学位論文要旨



No 128867
著者(漢字) 岡崎,朋彦
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,トモヒコ
標題(和) 抗ウイルス生体防御を司るシグナル伝達の解析
標題(洋)
報告番号 128867
報告番号 甲28867
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7903号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

高等哺乳動物は、ウイルスの感染の初期においては自然免疫系を用い、後期においては獲得免疫系を用いてウイルスに対抗する。自然免疫応答の中でも特に中心的な役割を担うのが、液性因子I型インターフェロン(IFN)を介した応答である。IFNは細胞にウイルス複製を制限する活性を与え、"抗ウイルス状態"へと導く。このIFN応答は抗ウイルスの生体防御に必須であることが示されているものの、その制御機構にはまだ未解明な点が多く残されている。また、抗ウイルスの生体防御には、IFN 産生とは別に感染細胞が細胞死を誘導する機構が知られている。これは、感染細胞を取り除くことで感染拡大を抑制できるからであると考えられている。しかしながら、ウイルス感染がいかなるメカニズムで細胞死を誘導するのかは分かっていない。本研究では、ウイルス感染によってIFN-βが産生される機構(II章)と細胞死が誘導される機構(III,IV章)について解析を行い、新たなシグナル伝達経路を明らかにした。更に、この二つのストラテジーの使い分け機構を見出した(III,IV章)。

II. ウイルス感染によるIFN-β産生機構

非免疫系の細胞におけるIFN応答においては、IFN-βが主に発現誘導される。MAPKのp38/JNK経路の活性化がIFN-β産生に必須であることがこれまで示されているにも関わらず、ウイルス感染、dsRNA刺激時にいかにしてp38/JNK経路が活性化するかについては分かっていなかった。そこで本研究では、ウイルス感染、dsRNAによるMAPK経路の活性化メカニズムの解明を目的とし、それを通じてIFN-βの発現制御機構の解明を試みた。

細胞内に侵入したウイルス由来のRNAやdsRNAを認識するRNAセンサーとしてはRIG-I様受容体(RLR)のRIG-I、MDA5が知られている。RNA干渉法(RNAi)を用いて、まずdsRNAによるp38/JNK経路の活性化において、RLRとその下流のアダプター分子:IPS-1が関与しているかを検討し、その関与を見出した。MAPKが活性化する際には、MAPKKK、MAPKKによるキナーゼカスケードを介することが広く知られている。そこで、IPS-1の下流で働くMAPKKKの候補として、ASK1という分子に注目した。すると、dsRNA刺激やウイルス感染、IPS-1の過剰発現によってASK1活性化の指標であるThr838(ヒト)のリン酸化が上昇することが分かり、dsRNA刺激、ウイルス感染時にASK1が活性化する可能性が示唆された。次に、IFN-β産生に対するASK1の必要性を検討した。ASK1のノックダウンにより、ウイルス感染、dsRNA刺激によるIFN-βの転写量が顕著に減少し、p38/JNK経路の活性化が抑制されることが分かった。更に、ASK1がウイルス感染の拡大を防ぐのに必要かどうかを検討するため、ウイルス感染の拡大をモニターする系としてGFPをコードしたセンダイウイルス:SeV-GFPを用いた。SeV-GFPを感染させ48時間後に観察すると、野性型由来のMEFに比べASK1 KO由来のMEFではGFP陽性細胞が著しく増加していた。このことは、ASK1がウイルス感染の拡大を防いでいることを示している。以上の結果より、ASK1はRLR経路の新たな構成因子であり、IFN-βの産生を介してウイルス複製を制限する必須の分子であることが示唆された。

本研究によって、ウイルス感染及びdsRNA刺激におけるMAPKの活性化経路が明らかになり、IFN-βの転写制御機構の重要なメカニズムの一端が明らかになった。更に、MAPKKKであるASK1のIFN産生における関与を新たに見出した。

III. ウイルス感染による細胞死の誘導機構(その1)

近年の研究によって、RLRがウイルス感染による細胞死にも必要であることが明らかになっている。しかしながら、その下流でどのように細胞死が誘導されるかは分かっていない。本研究によってウイルス感染によってASK1が活性化することが明らかになったことと、ASK1が様々なストレスによる細胞死を仲介するという先行研究より、ウイルス感染による細胞死においてもASK1が重要なのではないかと考え、その必要性について検討した。

すると、ASK1の RNAiによってdsRNA刺激による細胞死が抑制されることがわかった。次に、細胞がASK1を介したIFN産生と細胞死をどのように使い分けているのかを検討することにした。そのメカニズムを考える上で、ASKファミリーのASK2に注目した。ASK2は近年同定されたASKファミリーであり、ASK1とヘテロオリゴマーを形成することでASK1を介した応答を制御することが報告されている。そこで、RNAiによってASK2がIFN-βの産生と細胞死誘導に関与するか検討した。すると、dsRNA刺激によるIFN-βの誘導は、ASK2のRNAiによってわずかながら上昇し、一方で細胞死は抑制されることが分かった。以上より、ASK1/ASK2へテロオリゴマーは、dsRNA刺激による細胞死の誘導に選択的に寄与することが示唆された。また、ASK2を過剰発現した細胞においては、dsRNA刺激によるカスパーゼの活性化が強く亢進している一方で、IFN-βの転写誘導に関しては亢進がみられなかった。これらの結果は、ASK2の発現量が感染細胞の死を誘導するかどうかを決める要因であることを示している。

本研究により、ウイルス感染、dsRNA刺激によって誘導される細胞死の誘導において、ASKファミリーのASK1とASK2が必須の役割を果たしており、更にASK2がIFN産生と細胞死の使い分けに寄与していることが明らかになった。組織においてユビキタスに発現するASK1とは異なり、ASK2は上皮組織に選択的に発現していることが知られている。従って、ターンオーバーの早い上皮組織においてはIFN産生に加えASK2を介した細胞死の誘導が、一方の心臓や脳といったターンオーバーの遅い非上皮組織においては主にIFN産生によってウイルス感染に対抗しているのではないかと考えている。

IV. ウイルス感染による細胞死の誘導機構(その2)

IPS-1はIFN産生、そして細胞死の誘導といった多彩な機能を介して抗ウイルス応答に貢献するが、IPS-1の活性がどのように制御されているのかは分かっていない。本研究では、IPS-1の翻訳後修飾に注目し、IPS-1の新規翻訳後修飾:γ-カルボキシル化を見出した。そして、その翻訳後修飾がIPS-1の機能制御に関わる可能性について検討した。

蛋白質のγ-カルボキシル化は、唯一の修飾酵素であるγ-カルボキシラーゼ(GGCX)によって触媒される翻訳後修飾の一つである。IPS-1がGGCXによるγ-カルボキシル化を受けるのであれば、細胞内において両者の結合が観察されると考え、293T細胞を用いて免疫沈降実験を行った。すると、過剰発現したIPS-1とGGCXが共沈されることが分かった。次に、LC-MS/MSで検出されたIPS-1のγ-カルボキシル化がウエスタンブロッティングでも観察されるかを、汎Gla化抗体を用いて検討した。すると、293T細胞に過剰発現したIPS-1が汎Gla化抗体によって認識されることが分かった。従って、細胞内でIPS-1がGGCXによってγ-カルボキシル化を受けている可能性が強く示唆された。

続いて、γ-カルボキシル化サイトにアラニン変異を導入した変異体IPS-1 4Aの機能を検討した。IPS-1の過剰発現によってIFN-β産生に必要な転写因子:IRF-3やp38/JNKのリン酸化が上昇することが、我々や他の研究によって明らかになっている。しかしながら、変異体IPS-1 4Aの過剰発現はIRF-3やp38/JNKのリン酸化には全く影響がないが、カスパーゼの活性化を著しく亢進させることが分かった。次に、γ-カルボキシル化がdsRNA刺激による細胞死に対し何らかの役割を果たすのかを調べるため、GGCXのノックダウンを行った。すると、ヌックダウンしたHeLa S3細胞においては、dsRNA刺激によるカスパーゼの活性化が亢進することがわかった。また、293T細胞において、IPS-1の過剰発現によるカスパーゼの活性化は、GGCXの共発現によって抑制されることがわかった。一方で、IPS-1 4Aの過剰発現によるカスパーゼの活性化はGGCXの共発現ではほとんど抑制されなかった。以上の結果より、GGCXによるγ-カルボキシル化を介した細胞死の抑制効果は、IPS-1のγ-カルボキシル化を介している可能性が強く示唆された。

本研究により、抗ウイルス応答において重要な働きを担うIPS-1において、翻訳後修飾を介した機能の切り替えが行われている可能性が示唆された。IPS-1はウイルス感染によるIFNの産生と細胞死の両方を制御する必須の分子であることが知られていたが、その活性化制御はこれまでほとんど分かっていなかった。従って、今回IPS-1の翻訳後修飾を介した活性制御機構を見出したことは、新しくかつ重要であると思われる。

V.結言

本研究によって、自然免疫において重要な役割を担うIFN産生と細胞死誘導の新たなメカニズムが明らかになった。更に、その二つの抗ウイルスストラテジーの使い分けの分子的詳細を明らかにした。これらの知見は、自然免疫系の理解と生物の恒常性維持のメカニズム解明に対する貢献のみならず、抗ウイルス治療法の開発に対する新たな基盤となるのではないかと期待している。

審査要旨 要旨を表示する

高等哺乳動物は、ウイルスの感染の初期においては自然免疫系を用い、後期においては獲得免疫系を用いてウイルスに対抗する。自然免疫応答の中でも特に中心的な役割を担うのが、液性因子I型インターフェロン(IFN)を介した応答である。IFNは細胞にウイルス複製を制限する活性を与え、"抗ウイルス状態"へと導く。このIFN応答は抗ウイルスの生体防御に必須であることが示されているものの、その制御機構にはまだ未解明な点が多く残されている。また、抗ウイルスの生体防御には、IFN 産生とは別に感染細胞が細胞死を誘導する機構が知られている。これは、感染細胞を取り除くことで感染拡大を抑制できるからであると考えられている。しかしながら、ウイルス感染がいかなるメカニズムで細胞死を誘導するのかは分かっていない。そこで本研究では、ウイルス感染によるIFN産生と細胞死の誘導機構の解明を目的とした。

第一章では、ウイルス感染によるIFN-βの転写誘導機構の解析を行った。MAPKのp38/JNK経路の活性化がIFN-β産生に必須であることがこれまで示されているにも関わらず、ウイルス感染時にいかにしてp38/JNK経路が活性化するかについては分かっていなかった。本研究では、ウイルスRNAセンサーであるRIG-I様受容体(RLR)が関与することを見出し、更にその下流としてMAP3KのASK1がp38/JNK経路の活性化に重要であることが明らかになった。実際、ASK1欠損細胞を用いた実験により、ASK1がウイルス感染によるIFN-βの転写誘導やウイルス防御に必須の役割を果たすことが判明した。従って、ウイルス感染によるMAPKの活性化経路が明らかになり、IFN-βの転写制御機構の重要なメカニズムの一端が明らかになった。

第二章では、ウイルス感染による細胞死誘導機構の解析を行った。ウイルス感染によってASK1が活性化することが判明したことと、ASK1が様々なストレスによる細胞死を仲介するという先行研究より、ウイルス感染による細胞死に対するASK1の関与を検討した。すると、RNA干渉法によりASK1がウイルス感染による細胞死にも重要であることが判明した。次に、RNA干渉法や過剰発現によってASK1を介したIFN産生と細胞死の使い分け機構を検討することで、ASK1の制御因子ASK2がその使い分けに関与することを見出した。組織においてASK1とは異なり、ASK2は上皮組織に選択的に発現していることが知られている。従って、上皮組織においてはASK2を介した細胞死の誘導が、一方の非上皮組織においては主にIFN産生によってウイルス感染に対抗している可能性が示唆された。

第三章では、抗ウイルス応答分子IPS-1の機能制御機構について解析した。IPS-1はIFN産生、そして細胞死の誘導といった多彩な機能を介して抗ウイルス応答に貢献するが、IPS-1の活性がどのように制御されているのかは分かっていない。本研究では、ASK1/ASK2を介したIPS-1の翻訳後修飾に注目し、IPS-1の新規翻訳後修飾カルボキシル化を見出した。そして、点変異の導入やカルボキシル化の阻害によって、カルボキシル化がIPS-1のIFN誘導能と細胞死誘導能を切り替えている可能性が示唆された。

以上のように、申請者は自然免疫において重要な役割を担うIFN産生と細胞死誘導の新たなメカニズムを解明した。更に、その二つの抗ウイルス機構の使い分け見出し、その分子的詳細を明らかにした。様々なウイルスが抗ウイルス応答分子の働きを抑制することが知られており、ASK1もIPS-1もその標的であることが知られている。また、自己核酸によって引き起こされる多くの自己免疫疾患の発症に、過剰なIFN産生が原因となっていることも判明している。この為、本研究の成果はウイルス感染や自己免疫疾患に対する新たなターゲットを提案し、実際に薬剤を創成する上で医学・薬学・工学分野に貢献するものである。

また、RNAiの臨床応用には核酸導入に伴うIFN応答や細胞死の抑制が課題となっている。従って、本研究はRNAi技術開発や医療分野に貢献できると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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