学位論文要旨



No 128860
著者(漢字) 中津川,実
著者(英字)
著者(カナ) ナカツガワ,ミノル
標題(和) 不確実性下の製品群異常検出と意思決定支援
標題(洋)
報告番号 128860
報告番号 甲28860
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7896号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 矢入,健久
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 鹿島,久嗣
内容要旨 要旨を表示する

製品や部品を監視して将来の状態や故障の発生を予測する、予防保全や遠隔監視に関する研究開発は、航空宇宙などのミッションクリティカルなシステムを中心に行われてきた。例えば大量の人員を輸送する旅客機では、わずかな不具合が重大事故に直結しかねない。そこで、センサー情報を利用した遠隔監視によってシステムの異常を検出し、重大な不具合を未然防止するためのヘルスモニタリングや、状態監視により将来の故障発生や状態を予測する予防保全に関する研究開発は、これらのシステムを対象に行われてきた。しかし近年、センシング技術や通信ネットワーク技術の発展・普及もあり、稼動情報を収集して異常検出を行う遠隔監視技術が、自動車や個人用計算機などの一般消費者向け製品にも応用され始めている。

多数の製品の稼働状態を実時間的に監視し、データを蓄積することによって潜在的な市場品質問題の早期発見と製造工程の改善が可能になり、従来の設計製造時の統計的品質管理や故障後の修理サービスに加え、製品のライフサイクルを通じた品質管理が可能になると期待されている。しかし、そのような理想的な製品品質監視・改善サイクルの実現には大きく2つの技術的課題が存在する。第一に、一般向け製品では、その部品構成、生産時期、利用環境などに大きな多様性があり、全個体に適用可能な共通の異常検出モデルを構築するのが困難なことである。第二に、製造開始から間もない製品に品質問題が見つかった場合、市場品質の推定に比較的大きな不確実性が含まれる状況で、製造工程の見直しや回収・修理などの対策を判断しなければならないことである。

以上を踏まえ、本論文は、多様な製品群の稼動時異常検出による市場品質の監視と、製造工程における品質問題対策のための意思決定支援によって、製品のライフサイクルを通じた品質向上の実現を目的とする。具体的には、互いに類似する製品群における異常事例とその検出に関する学習結果を転用することによって多様な製品群の稼働時の異常を高精度かつロバストに検出する方法、および、市場品質に関する不確実性が十分に小さくなる将来まで対策実施判断を保留する「延期オプション」を考慮した意思決定支援方法を提案し、実問題への適用を通じてその有効性を検証する。本論文の構成および概要は、以下の通りである。

第1章は序論であり、本研究の動機や基本的なアプローチの方針を述べ、研究の意義と目的を明らかにしている。

第2章では、関連研究として、稼動データを用いた機器異常検出に関する研究、様々な業界における機器異常検出の応用事例、不確実性下での意思決定支援に関する研究について概観している。

第3章では、多様な機器構成を含む製品群を対象とした異常検出方法として、類似性に基づいて他の製品群の異常事例とその検出に関する統計的な学習結果を転用し、監視対象の製品群の異常を高精度かつロバストに検出する方法を示している。提案手法では、対象分野における背景知識を用いて製品群間の類似性を階層的に定義し、ブースティングアルゴリズムに基づく転移学習を行うことで、類似の製品群の異常事例とその検出に関する学習結果の転移を実現する。実証実験では、製品稼動データおよび公開データに対して提案手法を適用し、その有用性を確認している。

第4章では、把握した稼動品質情報を用いて市場品質問題の対策を製造工程で実施する際の意思決定を支援し、製造品質を向上させる方法を提案している。製造品質の改善により市場品質コストを削減するためには、製品の出荷開始後できるだけ早期に品質問題対策を取る必要がある。しかしこれは、稼動データや故障データが十分に蓄積されていない不確実な状況下で対策実施についての意思決定を行わなければならないことを意味する。提案手法は、市場品質に関する不確実性が十分小さくなる将来まで対策実施判断を遅らせる「延期オプション」を導入し、この問題をマルコフ決定過程における品質コスト最小化問題として定式化した上で、動的計画法に基づいた最適な意思決定アルゴリズムを導出している。また、実験により、提案手法に基づく意思決定による品質コストの削減可能性、および、複数の製品群が市場に存在する状況における対策優先順位付けの妥当性を実証している。

第5章は結論であり、本論文で議論した製品群の異常検出手法、品質問題対策の意思決定支援手法に関して得られた知見と成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

本研究の貢献は、以下の4点で捉えることができる。第一に、製品群の稼動時異常検出により市場品質を把握し、製造時品質問題対策における意思決定を支援することで、製品のライフサイクルを通じた品質向上および品質コスト削減を行う方法を示した点である。第二に、多様な製品群からなる機器の異常検出の方法論を示した点である。第三に、リアルオプション分析による市場品質問題に対する意思決定方法を提案した点である。第四に、データマイニング結果にもとづく統計的意思決定の一研究として、製品群異常検出の推定の不確実性を小さくする転移学習手法と、推定の不確実性を考慮した意思決定最適化方法を繋いだ点である。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 中津川実 提出の論文は「不確実性下の製品群異常検出と意思決定支援」と題し、本文5章からなっている。

従来、遠隔監視による予防保全技術は、航空宇宙分野などのミッションクリティカルなシステムを対象として研究されてきたが、近年、センシング技術や通信ネットワーク技術の発展・普及もあり、自動車や個人用計算機などの一般消費者向け製品にも応用され始めている。多数の製品の稼働状態を実時間的に監視し、データを蓄積することによって潜在的な市場品質問題の早期発見と製造工程の改善が可能になると期待されている。しかし、そのような理想的な製品品質監視・改善サイクルの実現には大きく2つの技術的課題が存在する。第一に、一般向け製品では、その部品構成、生産時期、利用環境などに大きな多様性があり、全個体に適用可能な共通の異常検出モデルを構築するのが困難なことである。第二に、製造開始から間もない製品に品質問題が見つかった場合、市場品質の推定に比較的大きな不確実性が含まれる状況で、製造工程の見直しや回収・修理などの対策を判断しなければならないことである。

以上を踏まえ、本論文は、多様な製品群の稼動時異常検出による市場品質の監視と、製造工程における品質問題対策のための意思決定支援によって、製品のライフサイクルを通じた品質向上の実現を目的としている。具体的には、互いに類似する製品群における異常事例とその検出に関する学習結果を転用することによって多様な製品群の稼働時の異常を高精度かつロバストに検出する方法、および、市場品質に関する不確実性が十分に小さくなる将来まで対策実施判断を保留する「延期オプション」を考慮した意思決定支援方法を提案し、実問題への適用を通じてその有効性を検証している。

第1章は序論であり、本研究の動機や基本的なアプローチの方針を述べ、研究の意義と目的を明らかにしている。

第2章では、関連研究として、稼動データを用いた機器異常検出に関する研究、様々な業界における機器異常検出の応用事例、不確実性下での意思決定支援に関する研究について概観し、本研究の位置付けを示している。

第3章では、多様な機器構成を含む製品群を対象とした異常検出方法として、類似性に基づいて他の製品群の異常事例とその検出に関する統計的な学習結果を転用し、監視対象の製品群の異常を高精度かつロバストに検出する方法を示している。提案手法では、対象分野における背景知識を用いて製品群間の類似性を階層的に定義し、ブースティングアルゴリズムに基づく転移学習を行うことで、類似の製品群の異常事例とその検出に関する学習結果の転移を実現する。実証実験では、製品稼動データおよび公開データに対して提案手法を適用し、その有用性を確認している。

第4章では、把握した稼動品質情報を用いて市場品質問題の対策を製造工程で実施する際の意思決定を支援し、製造品質を向上させる方法を提案している。製造品質の改善により市場品質コストを削減するためには、製品の出荷開始後できるだけ早期に品質問題対策を取る必要がある。しかしこれは、稼動データや故障データが十分に蓄積されていない不確実な状況下で対策実施についての意思決定を行わなければならないことを意味する。提案手法は、市場品質に関する不確実性が十分小さくなる将来まで対策実施判断を遅らせる「延期オプション」を導入し、この問題をマルコフ決定過程における品質コスト最小化問題として定式化した上で、動的計画法に基づいた最適な意思決定アルゴリズムを導出している。また、実験により、提案手法に基づく意思決定による品質コストの削減可能性、および、複数の製品群が市場に存在する状況における対策優先順位付けの妥当性を実証している。

第5章は結論であり、本論文で議論した製品群の異常検出手法、品質問題対策の意思決定支援手法に関して得られた知見と成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

以上要するに、本論文は、多様な製品群の稼動時異常検出により市場品質を把握し、製造時の品質問題対策における意思決定を支援することで、製品のライフサイクルを通じた品質向上を実現する方法を提案し、その有用性を示したものであり、これらの成果は航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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