学位論文要旨



No 128833
著者(漢字) 野嵜,茉莉
著者(英字)
著者(カナ) ノザキ,マリ
標題(和) 幼児期の双生児におけるきょうだい関係と社会性の発達
標題(洋) Sibling Relationships and Social Development among Twins in Early Childhood
報告番号 128833
報告番号 甲28833
学位授与日 2013.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1194号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,壽一
 東京大学 准教授 四本,裕子
 東京大学 准教授 工藤,和俊
 東京大学 講師 斉藤,慈子
 慶應義塾大学 教授 安藤,寿康
内容要旨 要旨を表示する

序論

幼児期のきょうだい関係の特性として、ポジティブ・ネガティブに関わらず情動が強く表出される、きょうだいで一緒にすごす時間が親とすごす時間よりも長く関係が親密である、ペア間での質の違いが大きいという点が挙げられる。また、きょうだい関係は、教える‐教えられるといった階層的なやり取りに代表される「相補性」と、一緒に遊ぶといった同等なやり取りに代表される「互恵性」の2つの要素で構成される (Dunn, 1983) 。このようなきょうだい間のやり取りを通じて他者の視点・考え方を想像することによって、幼児期の社会性の発達が促されると考えられている (Dunn, 1983) 。年齢差のあるきょうだい(以下、単胎児のきょうだい)を対象とした多くの先行研究で、幼児期のきょうだい関係と社会的適応・社会的理解の発達との関連が明らかにされてきた。

双生児のきょうだいは、単胎児のきょうだいよりもやり取りする時間が多いことが知られている (Thorpe & Danby, 2006) 。また、きょうだい間の年齢が近いほど互恵性が強まることから、双生児のきょうだい間のやり取りは互恵性が強いと推測される。これまで、きょうだい関係についてあるいは社会性についての双生児と単胎児との比較は個別に行われてきた。しかし、双生児のきょうだい関係が社会性の発達に及ぼす影響についての検討はほとんど行われていない。

本研究では、定量的なデータにもとづいて、幼児期の双生児のきょうだい関係が社会性の発達に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。

[研究1] 単胎児のきょうだいと比較した双生児のきょうだい関係が社会的適応に及ぼす影響

研究1では、双生児のきょうだいと単胎児のきょうだい双方の母親を対象に質問紙調査を実施し、幼児期のきょうだい関係が社会的適応におよぼす影響について、一卵性双生児(MZ)・二卵性双生児(DZ)・単胎児の共通点・相違点を検討した。

研究に参加したのは、同性双生児106組(MZ 58組, DZ 48組; 平均年齢5.24歳, SD = .15) 、3歳~9歳の間に同性の2人の子どもがいる単胎児のきょうだい86組(年少者: 平均年齢4.25歳, SD = .77; 年長者: 平均年齢6.95歳, SD = 1.56) の母親だった。きょうだい関係については、きょうだい関係質問紙(the Maternal Interview of Sibling Relationships; Stocker et al., 1989) を使用し、きょうだいに対するポジティブさおよびきょうだいに対するネガティブさについて調べた。社会的適応については、強さと困難さ質問紙 (the Strengths and Difficulties Questionnaire; Goodman, 1997) を使用し、向社会的行動・行為問題・仲間関係の問題について調べた。子どもの性別・子どもの年齢・母親の年齢のうち、各項目の得点に有意な影響をおよぼす変数を統制した後、きょうだい関係が社会的適応におよぼす影響について、MZ・DZ・単胎児の3グループ間で多母集団パス解析を行った。

分析の結果、3つのグループで共通していたのは以下の点だった。きょうだいに対するポジティブさが強いほど向社会的行動は増加し、攻撃行動は減少した。また、きょうだいに対するネガティブさが強いほど向社会的行動は減少し、攻撃行動は増加した。しかし、きょうだいに対するポジティブさが向社会的行動および攻撃行動におよぼす影響力の強さについて分析した結果、グループ間で相違点が見られ、MZとDZでは単胎児のきょうだいよりも影響力が強いことが明らかになった。さらに、仲間関係の問題については、影響の方向性に相違点が見られ、MZでは、きょうだい関係のポジティブさが強いほど仲間関係の問題が増加した。これに対して、DZと単胎児のきょうだいでは、きょうだい関係のポジティブさが強いほど仲間関係の問題が減少した。

以上の結果から、幼児期の社会的適応の発達において、きょうだい間のやり取りが多いことが重要であることが示唆された。さらに、MZのきょうだい関係は、DZや単胎児のきょうだいにおけるきょうだい関係とは異なる意味合いを持つ可能性が示唆された。MZはDZに比べてきょうだい間での協力関係が強いことがわかっている (Segal et al., 1996) 。MZでは、きょうだい間の親密性が強いことで他者との良好な関係を築くのが難しくなった可能性がある。

[研究2] 幼児期の双生児のきょうだい関係が社会的認知能力に及ぼす影響

研究2では、3歳の双生児を対象にきょうだい遊び場面の行動観察および社会的認知能力のうについて個別の発達調査を実施し、幼児期の双生児のきょうだい関係が社会的認知能力におよぼす影響について、MZ・DZ の共通点・相違点を検討した。また、先行研究で明らかにされている単胎児のきょうだい関係と社会的認知能力との関連についての結果と双生児を対象とした研究2の結果を比較することで、幼児期のきょうだい関係が社会的認知能力に及ぼす影響について総合的に考察した。

研究に参加したのは、同性双生児111組(MZ 61組, DZ 50組, 平均年齢3.01歳, SD = .04) だった。調査は参加者の自宅で行われた。きょうだい関係については、おもちゃを使用した自由なきょうだい遊び(7分間)の様子を録画し、コーディングマニュアルにもとづいて評定を行った。データの一部について複数名による評定を行い、十分な評定者間一致率があることが確認された。社会的認知能力の測定については、3種類の誤信念課題(Gopnik & Astington, 1988; Perner, Leekam, and Wimmer, 1987; Wimmer & Perner, 1983) および2種類の見かけとほんもの課題 (Flavell et al., 1983) を実施し合計得点を算出した。きょうだい関係の各評定項目について因子分析を実施して因子得点を算出した後、きょうだい関係が心の理論課題の能力におよぼす影響について、MZ・DZの2グループ間で多母集団パス解析を行った。

分析の結果、双生児のきょうだい関係は、明確に目的, 意図が共有されたやり取り・ポジティブで平等なやり取り・きょうだい間のネガティブさの3因子で構成されていた。これら3因子のうち、MZ・DZで共通して、明確に目的, 意図が共有されたやり取りは社会的認知能力を高めることがわかった。また、きょうだい間のネガティブさは心の理論の能力に有意な影響を及ぼしていなかった。さらに、MZでのみ、ポジティブで平等なやり取りが社会的認知能力を高めていた。

以上の結果から、きょうだい間で目的, 意図を共有してコミュニケーションを多くとることが、社会的認知能力の発達に重要であることが示唆された。単胎児のきょうだい関係と社会的認知能力との関連についての先行研究では、きょうだい関係のネガティブさと社会的認知能力との間に負の関連があることが示されてきた (Cutting & Dunn, 2006)。しかし、研究2の結果からは、双生児のきょうだい間でのネガティブなやり取りは、単胎児のきょうだいでのネガティブなやり取りとは異なり、社会的認知能力に負の影響を及ぼさない可能性が示唆された。さらに、MZ でのみ、きょうだい間のポジティブさを構成するポジティブな情動とふり遊びの間の有意な正の相関、きょうだい間のポジティブさの心の理論の能力への有意な正の影響が見られた。このことから、きょうだい間でポジティブな情動をともなったふり遊びをすることが、双生児の社会的認知能力の発達に重要である可能性が示唆された。

総合考察

研究1・2 を通じて、双生児のきょうだい関係は社会性の発達に重要な役割を果たすことが明らかになった。単胎児のきょうだいを対象とした先行研究に本研究の結果が加わることで、幼児期におけるきょうだいの存在の重要性を強調することができた。また、双生児のきょうだいはやり取り(社会的相互作用)の量が多く互恵性が強い (Thorpe & Danby, 2006) 。このような特性を持つ双生児を対象とした本研究を通じて、きょうだい間でやり取りを多くすることの重要性を示すことができた。

これまでの双生児研究は、行動遺伝学的研究あるいは医学的・疫学的な発達研究が活発に行われてきたのに対して、双生児の心理発達に関する研究はきわめて少なかった。本研究によって、幼児期の双生児のきょうだい関係が社会性の発達におよぼす影響について実証的で重要な知見が得られた。このことは、双生児研究の分野において新たな領域を開拓できたと考えられる。また、双生児と単胎児のきょうだい関係における共通点・相違点を明らかにすることによって、きょうだいが果たす役割の意義や年齢差のあるきょうだいを持つことの意義について統合的な示唆を得ることが可能となる。この点において、本研究は、きょうだい関係についての発達心理学的研究の進展に寄与すると考えられる。さらに、本研究は、双生児の心理的・社会的発達について基礎的な知見を提供することができ、双生児の養育者に重要な情報となった。

今後の課題として、今回扱えなかった異性双生児も加えた縦断的な調査を継続すること、きょうだい間の相補性と互恵性について双生児と単胎児の比較を定量的に行うことで、発達的な変化や双生児の心理発達についてより総合的な検討を加える必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

双生児研究は、医学、遺伝学、心理学等において、人間の諸形質の発生・発達に遺伝と環境がどのような影響を及ぼすかを解明する上で極めて重要な研究領域である。とりわけ行動遺伝学は、「双生児を用いた」研究の代表分野である。他方、「双生児それ自体を対象とした」研究は、行動遺伝学研究ほどには多くない。とりわけ双生児の心理発達に関する研究はこれまできわめて少なかった。本研究は、幼児期の双生児のきょうだい関係が社会性の発達に及ぼす影響について調査を行った先駆的な研究である。

幼児期のきょうだい関係の特性については、従来、ポジティブ、ネガティブにかかわらず情動が強く表出されること、きょうだいで共に過ごす時間が親と過ごす時間よりも長く関係が緊密であること、ペア間での質の違いが大きいこと、などが挙げられてきた。また、きょうだい関係は、階層的なやりとりに代表される「相補性」と同等なやり取りに代表される「互恵性」の二要素で構成され、このようなやり取りを通じて社会性の発達が促されると考えられている。しかし、双生児のきょうだい関係が、社会性の発達に及ぼす影響についての検討は、これまでほとんど行われていない。そこで本研究では、定量的なデータに基づいて、双生児のきょうだい関係と社会的適応・社会的認知の発達との関連について検討した。

研究1では、双生児のきょうだいと単胎児のきょうだい双方の母親を対象に質問紙調査を実施し、幼児期のきょうだい関係が社会的適応に及ぼす影響について、一卵性双生児(MZ)・二卵性双生児(DZ)・単胎児の共通点・相違点を検討した。同性双生児106組(MZ 58組, DZ 48組;平均年齢5.24歳) 、3歳~9歳の間に同性の2人の子どもがいる単胎児のきょうだい86組(年少者: 平均年齢4.25歳; 年長者: 平均年齢6.95歳) の母親が質問紙調査に回答した。きょうだい関係質問紙を使用し、きょうだいに対するポジティブさ、およびきょうだいに対するネガティブさについて尋ねた。社会的適応については、強さと困難さ質問紙を使用し、向社会的行動・行為問題・仲間関係の問題について調べた。子どもの性別・子どもの年齢・母親の年齢のうち、各項目の得点に有意な影響を及ぼす変数を統制した後、きょうだい関係が社会的適応に及ぼす影響について、MZ・DZ・単胎児の3グループ間で多母集団パス解析を行った。

結果、きょうだいに対するポジティブさが強いほど向社会的行動は増加し、攻撃行動は減少した。きょうだいに対するネガティブさが強いほど向社会的行動は減少し、攻撃行動は増加した。きょうだいに対するポジティブさが向社会的行動および攻撃行動に及ぼす影響力の強さについて分析した結果、MZとDZでは単胎児のきょうだいよりも影響力が強いことが明らかになった。仲間関係の問題については、MZでは、きょうだい関係のポジティブさが強いほど仲間関係の問題が増加した。対して、DZと単胎児のきょうだいでは、きょうだい関係のポジティブさが強いほど仲間関係の問題が減少した。

研究2では、3歳の双生児を対象にきょうだい遊び場面の行動観察および社会的認知能力について個別の発達調査を実施し、幼児期の双生児のきょうだい関係が社会的認知能力に及ぼす影響について、MZ・DZ の共通点・相違点を検討した。研究参加者は同性双生児111組(MZ 61組, DZ 50組, 平均年齢3.01歳) で、調査は参加者の自宅で行われた。おもちゃを使用した自由なきょうだい遊び(7分間)の様子を録画し、コーディングマニュアルにもとづいて評定を行った。複数名による評定を行い、十分な評定者間一致率を確認した。社会的認知能力の測定については、3種類の誤信念課題および2種類の見かけとほんもの課題を実施し合計得点を算出した。きょうだい関係の各評定項目について因子分析を実施して因子得点を算出した後、きょうだい関係が社会的認知能力に及ぼす影響について、MZ・DZの2グループ間で多母集団パス解析を行った。

因子分析の結果、双生児のきょうだい関係は、明確に目的, 意図が共有されたやり取り・ポジティブで平等なやり取り・きょうだい間のネガティブさの3因子で構成されていた。これら3因子のうち、MZ・DZで共通して、明確に目的, 意図が共有されたやり取りは社会的認知能力を高めることがわかった。また、きょうだい間のネガティブさは社会的認知能力に有意な影響を及ぼしていなかった。さらに、MZでのみ、ポジティブで平等なやり取りが社会的認知能力を高めていた。

研究1・2 を通じて、双生児のきょうだい関係は社会性の発達に重要な役割を果たすことが明らかになった。単胎児のきょうだいを対象とした先行研究と本研究の結果を合わせて考察することで、幼児期におけるきょうだいの存在の重要性を強調することができた。また、双生児のきょうだいは、社会的相互作用の量が多く互恵性が強いことが明らかになった。双生児を特性をふまえた本研究により、きょうだい間で社会的相互作用を多く交わすことが、社会性の発達に重要であることを示すことができた。

本研究では、これまで先行研究のほとんどない双生児のきょうだい関係を質問紙調査と行動観察を通して明らかにし、社会的適応と社会的認知能力に及ぼす影響について検討を行った。審査委員会では、研究の先駆性や長期的なデータ蓄積の重要性等が高く評価され、全員一致で学位論文として相応しいとの判定が下された。ただし、博士論文としての価値を一層高めるには、概念の整理や分析方法の明確化、さらに総合考察について加筆が望ましいとの意見が出され、主査の指導の下で小規模の加筆が行われた。

以上の経緯をもって本審査委員会は博士(学術)を授与するに相応しいものと認定した。

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