No | 128852 | |
著者(漢字) | 奥切,恵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オクギリ,メグミ | |
標題(和) | 日本人学習者による英語関係節構文の談話特徴の習得 | |
標題(洋) | The Acquisition of the Discoursal Properties of English Relative Constructions by Japanese Learners | |
報告番号 | 128852 | |
報告番号 | 甲28852 | |
学位授与日 | 2013.03.08 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第1196号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 言語情報科学 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は,日本人学習者の英語関係節構文の習得を談話的観点から考察し,談話特徴が関係節構文の習得において大きく影響していることを明らかにすることを目的とする.過去の英語関係節構文の習得における多くの研究は,その統語要素のみに注目した研究が多く,談話の観点から研究したものは少ない.本研究では,日本人学習者の英語関係節構文の談話特徴を習熟度別に分析し,話し言葉と書き言葉での比較,また英語母語話者と学習者の比較も行った.分析対象とした関係節構文の談話特徴は,先行詞の有生性 (Animate (有生) / Concrete Inanimate (具象無生) / Abstract Inanimate (抽象無生)) (Ming & Chen, 2010)と情報の新旧(New (新情報) / Identifiable (識別可能情報) / Given (旧情報)) (Chafe, 1980, 1987; Du Bois, 1980),旧情報を談話に導入する際,文章のどの位置に導入されるかというgrounding の種類 (Anchoring (関係節内の名詞句の1つ) / Main-Clause Grounding (主節内の名詞句の1つ) / Proposition-Linking (関係節全体の命題) / Adverbial-Main (主節内の副詞句) / Adverbial-RC (関係節内の副詞句) / Other (該当なし)) (Fox & Thompson, 1990参照),そして関係節の機能 (Characterisation (特徴) / Identification (識別)) (Fox & Thompson, 1990)である. 本研究では,用法基盤モデルに基づき,学習者の実際の第二言語産出に着目し,関係節構文の習得を分析した.データは,日本人学習者の話し言葉と書き言葉コーパスから抽出した.使用したコーパスは『日本人1200人の英語スピーキングコーパス』(和泉,井佐原,内元 2005)(話し言葉コーパス)と『日本人英語学習者コーパスNICE』(杉浦 2008)(書き言葉コーパス)の二つである.関係節構文の産出において,トピックの影響を抑えるため,トピックごとのファイル数を統制した.さらに学習者の習熟度をTOEICの得点によって初中級(Low-Intermediate)/ 中級(High-Intermediate)/ 上級(Advanced)に分類した結果,話し言葉コーパスからは123名の初中級学習者,241名の中級学習者,219名の上級学習者,20名の英語母語話者,書き言葉コーパスからは37名の初中級学習者,32名の中級学習者,25名の上級学習者,28名の英語母語話者,以上合計725名のファイルから関係節構文を抽出した.抽出された関係節構文の数は,話し言葉コーパスからは初中級学習者が48,中級学習者が279,上級学習者が637,英語母語話者が527,書き言葉コーパスからは初中級学習者が64,中級学習者が105,上級学習者が130,英語母語話者が208,以上合計1998であった. 本研究の結果では,先行詞の有生性と情報の新旧,そして関係節の機能において学習者と英語母語話者の間には,統計的に有意な差がみられた.英語母語話者は,一般的な英語での談話内にみられるように,関係節を使用する際にも斜格名詞句に新情報をおき,関係節の先行詞とする傾向がみられた(例:We went cross country skiing and walked on snow shoes which are like tennis rackets you walk on.).一方学習者においては,特に習熟度の低い学習者は一般的な日本語の談話内でみられるように,目的格名詞に新情報をおき,英語関係節の先行詞とする傾向が強いことが分かった(例:I meet many friends who are my classmates.(初中級学習者)). 有生性に関しては,英語母語話者は関係節を産出する際,話し言葉では具象無生(例:a building, eggs),書き言葉では抽象無生(例:ideas, issues)の名詞句が先行詞になる傾向があった.一方学習者は英語関係節使用する際,特に書き言葉では有生の名詞句(例:people, person)が先行詞になる傾向があることがわかった.さらに習熟度の高い上級学習者は話し言葉と書き言葉の両方で,有生の名詞句が先行詞になる傾向がみられた.これは,学習者が特定の人物や特定層の人(々)を他の人(々)と識別するために(例:the person who get the penalty),関係節構文をコミュニケーションストラテジーの一つとして使用していることが考えられる.この現象が上級学習者に強くみられたのは,習熟度の高い学習者の方が文法的に複雑な関係節構文を思い通りに産出できることが一つの原因と推測される. Groundingと関係節の機能においては,英語母語話者と学習者の間にそれほど大きな違いはみられなかったが,英語母語話者,学習者共に,書き言葉においてIdentification (識別)として機能する関係節が顕著に多く産出されることがわかった.これは一般的な話し言葉では視覚的・直示的情報が存在するのに対し,書き言葉ではそれらが不在であることが一つの原因と推測される.特に学習者は英語母語話者に比べ、話し言葉においてもIdentification(識別)の産出が多かった.これは,英語母語話者は語彙数が多く,関係詞のみならず様々な種類の名詞句によって同じ物や人を表現できるが,学習者は概して語彙数が少なく,特定の人(々)を表すために関係節をパターン化して一つの名詞句として使用しているためであると考えられる.またこの場合,groundingの関係節全体の命題を表すProposition-Linkingが多く使われている事がわかったことから,学習者が繰返し同じ人物を表すワンパターンな関係節構文を産出する傾向があることもわかった(例:the person who get the penaltyを繰返し産出する等). 本論文の結果から,第一言語習得だけでなく,第二言語習得においても先行詞の有生性と情報の新旧,また関係詞の機能といった談話特徴が関係節構文の産出に大きく影響していることが明らかになった.またgroundingの種類も,談話特徴の傾向を反映していることがわかった.従って,構文の習得を談話の側面から研究することは,第二言語習得の分野において大きく資すると考えられる.また本研究の結果は,言語教育の現場においても単なる統語的な文法の教育だけでなく,話し言葉と書き言葉の違い,結束性,また談話特徴の言語間における相違点など,談話要素を反映した指導が今後の言語教育に生かされることのメリットを示唆している. | |
審査要旨 | 奥切 恵氏の博士論文 "The Acquisition of the Discoursal Properties of English Relative Constructions by Japanese Learners"(日本人学習者による英語関係節構文における談話特徴の習得)の審査結果について報告する。 本論文は,日本人学習者の英語関係節構文の習得を談話的特徴の観点から分析・考察し,談話特徴が関係節構文の習得にどのような影響を与えているかを明らかにすることを目的とした研究の成果である。本研究では,日本人学習者の英語関係節構文の談話特徴を習熟度別に分析し,話し言葉と書き言葉での英語関係節構文使用の比較,及び、英語母語話者と学習者との比較を行った。分析の対象は、日本人英語学習者と英語母語話者であり、使用したコーパスは『日本人1200人の英語スピーキングコーパス』(和泉、井佐原、内元 2005)と『学習者コーパスNICE』(杉浦 2008)である。 機能言語学における関係節構文に関する先行研究に基づき、分析した関係節構文の談話特徴の属性、並びに、それぞれの属性の値は,以下である: (i) 先行詞の有生性:Animate (有生) / Concrete Inanimate (具象無生) / Abstract Inanimate (抽象無生) (Ming & Chen, 2010); (ii) 情報度: New (新情報) / Identifiable (識別可能情報) / Given (旧情報) (Chafe, 1980, 1987; Du Bois, 1980); (iii) grounding (旧情報を談話に導入する際,文章のどの位置に導入されるかというgrounding の種類):Anchoring (関係節内の名詞句の1つ) / Main-Clause Grounding (主節内の名詞句の1つ) / Proposition-Linking (関係節全体の命題) / Adverbial-Main (主節内の副詞句) / Adverbial-RC (関係節内の副詞句) / Other (該当なし) (Fox & Thompson, 1990参照); (iv) 関係節の機能:Characterisation (特徴) / Identification (識別) (Fox & Thompson, 1990) .これら四つの関係節構文の談話特徴の属性に加え、関係節構文の関係節の主要部の関係節内での文法役割を分析した。 分析の結果,先行詞の有生性と情報度,そして関係節の機能において学習者と英語母語話者の間には,統計的に有意な差がみられた。英語母語話者は,一般的な英語での談話内にみられるように,関係節を使用する際にも斜格名詞句に新情報をおき,関係節の先行詞とする傾向がみられた。一方学習者においては,特に習熟度の低い学習者は一般的な日本語の談話内でみられるように,目的格名詞に新情報をおき,英語関係節の先行詞とする傾向が強いことが分かった。有生性に関しては,英語母語話者は関係節を産出する際,話し言葉では具象無生,書き言葉では抽象無生の名詞句が先行詞になる傾向があった一方、学習者は英語関係節を使用する際,特に書き言葉では有生の名詞句が先行詞になる傾向があることがわかった。Groundingと関係節の機能においては,英語母語話者と学習者の間に大きな違いはみられなかったが,英語母語話者・学習者共に,書き言葉においてIdentification (識別)として機能する関係節が顕著に多く産出されることがわかった。 本研究の結果から,第一言語習得だけでなく,第二言語習得においても先行詞の有生性と情報度,また,関係詞の機能といった談話特徴が関係節構文の産出に大きく影響していることが明らかになった。またgroundingの種類も,談話特徴の傾向を反映していることがわかった。また本研究の結果は,言語教育の現場においても、構文提示において、単に統語的構造だけでなく,話し言葉と書き言葉の違い,結束性,また談話特徴の言語間における相違点など,構文の談話的特徴・要素を反映した指導が今後の言語教育に生かされることのメリットを示唆している。 以上が本論文の概要である。 機能言語学における関係節構文に関する先行研究からの知見に基づき、関係節構文の(統語的特徴だけでなく)意味的・語用論的特徴や談話展開上の機能をコーパス分析手法で実証的に分析した研究は、これまでにまだ少なく、特に第二言語での学習者コーパスを用いて関係節構文の意味的・語用論的特徴や談話展開上の機能を、本研究ほど包括的かつ綿密に分析した研究はこれまでに類をみない。この意味で、本研究の当該研究領域への貢献と学問的意義は極めて大きい。従来から、関係節構文の主要部の関係節内での文法役割や、構造上の埋め込み構造(例えば中央埋め込み構造か否か)等統語的特徴が様々なアプローチで研究されてきた。また、語彙意味論にも着目され、関係節構文の統語情報と語彙意味情報とが文処理・産出に及ぼす影響も分析されてきた。本研究では、これらの統語的指標・意味的指標も踏襲し分析しつつ、加えて、情報構造や談話機能の観点からの複数の属性に関してデータすべてをコーディングした。このような緻密なコーパス分析を通して、英語学習者と母語話者それぞれが産出する関係節構文を含む文・発話を情報構造上の特徴や談話機能という点で定量的・統計的に比較し、興味深い相違点と共通点を示したことは、本研究の揺るぎない実績であり成果である。 このような独自性・新奇性をもつ本研究は、第一に、別検出方法で査定された英語学習者の習熟度も独立変数とすることにより、(前述属性に関しての)習熟度による相違点や母語話者との段階的接近度を明らかにした。従って、横断的手法ではあるものの第二言語における関係節構文習得の過程の解明に寄与しうる、少なくともそのための重要な体系的データを提供する研究である。第二に、本研究では、書き言葉コーパスと話し言葉コーパスそれぞれを同じ手法で定量分析することにより、書き言葉と話し言葉における関係節構文の使用・習得の相違点も示した。この成果は、従来の関係節構文の研究で見過ごされがちであった言語内(話者内)変容をも指摘するもので、第二言語習得や第二言語教育への示唆に富む知見が提示されただけでなく、言語学における母語話者の分析も含め、関係節構文自体の従来からの分析をより緻密化することに貢献した。 とはいうものの、本論文に残された問題や改善の余地がないわけではない。最終審査会では、いくつかの問題や疑問点や課題が指摘された。例えば、注意すべき詳細の一つとして、分析で明らかになった初級学習者の特徴を解釈するにあたり、その特徴が(日本語を分析した先行研究で指摘された)日本語母語での特徴に類似していることを理由に、母語転移を主張し結論付けていたが、他の母語話者による英語談話を分析したコントロールデータとの比較を伴わない本分析においては、母語転移は原因の可能性の一つに過ぎない、という留意点。さらに、本研究で依拠した理論的枠組みとは異なる見地をも射程にいれた論述が十分に尽くされてはない点。さらに、全般的に残された課題としては、著者が本研究内の綿密かつ詳細なコーパスデータの分析とその論述に真摯に没頭するあまり、本研究で分析し提示した知見が、どのように本研究外で共有されるより一般的な問題への考察に繋がるのか等、本研究の一般的な意義に関する考察・論述が十分ではない点が指摘された。例えば、先行研究における主張を本研究の分析手法で再分析し批判的に再考する論考が追加されるとよりインパクトの強い発信型の研究に発展する。そのような批判的考察も含め、忠実なデータ分析と内的整合性を保つ論述を完結した上で、分析結果の解釈や論考がさらに深められる余地が残ることが指摘された。 しかし、これらの指摘は、本研究の根幹を左右するようなものではなく、また多くは著者の今後の継続的研究や発展的論著に期すべき点であり、本論文の堅実な意義と学術的貢献をいささかも損なうものではない。 以上の理由により、本審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。 | |
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