挙を実施する場合がある。なぜある独裁政権と見なされる国の為政者は競争選挙を実施し、他の独裁者は不正選挙を実施するのだろうか」という問いを設定し、「政治的保証」が存在すれば独裁者は競争選挙を実施する誘因を持つという仮説を立て、これを二つの事例分析及び計量分析の三段階の手続きを経て実証的に分析したものである。

第一章では、19世紀型の民主化と20世紀型の民主化を俯瞰、比較し、今日の独裁政権下の為政者はかつての君主や独裁者とは異なる制約条件を有しており、今日の民主化はかつての民主化と異なることを指摘する。本論文の意義を主張するため、「民主化の波」論、「中途半端な民主主義」論、「経済発展」論の先行研究が主に取り上げられている。そして、近年有力な仮説として登場してきた「資源の呪い」論と本論文の関係を整理することで、 本論文が資源(天然資源と援助)というマクロな変数に、既存研究が考慮してこなかった「政治的保証」というミクロな視点を接合し、競争選挙の条件をより柔軟に分析できる優位性を提示する。

第二章では、理論枠組みが提示され、独裁者の利得に焦点をあてることで本論文の具体的な仮説を導出している。その特徴は、政権交代を伴わない体制移行がありうると考えることにより、同一の独裁者の民主化前と民主化後の利得計算を可能にしている点に見いだされる。この操作により、資源と民主化の線形モデルからの脱却が図られており、中程度に資源を有する国の独裁者は、権威主義体制を安定して維持できるだけの資源こそ有していないが、その資源を競争選挙での勝利を目指して動員することが可能であり、不正選挙を続けることで市民の不満を高めるよりも競争選挙を実施する方が政権の維持がより容易になると仮説が提示される。言い換えれば、中程度に資源を有する国の独裁者が最も民主化後の「政治的保証」が得られやすいため、民主化前の利得との便益計算により、民主化が生じやすいと想定されている。「資源の呪い」論とは異なり、民主化にもある程度の資源の豊かさが必要との「資源と民主化の逆U字仮説」が提起される。

第三章から第五章は、導出された仮説の検証が行われる。第三章では、「資源の呪い」論との対比を明確にするため、資源量とその他の統制変数を基に、資源が豊かな国としてスーダン、貧しい国としてジンバブエ、比較的豊かな国としてガーナのアフリカ3カ国が取り上げられる。ここでは、本仮説が他の対抗仮説と比較して当該3カ国の民主化経路を説明するための有効な説明力を有しているのかが検証され、民主化経路の説明には最も適していることが示される。第四章では、本仮説の想定する因果関係が現実に存在するかどうかを判断するためによりミクロな過程追跡分析を行っている。3カ国が辿った民主化経路を時系列的に記述分析している。

第五章では、第三章と第四章で3カ国において検証した結論がどの程度一般性を有するのかに関して計量分析を用いて検証している。同章の特徴は、独自のデータセットを用いていること、また分析単位を国・年ではなく、独裁者・年にしている点にある。分析期間は、1960年から2004年となっている。分析モデルにはコックス比例ハザードモデルと時系列ロジットモデルを用いているが、内生性の問題が生じており、仮説化された因果関係の特定が困難となっている。そのため、 操作変数法を用いて分析の頑健性を確かめている。分析の結果として、いずれのモデルでも「資源と民主化の逆U字」の存在が確かめられる結果が得られている。

第六章では、競争選挙の実施が果たして独裁者に「政治的保証」を提供しているのかをという本論文の前提を検証するために、競争選挙後、独裁者はどのような政治生命を辿るのかについて追跡調査を行っている。分析には記述統計の他、民主化を疑似トリートメントと捉えて傾向スコアマッチングが用いられている。マッチングを用いることで、民主化の定着論が陥りやすい内生性の問題がクリアされている。分析の結果、総じて競争選挙の実施は、独裁者が政権を安定的に維持すること(political longevity)を可能にする傾向がみられることが提示される。

第七章では、本論文の分析射程を再確認するとともに、本論文の総括を行っている。具体的には、中東、北アフリカでの民主化の動きを受けて、市民を分析モデルに加えた場合の反実仮想を本論文のモデルを基にシミュレーションを行い、市民が民主化に与えうる役割を検討している。最後に「資源の呪い」論が指摘する資源と内戦の可能性についても議論し、他の研究領域との接合を試みている。

このような内容を持つ本論文は、以下の点で極めて高い評価ができる。第一に、とりわけ計量分析においては周到なモデルを構築して検証しており、十分な分析の頑健性が担保されていると判断できる点である。第二に、マクロな資源とミクロな政治的保証という二つの変数を結びつけ、独裁者の制約条件を整理することで、現代の民主化の条件についてより体系的な理解を供することに成功している点である。そして、それは同時に「資源の呪い」論の部分的修正を迫る成果を生んでいる点で、重要な学術的貢献がなされているといえる。

しかし、審査委員会では今後修正を要する課題も示された。第一に、「資源」を扱う際に、第五章における計量分析において石油以外の鉱物資源を加え分析し、さらに本稿の主張を補強する必要性、さらには中程度の資源をどのように設定するかという問題である。第二に、「民主化」や「独裁者」といった本論文における基本的な概念の定義が、本論文の主張との兼ね合いでは必ずしも明確ではない、という点である。特に競争的選挙の実施と民主化の関係に関しては、独裁者の「政治的保証」の問題と体制転換の両面を含みえるもので、読み手にはわかりにくいという指摘がなされた。

しかし、このような指摘は、学界に対して大きな貢献となる本論文の学術的価値を損なうものではない。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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