学位論文要旨



No 128863
著者(漢字) 富塚,孝之
著者(英字)
著者(カナ) トミヅカ,タカユキ
標題(和) 数値シミュレーションによる可燃性ガスの爆発危険性解析
標題(洋)
報告番号 128863
報告番号 甲28863
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7899号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 新井,充
 東京大学 准教授 三好,明
 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 准教授 藤田,昌大
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

次世代の燃料として期待されているDME(ジメチルエーテル)は他の炭化水素燃料に比して煤やNOxが少なく、クリーンな燃焼特性が確認されている。しかしDMEを取り扱うプラントや自動車およびスタンドなど実用的な面を考慮すると、DMEの大量な輸送や貯蔵時における漏洩・拡散にともなう燃焼現象は平衡論に起因する燃焼特性だけでは予測できない影響が懸念される。また水素も燃焼生成物が水のみであるということからクリーンなエネルギーとして大きな期待が持たれているが、着火しやすく、発熱量も大きいため爆発の危険性が高い。一般にガス爆発と言われている現象は可燃性ガスと空気の予混合燃焼であり、火炎伝ぱが進行するとともに火炎の不安定性から火炎面形状の乱れが発生、成長し、火炎伝ぱ速度が加速し、層流燃焼速度より大きくなることがわかっている。火炎伝ぱ速度の増加により圧力上昇速度が増大し、被害が拡大する可能性があるため、安全工学上、実用的なスケールにおける爆発特性を把握する事は非常に重要な課題である。爆風圧の上昇速度や最大圧力は火炎伝ぱ速度に大きく依存し、火炎伝ぱ速度は火炎面積に依存する。したがって、爆発計算を行うときは、火炎乱れの発生機構、特に不安定化機構を考慮していなければ、火炎伝ぱ速度を正確に計算することができない。ところがCFDによる実用スケールの爆発計算で火炎の詳細な構造を直接計算することは不可能であるため、火炎構造を予測するモデルが必要になる。本研究の目的は火炎の不安定性による自発的乱れの成長といった、火炎伝ぱの加速現象として重要な要素であるミクロな現象を考慮しつつ、安全工学上実用的なマクロスケールで数値解析が可能となる予混合燃焼モデルを確立することを目的としている。

2.予混合燃焼モデル(火炎伝ぱモデル)

Gostintsevら[1]は、火炎のフラクタル特性に着目し、過去の爆発実験で得られた火炎半径の時間変化の測定結果を分析し、漸近解析することにより次式を導いている。ここでR は火炎半径、R* はフラクタル性が発現する火炎半径、t は時間、t* は着火直後から火炎半径がR*になるまでの時間であり、kは熱拡散率、cg はモデル定数である。

ここからt* が十分小さいと仮定し、火炎伝ぱ速度の式に変形すると次式のようになる。

上式は火炎伝ぱ速度がモデル定数cgの他に、ガスの膨張率(ρu/ρb)、層流燃焼速度(SL)および熱拡散率(pu/pb)といった可燃性ガスの物性で決定できることを示している。このように、火炎のフラクタル特性に着目することで、火炎のミクロ構造をモデル化することが可能となる。モデル定数cgが乱流燃焼のフラクタル特性を表す実験定数である。上の二式における火炎伝ぱモデル定数cgを評価する目的で、DME、LPGおよび水素の大規模燃焼実験[55]、[56]おける火炎伝ぱの測定結果から近似式を求めた。大規模燃焼実験は1辺5m~7mのビニールハウス内に可燃性ガスと空気の予混合状態を作り、中心で火花を着火させた。LPGおよびDMEの大規模燃焼実験から得たモデル定数cg の平均値は4.3×10-3、水素では1.6×10-3となり、実用可能なモデルが構築できた。

燃焼モデルはZimontら[4][5][6]が提唱した反応進行度モデルを採用した。反応進行度cの輸送方程式の生成項には乱流燃焼速度が用いられる。火炎伝ぱ速度と乱流燃焼速度の関係は次式で表される。

ここで、STは乱流燃焼速度であり、フラクタル理論を導入により求めた火炎伝ぱ速度を代入することにより次式が得られる。

このようにして、反応進行度モデルにおける生成項に火炎伝ぱモデルによる乱流燃焼速度を導入することで、火炎の不安定性による自発的乱れを導入したフラクタル火炎伝ぱモデルが確立された。

3.実スケールモデルでの比較検証解析

前章で記したフラクタル火炎伝ぱモデルの妥当性を確認する目的で、実スケールモデルの比較検証をおこなった。比較シミュレーションは前述のDME、LPGおよび水素の大規模燃焼実験に対して実施した。図3.1、3.2にはDMEおよび水素の大規模燃焼実験との比較結果を示している。図3.2ではANSYS FLUENTに組込まれている既存の乱流燃焼モデルによる結果も比較した。比較結果からわかるようにフラクタル火炎伝ぱモデルによる予混合燃焼シミュレーションはDME-空気、水素-空気のいずれの爆発現象をよく再現出来ていると言える。

比較シミュレーションでは計算格子幅を5cmでおこなったが、フラクタル火炎伝ぱモデルの適応範囲を検討するため、初期濃度が水素大規模燃焼実験のケースに対し計算格子幅を10cm、20cm、30cm、50cmと変えたケースを実施した。その比較結果として、火炎半径の時系列変化を計算格子幅5cmの結果に重ね合わせたものを図3.3に示す。いずれのケースも火炎は全体的に初期は層燃焼速度で伝ぱし、その後火炎の不安定性による自発的乱れが発生し、加速する結果が得られた。さらに、計算格子幅が大きくなるほど火炎の不安定性による自発的乱れの発生が遅くなる結果となった。これらより本研究の燃焼モデルでは、計算格子幅が20cm以下であれば爆発危険性の予測手法として妥当な解析結果が得られる事が示された。

4.爆発危険解析による安全性評価の適応事例

開発したフラクタル火炎伝ぱモデルが、爆発危険予測ツールとして妥当な結果が得られることを確認する目的で、モデルDMEスタンドの安全性を評価した。表4-1に事故シナリオ、シミュレーション条件と内容および安全性評価内容についてまとめた。DMEの漏えい・拡散および予混合燃焼シミュレーションは本研究で開発したフラクタル火炎伝ぱモデルを用いることにより、火気離隔距離および保安距離の両者について、適切な評価結果を得ることができた。

5.結論

火炎の不安定性による自発的乱れの挙動に対し、フラクタル理論を導入することによりモデル化することに成功し、マクロスケールで取り扱えるフラクタル火炎伝ぱモデルを確立した。同モデルにおけるモデル定数も大規模燃焼実験結果を用いて評価し、妥当な値を得ることができ、実用的モデルが構築できた。大規模爆発実験との比較シミュレーションを実施し、精度良く予測できることを確認できた。また、計算格子幅は20cm以下であれば十分な精度が得られ、実用性の高いモデルであることが示された。さらに、モデルDMEスタンドの安全性評価として、DMEの漏洩・爆発事故シナリオを本研究のフラクタル火炎伝ぱモデルを用いてシミュレーションをおこない、現実の問題の安全性評価手法として使用できることを実証できた。

[1] Gostintsev, Y. A., Istratov, A. G., & Shulenin, Y. V. (1988). Combust Explosions and Shock Waves, 24, 563e569.[2] 高圧ガス高圧ガス保安協会, DME燃料実用化基盤事業に関する報告書 (2005).[3] Wakabayashi, K. Nakayama, Y. Mogi, T. Kim, D. Abe, T. Ishikawa, K. Kuroda, E. Matsumura, T. Horiguchi, S. Oya, M., 2007, VOL 68; NUMB 1; ISSU 353, pages 25-28[4] V. Zimont, W. Polifke, M. Bettelini, and W. Weisenstein. J. of Gas Turbines Power, 120:526-532, 1998.[5] V. L. Zimont, F. Biagioli, and K. J. Syed. Progress in Computational Fluid Dynamics, 1(1):14-28, 2001.[6] V. L. Zimont and A. N. Lipatnikov. Chem. Phys. Report, 14(7):993-1025, 1995.

図3.1 DME大規模燃焼実験との比較結果

図3.2 水素大規模燃焼実験との比較結果

図3.3 計算格子幅の比較結果

表4-1 モデルDMEスタンドの安全性評価内容

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「数値シミュレーションによる可燃性ガスの爆発危険性解析」と題し、可燃性ガスのガス爆発時の爆発危険性予測手法を提案しており、全6章からなる。

第1章は緒言であり、研究の背景と既往の研究について述べている。研究の背景としては、可燃性ガスによる爆発事故の事故統計を示すとともに、水素やDME(ジメチルエーテル)などの今後の利用拡大についても言及し、ガス爆発の危険性評価の必要性を述べている。既往の研究については、乱流予混合火炎の既往の研究、特にモデル化についてまとめている。既往のモデルでは火炎の乱れを計算するために微小な計算格子幅が必要となり、実規模スケールの爆発現象を再現するマクロスケールの計算が困難であることを課題として示している。

第2章では、研究の目的について述べている。マクロスケールに適用できる予混合燃焼モデルを確立し、マクロスケールにおける爆発危険性予測手法を提案することを研究の目的とすることを述べている。

第3章では、予混合燃焼モデルの検討について述べている。火炎伝ぱモデルでは、自発的乱流化の主原因となる火炎の不安定性について検討している。火炎の不安定性による乱れの発生および成長は現象的にミクロスケールであることから、実規模スケールの爆発現象を再現するようなマクロスケールでのシミュレーションは既往の火炎伝ぱモデルでは非常に困難である。そこで、火炎の不安定性による自発的乱れの挙動について、フラクタル理論を導入することにより火炎の詳細構造の計算が不要なモデルを構築している。大きな計算格子幅で火炎の追跡計算が可能な反応進行度モデルにこのモデルを組み合わせることで、マクロスケールでの実用的な計算が可能なフラクタル火炎伝ぱモデルの構築を達成している。

第4章では、実スケール実験との比較検証解析について述べている。構築したフラクタル火炎伝ぱモデルの妥当性を確認することを目的とした、実スケールの大規模燃焼実験との比較検証解析結果が示されている。比較検証は、DME-空気混合気および水素-空気混合気の大規模燃焼実験に対しておこなわれ、いずれの場合もフラクタル火炎伝ぱモデルを用いた計算結果と実験結果が良く一致することが示されている。また、比較のために既往の汎用計算モデルで用いられている乱流燃焼速度式を使用して計算をおこなっており、本論文で提案したモデルの計算結果の方が飛躍的に精度が高いことを確認し、提案したモデルの優位性を示している。さらに、計算格子幅の適応範囲についても検討し、20cm以下の計算格子幅で実用的な精度の解析が可能であることを述べている。

第5章では、爆発危険性解析の安全性評価への適応事例について述べている。将来の設置が検討されているDMEスタンドの安全性評価として、DMEの漏洩、爆発事故シナリオに対して、本研究で提案しているフラクタル火炎伝ぱモデルを用いてシミュレーションをおこなった結果について述べられている。シミュレーション結果から得られた火炎到達距離などから周囲への事故時の影響の大きさが推定でき、保安距離の設定等が可能であることが示されている。このように現実の問題についても、本モデルが適用可能なことを確認している。

第6章は、総括であり、第1章から第5章の内容の要約を述べると共に、本論文においてマクロスケールで取り扱うことができるフラクタル火炎伝ぱモデルを確立し、実規模スケールに適用できる爆発危険性予測手法を提案できたことを述べている。さらに、爆発危険性予測手法としての今後の課題についても考察している。

以上のように本論文では、実規模スケールの爆発挙動の予測が可能な爆発危険性予測手法を提案している。実規模スケールでは必須となる不安定性による火炎の乱れの発生・成長現象を考慮した火炎伝ぱ挙動の予測について、フラクタル理論を適用することで、比較的大きな計算格子幅で精度良く計算可能なモデル(フラクタル火炎伝ぱモデル)を確立するとともに、大規模実験のデータとの比較をおこなうことでこのモデルの妥当性を検証している。このように本論文で得られた結果は、実規模スケールでの火炎伝ぱを予測し、爆発危険性予測・評価をおこなう上で非常に重要であり、安全工学、燃焼学、化学システム工学への貢献が大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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