学位論文要旨



No 128836
著者(漢字) 金子,一弘
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,カズヒロ
標題(和) 木造住宅のゼロ・エネルギー化に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 128836
報告番号 甲28836
学位授与日 2013.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3872号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲山,正弘
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 信田,聡
 建築研究所 理事長 坂本,雄三
内容要旨 要旨を表示する

21世紀は急激に増加する世界の人口の60%を占める、アジア地域を中心とした途上国の経済発展に伴い、自動車や家庭電化製品の普及が化石エネルギー需要の急増(20世紀末には20世紀初頭の20倍を超え)をまねいている。そのために世界では原油や天然ガス・石炭等の化石エネルギーの争奪戦が始まりエネルギー価格が上昇し、この原油の高騰は過去の50年間で50倍以上の上昇となっている。これら化石エネルギーの消費量の増加は大気中の二酸化炭素濃度を押し上げ20世紀初頭の280ppmから現在では380ppmへと地球温暖化の主な原因となっている。

この「人口」と「化石燃料の消費」の増加により、近年では「環境負荷」という概念がつくられ、この資源の争奪戦から抜け出し化石エネルギーに依存しない低炭素社会への移行が標榜されている。

このような社会情勢の下で1993年地元に育つ銘柄材東濃ヒノキをはじめとする国産材の流通合理化と木造住宅に関する情報発信を目的とした協同組合を設立し国や県・市の支援を受け木材流通施設と木造住宅を手掛ける大工・工務店のための研修施設を整備した。

この施設を活用し、設立当初より木造住宅の構造や省エネ性能に関する技術研修会や建築士等の養成講座・住宅を建てようとする消費者を対象とした住まい塾を開催している。

しかし、このような活動を通して国産材の需要の拡大に努めているが、地域で生産されるヒノキ材も住宅の洋風化や合理化工法の普及で、構造材の集成材化が進み一般製材品の需要は激減し価格も低迷を続けている。この需要の停滞により昭和30年代からの拡大造林で植林さされた東濃一円の山林は間伐や枝打ち等の手入れが進まず山は荒廃し集中豪雨時には崖崩れや土砂の流失が続き地域の社会問題となっている。

このように厳しい木材業界の経営環境の下でこれまで組合活動を通して国産材の流通合理化と並行して情報発信活動を継続して実施している。この木造住宅に関する情報発信は技術研修を主に構造の安全性や耐久性・居住性・省エネルギー性能等をテーマに東濃ヒノキ等の国産材と地域の大工技術で施工可能な木造住宅の性能向上に関する課題を取り上げている。また、継続的に開催する研修会とともに地域の木造住宅の性能向上を図るため、実験住宅8棟(既存改修1棟を含む)を建設し、技術改良や性能の検証・設計・施工法の普及及び消費者へのPR活動をおこなっている。このような活動を通して地域型木造住宅の省エネ技術の開発と普及を続けている。

この地域型省エネ住宅への取り組みは1995年から始まり、高断熱・高気密住宅をウレタンパネル工法により建設した。この建物は1997年に竣工し熱損失係数(Q値)が2.01W/m2Kで隙間相当面積(C値)は竣工時0.84cm2/m2で、現在の次世代基準IV地域の2.7W/m2Kを遥かに上回る性能である。この熱損失係数での居住性は従来の住宅にはない快適な住空間を実現したが、年間の暖房負荷が69.4kW/m2年とこれまでの個別間欠暖房の住宅を上回るエネルギー消費量となってしまった。その後、グラスウール断熱パネル工法、And-Z構法1)と合板気密構法2)を組み合わせた施工法で1998年、2002年と実験住宅を建設した。どちらも熱損失係数は1.87W/m2K・年間暖房負荷62kW/m2年、熱損失係数2.23W/m2K・年間暖房負荷68kW/m2年と施工方法を変更しているが、省エネ性能の向上にはつながっていない。

これらの工法は工場生産による断熱パネル(断熱・気密性能を外部の工場に依存)から断熱・気密施工を現場で大工が施工する方法への変更である。この3棟迄の高断熱住宅は、全館連続暖房を基本とした快適な居住性を実現したが暖房エネルギーの削減にはつながっていない。その後、2005年室蘭工業大学の鎌田紀彦教授の監修でK邸離れを建築する。

このK邸離れは南に大きな開口部を設け室内南側に黒御影石の下に+モルタル+コンクリートブロックを設けて蓄熱させる、パッシブ手法の住宅である。熱損失係数は2.04W/m2K、年間暖房負荷はシミュレーションで60kW/m2年となっているが実際には昼間の太陽熱が蓄熱され半分以下のエネルギーで全館連続暖房が可能となった。この床蓄熱による暖房エネルギーの削減効果は、その後の実験住宅へ手法を変えて受け継がれている。

次に2005年「自立循環型住宅への設計ガイドライン」が(財)建築環境・省エネルギー機構から発刊され、このガイドラインに沿って21世紀型モデルを建築した。このモデルは、蓄熱床で熱容量を付加し、従来の充填断熱に付加断熱を行い、顕熱交換換気扇を設置して熱回収をおこなった結果、熱損失係数(Q値)を1.5W/m2K・年間暖房負荷27.8W/m2年とQ値を0.5W/m2K向上したことで、此れまでの実験住宅の1/2以下に暖房負荷が削減されている。しかし、この石床蓄熱の手法は転倒時に大怪我をする危険性があると、消費者には受け入れられず1棟の受注にもつながっていない。

また、このモデルから太陽光発電3.75kWと太陽熱給湯システム(平板6.0m2)により積極的にエネルギーの削減を図っているがネット・ゼロ・エネルギーには届いていない。この建物でも太陽光発電パネルを3.0kW増設すればほぼネット・ゼロ・エネルギー住宅とすることが可能である。また、建物に地窓と頂側窓を設け夏の夜間に重力差によるナイト・パージの工夫も取り入れっている。

2009年には、此れまでに得られた知見から無暖房住宅を目指し、南面開口部を積極的に大きく取った土塗壁モデルを建築した。熱損失係数は1.32W/m2K・年間暖房負荷は15.8kWh/m2年と21世紀モデルの1/2の暖房エネルギーとし、それまでの蓄熱床を土塗壁による蓄熱へと変更している。土塗壁は室内に暴露する表面積が蓄熱床の10倍以上と広く直達日射による温度上昇より温度差は小さいが熱の吸放出時間が6~12時間程度と1日で熱移動が速やかで保温効果も大きく壁が建物全体にバランス良く配置されているため温度分布も良く、調湿効果も期待できる。この土塗壁への蓄熱は輻射と対流によるハイブリットな保温暖房とも言うことができる。このレベルの性能になると床面積100~120m2程度の木造住宅が市販される最も小さなエアコン(暖房出力2.5kW・冷房出力2.2kW)の能力で全館連続暖冷房が可能となった。このエアコンの消費電力は太陽光発電パネル1.5kW~2.0kW程度と組み合わせることで暖冷房エネルギー分の電力はネット・ゼロ・エネルギーとすることが出来る。

しかし、この実験住宅で発生した課題はオーバー・ヒートである。秋口から太陽高度が下がると庇では日射遮蔽が効かず、高断熱化された室内は午後27℃を超える高温になってしまう。厳冬期であっても午後には26~27℃に達し明け方には18℃程度へ下がり相対湿度も日に20%近く変化している。外気温が明け方-7~8℃であることからすれば暖かい室内も日温度差が10℃にもなると寒くいはないが快適とは言い難い環境である。この建物は南面開口部を積極的に取ったため屋根に太陽光発電が2.56kWしか載せられずネット・ゼロ・エネルギーは難しい。また、このモデルから給湯システムに真空管集熱器1.5m2×2枚を水道水温が低い1月の太陽光入射角に合わせ設置し冬場の給湯負荷を削減している。

此れまでの実験住宅で得られた知見は、室内発生熱と熱損失係数(Q値)、日射取得量、蓄熱要素・容量のバランスが重要で、暖房エネルギーの削減は手法を間違えなければ簡単に削減できることである。日本の住宅のエネルギー消費量の1/4を占める(部分間欠暖房が殆ど)暖房エネルギーを全館連続暖房としても1/2以下に削減することは十分可能と考えている。この性能の住宅は高齢者の家庭内事故や疾病を減らし、高齢者施設を減らすことにつながる。今後の課題は冷房エネルギーの削減となる、この冷房も日射遮蔽と省エネ家電の採用により室内発生熱を削減し屋根面の断熱をしっかりした後、寝室や居室を中心に在室時間の長い空間を連続して定常負荷で小型高効率エアコンを運転し冷房する。この条件で連続運転すれば負荷は400~500W/hである。日照時間の長い夏場にはこの冷房方法と太陽光発電は相性が良く、第3章で報告する築後33年の木造住宅延べ床面積163.13m2の既存改修工事後では1台のエアコンの年間全館暖冷房負荷が実測値で暖房期1,332,6kWh、冷房期303.1kWhの合計1,635.7kWhであった

このK邸既存改修工事は試算値で熱損失係数(Q値)1.27W/m2K・年間暖房負荷29.4kWh/m2年・年間冷房負荷21.2kWh/m2KであるがQ値の同定(実測)では0.96W/m2Kとなっている。この試算結果との誤差は試算値が1次エネルギーで実測値は2次エネルギーであることエアコン(ヒート・ポンプ)の効率が良いこと、中間期の冷房はナイト・パージで蓄冷された土塗壁が冷房負荷を低減している。こうした知見より岐阜県東濃地方では熱損失係数(Q値)が1.3W/m2K前後で日射取得係数(μ値)が0.05前後、バランス良く配置された熱容量を付加する土塗壁と小型高効率エアコンを上手く太陽光発電と組み合わせることで暖冷房エネルギーのネット・ゼロ・エネルギー化が実現できる。

こうした、此れまでの知見により2012年3月に竣工したZETH(Zero Energy Timber House)モデルでは、熱損失係数(Q値)1.25W/m2K、年間暖房負荷14.8kW/m2年とし、熱容量(版築壁・土塗壁・断熱された基礎コンクリート部分など)の大きな部材をバランス良く配置し、日射取得係数(μ値)を土塗壁モデルの過集熱の教訓から0.050以下の、0.049とした上で給湯負荷を削減するために真空管ヒートパイプ式集熱器2.0m2×2枚を真南60°に設置し冬場の集熱効率と夏場の過集熱対策を図り、屋根に接した太陽光発電9.2kWにより建物運用時を上回る発電量でエネルギーを償還する計画である。今後は、この実験住宅ZETHの性能評価を通して地域型木造住宅のネット・ゼロ・エネルギー化技術を整理し普及を進める。

この木造住宅のネット・ゼロ・エネルギー化には地域を知る工務店と現場で仕事をする職人の技術に依る処が大きく、特に既存住宅改修では職人達の知識と経験・技術に寄る処が大きい。

審査要旨 要旨を表示する

木造住宅の省エネルギー性能向上は、地球温暖化防止への貢献、エネルギー事情の改善、住宅の快適性の向上、健康志向への対応等に向けて極めて重要なテーマとして挙げられている。

国産材活用を推進する上で、安全で安心して住むことのできる木造住宅の開発、ならびに住宅リフォームの具体的な施工法の検討が望まれているところであり、我が国の省エネルギー性能基準も徐々に高められている。一般に、高断熱・高気密と唱えられているが、地域の気候や建設地の条件、季節変動よる温度、湿度、日射取得量、風向等を考慮に入れた設計が望まれている。しかしながら、現在のところ建物の温熱シミュレーション結果と実際の建物による計測結果を比較できるデーターの蓄積は限られている。

本研究では第1章の序論で岐阜県東濃地方における気象特性と木造住宅の現状が記述され、研究対象として建設した8棟の実験住宅の概要が述べられている。熱損失係数(Q値)や年間冷暖房負荷の測定結果から、我が国では2020年を目途に新築住宅の次世代省エネルギーの義務化が既に決定されているものの、現在の技術、設計方法の延長線上では反ってエネルギー消費量を大きく上回る地域があることを推定している。第2章では築33年経過した木造平屋建ての耐震化、省エネルギー化を目指したリフォーム工事を行い、その前後での年間エネルギー消費量を比較した結果、非定常シミュレーションによって冷暖房負荷を均衡させることにより、従来の部分間欠冷暖房を採用した場合と比較して、より少ないエネルギーで全館連続冷暖房が可能になっていることを実証した。さらに、冷暖房エネルギーは太陽光発電の発電量の一部で賄うことができる程度であることを示した。この古い民家には土塗り壁が採用されており、断熱性、気密性を向上させるとともに、土塗り壁の熱容量の大きさに着目し、蓄熱性能と日射取得および熱損失のバランスに配慮することの重要性を指摘している。第3章ではゼロエネルギー木造住宅として実験住宅を設計、建築し、太陽光発電2kw程度の小規模設備で年間の暖冷房分をゼロエネルギー化できることを実証した。実験住宅は2008年の標準世帯エネルギー消費量の63%で全館冷暖房が可能になっており、小さな冷暖房設備で十分な快適性が得られる基礎、床、壁、開口部、天井、屋根の構成を確認している。第4章では複数の実験住宅より得られた温熱性能データーとエネルギー消費量を比較検証し、建設時の環境負荷を考慮して木造住宅の優位性が高いことを示している。住宅メーカーはスマートハウスと称して設備機器をIT化によってコントロールすることが省エネルギー化であるかのような印象を一般に与えているが、設備機器を充実させる方向性ではなく、住宅の基本性能として地域環境に相応しい適正な断熱、気密、蓄熱をバランスさせること、日射取得量を夏、冬でコントロールできることなど、設計に不可欠なファクターを組み合わせ、本研究の対象地域である東濃地方の工務店技術、ならびに左官職人の活用によって高い省エネルギー性能住宅を実現できることが実証された。

以上本論文は、木造住宅の省エネルギー性能向上に関する実験的研究で、8棟の実験住宅を建設し、その実際使用の住宅から得られたデーターから住宅の設計に貴重な示唆を与えている。断熱性、気密性に加え、木造で蓄熱性を考慮することの重要性も指摘し、それを左官技術による土塗り壁で実践したこと、ならびに夏場のオーバーヒート対策を行って年間を通じての省エネルギーを考慮しなければならない点など、具体的な木造住宅の設計方針に対する検討結果は高く評価され、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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