学位論文要旨



No 128859
著者(漢字) 広部,智之
著者(英字)
著者(カナ) ヒロベ,トモユキ
標題(和) 数値シミュレーションによる海洋波の非線形相互作用と風の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 128859
報告番号 甲28859
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7895号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 林,昌奎
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 准教授 早稲田,卓爾
 東京大学 准教授 北澤,大輔
 上智大学 講師 冨田,宏
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

海洋上には波長が数cmから数100mのものまで、大小の様々な波が存在する。このような海洋波は様々な条件によって大きく形状を変え、時に海難事故を引き起こす。船舶の安全な運行のためには、危険な波を事前に察知することが肝要である。

複雑に変動する海洋波の予測としては統計的波浪推算手法が有効であり、多くの波浪推算でエネルギー平衡方程式をベースとしたものが用いられている。エネルギー平衡方程式では、風によるエネルギー供給(Sin)、海洋波の非線形エネルギー伝達(Snl)及び砕波などによる減衰(Sds)を独立に考慮した、個々の成分波のエネルギー発展を解く。実際には風により波の性質は変化し、それにより成分波間の非線形相互作用も変わると考えられるが、そのような効果の詳細は不明であり、考慮されていないのが現状である。

本研究では、SinとSnlとの間の相互作用に着目する。本研究の目的は、波に働く非線形相互作用が風の影響によってどのような影響を受けるかを調査し新たな知見を得ることである。このためにはまず、本計算上で非線形相互作用が正しく再現されている必要があるが、本手法で正しく非線形相互作用が再現できるかに関する検証は行われていない。そこで、格子で直接波を解像する本計算手法のような数値計算手法によって、妥当な非線形相互作用の評価が可能であるか検証を行う。

検証は非線形エネルギー伝達による波の発展を理論との比較によって評価することによって行う。その際には厳密なエネルギー発展の評価が必要になるが、波を格子で直接解像する本計算の特色上、波ごとに働く数値粘性の大きさは異なる。1波に対する解像度により、どの程度の数値誤差が生じるかを定量的に把握する必要がある。そこで、様々なパラメータを変えた計算を行って波の減衰量から数値粘性の大きさを見積もり、本計算によって生じる数値粘性の特性を定量的に評価する。

上記結果を踏まえ、最終的に波に働く非線形相互作用と風の影響を共に考慮した場合の影響を調査する。非線形相互作用としては、重力波で生じる代表的な非線形相互作用である4波共鳴を対象とし、初期2波もしくは3波からなる波浪場を対象とした単純化した状況において、風の効果を取り入れた場合に波浪場の発展がどのように変化するかについて数値的に調査する。

2.計算手法

本計算では気層、液層をNavier-Stokes方程式で解き、界面では応力の連続条件と界面の運動学的条件がともに満たされるように解く。計算では各ステップにおいて境界適合座標系により格子を再構成するALE(Arbitrary Lagrangian Eulerian)法を用いる。これにより、波は界面の格子によって直接解像される。界面格子は界面の条件を満たすよう時々刻々変化する。本手法による計算では粘性及び表面張力の影響を厳密に考慮した計算が可能である。空間差分として、粘性項、圧力項及び連続の式には2次の中心差分を、対流項にはQUICKスキームを適用している。数値粘性による波の減衰を抑制するためには、界面計算の高精度化が重要であるといえる。そこで、界面の運動学的条件の離散化には5次精度の上流差分を用いる。時間積分には、粘性項に2次のCrank-Nicolson法、対流項と外力項に2次精度のAdamth-Bashforth法を適用した。

3.数値減衰特性の評価

一般的に、CFDにおいては対流項を安定化させるために上流差分スキームが用いられることが多いが、これは安定化と同時に数値粘性を生じる。これは本計算では、波の計算において過度な減衰効果として生じる。本計算では一つの領域の波高の変化として波の発展を解くが、高波数の波ほどその空間解像度は落ちてゆくため、数値粘性が増大する。どの程度の領域まで、妥当に計算できているかを評価する必要がある。

数値粘性の発生は時間的、空間的な離散化に起因しているため、1波に対する周期分解能及び波長分解能によって変化すると考えられる。また風波計算においては、吹送流の発達による液相平均流の増大によって対流項に起因した誤差も生じると考えられる。そこで、ここでは単元波の減衰率変化を調査することによって本計算コードで表現する波に働く数値粘性特性の評価を行った。風による数値粘性の増大については、表層流が時間変動する液相鉛直方向の流れを生じるため定量評価は難しい。そこで、液相に平均流がある場合での数値誤差の増大に関して評価を行った。結果として、液相流れのない場合において、1波に発生する数値誤差を、波の周期分割数及び波長分割数の関数として表すことができた。また、液相流と波の位相速度の比をパラメータとして、数値粘性が増幅していく傾向が見られた。

4.4波共鳴計算

本計算上で非線形相互作用が正しく再現されている必要があるが、本手法で正しく非線形相互作用が再現できるかに関する検証は行われていない。本計算手法は気液を共にNavier-Stokes方程式で解き、自由表面を厳密に考慮した計算を行うが、波を直接格子で解像する本計算手法のような計算において、特定の波数の組の間に働く非線形相互作用が正しく評価できるかについては必ずしも自明ではない。そこでまず、本計算手法によって妥当な非線形相互作用の評価が可能であるか検証を行った。

検証として、初期に3成分波のみを用意した計算を行い、共鳴配置にある4波目が発達することを確認した。計算結果として成長してくる4波目の成長率に関する比較を行うにあたって、Krasitskiiの4波発達方程式(1994年)をベースとした、Wasedaらによる初期発達の推算式(未発表)を用いた。この式と計算結果との比較を行ったところ、計算初期の成長率に関して定量的によい一致が得られた。このことから、本計算コードによって十分な数の格子及び時間刻み幅を取った計算を行うことで、4波共鳴相互作用を正しく再現できることがわかった。また、理論によると共鳴4波間の初期位相関係にはある種の位相ロックが生じることが示唆されていたが、本計算においても理論通りの位相関係が観測された。

さらに計算結果を詳しく調査したところ、複数の成分波が自由波として生起している様子が観測された。解析の結果、これらの波は4波間の共鳴条件に、ある程度の周波数ミスマッチを許した場合に生じる準共鳴発達の波であることがわかった。さらにこれらの波はカスケードを生じて次々と異なる成分波を発達させてゆく様子が確認された。これはDynamical Cascade(Kartashova 2010年)が生じたものであるとして説明された。

5.4波共鳴に対する風の影響

これまでの結果を踏まえ、波の非線形相互作用の代表である4波共鳴相互作用に対し、風の影響を取り入れることによってどのような変化が現れるかを調査した。本章で行った風の影響を加えた計算では、まず、共鳴条件の揺らぎとスペクトル場が急峻に広帯化してゆく様子が観測された。本章ではこれら2つが生じた原因について詳しく調査した。

共鳴条件の揺らぎを調査するにあたり、数値計算上の特色を生かし、風が自由表面に与える応力を接線方向と法線方向に成分分解し、それぞれのみを考慮して再計算を行うという手法を取った。これにより風の影響を、吹送流の発達(風の接線方向応力成分からの寄与)と波高成長(風の法線方向応力成分からの寄与)とに分けて扱うことに成功した。計算結果を解析したところ、風によって発生する吹送流の影響と、風が自由表面に及ぼす表面圧力変動の影響との二つの効果それぞれが、波の分散関係に補正を加えていたために共鳴関係の揺らぎが生じていることが示唆された。

次に、風によって生じた急速なスペクトル広帯化の原因を調査した。これは次のように説明された。

1.初期波から共鳴・準共鳴相互作用によって生起可能な波が線形発達する。

2.1.によってある程度振幅を得た波は、風によって指数関数的に急成長する。

3.初期波及び、共鳴・準共鳴発達した波との間の組み合わせにより、さらなる共鳴・準共鳴がDynamical Cascadeとして生じ、新たな波が発達する。

風の影響がない場合は2.による成長促進はなく、Dynamical Cascadeによるスペクトル広帯化は緩やかに進行し、減衰の効果によってやがては限界を迎えると考えられるが、風の影響で2.による効果が生じると、Dynamical Cascadeの進行は加速され、結果として急速なスペクトル広帯化が生じたといえる。

6.結論

本研究では波に働く非線形相互作用が風の影響によってどのような影響を受けるかを調査し新たな知見を得ることを目的として、気相、液相及び気液界面を厳密に取り扱った本計算手法を用いた4波共鳴発達計算を行った。準備として数値計算上発生する誤差の特性や無風時での4波共鳴検証を行い、それらを踏まえて風の影響下での波の4波共鳴発達の様子を調査した。結果として、風の影響によって、発生する吹送流による間接的効果と表面圧力変動による直接的効果による波の分散関係の補正によって共鳴条件に揺らぎが生じ、また風と4波共鳴との相乗的効果により急速にスペクトル広帯化が進むであろうことがわかった。

本計算では初期に3波のみある状態から、たった80周期程度の時間で現実に近い形での非常にブロードなスペクトル形が得られた。このことから、風と成分波間の非線形効果がともに働くような状況下では、非常に短い時間のうちに成熟した波浪場の発達が見込めると考えられる。このことは、風が4波共鳴に対して大きな影響を及ぼしている可能性を示唆するものである。今後、より現実的な波浪場において風との影響を調査することにより、さらに実際的な、風の波に対する影響が明らかとなり、ひいては波浪推算技術の向上につながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

海洋上には波長が数cmから数100mのものまで、大小の様々な波が存在する。このような海洋波は様々な条件によって大きく形状を変え、時に海難事故を引き起こす。船舶の安全な運行のためには、危険な波を事前に察知することが肝要である。

複雑に変動する海洋波の予測としては統計的波浪推算手法が有効であり、多くの波浪推算でエネルギー平衡方程式をベースとしたものが用いられている。エネルギー平衡方程式では、風によるエネルギー供給(Sin)、海洋波の非線形エネルギー伝達(Snl)及び砕波などによる減衰(Sds)を独立に考慮した、個々の成分波のエネルギー発展を解く。実際には風により波の性質は変化し、それにより成分波間の非線形相互作用も変わると考えられるが、そのような効果の詳細は不明であり、考慮されていないのが現状である。

本研究は、SinとSnlとの間の相互作用に着目し、風の影響下で成分波間の非線形相互作用がどのように変化するかを調査し、これらの間に生じる機構を解明することを目的としている。

本研究で用いている数値計算手法はNavier-Stokes方程式によって気相、液相を解き、また厳密な気液界面を考慮したものであり、従来取り扱いの難しかった風波現象を厳密にシミュレートできるものである。自由表面境界の変動追跡にはALE法(Arbitrary Lagrangian Eulerian)を用いている。これは時間ステップ毎に自由表面挙動に沿った格子変形を行い、格子により直接気液界面を解像する手法であり、波面付近の風の流れの解析に有利であると考えられる。

本研究では、重力波において最も重要な非線形相互作用である4波共鳴を対象とし、初期に数成分波のみある状況下での風と間の相互作用を調査している。まず4波共鳴の生起の検証として、無風時で初期3成分波から4波共鳴による新たな波の生起を確認し、その初期成長率を理論値と比較している。この際、各成分波に対し物理的な減衰のほか、数値的な減衰が発生する。これは時間刻み幅と空間刻み幅に依存するが、計算領域内の個々の波はそれぞれ異なる波長と周期をもつため、1波あたりに生じる減衰も異なるものとなる。このような状況では、純粋な4波共鳴による成長を定量評価することが困難であるため、事前準備として、本計算において1波に生じる数値粘性特性の評価を行っている。このような準備の元で4波共鳴初期発達率は理論と計算結果とで定量的によく一致することを確認している。さらに計算結果を詳しく調査し、複数の成分波が自由波として生起している様子を観測した。解析の結果、これらの波は4波間の共鳴条件に、ある程度の周波数ミスマッチを許した場合に生じる準共鳴発達の波であり、さらにこの現象がカスケードして生じることで、自由波として生起する成分波が次々と増えていったものであることを明らかにした(Dynamical Cascade)。

以上の計算を踏まえ、本研究の核心である、風の影響下での4波共鳴の挙動を調査している。計算結果から、風の影響下では共鳴条件の揺らぎが生じ、また急速なスペクトル広帯化が生じていることを観測した。まず、共鳴条件の揺らぎを詳しく調査したところ、その原因として、風によって発生する吹送流の影響と、風が自由表面に及ぼす表面圧力変動の影響との二つの効果それぞれが、波の分散関係を変化させていたためであることが示唆される事を示した。ここでは風応力成分の分離計算を行っているが、この手法が風波発達の解析に対し非常に有効であることを示した。

また風によって生じた急速なスペクトル広帯化の原因が次のように説明される事を示した。

1.初期波から共鳴・準共鳴相互作用によって生起可能な波が線形発達する。2.1.によってある程度振幅を得た波は、風によって指数関数的に急成長する。3.初期波及び、共鳴・準共鳴発達した波との間の組み合わせにより、さらなる共鳴・準共鳴がDynamical Cascadeとして生じ、新たな波が発達する。風の影響がない場合は2.による成長促進はなく、Dynamical Cascadeによるスペクトル広帯化は緩やかに進行し、減衰の効果によってやがては限界を迎えると考えられるが、風の影響で2.による効果が生じると、Dynamical Cascadeの進行は加速され、結果として急速なスペクトル広帯化が生じたといえる。

本計算では初期に3波のみある状態から、たった80周期程度の時間で現実に近い形での非常にブロードなスペクトル形が得られた。このことから、風と成分波間の非線形効果がともに働くような状況下では、非常に短い時間のうちに成熟した波浪場の発達が見込めると考えられる事を示した。

このことは、風が4波共鳴に対して大きな影響を及ぼしている可能性を示唆するものであり、今後、より現実的な波浪場において風との影響を調査することにより、さらに実際的な波に対する風の影響が明らかとなり、ひいては波浪推算技術の向上につながると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク