学位論文要旨



No 128848
著者(漢字) 権,南希
著者(英字)
著者(カナ) クォン,ナミ
標題(和) 武力紛争時における環境損害をめぐる国際法
標題(洋)
報告番号 128848
報告番号 甲28848
学位授与日 2013.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第272号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 交告,尚史
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 寺谷,広司
 東京大学 教授 森田,宏樹
 東京大学 教授 飯田,敬輔
内容要旨 要旨を表示する

国際社会は「国の安全保障」を前提としてきた時代から,「人間の安全保障」という概念の登場により,環境破壊,人権侵害,難民,貧困などの人間の生存,尊厳を脅かすあらゆる種類の脅威を包括的に捉え,その対応に迫られている。しかし,世界各地の駐留軍隊の軍事活動,戦争,内乱などの武力紛争において,軍事的必要性・安全保障という名の下で地球環境が犠牲となる現実は依然として存在し,武力紛争による環境問題に対する国際法の議論と対応は充分なものではないと言わざるを得ない。現在の国際法において,この問題が依拠するところは,依然として武力紛争法の枠組みであり,議論の展開はその枠内にとどまる傾向から抜け出していない。その背景には,国際法の確立した領域である武力紛争法と,新たに登場した環境法という二つ軸が,様々な要因によって錯綜している状況がある。

武力行使が問題となる場面において,国際法は,様々な側面から時代の要請に応える形で変容を繰り返し,正当性と実効性の確立に有効なパラダイムを模索してきた。武力紛争法がjus ad bellumとjus in belloを模索していく中,ベトナム戦争における自然環境の極めて深刻な破壊は,新たな法的局面が展開される一つの分岐点となった。軍縮会議は「環境改変技術敵対的使用禁止条約」を採択し,国際人道法外交会議は「第一追加議定書」において環境保護に関する二つの条項(第35条3項および第55条)を置いた。

ベトナム戦争と湾岸地域における一連の戦争は,武力紛争時に破壊される環境問題の深刻さを認識させることで新しい展開を導き出したが,同時に国際法が有する限界も明らかになった。国際法の分断化現象を背景に,現代的文脈における国際環境法の発展が国際法に投影されると同時に,ある種の「断絶・乖離」が浮かび上がる。環境保護と武力紛争の関係という問題の本質をめぐる認識レベルの断絶,急速な発展を遂げた環境規範の武力紛争時の適用に関する規範の重複・衝突の調整が問題となる。また,武力紛争と環境損害をめぐる実体的規範に関する議論を徹底するよりかは,手続的次元でこの問題を扱う議論が先行する傾向が見られる。これは,停滞する(緩やかな発展)規則の法的状況と高い実効性を追求する問題処理の手続的枠組が乖離している,本題をめぐる国際法の議論状況を克明にあらわすものである。

以上のような問題意識に基づき,新しい視点を以て従来の規範内容を見直すことは,本稿の主な課題であった。本稿の考察を通じて明らかになったことは,国際法理論上,環境保護のための法規範は急激に成熟しているにもかかわらず,武力紛争という事象による環境損害の法的帰結は,未熟なままの規範体制にとどまっており,問題が現実化したとき,既存の枠組における解釈論の限界が指摘され,そのような状態からの脱却の模索と抵抗が繰り返されてきた,ということである。本稿では,理論的背景と問題意識から,国際環境法の発展を踏まえて,武力紛争時における環境損害をめぐる問題に内在する多角的視点の必要性に従い,従来の武力紛争法の限界を明らかにすると共に,環境保護の視点から両分野の相互的な連携の基盤を模索する。

第一章では,武力紛争時における環境保護のための現行の国際法規範の実効性を問うべく,その前提として,第一に,軍事的手段によってもたらされる環境損害に関する国際法上の規則定立の展開を取り上げる。1970年代,国際人道法体制に対する見直しの成果は,国際社会における環境保護への関心と相俟って,関連規定を誕生させた。しかし,かかる規範体系の範囲は極めて制限されており,その基準となる「広範」,「長期的」,「深刻」という三つ定式化された要因の解釈上の不明瞭さと,各要素の加重的構造による敷居の高さゆえ,その実質的な意義が制限される。第二に,国際司法裁判所の「核兵器の威嚇または使用の合法性に関する勧告的意見」,湾岸戦争前後の各国の軍事マニュアルや国際的文書を素材に,武力紛争時における環境保護に関する慣習法規範の生成を検討した。第三に,武力紛争法の基本原則による環境保護の可能性はどの程度まで有効なものなのかについて,区別原則ないし軍事目標主義,必要性・均衡性の原則との関係で検討を行った。具体的には,「民用物」という従来の武力紛争法上の概念から「環境」そのものを切り離して議論することで,環境の内在的価値を確認することができる。また,均衡性の原則は,解釈に主観性が必然的に伴われるため,武力紛争法におけるその役割については,慎重な扱いをする必要があるが,このような難点を意識しながら,均衡性が国際人道法に対する強力な制御力として働き,国際法の適用を確保する機能を有することも忘れてはならない。このように,第一章の成果は,本題をめぐる武力紛争体系における法定立の過程を辿り,武力紛争法における限界を解明するところにあると結論付けられる。

第二章では,環境保護規範の武力紛争における持続的な適用の可能性を検討することで,国際環境法における武力紛争の位相を明らかにする。これは,国際法における断片化の深化と国際環境法のダイナミズムともかかわっている問題である。環境条約の持続的な適用範囲の判断をめぐって,学説は従来の意思主義,条約の文脈と性質による判断に加えて,分類論が多く論じられている。しかし,いずれの説明も環境条約の適用範囲について決定的な基準を見出せないままの状況であり,個別具体的な判断が必要となる。支配的な特定の政治的,軍事的な状態等,ILC草案がいうところの武力紛争の性質,範囲,問題となる実質事項にかんがみて,少なくともその部分的運用停止の可能性は完全に排除できないものであり,このような意味では識別理論が妥当する余地はまだ残されている。

第三章では,環境損害に対する責任救済の側面から,環境損害の賠償に関する問題,そして環境破壊に対する刑事責任の追及とその含意について検討される。これらの展開は,武力紛争後の賠償という責任体系という位置づけから,地球環境秩序への多様なアプローチを用いた対応として,環境損害を中心とした環境レジームの展開の中でも評価されうる。環境損害に対する責任解除の一形態となる賠償システムの構築可能性を検討するために,湾岸戦争における事後処理機関として設立された,国連補償委員会の環境損害請求を分析し,その成果と限界を明らかする。それには,環境損害独自の課題である,損害概念の拡大の意義のみならず,紛争解決の局面において想定される,賠償委員会の実効性に関しても考察が及ぶことになる。武力紛争法違反に対する賠償の問題は,従来,講和条約で処理されることが一般的であり,環境損害を含むものは前例がなかった。湾岸戦争の停戦に関する安保理決議687は,環境損害を含めてイラクの賠償責任を認めている。国連補償委員会は,イラクのクウェート攻撃から生じた損害の事後救済のための機関として設立されているものの,国際紛争の事後賠償請求の新たな形態として注目されている。イラクの責任は,環境保護の義務を含む武力紛争法条約の義務違反から生じるものではなく,憲章第2条4項に基づく武力行使禁止の違反に基づくものである。しかし,同委員会の環境損害請求最も重要な貢献は,環境損害に対する国家責任の追及が単に加害国と被害国という二者間の構図ではなく,国際公共価値がより強調された平面で賠償システムが構築されたことにある。また,環境損害概念の拡大により,「地球の自然遺産の保護・保全のための共通の関心事を守るための,すべての国家の法的責任」 を強く認識されるものであった。

一方,国際環境法分野における法規範の発展は,「環境犯罪」という刑事責任からのアプローチに発展し,国連国際法委員会の「人類の安全と平和に対する罪に関する条文草案」および国際刑事裁判所規程において,戦争犯罪の一つの類型として規定するようになった。これは,本稿の問題意識との関連から言えば,国際法に対する実効性の要請,つまり,武力紛争と環境保護のレジームの現代における展開が,かかる状況に対して実質的な救済を提供するシステムの構築につながっているのかが問われることになる。

最後の第四章では,これまでの検討を基に,本稿で提示した分析枠組を整理する。武力紛争時における環境保護という課題は,破壊性という軍事行動の生来的性質からして,最も難解な問題の一つである。武力紛争法体系が提供する環境保護の実質的な意義と可能性は極めて制限的なものであることが検証された。しかし,本稿の趣旨は,武力紛争法体系における制限に対して批判を行うことではない。国際的平面におけるこの問題の法的枠組は,武力行使の軍事的利益の中に環境という保護すべき価値が一方的に組み込まれていた時代から,一定の方向性を持って移行していく過程にあることを指摘し,国際法全体の発展の観点から評価を行うことである。このような移行に対する理解に基づいて,禁止されるべき環境破壊による損害を防ぐために国際法に求められている優先的課題は,現行規定の基準をより精緻化することで規範の外延を明確にし,実効性を担保することであることが明らかになった。

国際環境法分野は,人権,安全保障,経済,開発など様々な分野と密接に係わりながら前進と躓きを繰り返している。国際環境法分野において,武紛争時における環境保護という課題は軍事行動の生来的性質から最も難解な問題なのかもしれない。ここで課題となるのは,環境保護に対する国際法の成熟化を踏まえて,議論の前提を武力紛争法の枠組内部から開放させ,環境保護レジームの中に取り込む可能性を遮断せず,規範的レベルの整合性を模索することである。これは,人間の活動によって生じる環境損害について国際社会の法的支持を得られる最小限の合意を導き出すための法的基盤を構築することにつながるであろう。

環境保護が国際社会における最優先の課題となっている今日において,環境に対する重大な損害は民事賠償および刑事的責任の対象となっている。国連補償委員会の環境請求について,イラクの責任が追及される根拠が環境損害に重点をあわせたものではないことは,議論の前提として留意すべきであり,その成果を生かすためにも,一般国際法上の環境保護規範の法的議論を深めなければならない 。さらに,環境損害に対する責任の刑事化の過程からは,環境損害そのものの法益が国際社会において,重大な違反として位置づけられたことを確認することができる。

武力紛争時における環境損害をめぐる問題は,歴史の中で培ってきた武力紛争法の諸規則のみならず,国際法そのものが挑まなければならない新たな課題の一面を浮き彫りにした。武力紛争時における環境損害をめぐる国際法の法言説は,武力紛争法上の基本的なアプローチを依然として優先してきた。その一方で,責任レジームの側面からは環境保護を中心にした体制が構築されつつあり,これらを同時に意識した展開ぶりとなっていることがわかる。このような展開が直ちにjus in bello における制約を克服し,抑止的機能を充分に果たすことを期待することはそれほど容易ではない。また,環境それ自体の価値と武力行使の必要性をどこで調整するかについて,国際社会の最低限のコンセンサスが近い将来に提案されうるとは,そう簡単には断言できない。しかし武力紛争時における環境損害の問題は,武力紛争法と環境保護レジームの間に生じた乖離を埋めるよう,刑事的責任の追求、民事的賠償による解決の試みが責任体制の実効性を高める方向で展開されつつあることは明らかである。

以上のような状況において,我々としてなすべきことは,かかる方法論的な妥協ではなく,伝統的理論下の問題状況に対し,包括的なアプローチを取ることで,現代的意義を再認識し,その内在的発展を極めていくことに尽きる。これが,武力紛争法における法的発展を促し,環境保護のための国際法の実効性の向上につながるのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「武力紛争時における環境損害をめぐる国際法」は、武力紛争において生じる環境損害をめぐる国際法上の諸課題を検討するものである。本論文において著者は、軍事的必要性の名の下に地球環境が犠牲になってしまう現実に鑑み、従来の武力紛争法の枠内での消極的な対応では武力紛争時における環境損害を防ぐことに限界があり、国際環境法の展開を踏まえた検討が必要であるとした上で、両法の連携を模索する。

本論文は、序論「武力紛争時における環境破壊」、第一章「武力紛争時における環境損害に関する法定立の展開」、第二章「国際環境法における武力紛争の位相」、第三章「武力紛争時における環境損害に対する責任」、第四章「結論」からなる。

序論「武力紛争時における環境破壊」においては、武力紛争時における環境保護の必要性、武力紛争と環境保護の史的展開について概観した上で、全般的な問題点として、第1に、環境破壊と武力紛争の本質をめぐる認識レベルの断絶があること、第2に、武力紛争時における環境保護規範と武力紛争法規範の適用状況をめぐる問題があること、第3に、国際環境法における責任レジームの変化と関連する問題があることを指摘する。

第一章「武力紛争時における環境損害に関する法定立の展開」は、武力紛争時における環境保護のための現行の国際法規範の実効性を問うための前提として、軍事的手段によってもたらされる環境損害に関する国際法の規則定立の展開を取り上げるものであり、I.「武力紛争時における環境関連規範の実定法化」、II.「武力紛争時における環境保護に関する慣習国際法」、III.「武力紛争時における基本原則の適用による環境保護」、IV.「小括」からなる。

I.「武力紛争時における環境関連規範の実定法化」においては、環境改変技術敵対的使用禁止条約並びにジュネーヴ条約第1追加議定書第35条3項及び第55条の制定経緯及び解釈について検討し、「広範、長期的、深刻」な損害という定式の不明確さと敷居の高さゆえ、実質的な意義が制限されていることを指摘する。

II.「武力紛争時における環境保護に関する慣習国際法」においては、武力紛争時において環境問題に適用しうる慣習法規則について概観し、(1)ジュネーヴ条約第一追加議定書第35条3項及び第55条の慣習法性を否定する学説がより一般的であること、(2)1970年代以降、多くの国際文書、国際組織の決議、各国の国内立法、軍事マニュアル等から武力紛争時における環境損害について一定の慣習法規則が形成されたといえ、特に武力紛争時における環境への配慮及び環境に対する過剰な付随的損害の禁止は、慣習法性を認められること、を指摘する。

III.「武力紛争時における基本原則の適用による環境保護」においては、軍事目標主義や均衡性・必要性原則といった武力紛争法の基本原則による環境保護がどこまで有効かについて検討し、軍事目標主義については、保護すべき環境が個別国家の権利を超えて存在するため、克服できない限界があるとし、均衡性・必要性原則については、付随的損害の算定が困難な場合があると指摘する。

第二章「国際環境法における武力紛争の位相」は、国際環境法における武力紛争の位相を明らかにするため環境保護規範の武力紛争における持続的な適用の可能性を検討するものであり、I.「武力紛争時における環境規範の適用をめぐる問題」、II.「武力紛争時における多数国間環境条約の効力をめぐる問題」からなる。

I.「武力紛争時における環境規範の適用をめぐる問題」においては、武力紛争法と国際環境法の規範が適用法規として重複し、抵触した場合の調整について検討する。「特別法たる武力紛争法が優先的に適用され、平時法たる国際環境法の適用が排除される」という主張に対して、特別法と一般法の峻別が容易ではなく、他の原則との関係性も明確ではないため、無条件にそのような結論に至る訳ではないと指摘する。

II.「武力紛争時における多数国間環境条約の効力をめぐる問題」においては、国連国際法委員会の「武力紛争が条約に及ぼす影響」に関する法典化作業をフォローし、また武力紛争時における条約の適用可能性について明示的な規定をおいている環境条約はほとんど存在しないしないことを確認した上で、種々の学説について検討を展開する。

第三章「武力紛争時における環境損害に対する責任」は、国連補償委員会による民事的賠償システムと国際刑事裁判所による刑事的責任の追及という近年の動向を検討することにより責任システムの問題を明らかにしようとするものであり、I.「環境損害に対する一般的責任体系の理解」、II.「武力紛争時における環境損害に対する賠償責任」、III.「環境損害に対する刑事責任の追及―『環境犯罪』概念の導入」からなる。

I.「環境損害に対する一般的責任体系の理解」においては,武力紛争における環境損害の問題は、国際法上、国際違法行為に対する事後救済の問題として処理されてきたが、環境損害に対する賠償問題をめぐる法的議論が国際社会で実質的に行われるようになったのは、国連補償委員会(UNCC)においてであったとする。他方、国家責任条文草案において「国家の国際犯罪」に重大な環境損害が含まれたこと、また国際刑事裁判所規程において一定の環境破壊行為が戦争犯罪とされたことは、「国際法の刑事化」と「環境刑法」の進展を反映するものである旨を指摘する。

II.「武力紛争時における環境損害に対する賠償責任」においては、湾岸戦争の事後救済機関である国連補償委員会をとりあげ、同委員会の環境分野での最も重要な貢献は、環境損害に対する国家責任の追及が単に加害国と被害国という二者間の構図ではなく、国際公共価値が強調された平面において賠償システムが構築された点にあると指摘する。さらに、同委員会は裁定の効率性と公平性を追求し、国家に対して環境保全・回復の最終段階に至るまで適切に責任を果たすことを求めるという特徴があるとし、同委員会における請求処理の経験は、紛争時における環境損害に関する賠償システムの構築において貴重な先例になると指摘する。

III.「環境損害に対する刑事責任の追及―『環境犯罪』概念の導入」においては、まず、人類の平和と安全に対する罪についての法典草案の起草段階において環境犯罪が戦争犯罪に含まれたが最終的には時期尚早として削除された経緯をフォローした後、環境犯罪を戦争犯罪とした国際刑事裁判所規程第8条2項b(iv)について検討する。この規定は、武力紛争時における環境保護規範の成熟度を図る上で重要な意味を有するが、同号の犯罪構成要件を満たすことは容易ではないため、現実には環境損害への訴追が回避されるおそれがあると指摘する。

第四章「結論」においては、I. 「武力紛争時における環境保護をめぐる国際法規範の変遷」において第三章までの議論を振り返った上で、II. 「武力紛争時における保護法益としての『環境』の位相と国際法の実効性」において、武力紛争時における保護法益としての環境の重要性の増大及び国際社会における重大犯罪としての環境犯罪の規範化という動きに照らして、国際環境法と武力紛争法の接近及び両者の関係の再構築が不可欠であると指摘する。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、以下の諸点が挙げられる。

第1に、本論文は、武力紛争法と国際環境法を架橋しようとし、さらに国際環境法と国際刑事法の関連を探ろうとする、スケールの大きな野心的な研究であるといえる。武力紛争時における環境問題という国際法学において看過されてきた主題について、著者なりの体系化を試みたことは、特筆に価するといえよう。

第2に、環境法学において主流である人間中心的なアプローチを必ずしも前提にせず、環境それ自体の内在的価値を重視して、この観点から武力紛争時における環境問題について検討を試みた点は、環境法学に少なからぬ示唆を与えうるものといえよう。

第3に、本論文においては、武力紛争法、国際環境法及び国際刑事法にかかる広範な関連文献をほぼ網羅して検討をすすめており、国家実行にも学説にもきちんと目配りをしている。

他方、本論文にも短所がない訳ではない。

第1に、広範囲の主題を扱っているためか、記述が多少とも総花的なものとなっている。各章の関係についての説明が十分なされているとは言い難く、また著者自身の考えが明確に展開されていない箇所も存在する。

第2に、おおむね平易な記述がなされてはいるものの、繰り返しの箇所が散見される。また、日本語の表現にやや難があり、文意がつかみにくい箇所も存在する。

本論文には、以上のような問題点がないわけではないが、これらは、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。

以上から、本論文の筆者が自立した研究者あるいはその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度な研究能力およびその基礎となる豊かな学識を備えていることは明らかであり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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