No | 128839 | |
著者(漢字) | 大竹,和正 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオタケ,カズマサ | |
標題(和) | UAGコドン再定義における翻訳的要因の解明 | |
標題(洋) | A study on the translational factor in the UAG-codon reassignment | |
報告番号 | 128839 | |
報告番号 | 甲28839 | |
学位授与日 | 2013.03.05 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5894号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大腸菌からヒトに至るまで, 真正細菌,古細菌,真核生物を通じてほぼ全ての生物種は基本的に共通した遺伝暗号を用いており, この遺伝暗号を「普遍」遺伝暗号と呼ぶ. 普遍遺伝暗号は全ての生物の祖先において確立したものと考えられ, ミトコンドリアやいくつかの生物における少数の例外を除いて何十億年にわたって不変である. これらの普遍遺伝暗号からの逸脱は, 生物の進化過程の中で1万年以上の時をかけて発生した. このような非標準遺伝暗号の出現を説明する二つの仮説が存在するが, どちらのシナリオにおいてもコドンの再定義が起こる以前にゲノム中に多数の変異が蓄積することが想定されている. 当研究室では, 大腸菌において翻訳終結因子 RF-1をコードするprfA遺伝子をノックアウトすることにより, 大腸菌のUAGアンバー終止コドンをセンスコドンに再定義したことを報告している. この大腸菌株をRFzero株と呼ぶ. UAGコドンを認識し翻訳を終結するRF-1は必須の細胞構成要素であり,通常その遺伝子破壊は致死である. 7つの必須遺伝子末端のUAG終止コドンをUAA終止コドンへと置換し, UAGコドンを翻訳する転移リボ核酸(tRNA)を発現することにより, RFzero株のゲノム中の約300遺伝子の末端にはUAGコドンがそのまま残されているにも関わらずRF-1のノックアウトが可能になる. しかしながら, これらのUAGコドンの翻訳が大腸菌の増殖に与える影響は明らかにされていなかった. 大腸菌グルタミンアンバーサプレッサーtRNA (supE) の変異体ライブラリーを作製し,UAGコドンを通常のグルタミンコドンと遜色ない高効率で翻訳するtRNA変異体 supE3の単離に成功した. supE3を導入してRFzero株を作成したところ, このRFzero-q3株は他のRFzero株に比べてよく増殖し, 親株に匹敵する増殖速度を示した. RFzero-q3株ではUAGコドンを越えてタンパク質のC末端が延長されることが確認された. このように延長されたタンパク質が活性を維持しており, これらのタンパク質の高発現が増殖に良い影響を与えることが明らかとなった. UAGコドンの翻訳効率の低いRFzero株ではリボソームがUAGコドンの位置で停滞していると考えられ, この問題はUAGコドンの翻訳効率の増加によって解消されていた. また, 複数の大腸菌株のゲノム解析によって, UAG終止コドンのすぐ下流には2番目のUAG以外の終止コドンがバックアップとして現れ, タンパク質のC末端の延長がランダムに終止コドンが現れる場合に比べて短く抑えられているというUAA終止コドンやUGA終止コドンには見られない特徴が明らかとなった. このように大腸菌のUAGコドンと次の終止コドンの染色体上の分布は, UAGコドンの再定義にすでに適応する方向に進んでいると考えられ, 本研究はコドンの再定義とそれに伴うゲノムの進化に関する研究の新しい方向性を示した. | |
審査要旨 | 本論文は4章からなる。第一章は序章であり、研究の背景と目的について述べられている。 大腸菌からヒトまで既知の全ての生物種は基本的に共通した遺伝暗号を使用しており、この遺伝暗号は「普遍遺伝暗号」呼ばれている。しかし、細部においては希に普遍遺伝暗号からのずれが見られる。本章では特に終止コドンにおいてコドンの意味が変化する現象について具体的な事例と共に解説されている。その中でも特に終止コドンがセンス・コドンへと完全に変化するコドン再定義について詳細に記述されており、コドンが再定義された遺伝暗号の出現を説明する既存の二つの仮説について解説されている。また、本論文の基盤となった人為的なUAGコドン再定義大腸菌株「RFzero株」と、それを可能とする「翻訳的要因」と「ゲノム的要因」について記載されている。そして、これらの要因がコドン再定義を可能にするメカニズムについては未解明の問題として残されていたと提起している。 第二章は本論であり、本論文における主たる章であり論文提出者が行った実際の研究内容にっいて述べられている。まず「翻訳的要因」としてのtRNAに着目し、UAGコドン翻訳に最適化したtRNAの単離に成功している。このtRNAを用いたRFzero株の作成を通じて、UAGコドン翻訳の効率化がRFzero株の生育を促進することを明らかにしたと述べている。さらに具体的に生育に寄与する遺伝子を同定し、その解析によりUAGコドン翻訳の効率化が生育改善を促進する二つのメカニズムを解明している。第一がC末端延長タンパク質の発現促進、第二がリボソーム停滞の解消であり、すなわちこの二つこそが「翻訳的要因」であるUAGコドン翻訳がUAGコドン再定義を可能にする分子レベルのメカニズムであると結論づけている。加えて「ゲノム的要因」についても解析を行い、大腸菌ゲノム中ではUAGコドンの下流にバックアップとしての「第二終止コドン」が存在することを明らかにしている。この特徴はおそらく進化的に獲得されたものであり、UAGコドンが翻訳終結からアミノ酸指定へと再定義された場合のプロテオームに対する致命的な影響を回避するのに役立っと述べている。 第三章は方法についてであり、第二章において記述された実験を行うための具体的な方法について記載されている。実際に実験に用いた大腸菌株やプラスミドについての詳細が記述され、本論文で用いられた培養条件や塩基配列解析などの実験手法についても述べられている。 第四章は総合討論であり、論文提出者の研究成果に対して多面的な討論を行い、今後の研究の展望についても述べられている。非天然型アミノ酸研究の中でのUAGコドン再定義の位置づけについて議論し、本論文の成果が拓く可能性について記載されている。本論文の成果を元に作製された活発に生育するRFzero株により、これまで困難であった多数の非天然型アミノ酸を導入したタンパク質の生産や、拡張された遺伝暗号を保持した生物の進化的実験など新たな研究手法が可能になるとしている。また、既存の遺伝暗号進化に関する二つの仮説が、コドンの意味の再定義にはゲノム中の変異蓄積によるコドンの「使われ方」の変化を必須とするのに対し、本研究では「使われ方」がほとんど変化することなく「意味」が変化できることを分子レベルでの知見と共に明らかにし、コドン再定義とそれに伴うゲノムの進化に関して新たな方向性を示している。 本論文では、遺伝暗号の進化の中で引き起こされたコドン再定義という現象に対し、実際にコドンの再定義を可能とする分子レベルのメカニズムを初めて実験事実と共に明らかにした点が高く評価できる。また、ここから提唱された新たな進化の様式は、既存の仮説とは異なる新たな視点と実験室内進化実験の可能性を提供しており大変興味深い。さらに、本論文の知見は非天然型アミノ酸を用いたタンパク質工学や進化的実験へ繋がるという点でも意義が大きい。 なお、本論文は、理化学研究所生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長、坂本健作チームリーダー、樋野展正博士(現・大阪大学)、佐藤文博士(現・理研QBic)、向井崇人博士、並びに東海大学の染谷博司博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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