学位論文要旨



No 128865
著者(漢字) 高橋,勇介
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ユウスケ
標題(和) エッジリッチなカーボンナノファイバーの調製とガス吸着特性
標題(洋) Preparation and Gas Adsorption Properties of Edge-rich Carbon Nanofibers
報告番号 128865
報告番号 甲28865
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7901号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 酒井,康行
 東京大学 准教授 小倉,賢
 早稲田大学 教授 野田,優
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

背景 カーボンナノファイバー(CNF)は発展が期待されるナノ材料の代表格であり、現在、構造の異なる4種のCNF (Tubular CNF(≒Carbon nanotube), Cup-stacked CNF (CSCNF)、 Herring-bone CNF、Platelet CNF (PCNF))が報告されている[1][2](Fig.1)。この中でもPlatelet CNFやCup-stacked CNFは反応活性に富んだエッジが多く露出しているため、エッジを利用して機能性官能基を高密度で導入できる可能性があり、吸着材、官能基担体や触媒担体などの機能性材料としての応用が期待される。近年、CNT表面に様々な官能基の修飾が試みられ、それによる化学触媒の担体や吸着材としての性能向上が報告されている[3][4][5]。上記CNFは官能基をCNTよりもはるかに高密度で表面に修飾できる可能性があり、優れた機能性材料になり得る可能性を持っている。

現在、これらのエッジリッチなCNFの有力な合成方法は化学気相成長法(CVD法)であるが、近年ポリエチレングリコール(PEG)を利用した新規合成法(本研究ではPEG熱分解法とよぶ)が報告されている[6]。これはPEGとNiCl2の混合水溶液をシリコンウェハ基板上に塗布した後、電熱炉で昇温する簡便な製法であるが、合成条件の最適化、成長メカニズム等の観点から本製法は十分に確立されていない部分が多い。以上のような背景から、PEG熱分解法による簡便・安全なCNFの合成法を確立すること、エッジリッチなCNFの官能基担体、電気材料としての応用可能性を明らかにすること、また合成法の確立から応用法の開発までを一貫して行うことは工学的に極めて有意義と思われる。

目的

(1)PEG熱分解法によるエッジリッチなCNFの合成法を確立する。具体的にはエッジリッチな3種のCNF(Platelet CNF、Herring-bone CNF、Cup-stacked CNF)の合成条件を明確化し、これらの作り分けのメカニズムを解明する。

(2)エッジリッチな CNFに官能基を高密度で修飾できることを実験的に証明し、ガス吸着特性を明らかにする。

2.実験

2-1 エッジリッチなCNFの選択的合成法

PEGとNiCl2の混合水溶液をシリコンウェハ基板上に塗布し、ホットプレートで一定時間乾燥した。この後、この基板を窒素雰囲気下で電気管状炉を用いて750℃まで昇温し、基板上にCNFを成長させた。なお、CNFの合成条件は、混合水溶液中のNiCl2/PEG比とシリコンウェハに塗布した後の乾燥時間を変化させた。また、昇温工程は2つの条件を試みた。作成したCNFサンプルSEMおよびTEMで構造を観察した。

2-2 エッジリッチなCNFの合成メカニズムに関する研究

2-1と同様の手法でCNFを合成する際にその合成メカニズムを検討するため、合成の各段階における基板上の触媒組成や外観、堆積カーボンの状態をSEM-EDSおよびTEM-EDSによって観察するとともに、PEGの熱分解で生成するガスの分析をMSおよびGCでおこなった。

2-3 エッジリッチなCNFの官能基担体の作製とそのアンモニア吸着特性の解明

エッジリッチなCNFの官能基担体としての応用を検討するため、市販PCNFとPEG熱分解法で作製したCSCNFに1000ppmオゾンまたは13N硝酸によって酸化処理を施した。含酸素官能基量を測定するためにTPD法を、BET比表面積を測定するために77Kでの窒素吸着を行い、単位比表面積当たりの官能基修飾量を評価した。また、CNFの吸着性能を重量法吸着装置によるアンモニアおよび水の吸着等温線作成によって測定した。

3.実験結果と考察

3-1 エッジリッチCNFの選択的合成法(PEG熱分解法)

実験条件の調整によってPlatelet CNF、Herring-bone CNF、Cup-stacked CNFの3種のエッジリッチなCNFを選択的に作製することに成功した。また、合成条件とCNF種の関係をFig.2-3に整理した。生成物に影響を与える主な合成条件は主に以下の4因子であることがわかった。

(1)PEG/NiCl2比率

(2)混合水溶液をシリコン基板上に塗布した後の乾燥時間

(3)乾燥したPEGを室温に戻し一度凝固させる/させない

(4)電気管状炉の昇温速度

3-2 PEG熱分解法における成長メカニズムの考察

ここで成長機構を明らかにするため、合成過程の各段階においてシリコンウェハ基板上のカーボンの状態を観察した結果、固相カーボン、気相の炭素含有ガスのどちらもCNFの炭素源となる可能性があるとわかった[8,9]。そこで本合成法におけるCNFの炭素源について特定することを試みた。PEGの熱分解で生成するガスは種類が多い[7]ので、MSによって主要なガス種を同定し主な3種についての定量を行った(CO, CH4, CO2)。COとCH4はCVDにおいても良く使用される炭素源ガスであり、これらが炭素源としてCNFが成長する可能性は十分に考えられる。そこで固相/気相カーボンどちらかだけが炭素源として反応器内に存在する場合にCNFが成長可能かどうかを検討した結果、固相カーボンだけではCNFは成長できず、PEGの熱分解によって生じる炭素含有ガスがCNF成長の炭素源であるとほぼ特定された。

次に3種のCNFの作り分けのメカニズムであるが、CVD法において、既触媒微粒子のサイズや形状が生成するCNFの種類に大きな影響を及ぼすことが既往の研究で指摘されている[10]。そこでPCNF、CSCNFの合成過程の各段階においてSEM-EDSおよびTEM-EDSによる解析の結果、400℃のPEG熱分解以降に発生するアモルファスカーボンの堆積が触媒微粒子のサイズ制御に影響を与えていることが明らかになった(Fig.4)カーボン堆積量の変化によって100nm程度に制御されたNi触媒からはPCNFが根本成長機構[11]で成長し、一方30nm程度に制御されたNi触媒からはCSCNFが先端成長機構によって成長していることが明らかになった。

3-3 エッジリッチなCNFの官能基担体としての応用-含酸素官能基の修飾とアンモニア吸着の促進-

エッジリッチなCNFの官能基担体としての応用について検討するため、PCNFとCSCNFに各種酸化処理を施し、含酸素官能基を表面に修飾した。TPD法によって含酸素官能基量の評価を行ったところ、オゾン処理、硝酸処理を行うことによって大幅に含酸素官能基量が増大した。また、硝酸処理PCNFを観察したところ黒鉛構造が部分的に破壊されていた(Fig.5)。一方でオゾン処理ではPCNFの黒鉛構造が破壊されることなく保持されていた。また、黒鉛構造が破壊されたことに起因していると思われるが、硝酸処理によりPCNFのBET表面積と細孔容積は2倍以上に増大した。一方で、オゾン処理でそれらに大きな変化は見られなかった。以上から酸化剤としてより強力な硝酸処理のほうが総量としてより多くの含酸素官能基を修飾できるが、これはCNFの特長である均一なナノオーダーの黒鉛積層構造を損なうものであり、エッジリッチなCNFの含酸素官能基の修飾にはオゾン処理が適していることがわかった。CSCNF、PCNFは単位BET表面積あたりに対してCNTや活性炭[12]に比べて単位表面積当たりの含酸素官能基量が高く、エッジリッチなCNFは表面に高密度で官能基を修飾可能なことがわかった。

次に含酸素官能基を修飾したエッジリッチなCNFのアンモニア・水蒸気吸着特性を調べた結果、オゾン処理によってPCNFの吸着量が著しく増大することがわかった(Fig.6)。前述のようにオゾン処理によってBET比表面積、細孔容量ともにほとんど変化しないことから、吸着量の増大は含酸素官能基とアンモニアの特異的な相互作用によるものと考えることができる。この相互作用は吸着熱の算出結果(Fig.7)から水素結合が主な作用であると分かった。以上からエッジリッチなCNFの官能基担体としての応用を検討し、利用分野の検討は十分にできていないものの、これらが有望なナノ材料であることを示した。

4.結言

PEG熱分解法による3種のエッジリッチなCNF(Platelet CNF、Herring-boneCNF、Cup-stacked CNF)の合成方法を確立した。本製法では、PEGの熱分解によって発生した炭素含有ガスがCNFの炭素源となっている。合成初期においては触媒粒子は直径数nm程度の微粒子として存在するが、アモルファスカーボン堆積を伴って合成過程が進むにつれ触媒の合一が進行する。これが最終的な触媒粒子の形状とサイズに大きな影響を与え、最終的なCNF作り分けにとって最も重要であることを明らかにした。

エッジリッチなCNFのガス吸着特性を検討し、これらが非常に有望なナノ材料であることを示した。具体的には、エッジリッチなPCNFの表面に含酸素官能基を高密度にかつ黒鉛積層構造を破壊することなく導入することが可能なことを実験的に証明した。

[1]M. Endo et al. 繊維と工業 vol.59, No.12 (2003)412-416、[2]M. Endo et al. 繊維と工業 vol.60, No.6 (2004)260-265、[3]A. Solhy et al. Carbon 46, 1194-1207 (2008)、[4] T.J. Zhao et al. Topics in Catalysis 45(1-4) 87-91 (2007)、[5]Wang et al. Journal of Colloid and Interface Science 316, 277-283 (2007)、[6]Huang CH, Li YY. J. Phys. Chem. B vol.110 No.46 (2006) 23242-23246、[7] Kent J. Voorhees et al. Journal of Analytical and Applied Pyrolysis 30 (1994) 47-57、 [8] A. Gorbunova , O. Josta, W. Pompea, A. Graffb. Solid?liquid?solid growth mechanism of single-wall carbon nanotubes. Carbon 40 (2002) 113-118、[9]A. Madronero. Possibilities for the vapour-liquid-solid model in the vapour-grown carbon fiber growth process. J. Mat. Sci. 30(1995)2061-2066、[10]A. Tanaka et al. Carbon 42(2004)1291-1298、 [11] J. Gavilleta, A. Loiseaua et al. Microscopic mechanisms for the catalyst assisted growth of single-wall carbon nanotubes. Carbon 40(2002) 1649-1643、 [12] C. Afuilar et al. App. Cat. B 2003; 46: 229-237
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Preparation and Gas Adsorption Properties of Edge-rich Carbon Nanofibers(エッジリッチなカーボンナノファイバーの調製とガス吸着特性)」と題し、ポリエチレングリコール(PEG)熱分解法によるエッジリッチなカーボンナノファイバー(CNF)の合成手法の確立、成長機構の解明、ならびにそのガス吸着特性の解明までを一貫して行なったものであり、全5章からなる。

第1章は緒論であり、まずカーボンナノチューブならびに種々のCNFに関する既往の研究を広範囲に調査した上で、Platelet CNF(PCNF)、Cup-stacked CNF(CSCNF)、Herring-bone CNF(HBCNF)などの代表的なエッジリッチなCNFの構造的特徴、材料特性、応用法の現状と課題を整理している。その結果、エッジリッチなCNFは優れた官能基担体として吸着剤や触媒等への応用が期待されているものの、現状の主要な合成法である化学気相成長法(CVD法)で合成されるCNFよりも、より径の小さいCNFを合成することが望まれると結論づけ、その有望な方法のひとつとしてPEG熱分解法に着目している。しかし、PEG熱分解法については種々のエッジリッチなCNFの詳細な構造や選択的合成法などが未だに明らかとなっていないことから、本論文の目的を、PEG熱分解法によるエッジリッチなCNFの合成手法の確立、成長機構の解明、そして応用の基礎となるガス吸着特性の解明であるとし、本論文の構成を示している。

第2章では、PEG熱分解法において、PCNF、CSCNFおよびHBCNFの3種のエッジリッチなCNFの選択的合成法を実験的に確立させるとともに、本法によって合成されたCNFの構造的特性を詳細に検討している。その結果、選択的合成の支配因子が、PEGと塩化ニッケルの重量比、PEG水溶液の乾燥時間、乾燥後の冷却の有無、CNF成長時の昇温速度の4項目であり、これらを適切に組み合わせることで3種のエッジリッチなCNFの選択的合成が可能であることを示している。さらに、本法によって合成されたPCNFおよびCSCNFは、CVD法等の従来法で合成されたCNFよりも小さい径を持つことを示し、本法は複数のエッジリッチなCNFを簡便に合成することが可能であることから、より応用分野の広いCNFを提供することのできる有望な合成法と結論づけている。

第3章では、PEG熱分解法におけるCNFの成長機構の解明を目的として、触媒粒子の形成過程を詳細に検討している。その結果、本法においては基板上に堆積するアモルファスカーボンが触媒粒子の形成過程に重要な役割を有することを見出し、この点が本法とCVD法との根本的な相違点であると結論づけている。具体的には、本法では昇温に伴って触媒粒子は凝集して径が大きくなるが、低温段階(400~600℃)でPEGの熱分解により発生する気体に含まれる炭素が基板上にアモルファスカーボンとして堆積することにより、当該凝集を抑制することを見出し、昇温速度、触媒粒子径、アモルファスカーボン堆積量の関係に関して定量的な考察を加えている。また、本法におけるPCNFの成長機構は、CVD法で一般的な1つの触媒粒子が先端となって1本のCNFが成長する、いわゆる「先端成長機構」とは異なり、触媒粒子を足場に複数のCNFが成長する機構であることを明らかにし、この成長機構が本法において比較的径の小さいPCNFが成長する主たる要因であると結論づけている。

第4章では、エッジリッチなCNFの吸着剤としての応用の第一歩として、オゾン処理によってCNF表面に含酸素官能基を高密度修飾した吸着剤を試作し、アンモニアと水蒸気の吸着特性を詳細に検討している。その結果、本法によって合成されたPCNFおよびCSCNFの単位BET表面積あたりの含酸素官能基量は、活性炭素繊維などの既存の炭素系吸着剤に比べて、2倍以上の高密度にすることが可能であることを実験的に明らかにしている。特にアンモニア吸着に関しては、相対圧が0.1以下の圧力域においては、表面含酸素官能基に対する特異的吸着が支配的であり、その結果、吸着容量は官能基密度に比例することを明らかにしている。さらに、吸着熱に関して詳細な検討を加えることで、アンモニアの吸着は、アンモニア分子と表面含酸素官能基の間の水素結合に支配されると推察している。そして、エッジリッチなCNFは、機能性官能基による高密度な表面修飾が可能な官能基担体であり、この特長を生かした特異的吸着剤としての応用に極めて有望であると結んでいる。

第5章は結論であり、本論文の内容を総括した上で、今後の研究課題の整理と将来展望を行っている。

以上要するに本論文は、エッジリッチなCNFの新規な合成法を確立し、その方法によって合成されたCNFの吸着剤としての応用の方向性までを提示したものであり、工学的に高い価値を有し、吸着工学および化学システム工学への貢献は大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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