学位論文要旨



No 128862
著者(漢字) 飯塚和幸
著者(英字)
著者(カナ) イイヅカ,カズユキ
標題(和) プラズマスプレーPVDによる高感度半導体ガスセンサ創製
標題(洋)
報告番号 128862
報告番号 甲28862
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7898号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 霜垣,幸浩
 東京大学 教授 寺嶋,和夫
 東京大学 准教授 神原,淳
 東京大学 教授 宮山,勝
内容要旨 要旨を表示する

近年問題になっているシックハウス症候群は,家具や建築資材から放散する揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)に起因しており,その物質の室内濃度指針値が世界保健機関により数10 ppbレベルの極低濃度で定められている.それにも関わらず,指針値を大きく超えるVOCガスを放散する家具等が流通しており,シックハウスとみられる被害があとを絶たない.そこで,この汚染ガス(とくにホルムアルデヒド)をリアルタイムで計測するセンサがもとめられ,小型軽量で低濃度ガスの検出に優れる半導体ガスセンサが着目されている.

半導体ガスセンサはおもに酸化スズなどの金属酸化物膜で構成され,ガスの検出特性は,粒子径や膜厚,空隙,触媒活性などに支配されることが知られており,高感度化を目指した多様な研究が進められてきた.一般に,センサ膜の作製にはゾル・ゲル法やスパッタ法が用いられ,ナノスケールの微細粒子が合成されている例もみられる.しかし,それらの成膜プロセスは基本的に組織制御が自由に行えない,膜の堆積速度が遅い,厚膜化が困難など多数の問題を抱え,未だセンサのガス検出感度が十分でない.一方,センサモデルを用いた基礎的な理論解析が行われ,感度に対する膜内ガス拡散効果の定量的解釈が試みられている.しかし,ガス拡散とセンサ構造(電極位置)の相乗効果を詳しく議論していなく,モデルを十分な実験結果を用いて実証していない.

このような背景に鑑み,本研究はナノ粒子合成・細孔制御・高スループット堆積の潜在能力を有するプラズマスプレーPVD(PS-PVD)を用いてナノ粒子多孔質膜を創製し,センサ構造などの効果も考慮した包括的モデルの構築により,実験と理論の両観点から高感度ホルムアルデヒドセンサの実現を目指した.以下に,6章で構成される本論文の概要を示す.

第1章は序論であり,国内外で深刻化している室内空気汚染とシックハウス症候群について説明し,高感度ホルムアルデヒドセンサの需要が高まっていることを述べた.各種あるガスセンサのなかで,低濃度ガスの検出を得意とする半導体ガスセンサを取り上げ,その原理・特徴と既存の研究を概説し,現状の問題を提起した.つづいて,プラズマスプレーの種類と特徴を述べ,プラズマスプレーで作製するナノ粒子多孔質膜での高感度センサの実現可能性を示した.そして本研究の目的を,室内濃度指針値の80 ppbよりさらに低い濃度のホルムアルデヒドが検出できるセンサの創製とその設計開発指針の提示,と定めた.

第2章では,半導体ガスセンサのガス検出(電流変化)挙動を理論的に把握するため,ガスセンサのモデリングを行った.センサモデルは多孔質膜への目的ガスの拡散と粒子表面での酸化反応,膜内の電流密度の空間分布を考慮し,膜厚・組織・電極間距離を構造因子の変数として取り入れた.ここでは,ガスが膜表面から膜厚方向に1次元で拡散し,その濃度に対して1次で酸化反応して消費され,膜内の局所ガス濃度に応じて電流密度が変化する,と仮定した.このような条件設定のもと,空気中とガス中の電流増加比で定義するセンサ感度が,拡散反応方程式の解と電界方程式の連成により導出できることを示した.得られた理論感度は,膜内の相対ガス濃度と電極間距離を変数にもち,空気中での膜の導電率と印加電圧に依存しない結果となった.モデルは,高感度・高速応答化には膜の内部までガスが十分かつ瞬時に拡散するマクロ細孔を含む多孔質薄膜が基本的に好ましいことを明示した.膜の多孔性が劣ると,電極間距離を減少させたとき感度がさらに低下するが,多孔質膜は,電極間距離に関わらず高い感度を維持し構造設計の自由度が高いことがわかった.

第3章では,構築したモデルが示した振る舞いを念頭におき,高周波誘導結合型プラズマ装置を用いて酸化スズ多孔質膜の作製を行った.作製にあたり,プロセスパラメーターである酸素供給速度と粉末供給速度の制御により,堆積膜の組成・組織制御を試みた.酸素供給速度の増加は,堆積膜をSnOが主相の粒状膜からSnO2カラム状膜へ変化させた.平衡組成計算により,系内の酸素分圧が低くSn/Oモル比がSnO2化学量論比(0.5)より大きいと,Sn(l)とSnO(l)が出現することがわかり,これら液相の存在が低酸素実験でのSnO粒状膜形成に関わったと推察された.一方,粉末供給速度の増加により,膜をカラム状から微粒状,凝集組織と変化させることができ,プラズマ/基板境界層での凝縮過程が制御できたとみられる.得られた微粒状の膜は,粒度分布解析と細孔分布測定の結果,平均粒子径(面積加重平均)が24 nmでミクロ・マクロ細孔を有するナノ粒子多孔質組織であることがわかった.

第4章では,はじめに,前章で堆積した異なる組成・組織の膜でホルムアルデヒドに対する感度を評価したところ,SnO2組成である上述のナノ粒子多孔質膜が,作製したなかでもっとも高い感度を示した.この膜を用いて,電極間距離と印加電圧を変化させて実験を行うと,電極間距離が広い(85-270 μm)ときは感度が電圧に依存しないが,狭いとき(≦ 38 μm)は依存し,低電圧で感度が増加した.さらなる高感度化のため,電極間距離が狭い(22 μm)センサに対してPt触媒の添加を行った.無添加センサは300℃で感度のピークを示したが,Ptの添加に伴いピーク温度が低温側にシフトし,0.1 mol%Ptを添加したセンサは220℃で非常に高い感度を示した.この結果は,従来研究の貴金属触媒添加センサの感度より1-2桁高い値であり,これまで一般に困難であった20 ppbの極低濃度ホルムアルデヒドの検出に成功した.

第5章では,実験で観測されたセンサの振る舞いを,センサモデルを用いて検証した.実験結果はモデルの予測と基本的に一致し,高感度化には多孔質薄膜が好ましいことが再確認されると共に,構築したモデルの妥当性が示された.しかし電極間距離が狭い条件で,実験では感度が電圧で変化し,モデルと異なる傾向を示した.この相違は,モデルでは考慮しなかったジュール加熱が起因するとみられる.ジュール熱の効果も取り入れれば,さらに高度化したモデルを構築することが可能と考えられる.一方,Pt触媒の添加がガスの酸化反応速度を促進させると同時に,高い導電率変化を引き起こすことが示された.多孔質PS-PVD膜は,膜内のガス拡散性が高いとみられるので,膜表面で局所化した酸化反応を防ぐことができ,触媒効果をより効率的に利用できる高感度化に好ましい組織であることも示された.実験で作製した0.1 mol%Ptを添加した多孔質膜は,膜厚・組織・触媒添加濃度・電極間距離が最適な組み合わせで条件設定されていることをモデルは示唆し,その最適条件設定の結果として,極低濃度ホルムアルデヒドの検出を実現したと結論付けられた.これらの考察と最適条件を最後にまとめ,高感度半導体ガスセンサの設計開発指針として提示した.

第6章は総括であり,本研究で得られた成果を要約した.

本研究は,ホルムアルデヒドの検出に関して議論したが,他のガス種でもモデルの仮定が成り立つ条件であれば,高感度化へのアプローチが同様に展開できると考えられる.

以上,体系的な実験とセンサモデルによる理論的解析により,PS-PVDによる高感度半導体ガスセンサの創製を実現し,その設計開発指針を提示することができた.

また,本研究で実施した実験とモデルを相補的に用いる研究開発プロセスは,半導体ガスセンサの開発だけでなく,さまざまなセンサデバイスにも応用できる体系的な研究開発手法の前例となり,学術的のみならず産業的にも幅広い分野で活用でき,大きな工学的意義を有すると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「プラズマスプレーPVDによる高感度半導体ガスセンサ創製」と題して、従来の半導体式ガスセンサモデルを精緻化し、これに基づき高感度センシングを可能とするセンサ設計開発の指針を明示すると共に、プラズマスプレーPVD(PS-PVD)によりナノ粒子多孔質膜を作製して高感度センシングを実証し、本プロセスの特徴と優位性を論じたものである。

近年問題となるシックハウス症候群は、家具や建築資材から放散する揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)に起因することから、世界保健機構は、健康への指針として、その室内濃度許容値を数10 ppbレベルの極低濃度と定めている。これに呼応し、VOC(特に、検出が困難とされるホルムアルデヒド)を簡易にリアルタイムで計測するセンサが求められているが、従来のゾル・ゲル法などで作製された半導体ガスセンサは、上述指針値の低濃度ガスを検出できていない。このような背景に鑑み、本論文では、従来のセンサモデルを精緻化し高感度化を達成するに必要な要件、及びセンサ構造の設計指針を明示し、プラズマスプレーPVD法を利用して上記許容値のセンシングを可能とするセンサ開発を実証している。本論文は以下の6章から成る。

第1章は序論であり、シックハウス症候群と主要因子であるVOC類のガイドライン、半導体ガスセンサの原理・特徴と既存研究の特徴と課題、及びプラズマスプレーPVD法の原理・特徴を説明し、本研究の位置付けと目的を明確化している。

第2章では、従来の拡散反応を基本とするガスセンサモデルの基本特性と限界を明確化した上で、マルチスケールの多孔質膜内への目的ガス拡散と粒子表面での酸化反応、及び膜内の電流密度の空間分布を考慮したモデルを提案している。本モデルにより、膜組織と電極形態を含むセンサ構造を反映させたセンサ感度の導出が可能であり、感度が膜内の相対ガス濃度と電極間距離の関数となるため、高感度化・高速応答化には、ガス拡散に大きく寄与するマクロ細孔の導入が重要であることを定量的に説明している。

第3章では、高周波誘導結合型プラズマ装置を用いた酸化スズ多孔質膜の作製について論じている。各種プラズマスプレー条件によって種々組成・組織を有する膜が堆積可能である事を示し、酸素供給速度やその他諸条件の最適化により、平均粒径20 nm程度で~150 nm程度のマクロ細孔を有するナノ粒子多孔質SnO2 膜の創製に成功している。また、これら組織形成過程の基本的なメカニズムを平衡プラズマ化学種計算と錬成させて説明している。

第4章では、第3章で確認した多様な組成・組織の膜と、種々電極間距離・印加電圧、及びPt触媒添加有無の種々条件でセンサを作製して、ホルムアルデヒドに対する感度を測定し、センサ構造と感度との相関を系統的に明らかにした。結果として、ナノ粒子多孔質SnO2膜で高感度が得られること、粒径、多孔組織、膜厚により高感度化に対する最適な電極間距離と印加電圧が存在することを見出している。更に、同一センサ構造に対しては、Pt触媒添加濃度により最大感度を与える温度を低温側にシフトさせられることや、膜組織・センサ構造によって最高感度を与える最適な触媒量が存在することなどを明らかにしている。最終的に、これらの結果を踏まえた最適設計構造を有するセンサにより、これまで半導体式センサでは困難であった20 ppbの極低濃度ホルムアルデヒドを十二分に優位な感度で検出・実証したことは、特筆すべき成果といえる。

第5章では、 第2章で検討したセンサモデルを用いたシミュレーションと第4章の実験結果を対比してセンサ挙動に関して総括的な考察を与えている。実験的に確認された結果は当該モデルによって基本的に再現され、被検ガス拡散を促進するマクロ細孔組織と、局所的な電流集中を抑えて膜内に平均的に高い電流密度を実現する電極構造・印加電圧が高感度化達成の主要な要因であることが示されている。また、特定の条件下で確認されるモデルと実験結果との相違点から、局所的ジュール発熱も限定的ではあるが高感度化に影響を与える因子である事を示唆し、より精緻なセンサ設計への指針を提示している。一方、Pt触媒添加を高感度化へ効果的に利用するためには、膜表面での局所的な被検ガスの急速な酸化反応を防ぐよう添加量の最適化が重要となるが、この点で、多孔質PS-PVD膜組織が好ましい組織であり高感度化おいても優位性を有することを明示している。

第6章は総括であり、高感度センサの設計指針とプラズマプロセス指針を要約すると共に、他種ガスへの適用など将来の展開可能性をまとめている。

以上を要すると、本研究は、センサモデルの精緻化に基づき、高感度半導体ガスセンサの設計開発指針を明確化すると共に、プラズマプロセスによりナノ粒子多孔質膜の創製によってVOCの高感度センシングを実証したものであり、材料工学分野に対する貢献は極めて大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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