学位論文要旨



No 128837
著者(漢字) 金,民洙
著者(英字)
著者(カナ) キム,ミンス
標題(和) 反芻動物特異的なインターフェロン・タウ遺伝子サブタイプの特徴 : 発現、転写制御機構とその生物活性
標題(洋) Characterization of the Ruminant Interferon-tau Gene Subtypes : Expression, Transcriptional Regulation and Biological Activity
報告番号 128837
報告番号 甲28837
学位授与日 2013.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3873号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 今川,和彦
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 准教授 山内,啓太郎
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

諸言

この20年、ウシの繁殖性(妊娠率)は低下し続けている。妊娠率の低下の一因は早期胚死滅によるとされ、妊娠成立期の遺伝子発現などの解明やその有効利用の開発が待たれている。インターフェロン・タウ(IFNT)は反芻動物の胚・栄養膜(トロホブラスト)細胞から分泌され、その黄体退行抑制作用から母親の妊娠認識物質と知られている。しかしながら、この遺伝子の発現制御機構など、まだまだ不明な点が多くその解明が待たれている。そこでもし、この遺伝子の発現制御機構や生物活性を明らかにすることができれば、その人為的な調節が可能になり、ウシの妊娠率の向上に貢献できる。

第1章

初期胚の成長過程において、先ず2種の細胞(内部細胞塊とトロホブラスト「栄養膜」細胞)が現れ、胚盤胞を形成する。この時、内部細胞塊では転写因子OCT3/4が、トロホブラスト細胞では転写因子CDX2が発現しているが、ウシのトロホブラスト細胞ではCDX2だけではなくOCT3/4の両者が発現していることが分かっている。そこで先ず、これらの転写因子がIFNT遺伝子の転写活性にどのように影響するのかを検証した。

いままでIFNT遺伝子の上流域に結合する転写因子としてCDX2、ETS2、JUNやCREBBPが明らかになっていた。そこで先ず、OCT3/4の発現ベクターを作製し、IFNT遺伝子の転写活性にOCT3/4がどのように影響するか、OCT3/4の発現濃度や添加のタイミングをルシフェラーゼ法で検証した。次に、CDX2との関連性を調べるためにCDX2やOCT4単一の強制発現におけるIFNT遺伝子の転写活性を検証した。OCT3/4はCDX2単一のIFNT遺伝子の発現亢進を抑制したが、CDX2、ETS2やJUNの組み合わせではOCT3/4の抑制能は消失した。また、OCT3/4の添加を遅らせても、OCT3/4の抑制能は消失した。さらに、ETS2、JUNやCREBBPがIFNT上流域上で複合体を形成することが必要であることも証明した。

第2章

当研究室では、ウシ胚の着床期におけるIFNT遺伝子転写産物が次世代シーケンサーにより検証されていた。それによると、10種以上のIFNT遺伝子が存在するにもかかわらず、たった2種類のIFNT(IFNT1およびIFNTc1)遺伝子のみが妊娠子宮内で発現していることが分かった。

そこで、2つのIFNT遺伝子の発現制御機構に違いがあるかどうかを第2章で検証した。妊娠17日の胚・トロホブラストではIFNT1 mRNAがもっとも多く、妊娠が進行する20日、22日では発現が低下していた。一方、IFNTc1 mRNAは妊娠20日に最も発現が高かった。

次に、この発現の違いを遺伝子上流域領域の差異、または転写因子結合の差異と考え、両者の遺伝子上流域の核酸配列と各種転写因子の結合能を強制発現法で検証した。以前より、上流域-637ベースのルシフェラーゼ・コンストラクトは作製されていた。それに加え、両遺伝子の上流域-1000ベースを含むコンストラクトを作製した。さらに、上流域の欠損コンストラクト(Deletion constructs: -1000, -637, -389, -262, -222および-157ベース)と転写因子結合領域ミューテーション・コンストラクト(Mutation constructs: CDX2結合サイト、AP-1・JUN結合サイトおよびETS2結合サイト)を作製し、強制発現・ルシフェラーゼ法での検証に使用した。

欠損コンストラクトと転写因子CDX2、JUNまたはETSをEF細胞内に導入する(強制発現)すると、ETS2の添加時にIFNT1とIFNTc1遺伝子の転写活性(ルシフェラーゼ)に変化が見られた。また、ETS2領域変異コンストラクトでもETS2に対するIFNT1とIFNTc1遺伝子の反応性に違いが見られた。また、この差異は4種の転写因子(CDX2, JUN, ETS2およびCREBBP)添加時においてもETS2の差異として現れたことから、両者の反応性の差異は転写因子ETS2によることが判明した。

第3章

IFNT遺伝子同士の転写活性の差異は生体内においてどのような意味を持つのであろうか?私は、その違いは子宮側へのIFNT効力の差異と位置付け、体外培養系を用いてIFNT1とIFNTc1のウシ子宮上皮細胞での遺伝子発現を解析した。

まず、IFNT1, IFNTc1とコントロールとしてIFNAのクローニングを行い、それらの発現コンストラクトを作製した。次に、そのコンストラクトを293細胞に導入し、強制発現後のそれぞれのIFNを回収した。

ウシ子宮上皮細胞は岡山大学の奥田潔教授に提供していただいた。また、コントロール細胞としてIFNTに反応性をもつウシMDBK細胞を同時に検証した。IFNTの誘導物質として知られているinterferon stimulated gene (ISG)12, ISG15, MX1およびMX2の子宮内膜上皮細胞での反応性を検証した。両IFNTとも子宮上皮細胞でのISG12, ISG15やMX1転写産物に対する反応性に変わりはなかった。ところが、MX2 mRNAはIFNT1ではなく、IFNTc1添加時の子宮内膜上皮細胞のみに出現した。このことは2つのIFNT遺伝子の発現は、子宮内中のIFNT産生を上昇させるのだけではなく、子宮内膜上皮細胞の反応性にも違いがあることを示している。

総括

IFNTには10種以上の遺伝子が存在する。ところが、実際に子宮内で発現しているのはIFNT1とIFNTc1の2種のみであった。また、それらの発現動態にも子宮上皮細胞の反応性にも差があったことから、IFNTの遺伝子複製(duplication)には単純に発現量を増加させるだけではなく、新しい機能を付加していったに違いない。いままで、IFNTの子宮内投与実験はIFNT1のみで行われていたが、その投与実験では必ずしもポジティブなデータが得られていたわけではなかった。これからの投与実験は少なくても2種のIFNTを投与しなければいけないことと、その発現(投与時期)も検証しなければ、子宮内へのIFNTの効果が測れないことが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

この20年、ウシの繁殖性(妊娠率)は低下し続けている。妊娠率の低下の一因は早期胚死滅によるとされ、妊娠成立期の遺伝子発現などの解明やその有効利用の開発が待たれている。インターフェロン・タウ(IFNT)は反芻動物の胚・栄養膜(トロホブラスト)細胞から分泌され、その黄体退行抑制作用から母親の妊娠認識物質と知られている。しかしながら、この遺伝子の発現制御機構など、まだまだ不明な点が多くその解明が待たれている。そこでもし、この遺伝子の発現制御機構や生物活性を明らかにすることができれば、その人為的な調節が可能になり、ウシの妊娠率の向上に貢献できる。

第1章:初期胚の成長過程において、先ず2種の細胞(内部細胞塊とトロホブラスト「栄養膜」細胞)が現れ、胚盤胞を形成する。この時、内部細胞塊では転写因子OCT3/4が、トロホブラスト細胞では転写因子CDX2が発現しているが、ウシのトロホブラスト細胞ではCDX2だけではなくOCT3/4の両者が発現していることが分かっている。そこで先ず、これらの転写因子がIFNT遺伝子の転写活性にどのように影響するのかを検証した。

いままでIFNT遺伝子の上流域に結合する転写因子としてCDX2、ETS2、JUNやCREBBPが明らかになっていた。そこで先ず、OCT3/4の発現ベクターを作製し、IFNT遺伝子の転写活性にOCT3/4がどのように影響するか、OCT3/4の発現濃度や添加のタイミングをルシフェラーゼ法で検証した。次に、CDX2との関連性を調べるためにCDX2やOCT4単一の強制発現におけるIFNT遺伝子の転写活性を検証した。OCT3/4はCDX2単一のIFNT遺伝子の発現亢進を抑制したが、CDX2、ETS2やJUNの組み合わせではOCT3/4の抑制能は消失した。また、OCT3/4の添加を遅らせても、OCT3/4の抑制能は消失した。さらに、ETS2、JUNやCREBBPがIFNT上流域上で複合体を形成することが必要であることも証明した。

第2章:当研究室では、ウシ胚の着床期におけるIFNT遺伝子転写産物が次世代シーケンサーにより検証されていた。それによると、10種以上のIFNT遺伝子が存在するにもかかわらず、たった2種類のIFNT(IFNT1およびIFNTc1)遺伝子のみが妊娠子宮内で発現していることが分かった。

そこで、2つのIFNT遺伝子の発現制御機構に違いがあるかどうかを第2章で検証した。妊娠17日の胚・トロホブラストではIFNT1 mRNAがもっとも多く、妊娠が進行する20日、22日では発現が低下していた。一方、IFNTc1 mRNAは妊娠20日に最も発現が高かった。

次に、この発現の違いを遺伝子上流域領域の差異、または転写因子結合の差異と考え、両者の遺伝子上流域の核酸配列と各種転写因子の結合能を強制発現法で検証した。以前より、上流域-637ベースのルシフェラーゼ・コンストラクトは作製されていた。それに加え、両遺伝子の上流域-1000ベースを含むコンストラクトを作製した。さらに、上流域の欠損コンストラクト(Deletion constructs: -1000、-637、-389、-262、-222および-157ベース)と転写因子結合領域ミューテーション・コンストラクト(Mutation constructs: CDX2結合サイト、AP-1・JUN結合サイトおよびETS2結合サイト)を作製し、強制発現・ルシフェラーゼ法での検証に使用した。

欠損コンストラクトと転写因子CDX2、JUNまたはETSをEF細胞内に導入する(強制発現)すると、ETS2の添加時にIFNT1とIFNTc1遺伝子の転写活性(ルシフェラーゼ)に変化が見られた。また、ETS2領域変異コンストラクトでもETS2に対するIFNT1とIFNTc1遺伝子の反応性に違いが見られた。また、この差異は4種の転写因子(CDX2、JUN、ETS2およびCREBBP)添加時においてもETS2の差異として現れたことから、両者の反応性の差異は転写因子ETS2によることが判明した。

第3章:IFNT遺伝子同士の転写活性の差異は生体内においてどのような意味を持つのであろうか?その違いは子宮側へのIFNT効力の差異と位置付け、体外培養系を用いてIFNT1とIFNTc1のウシ子宮上皮細胞での遺伝子発現を解析した。

まず、IFNT1、IFNTc1とコントロールとしてIFNAのクローニングを行い、それらの発現コンストラクトを作製した。次に、そのコンストラクトを293細胞に導入し、強制発現後のそれぞれのIFNを回収した。

ウシ子宮上皮細胞は岡山大学の奥田潔教授に提供していただいた。また、コントロール細胞としてIFNTに反応性をもつウシMDBK細胞を同時に検証した。IFNTの誘導物質として知られているinterferon stimulated gene (ISG)12、ISG15、MX1およびMX2の子宮内膜上皮細胞での反応性を検証した。両IFNTとも子宮上皮細胞でのISG12、ISG15やMX1転写産物に対する反応性に変わりはなかった。ところが、MX2 mRNAはIFNT1ではなく、IFNTc1添加時の子宮内膜上皮細胞のみに出現した。このことは2つのIFNT遺伝子の発現は、子宮内中のIFNT産生を上昇させるのだけではなく、子宮内膜上皮細胞の反応性にも違いがあることを示している。

総括:IFNTには10種以上の遺伝子が存在する。ところが、実際に子宮内で発現しているのはIFNT1とIFNTc1の2種のみであった。また、それらの発現動態にも子宮上皮細胞の反応性にも差があったことから、IFNTの遺伝子複製(duplication)には単純に発現量を増加させるだけではなく、新しい機能を付加していったに違いない。いままで、IFNTの子宮内投与実験はIFNT1のみで行われていたが、その投与実験では必ずしもポジティブなデータが得られていたわけではなかった。これからの投与実験は少なくても2種のIFNTを投与しなければいけないことと、その発現(投与時期)も検証しなければ、子宮内へのIFNTの効果が測れないことが分かった。

よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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