学位論文要旨



No 128841
著者(漢字) 深谷,達史
著者(英字)
著者(カナ) フカヤ,タツシ
標題(和) 文章表象の形成とオンライン・オフラインモニタリングを促す介入の効果検証
標題(洋)
報告番号 128841
報告番号 甲28841
学位授与日 2013.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第203号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 教授 岡田,猛
 東京大学 准教授 小国,喜弘
 東京大学 准教授 藤江,康彦
内容要旨 要旨を表示する

科学と技術の発展に伴い,専門家以外の市民においても科学的なリテラシーに習熟する必要性が高まってきた。特に,基本的な科学用語や概念を理解することは,科学的思考を支える土台となる要素である。その重要性を踏まえ,本研究は,科学的概念の中でも,複数の構成要素からなるシステム(人体の器官や機械など)を取り上げ,その理解を促す介入のあり方を検討した。

1章では,そもそも深い理解を達成することがどのような状態として捉えられるか,そして深い理解を達成するためにはいかなる認知活動が求められるのかをこれまでの研究から概観した。認知心理学研究において,理解とは,「自然的・社会的事象における因果関係について一貫した,矛盾のない心的表象を形成すること」とされてきた。複数の要素からなるシステムの理解をこうした観点から記述すると,システムの理解とは,単に構成要素を知ることを超え,その要素(例えば心臓)における仕組み(収縮・拡張する)と機能(血液を体中に送る)の関係を把握することと定義できる。ただし,文章を読むといった実際の学習場面では,すべての要素の仕組みと機能が詳述されるわけではなく,そこで提示される情報に対して,学習者自らが因果を問う疑問を発したり(オンラインモニタリング),疑問を解消する推論を生成する(文章表象の形成)ことが求められる。さらに,科学的概念を理解する過程が,一度の学習で完結するものではないことを踏まえると,文章を読んだ後に,その内容を十分理解できたかを評価する(オフラインモニタリング)必要がある。

以上から,本研究では,学習中の認知活動(文章表象の形成とオンラインモニタリング)と,学習後の理解度の把握(オフラインモニタリング)に焦点を当てた。具体的には,第II部(研究1・2)において,学習中の認知活動として,仕組みと機能に関する推論と疑問の生成を促進する介入法の効果を検証した。次に,第IV部(研究3・4・5)において,学習後の認知活動として,テスト成績の予測や理解度評定の正確さを指標とし,オフラインモニタリングに対する介入方法を提案し,その効果を検討した。

第II部の研究1では,文章を学習する際,いかなる働きかけによって学習中の認知活動を活発化できるかを明らかにすることを目的とした。先行研究では,「読んだ文がどんなことを意味しているか」といった質問(プロンプト)を学習時に与える方法がとられてきたが,その効果は一貫していなかった。そもそも,システムの働きを理解する上で,文の意味を考えるといった一般的な処理を促進するだけでは介入として不十分だと考えられる。そこで,本研究では,より効果的な介入として,仕組み(「構成要素の機能はどう可能になっているか」)と機能(「構成要素やその特徴は何のためにあるか」)についての質問を考案した。実験では,大学生が循環系の文章を学習する際に,新しいプロンプトを与える群,一般プロンプトを与える群,プロンプトを与えない統制群を設定した。学習後に行ったテスト成績を比較したところ,文章に明示されていない要素の仕組みと機能についてのテストにおいて,統制群よりも新しいプロンプトを与えた群の成績が高かった。また,この効果は,学習中の仕組みと機能についての推論の増大によって得られたことが示唆された。

研究1では,SBFプロンプトについて考えながら学習することでシステムの理解が促されることが明らかになったが,それは,プロンプトを与えられなくとも,学習者自ら仕組みと機能について疑問や推論を生成するようになったことを意味しない。それを踏まえ,研究2では,中学2年生を対象とした5日間の学習講座を実施し,プロンプトを与えない状況でも学習中の認知活動を積極的に行うようになるかを検討した。講座では,3日間(各日45分)の授業で,器官系に関する文章の学習と解説を行った。文章の学習の際,仕組みと機能についての質問とその質問への解答を考える実験群と,特に制限を設けずに質問および解答作成を行う統制群に割り当てた。訓練の前後(講座の1日目と5日目)には,訓練とは異なるトピックの文章について学習とテストへの回答が求められた。その結果,訓練後の事後テストにおいて,実験群のテスト成績が統制群よりも高い傾向にあったことが明らかとなった。

第II部では,仕組みと機能に関するプロンプトと訓練の有効性が示されたが,いかにすればオフラインモニタリングの正確さを改善できるかは未検討であった。これまでの研究で,学習中の認知活動を促しても,オフラインモニタリングの正確さは向上しない可能性が示唆されてきた。この原因として,学習中に積極的な認知活動を行ったとしても,人は,学習後に自身の理解状態を判断する際には,学習の結果を十分ふり返ることなく,自身の読解能力の認知といった妥当でない手がかりを用いてしまうことが考えられた。この状態を改善するためには,学習した内容を外化させるといった学習の結果をふり返えらせる介入が有効であろう。そこで,第III部では,オフラインモニタリングへの介入法として,学習内容の説明に着目した。学習内容を説明する過程では,説明予期と説明産出という異なる効果が生起する。説明予期とは,後で説明をする必要があると予期しながら学習を行うことを指す。他方,説明産出とは,実際に説明を説明を産出する過程を意味する。学習中の認知活動を活発にする説明予期と,実際の説明を通して文章表象を外化する説明産出,それぞれの影響を検討することで,オフラインモニタリングを促進する介入法を明らかにできると考えられた。

第III部の研究3では,「説明予期は学習中の認知活動を促進するが,オフラインモニタリングには影響しない」という仮説を検討した。説明を予期すると,人は,分かりやすく説明するために内容を精緻化・整理しながら学習すると期待される。ただし,「説明とは,情報を精緻化・構造化して読み手に伝えるものだ」という精緻化説明志向が低いと,むしろ説明予期は文章理解を阻害してしまうことが明らかにされている。これを踏まえ,研究3では,説明予期とともに,研究1で効果が示されている仕組みと機能についてのプロンプトを与えることで,精緻化説明志向が低い学習者の文章理解を高めることができるかを調べた。また,仮に文章理解が向上しても,オフラインモニタリングは正確にならないと考えられるため,この点も合わせて検討を加えた。大学生に対して,循環系の学習,テスト成績の予測,テストへの回答を求めた。学習時には,説明予期を与えない統制群,説明予期のみ与える群,説明予期とプロンプトの両方を与える群を設定した。仕組みと機能に関する理解テストの成績を分析した結果,精緻化説明志向の阻害効果は再現されなかったものの,統制群に比べて,予期+プロンプト群に高い成績が認められた。一方,オフラインモニタリングの正確さの指標である,テスト成績の予測と実際の値のズレを調べたところ,説明予期群,予期+プロンプト群どちらでも,予測の正確さは向上しなかった。

次に,研究4では,2つの実験を通して,「説明予期はオフラインモニタリングの正確さを向上させないが,説明産出は向上させる」という仮説を検討した。実験では,大学生を参加者として,道具・機械の仕組みを図説した5つの文章に対して,学習,理解度評定,テストへの回答が求められた。分析から,どちらの実験においても,統制群と説明予期群に比べて,説明産出群の理解度評定の正確さが高かった。説明を産出する過程では,文章表象,特に深い理解を表す状況モデルが包括的に検索される。このとき,深く理解した文章は一貫した説明が行えるが,十分理解していない文章はうまく説明を行うことができない。このため,説明産出群のみにオフラインモニタリングの正確さの向上が認められたと考えられた。

ところで,研究3においても,研究4においても,説明予期が文章理解を高めるといった結果は得られなかった。よって,説明を予期することで本当に学習中の認知活動が活発化したのかという疑問が残された。この疑問に対して,研究3・4を含む,説明予期の効果を調べた大半の研究では十数名という少ないサンプルが用いられていた。仮に説明予期の効果量が大きくないと仮定すると,サンプルが限られた個々の研究ではその影響を検出しにくい可能性が考えられた。そこで,研究5では,先行研究の結果を統合するメタ分析を実施することで,説明予期の影響を推定した。分析の結果,説明予期は文章理解に対して中程度の正の効果量を持つことが明らかとなり,研究5の仮説が支持された。

第IV部(第9章)では,本研究のまとめを行うとともに,本稿の理論的・教育実践的示唆および限界について考察を加えた。具体的には,学習中の認知活動と学習後の認知活動について,それぞれの認知過程に沿って本研究の介入がどういった側面に効果を及ぼしたのかを論じた。これにより,これまで別々に検討されることが多かった,学習中,学習後の認知活動の統合を図るとともに,近年の学校教育の中で重視される説明活動の効果的な実践法について示唆を引き出した。また,今後の課題とされた,学習者が説明産出を方略として身に着けるための介入法について,児童生徒がもともと持っている学習観・説明観を考慮するなど,有効な介入のあり方を詳細に論じ,今後の展望を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、理解のための認知情報処理活動として、学習時間中に提示される情報から推論したり疑問を生成したりする「オンラインモニタリング」と、学習時間後に自らの理解状態を把握しようとする「オフラインモニタリング」について、それぞれの活動を高めるためにどのような介入が効果的かを検討したものである。

第I部では、深い理解の達成のため、いかなる認知活動が求められるかを概観した。従来は、学習中の推論や疑問生成が必要であるとされてきたが、それらを促すことを試みた研究では一貫した効果が見られていなかった。そこで、第II部では、学習中の認知活動を促す介入法を実験的に検討した。まず、研究1では、大学生に器官や器械に関する説明的文章を学習させる際、構成要素の仕組みと機能を考えさせる質問を与えることが、学習中に生成された推論や疑問の数、テスト成績などにおいて有効であるという効果が認められた。研究2では、中学生を対象とした授業において、実験群では仕組みと機能に焦点化した質問と解答を考える訓練を行った結果、一般的な質問に解答する統制群よりもテスト成績が高くなることが示された。

第III部では、事後テスト成績の実際の値と予測値のズレを理解把握の指標として、学習後の理解把握を正確にする介入法を調べた。とくに、学習内容に対する説明活動に着目し、後での説明を予期して学習する効果と、実際に説明を産出する効果とをそれぞれ検討した。研究3では、説明予期群での理解把握が統制群より正確になるという結果は認められなかったが、研究4では、説明予期群に加え、実際に説明を産出する群を設け、5つの説明的文章に対して学習、理解度評定、事後テストを実施した。説明産出群において他2群よりも理解度評定がより正確になるという結果が得られ、自ら説明を産出することが学習内容をふり返って、自分の理解状態を把握する効果があることが示唆された。また、研究5として、説明予期が文章理解に及ぼす効果を広範囲に検討するため、先行研究をメタ分析したところ、中程度の正の効果量が認められ、説明予期が文章理解を促すことが示された。

以上を踏まえて、第IV部では、オンラインとオフラインのモニタリングについて、それぞれの認知過程に沿って本研究の介入がどのような側面に効果を及ぼしたのかを論じている。さらに、学習中・学習後の認知活動の統合を図るとともに、近年の学校教育の中で重視される説明活動の効果的な実践法について考察を加えている。

このように、本論文は、学習時間中および学習時間後の認知活動の様相と効果的介入を検討したもので、教育心理学における学術的貢献とともに、教育実践に対しても具体的な示唆をもたらす研究といえる。よって、博士(教育学)の学位にふさわしい論文であると評価された。

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