学位論文要旨



No 128851
著者(漢字) 太田,響子
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,キョウコ
標題(和) イギリス社会サービス政策の構造変化
標題(洋)
報告番号 128851
報告番号 甲28851
学位授与日 2013.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第275号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,利之
 東京大学 教授 城山,英明
 東京大学 教授 平島,健司
 東京大学 教授 森田,宏樹
 東京大学 教授 高見澤,磨
内容要旨 要旨を表示する

本研究の課題

公共政策においては常に既存の政策分野や公・私・共のセクターを横断する課題が生まれ、その政策領域としての新たな境界線の画定や管轄の分担・決定が政治的行政的な争点となる。本研究はこうした政策領域の管轄を調整する必要の中から公共政策の構造が決定されるケースを分析する。本研究の問題意識とは、こうした政策の構造はいかに形成され、その特性はいかなるものかという疑問である。そこで福祉国家の達成のために安定的な管轄構造を伴って発達した伝統的なプログラム的政策に対置させる形で、行政管理上の管轄の複雑性・流動性を特徴とする「複合的政策」の概念を提示する。そしてこの複雑性・流動性が生じる仕組みを検討するために、戦後福祉国家における福祉プログラムの体系を確立したイギリスにおいて、プログラム的政策を横断するような管轄上の調整の必要性が高じたことで生まれた社会サービス政策の構造の形成・展開・変容を分析する。

先行研究と本研究の貢献

管轄あるいはその変化に着目した先行研究としては、社会サービス分野の政策形成から実施までを公共サービス行政の体系として扱い、その中の法的権限・財源・人材・情報の管轄を分析したものとして中央地方関係における行政統制の研究、専門職の裁量の研究、ローカルな多元主義的調整(ローカルガバナンス)の研究等がある。一方でその政策構造が、官僚や専門職による執行活動ではなく政府内外の多元的主体が関与するような一種の疑似的な市場と化しているというトレンドの研究もある。しかし先行研究では、多元的な主体による複合的な管轄の存在とそのせめぎ合い・調整と、この政策分野の中心的トレンドの変化との関係についての説明が不十分であり、社会サービス政策に特徴的な行政管理の体系を示し得ているとも言い難い。

そこで本研究では中央の政策過程を対象とし、第一にマスメディアや業界誌の記述を資料とした多様な主体による管轄をめぐるせめぎ合いの実態や利害関心と戦略、第二に管轄上の不確実性やその長期的な揺らぎの影響、これらに注意しながら社会サービス政策の構造とその変化のメカニズムを分析する。

本研究の内容

(1)分析枠組み

第1章では複合的政策の構造、構造におけるメタレベルのマネジメント、構造の変化、の3点から複合的政策の構造変化の分析枠組みを示す。

第一に、ある一時点における複合的政策の構造とは、一定の広さの政策分野の中での個別の政策領域(territoriality)の管轄をめぐる合理的・戦略的な主体間の争いが、その政策分野に関わる多元的な主体間の相互依存ネットワーク(政策ネットワーク)を反映し配置されている状態である。従ってこれは下位レベルで変動する複数の管轄の配置をメゾレベルで捉えたものである。

第二に、こうした構造を上位のメタレベルで監視・調整する機能を「ネットワークのマネジメント」として概念化する。複合的政策構造はフラットな構造ではなく、相対的に中心的管轄と周縁的管轄に区別される。このうち中心部で比較的管轄上の変動が少ない政府アクター(当該政策分野に関わる大臣、官僚、諮問委員会等)を「政策執政部policy executive」として特定化し、これがネットワークへのアクターの参入・退出をマネジメントすると考える。ここにはネットワークが公共政策という帰結を生むように舵取りするという政策執政部の規範的価値観が反映される。本研究は政策執政部のこうした立場を、構造の「変化」を長期的に観察するための分析上の視座とする。

第三に、こうした特性を持つある複合的政策構造の変化が生じるメカニズムは以下のように説明される。まずアクター‐ネットワーク‐政策的帰結の相互作用からネットワークが政策変化(政策的帰結)に影響を与える仕組みを分析したマーシュとスミスによるモデルを参照し、アクターはメゾレベルの構造や政策環境によって規定されるが、自ら戦略的にこの構造や環境を解釈し政策的帰結に影響を与え、そのフィードバックを予測できるものと想定する。これを踏まえると複合的政策構造も、政策変化を求めるアクターの管轄争いによりその構造自体を変化させるという仮説が立てられる。周縁的アクターは既得権が小さいためより政策変化への要求が強く、中心部との緊張状態の中でその位置取りを変えようとし、複合的政策構造の変化は中心的管轄と周縁的管轄の組み替えという形をとる。

以上により複合的政策の構造変化のメカニズムは、構造の直接的帰結としての政策変化、時間の経過による間接的あるいは予期せぬ帰結や外部要因の発生、これらの帰結の構造へのフィードバックによる構造自身の組み替え、という循環的な作用となる。周縁的管轄は特に予期せぬ帰結や外部要因を戦略的に変化のために利用しようとする。一方で中心部の政策執政部が政策変化を達成させたい場合には、あくまでも政府としての規範的価値を達成するような帰結を生み出すという目的の下に、ネットワークの参加アクターやその位置取りを変化させ、構造変化を促進させる。複合的政策の構造変化とはこのような政策変化のサイクルに埋め込まれている。

(2)事例分析

第2章以降ではイギリス社会サービス政策の展開を時系列で分析する。約60年の対象期間には、社会サービス政策が確立された1970年の改革、社会サービスの枠内でコミュニティケア改革が断行された1990年の改革、そして社会サービス政策を消滅させる可能性のあった1999年と2010年の二度の長期ケアの改革という大きく3つの政策変化の契機が生じた。ただし本研究は改革期と同様、改革と改革の間(改革の帰結が政策構造にフィードバックされる期間)の分析も重視した。

ベヴァリッジ報告に基づく戦後福祉体制の中で、後の社会サービスに関わる保健、国民扶助、児童の三本柱の政策分野が確立された。しかしその予期せぬ帰結としてこれらのプログラム的政策の周縁や狭間のニーズに対応するソーシャルワーク専門職が発達し、三本柱体制の管轄構造にフィードバックされた(第2章)。1960年代には児童ソーシャルワーカーを中心としてソーシャルワークの職能的キャリアを伴う社会サービスを軸とした新しい政策分野確立の動きが生じ、保健省を中心とする政府内外の調整によって自治体社会サービス局の設置という政策的帰結(シーボーム改革)に結実した(第3章)。1970から80年代にかけてはシーボーム改革の目指した普遍主義的社会サービス供給は徐々に残余化と民間化の傾向を強め、また財政緊縮圧力の中、社会保障やNHSの制度的欠陥の皺寄せを受けた公的介護費用の急増が政治課題となった。こうした予期せぬ帰結や外部要因は社会サービス政策構造にフィードバックされた(第4章)。残余化と民間化の中で既存の政策構造への異議申し立てを強めたのは、管理職の社会サービス局長協会と保守党政権下で「イネブラー」の役割を課された自治体団体である。ここから社会サービス局への財源と権限の拡大を伴うコミュニティケアを軸とした政策構造への組み替えと政策的帰結(グリフィス改革)が達成された(第5章)。自治体はコミュニティケアの統括機関となったが、その財源は資力調査付きで多くが民間施設への介護報酬となったため、1990年代にはNHSとの境界で増加する高齢者の長期ケア財源問題や民間入所施設団体の拡大という間接的帰結や、ここで働くケアワーカー(ソーシャルワーク資格なし)専門職の拡大という予期せぬ帰結をもたらし、政策構造にフィードバックされた(第6章)。労働党政権下ではさらに成人向けソーシャルケア周辺の規制強化とケアワーカーの地位向上が実行され、社会サービスは児童ケアを切り離したソーシャルケアの方向性を強めたが、これが新たな政策構造として組み替わる途上で試みられた2度の長期ケアの改革は未だ成功を見ずにいる(第7章)。

結論

事例分析からは、複合的政策の構造変化をもたらす変化のサイクルは繰り返され、しかも決して同じ地点を循環しないことが明らかになった。既存の複合的政策構造は過去の政策的帰結の間接的あるいは予期せぬ帰結等のフィードバックによって組み替えられ、この新たな政策構造は過去の政策構造に基づいた既存の政策を更に変えようとするからである。こうして長期的には政策変化のサイクルにはずれが生じ、社会サービス政策構造はコミュニティケア、そしてソーシャルケア政策構造へと推移する。この変化、即ち中心的管轄と周縁的管轄の組み替えが生じる条件は、フィードバック期に周縁的アクターが予期せぬ帰結を機会として既存の中心的管轄との交渉や競争の中で新たな政策変化のアジェンダを主導することである。しかしそのためにはこうした新しい勢力が政策構造の安定的中心である政策執政部と日常的な接触を持つことが必要である。また一方で政策執政部の側がフィードバック期から多元的な政府内外の勢力の要望に敏感で、少なくとも目指す政策的帰結において近い目的を持つ新勢力をネットワークの中心に近付けるようなマネジメントを実行することが求められる。これらが政策変化の循環に作用する。

結論として、こうした変化のメカニズムを持つ複合的政策構造の一般的特性は以下のように整理できる。第一にある一時点における政策構造の中心的管轄(アクター)は政府・非政府を含め複数存在する。第二に長期においては中心的管轄と周縁的管轄の位置取りは入れ替わる。ただしこの時も政策執政部のみは常に中心を占め続ける。第三に安定的中心である政策執政部は当該政策分野のネットワークへのアクターの参入・退出・位置取りをマネジメントすることが可能である。しかし本研究では安定的視座として据えた政策執政部も、政策構造の組み替え期には変化の圧力にさらされ、構造との相互関係の中で選別されることも明らかになった。この点の理論的精緻化は残された課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、長期に及ぶイギリスにおける対人社会サービス(以下、社会サービス)政策を複合的政策として位置付けるとともに、そのような複合的政策の構造変化の過程の固有のダイナミズムを明らかにすることを目的としている研究である。

以下、内容の要旨を説明する。

序章では、比較的単純・固定的でハイアラーキー型の構造を持つ伝統的なプログラム的政策と対置されるものとして、伝統的政策分野を横断し、既存の分野やセクターを横断する課題に対応するための政策として複合的政策を定義し、そのような複合的政策の主要な事例としてイギリスにおいて1960年代に生まれた社会サービス政策を位置づける。プログラム的社会政策においては特定の技能や専門職活動に即して境界線が引かれたのに対して、複合的政策においてはサービス利用者に即して政策分野が規定されることになる。その上で、従来の社会サービス政策研究においては、一定の管轄分担の下での専門職における裁量が主要な課題となってきたが、アクターの管轄上のせめぎ合い、揺らぎ、長期的変化やその影響についての説明が不十分であったと評価され、本研究では、管轄の複合性と揺らぎが公共政策の長期的構造を決定するメカニズムについて明らかにするとする。

第1章では、複合的政策の構造、メタレベルからのネットワークのマネジメント、構造の変化の3点から複合的政策の分析枠組みを理論的に提示する。まず、複合的政策の構造とは、一定の広さの政策分野の中での個別の政策領域の管轄をめぐる合理的・戦略的なアクター間の争いが、その政策分野に関わる多元的なアクター間の相互依存ネットワークに反映し配置されているものであると考える。そして、こうした構造を上位のメタレベルで監視・調整する機能を「ネットワークのマネジメント」として概念化する。複合的政策構造はフラットな構造ではなく、中心的管轄と周縁的管轄に区別される。このうち中心部で比較的変動が少ない政府アクター(当該政策分野に関わる大臣、官僚、諮問委員会等)を「政策執政部」として特定化し、これがネットワークへのアクターの参入・退出をマネジメントすると考える。その上で、複合的政策構造においては、政策変化を求めるアクターの管轄争いによりその構造自体が変化するという仮説が立てられる。具体的には、政策変化の間接的あるいは予期せぬ帰結や外部要因の発生、これらの帰結の構造へのフィードバックによる構造自身の組み替え、という循環的な作用に注目し、このような長期的なフィードバックに対して、周縁的アクターは特に予期せぬ帰結や外部要因を戦略的に変化のために利用しようとする一方で、中心部の政策執政部が政策変化を達成させたい場合には、ネットワークの参加アクターやその位置取りを変化させることで、構造変化を促進させるとする。

第2章以降ではイギリス社会サービス政策の展開を時系列的に分析する。約60年の対象期間の中で、社会サービス政策が確立された1970年の改革、社会サービスの枠内でコミュニティケア改革が実施された1990年の改革、そして社会サービス政策を消滅させる可能性のあった1999年と2010年の2度の長期ケアの改革という大きく3つの政策変化の契機に注目する。同時に、政策帰結の長期的なフィードバックに注意を払う観点から、改革期と同様、改革と改革の間(改革の帰結が政策構造にフィードバックされる期間)の分析も重視されている。

第2章では、ベヴァリッジ報告に基づく戦後福祉体制の中で、後の社会サービスに関わる保健、国民扶助、児童保護という3本柱の政策分野が確立されたが、その予期せぬ帰結として、これらの伝統的プログラム的政策の周縁や狭間のニーズに対応するソーシャルワーク専門職が発達し、3本柱体制の管轄構造にフィードバックされたことが示される。

第3章では、1960年代には児童ソーシャルワーカーを中心として、幅広いソーシャルワークの職能的キャリアを伴う社会サービスを軸とした新しい政策分野を確立させようという動きが生じ、シーボーム改革において、政府内外の調整によって、自治体社会サービス局の設置という帰結に結実したことが示される。シーボーム委員会の設置検討を主導したのは児童保護を管轄してきた内務省であったが、その後、内務省の関心は児童保護に関わる保護観察制度の自律性の維持に傾き、保健省が、保健分野との境界調整問題を抱えつつ、調整の中心となった。

第4章では、1970年代から80年代にかけてはシーボーム改革の目指した普遍主義的社会サービス供給は、結果として徐々に選別化・残余化の傾向を強め、また財政緊縮圧力が高まり、NHS等の制度的欠陥の皺寄せを受けた公的介護費用の急増が政治課題となる中で、民間入所施設・ホームの拡大等の帰結を引き起こし、これらの要因が社会サービス政策構造にフィードバックされたとする。それにより、非ソーシャルワーカーの施設職員の増加や、現場職員によるソーシャルワーカー団体よりも管理職による社会サービス局長協会の発言力が拡大するといったソーシャルワーク専門職の内部での組織間の力関係の変化がもたらされた。

第5章では、1987年総選挙で3たび勝利したサッチャー保守党政権下での社会サービス政策に関するグリフィス改革の政策過程が分析される。残余化と民間化の中で、管理職の組織である社会サービス局長協会と、地方自治体によって構成される諸自治体協会はボトムアップの改革を志向した。その結果、コミュニティケアの責任は地方自治体に移管されることとなり、地方自治体の社会サービス局への財源と権限の拡大を伴うコミュニティケアを軸とした政策構造への組み替えを伴う改革が実施された。ただし、地方自治体はサービス供給者であるよりは斡旋者であると位置づけられた。

第6章では、地方自治体はコミュニティケアの統括機関となったが、NHSによる保健分野との境界問題がむしろ深刻化していくプロセスが分析される。NHSは高齢者の慢性病患者を病院から退出させ、民間ケア施設等へ移そうと試みた。民間ケア施設等の財源の多くは介護報酬であったため、このような需要増大は1990年代には高齢者の長期ケア財源問題を引き起こした。また、民間施設の更なる拡大により民間施設の財源調達も困難になると、民間施設は介護報酬財源の拡大を主張し、財源配分を巡るNHSと民間施設との対立に帰結することになった。そのような中で、様々なサービスに関する財源を各個人単位に集約し、個人への直接支払いを志向する個人予算という政策アイディアの提起という帰結ももたらされた。また、民間施設で働くケアワーカー専門職(ソーシャルワーカーの資格なし)も増大した。

第7章では、労働党政権下における試みが分析される。一方では、社会サービスは、1989年の児童法の影響もあり、児童ケアを切り離したソーシャルケアの方向性を強めたが、他方、「ソーシャルケア総合評議会」というソーシャルケア・サービス従事者全てをカバーする組織の設立にみられるように、ケアワーカーの地位向上が図られ、同時にソーシャルケア周辺の規制強化が進んだ。また、NHS改革が重視され、保健分野からの圧力の下で、社会サービスと保健の境界領域の再編と2度の長期ケアの改革が試みられたが、未だ成功を見ずにいるとされる。

終章では、複合的政策構造の変化のメカニズムと、複合的政策構造の特性について整理される。複合的政策構造の変化のメカニズムにおいては、過去の政策的帰結の間接的あるいは予期せぬ帰結等のフィードバックによる組み替えが重要であると確認され、その際、フィードバック期に周縁的アクターが予期せぬ帰結を機会として既存の中心的管轄との交渉や競争の中で新たな政策変化のアジェンダを主導することで、中心的アクターと周縁的アクターの組み替えが生じるとする。そして、複合的政策構造の一般的特性としては、政策構造の中心的アクターは政府・非政府を含め複数存在すること、長期においては中心的アクターと周縁的アクターの位置取りは入れ替わるが、この時も政策執政部のみは常に中心を占め続けること、安定的中心である政策執政部は当該政策分野のネットワークへのアクターの参入・退出・位置取りをマネジメントすることが可能であるとされる。しかし、同時に、安定的中心である政策執政部も、政策構造の組み替え期には変化の圧力にさらされ、構造との相互関係の中で選別されることもあることも指摘している。

本論文の長所としては、以下の点をあげることができる。

第1に、長期にわたるイギリスにおける社会サービス政策の形成と展開を、複合的政策という視点から包括的に分析した、俯瞰的な研究成果となっている。特に、時間軸に関して射程を長くとることで、政策結果の長期的な予期せぬ帰結に着目している点に特色がある。また、関連する既存研究を基礎としつつも、関係する新聞や業界誌における議論を素材として丁寧に分析することにより、多様なアクターや政策領域が交錯する複合的政策の臨場感のある分析となっている。

第2に、このような長期的な社会サービス政策の構造把握を前提として、1970年代以降、共同計画や共同財政として議論されてきた地方自治体による社会サービス政策とNHSなどによる保健分野との連携パートナーシップを巡る議論を位置づけ、さらにこのような政策分野間調整のメカニズムの新たな展開として、サービス供給の場での組織間調整を無意味化するものとして個人化(=直接支払い)を位置づけることで、イギリスや各国における現在の社会サービス等を巡る政策論議にも一定の見通しを与えている。

第3に、複合的政策の変化のメカニズムとして、首相を中心とするコアエグゼクティブが主導するというモデルではなく、政策執政部がゲートキーピング機能を果たすことで中心的アクターと周縁的アクターが入れ替わりつつ自律的に政策変化をもたらすというボトムアップの変化のメカニズムを提示した。グリフィス委員会における変化の検討の中で、地方自治体に敵対的なサッチャー首相の意図を超えて、コミュニティケアの責任主体として地方自治体を活用する方向が生まれてきたプロセスには、このような変化のメカニズムが典型的に示されている。

しかし、本論文にも短所がないわけではない。

第1に、社会サービス政策に関する構造変化の分析が、どれだけイギリスの政策変化のメカニズムに関する一般的な特徴を明らかにするものなのか、あるいは社会サービス政策という政策分野固有の特徴を明らかにするものなのか、あるいはイギリスの複合的政策に関する政策変化の一般的なメカニズムなのかについては、必ずしも十分な検討が行われていない。

第2に、長期的な予期せざる帰結を分析する際に、どのアクターにとっての予期を前提にするのか、また、帰結の相互連関をどのように特定するのかに関する分析については、やや粗いと思われる部分もみられる。

このような短所があるものの、これらは本論文の価値を損なうものではなく、これらは今後のさらなる研究の展開可能性を示しているものであると思われる。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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