学位論文要旨



No 128840
著者(漢字) 藤本,悠希
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ユウキ
標題(和) SELEX法を利用した内在性RNA探索法の構築及びHEXIM1に結合するmRNA上の新規エレメントの同定
標題(洋) Development of SELEX-based method for screening of intracellular RNAs and identification of a HEXIM1-binding element on mRNAs
報告番号 128840
報告番号 甲28840
学位授与日 2013.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5895号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩見,美喜子
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 泊,幸秀
 東京大学 准教授 程,久美子
内容要旨 要旨を表示する

RNA は,生命現象の根幹を担う物質であるが,近年になって,従来考えられていた以上に,様々な機能を持ったRNA が存在することが明らかになってきている.高等生物の巨大なゲノムの多くの部分が転写されていることを考えると,未だ発見されていない機能性RNA は,決して少なくないと考えられる.しかし,RNA を,その機能と関連付けた形で網羅的に探索する方法は,これまでに実用化されていない.例えば,網羅的転写物解析により,RNA 自体の存在は明らかにできるが,その機能を明らかにするには,配列情報からの類推ができる場合を除き,個別の解析が必要となる.tRNA やmiRNA(micro RNA)等,配列的・構造的特徴を持つものに関しては,ゲノム配列を対象とした情報科学的な探索による同定が可能であるが,こうした特徴がわかっていない,未知の機能性RNA については,現状では,情報科学的方法は無力であると言って良い.RNA の持つ機能の全体像を明らかにするためには,機能性RNA をde novo に網羅的に探索する方法の確立が必要である.

そこで,本研究では,まず,機能性RNA の網羅的探索法の構築を試みた.機能性RNA の網羅的探索とは,どの機能性RNA が如何なる因子と相互作用を持つか,あるいは,どの機能性RNA が如何なる現象・経路に関わっているかを網羅的に解明することであると捉えることができる.この問題には,「どの」機能性RNA,「如何なる」因子/現象・経路という,2 個の変数がある.本研究では,まず,後者の変数を固定し,前者の変数を変化させることで,その解を求める方法を構築することとした.近年,タンパク質に結合することでその機能制御を担うようなRNA が発見されていることを踏まえ,特定の標的分子に強く結合する核酸配列を取得する方法であるSELEX 法を利用して,標的タンパク質に結合する内在性RNA をin vitro で同定する方法を構築した.

通常,SELEX 法は,標的分子に強く結合する,人工の配列を持つ核酸,アプタマーを取得するために用いられる.SELEX 法によるRNA アプタマーの取得は,以下のようにして行われる.まず,内部に一定長のランダム領域を持つ化学合成オリゴヌクレオチドを鋳型としてPCR を行い,DNA プールを作製する.次に,DNA プールを鋳型としてin vitro 転写反応を行い,標的分子への結合能を指標とした選択を行う.続いて,選択されたRNA を鋳型とした逆転写反応,続くPCR により,再びDNA プールを作製する.これらの一連の反応を繰り返すことで,標的分子に対して高い結合力を持つRNA 配列を選別する.本研究では,人工の核酸配列ではなく,内在性RNA の配列を取得することが目的であるので,化学合成オリゴヌクレオチドの代わりに,細胞由来のcDNA ライブラリから,初期DNA プールを作製することとした.既知の機能性RNA に,低分子のものが多く含まれることから,cDNA ライブラリには,数百塩基以下のRNA 配列を中心とした,完全長ライブラリを使用した.

構築した探索法の実用性を検証するため,モデル実験を実施した.モデル実験の標的タンパク質には,特定の機能性RNA と結合することが既知である,ヒトのU1A,HEXIM1 タンパク質を用いた.いずれのタンパク質を用いたモデル実験でも,既知の結合RNA の配列が得られたことから,構築した方法が,標的タンパク質に結合する機能性RNA の探索に有用であることが示された.

この方法を網羅的探索へと拡張するためには,先に述べた2 個の変数のうちの後者,「『如何なる』因子(タンパク質)」についても,変化させる必要がある.そのためには,標的タンパク質を網羅的に合成する方法を確立することが,肝要である.そこで,既存の真核生物由来の無細胞翻訳系を用いた標的タンパク質の合成を検討したが,網羅的合成の道筋をつけることはできなかった.無細胞翻訳系は,近年進歩しつつある技術であり,今後,種々のタンパク質を簡便に合成する方法が確立されれば,本研究の探索法を用いて,新規機能性RNA の網羅的探索を行うことが可能になると期待される.

次に,上記の探索法を応用し,ヒトHEXIM1 に結合するmRNAの探索を行った.HEXIM1 は,RNA結合性タンパク質であり,転写伸長因子P-TEFbを負に制御することでRNAポリメラーゼII(RNAPII)による転写反応を阻害する因子である.RNAPII は,転写開始後数十塩基進んだ地点で,一度転写を停止する.P-TEFb は,RNAPII 及び,その阻害因子をリン酸化することで,RNAPII の転写伸長を再開させる役割を担っている.HEXIM1 は,7SK snRNA 依存的にP-TEFb と結合して7SK snRNP を形成し,P-TEFb のキナーゼ活性を阻害する.本研究では,HEXIM1 が転写の場において機能するタンパク質であることに着目し,転写の場で合成されたmRNA の中に,HEXIM1 と結合するものが存在する可能性があると考え,HEXIM1 を標的タンパク質とした探索を行った.上述の探索法では,低分子のRNA 配列のcDNA ライブラリを用いて初期プールを作製したが,本探索では,mRNA を探索対象とするため,ランダムプライマーを用いて作製したcDNA ライブラリを用いた.

探索の結果,cad(carbamoyl-phosphate synthase/aspartate carbamoyltransferase/dihydroorotase)mRNA の一部の領域が,HEXIM1 に結合する配列として取得された.抗HEXIM1 抗体を用いた共免疫沈降により,HeLa 細胞において,cad mRNA がHEXIM1 と共沈降することが示された.RNA 上のHEXIM1 結合モチーフを特定するために,種々のRNA 変異体を作製し,HEXIM1 との結合能をフィルターバインディングアッセイにより測定した.その結果,結合モチーフは,2 塩基のバルジ構造を含むステム構造からなることがわかった.これは,既知のHEXIM1 結合性RNA である7SK snRNA には存在しないモチーフであった.

結合モチーフを含むcad mRNA上の領域とHEXIM1 との解離定数を測定したところ,このRNA は,7SK snRNA よりも強くHEXIM1 に結合することが示された.また,HEXIM1 変異体を用いた解析や,結合競合実験により,cad mRNA上の結合モチーフは,7SK snRNA と同様に,HEXIM1 のアルギニンリッチモチーフを介してHEXIM1 と結合することが示唆された.興味深いことに,RNA とHEXIM1との結合曲線は,現在提唱されている,1 分子のRNA とHEXIM1 二量体とが一対一で結合するという結合様式には合致しなかった.このことから,RNA とHEXIM1 との結合様式は,現在の理解よりも複雑かつ動的である可能性が考えられる.

同定したHEXIM1 結合モチーフは,20 塩基未満で構成されており,塩基配列自体が結合能に大きな影響を与える部位は一部に限られていた.このことから,cad mRNA 以外のmRNA 上に,このHEXIM1結合モチーフが存在する可能性は十分にあると考え,情報科学的解析により,結合モチーフを持つことが予測されるヒトのRNA 配列を探索した.探索結果のうちの一部について,HEXIM1 との結合を検証したところ,brd4 mRNA 及びtcf3 mRNA が,HeLa 細胞においてHEXIM1 と結合することが示された.

これら3 遺伝子は,いずれもタンパク質レベルあるいはmRNA レベルでP-TEFb との関わりが報告されている遺伝子であった.このことから,HEXIM1 は,7SK snRNP の形成による転写反応のグローバルな調節とは別に,mRNA と結合することにより,自身と関わりのある因子の発現を個別に調節する可能性が示唆された.これらの遺伝子に対する解析を進めることで,HEXIM1,P-TEFb の持つ,新たな機能が明らかとなることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、第1章(略語一覧)、第2章(序論)、第3章、第4章、第5章(総合考察)、第6章(結語)、第7章(実験材料及び実験方法)の7章から構成されている。

序論の第2章では、本論文で行った研究の背景・目的を記載している。まず、機能性RNAを分類し、その中で、タンパク質と相互作用するものが、生物の進化において重要な役割を果たした可能性や、そうした機能性RNAの役割の解明が、今後の生物学の課題となり得ることを指摘している。また、既存の機能性RNAの同定・解析法という側面から、現状における、機能性RNA研究に関しての記述を行っている。そして、本論文を通じて用いる手法であるSELEX法について解説し、SELEX法がRNA研究において、有用な探索手法となり得る可能性を示唆している。

続く第3章、第4章では、SELEX法を用いた内在性RNAの探索法を構築し、SELEX法の有用性を示すと共に、探索により得られた因子についての解析結果について述べている。

第4章では、SELEX法による内在性RNAの探索法の確立及び、その網羅化の研究結果について記述している。まず、SELEX法により、配列長の短い機能性RNAに対する探索を行うために、それに適したcDNAライブラリの構築法を検討している。そして、それを用いてSELEX法による探索を行うことで、標的とするタンパク質に結合する機能性RNAの配列を取得することが可能であることを、モデル実験により示している。一方、この探索法を網羅化する方法の確立には至らなかったものの、無細胞翻訳系の利用などにより、標的タンパク質の網羅的な合成の問題が解決されれば、SELEX法による探索の網羅化が可能になると論じている。

第4章で、個別のタンパク質を標的とした探索の有効性が示されたことを受けて、第4章では、SELEX法による探索法を、従来の方法では同定が難しいと考えられるRNAの同定に応用し、同定された因子について解析した結果について記述している。ヒトHEXIM1タンパク質は、細胞内に豊富に存在するRNA、7SK snRNAと結合することが知られているが、7SK snRNAが探索の系から除外されるような工夫を施した上で、HEXIM1と結合するRNAの探索を行い、cad mRNAがHEXIM1に結合することを示している。また、RNAの変異体解析により、cad mRNA中のHEXIM1結合エレメントを特定し、情報科学的手法により、同様の結合エレメントを持つRNAの探索を行っている。その結果、cad mRNAに加え、brd4 mRNA及びtcf3 mRNAを、HEXIM1に結合するRNAとして同定している。これらの遺伝子は、既にHEXIM1との関わりが報告されていることから、論文提出者は、これらの遺伝子の働きが、HEXIM1によって多重に制御されている可能性を論じている。

第5章では、第3章、第4章に記述した探索の結果を踏まえ、SELEX法による探索法の特徴を考察し、今後の課題・展望を論じている。第6章では、研究全体を総括し、俯瞰的視点から、今後の研究の展望を述べている。

本論文に記載された一連の研究は、RNA研究における新たな手法を確立すると共に、HEXIM1に関する新規の機能の解明に大きく貢献することが期待されるものである。本研究で確立された手法・明らかにされた知見は、RNA研究の発展、また、HEXIM1による遺伝子発現制御機構の研究の進展に、大きな意義を持つと評価する。また、論文提出者は当該分野における包括的知識と議論の能力を十分に有していると判断する。論文は全体にわたり、緻密で明確に記述されている。

なお、本論文の第4章の主要部分及び、以降の章の関連部分の内容は、中村義一(東京大学医科学研究所教授)、大内将司(東京大学医科学研究所助教)らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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