学位論文要旨



No 128870
著者(漢字) 小関,珠音
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,タマネ
標題(和) 企業提携の変容と市場創造に関する影響 : 有機EL分野における事例研究
標題(洋)
報告番号 128870
報告番号 甲28870
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第7906号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 准教授 鎗目,雅
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,産業基盤の形成期において,日本企業が従来競争力の源泉としてきた垂直統合とは異なる形態の企業提携を活用している現状を解明し,今日の競争環境下において,企業提携を活用して産業形成に必要な経営資源を獲得するプロセスについて考察した。

第一章では,研究課題を提示した。有機EL分野では,液晶産業とは大きく異なり,各企業が独自の戦略に基づいて締結した企業提携によって,さまざまな市場が創造される途上にある。そこで本論文では,なぜ日本企業は有機EL分野において,産業基盤を形成する時期から,垂直統合以外の企業提携を締結したのか,またどのような企業提携の態様が活用され,どのようにその成果が産業基盤の形成に寄与したのかという研究課題を設定した。

第二章では,関連する先行研究を検証した。特定の企業戦略を実現するために他社と提携する行為については,戦略的提携という概念を用いた先行研究が多数ある。戦略的提携の概念には,契約による提携と資本提携の双方を含むが,資本提携では,提携する企業が互いに独立した組織体制のもののみを対象とし,事業買収・企業買収・合併など一方が他方を支配する形態は含まれない。一方,有機EL産業では,買収・合併が多様に活用されていることから,本論文では,その定義に買収・合併を含めて議論を進めた。

企業は,新産業を形成するために,既存組織に内在する組織能力では不十分であると判断するとき,他社と提携し,補完的経営資源を調達することを検討する。このことは,資源ベース理論により説明が可能である。特定の技術開発力を主要な経営資源とする企業が他社と提携する動機は,市場から入手できない経営資源を補完するために締結すると考える資源ベース理論による解釈が可能である。

企業提携の効果を発揮するためには,提携の目的・範囲,提携形態及びガバナンス構造を適切に定め,継続的・効果的な組織の学習によって,既存の資源を革新し,新規資源を開発する必要がある。そこでは,事業の進展に応じて,提携関係を進化させる必要がある。これについては,ダイナミック・ケイパビリティ論で説明が可能である。このとき,経営者が,どのような経営資源を調達するべきか,どのようなガバナンス構造を持った提携とするかを決定するために,企業経営者としての革新能力が必要となる。提携の成果として知識が創造され,産業を形成する可能性が認められるのであれば,企業価値が向上する。これらの観点を総合して企業提携の実施プロセスを提示し,有機EL分野における事例研究の分析フレームワークとした。

この分析フレームワークでは,従来の組織連携の概念に含まれない下記の二つの論点を提示した。一つの論点は,新規事業を展開するための経営資源の補完を目的とする買収・合併取引の活用である。もう一つは,経営環境の変化に応じて,連携パートナーや連携形態を適切に変化させるプロセスである。とりわけ資本提携を含む企業提携には,企業経営者の意思決定が重要となる。

この構成要素によって設計された企業提携は,従来の日本企業の意思決定メカニズムとは異なる構造と機能を有する。まず,垂直統合のように,研究開発,製造,販売といったバリューチェーンの全てを自社に取り込む結果になるとは限らない。経営環境の変化に応じて,かつ事業の内容に応じて,合弁会社,買収・合併を含め他社との提携を実行する。一般的に,買収・合併の意思決定は,企業では財務部門が主導権を握るが,このモデルにおいては,研究開発の視点が加わり意思決定を行うところに違いがある。

第三章から第五章までは,上記の理論的考察について,有機EL産業の企業提携の軌跡を事例として取り上げ,事例分析と計量分析を行った。事例分析の結果,企業提携の全体傾向として,以下の特徴が判明した。まず,各年毎に企業提携の提携数を計測すると,有機ELパネルを用いたデジタルカメラ及び携帯電話の販売が開始された2002年,有機ELテレビが販売された2007年に企業提携数が多い。サムスン製の有機ELパネルを用いたスマートフォンの市場が拡大した2010年以降は,新規の企業提携件数の伸びは観測されないが,照明分野への参入を視野にいれた企業提携が締結されている。そこで,2002年前後を第一次再編,2007年前後を第二次再編,2009年前後を第三次再編と類型化した。第一次再編では,異業種同士の契約提携が多く,第二次再編では同業種・資本提携が多い。第三次再編では,個別に戦略合わせた企業提携を締結している。

産業別分析では,化学・石油,電機電子(製造装置),電機電子(ディスプレイ)とも,買収・合併の事例が多く観察された。特徴的であったのは,化学・石油産業の企業で米国,韓国との企業提携があること,製造装置を開発する企業には,企業提携の主導権を握る企業があり,製造装置がディスプレイ・照明の最終製品を開発する企業からの制約を受けず,販売を拡大する可能性があること,家電業界では業界再編が発生したことである。また,上市を達成した企業は,買収・合併を積極的に利用しており,経営環境の変化に応じて企業提携を変化させている。企業提携を解消した事例からは,事業もしくは企業を売却したものの,開発された技術などの経営資源は,新しく組成した提携企業との共同開発などによって活用されていることが確認された。

ただし,どの形態であっても,知識創造効果及び企業価値の向上が認められないものは,企業提携の成果を上げることができず,形態の選択が企業提携の成功要因となるものではない。そこで,第四章,第五章では計量分析を用いて,この点について検証した。

第四章では,知識創造活動について,特許データを用いて計量的に考察した。企業提携による知識創造量の量的変化及び質的変化によって,企業がどのように経営資源を補完したのかを確認することが可能である。企業提携の提携前後の比較からは,企業提携を締結した企業は知識創造量が増加したことが判明した。提携目的別(研究開発/製造/販売)の分析からは,製造及び販売に関する提携と比較すると,研究開発の提携に関する知識創造量の増加が顕著であることが示された。

次に,提携前と提携後の出願する技術領域の変化を計測した。有機EL分野では,異なる技術分野の開発に携わる企業が互いの知識を共有し共同開発を実施しているが,パートナー企業との技術分野の差異は,提携前に比べてより多様化した,すなわち企業提携の後にはより自社の専門性に特化したことが判明した。この分析対象の企業提携を個別に観察すると,異業種間の提携において,各々の専門領域を強化する傾向が強いことが判明した。

第五章では,株価データを用いて提携を実施した企業の株価効果を検証した。検証の結果,株式市場は全体として有機EL分野で提携をした企業を評価した。提携の目的(研究開発・製造・販売)・提携の範囲(開発対象とする製品)による株式市場の反応の差異に着目した分析では,株式市場が製造を目的とする提携を高く評価したことが判明した。これは,株式市場が製造を目的とする企業提携が企業価値の向上に結び付くと評価したことによる。また,研究開発の対象となる技術の複雑性による企業価値効果への影響をみると,大型ディスプレイ及び照明への実用化のために必要な高度の複雑性を持つ技術に関する研究開発への評価が確認された。

本論文における分析結果を俯瞰すると次の示唆が得られる。企業提携の変容をもたらしたのは,アジア企業の台頭,競合となる液晶産業の予想外の展開,そして,技術特性により素材企業がモジュール,デバイスを製造・販売するようになったことである。この変化は,各企業に企業戦略の見直しを迫り,それに応じて,提携形態を変更するなどの提携企業間の関係性の調整が必要となった。買収・合併を選択する企業が増えたが,効果的に実施するためには,経営者の革新能力が求められる。液晶産業との競争の結果,不採算で撤退する企業が事業や企業売却に至るなど,不可避的な企業提携が締結されたことは,逆説的に産業構造を整備する契機となった。

また,他社と提携した企業は,提携後の知識創造量が増加しており,株価効果もみられている。特許分析からは,企業提携後に,各社が自社の専門に特化する傾向があり,株式市場が大きな市場を確保する可能性のある企業提携を評価したことが明らかとなった。自社の専門性に特化した研究開発を実施するのであれば,企業提携による経営資源の補完を継続する必要がある。より大きな市場を創造するために企業提携が有効であるならば,最大限活用するべきである。ただし,効果が現れない企業提携には株式市場が評価をしないため,企業は提携に関する経験を積み,新しい能力を開発しつつ,最適な提携形態・提携関係を導き出す必要がある。

多様な企業提携の選択肢が存在することは,多様な市場創造の可能性をもたらす。企業提携による関係性の進化,提携の変容は,研究開発から市場への経路の創造と位置づけられ,市場創造の可能性を模索するプロセスを自ら発掘することを意味する。これらの分析結果を踏まえ本論文では,各企業が,適切な提携相手と適切な提携関係を構築し,経営環境の変化に応じて関係性を維持・管理することにより,多様な市場の創造が可能となることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、有機EL分野において日本企業がどのように企業提携を展開しているか観察し、日本企業の従来からの提携パターンと比較して、近年、先端素材分野においてどのように企業提携が変容をとげているか、明らかにした。次に、同分野における企業提携が企業の市場創造に与える影響に関して、企業の製品上市を目指した戦略展開とその実績に関する事例分析、また、その知識創造と企業価値に関する定量分析によって検討を進め、分析結果を企業経営に関する経済/経営理論から考察することによって包括的な見地からの結論を示し、加えて、その経営含意を明らかにした。

第一章では、本研究の研究課題を設定し、その経済、また、経営的な背景を明らかにした。日本においては、従来,セットメーカーが製品の市場創造に対して主要な役割を果たしており,部品,また,素材企業はセットメーカーと安定的な提携関係を築くことにより,最終市場の拡大とともに産業発展を実現してきた。しかし、有機EL分野においては、日本企業は、産業形成の初期段階に多様な外国企業と提携し、しかも、その提携形態は、共同研究開発など伝統的な戦略的提携の枠を越えて、買収・合併等の資本提携に及んでいる。企業提携の変容の背景には、市場創造を目指す企業の経営戦略の変化があり、同分野では、企業が戦略的提携によって相対的に低いリスク負担で経営資源を調達することに加え、製品化の実現のための経営革新を目指し、買収・合併によるガバナンスの一元化が選択された可能性を示した。

第二章では、企業提携に関する先行研究を調査し、本研究の分析フレームワークを設定した。有機EL分野においては,企業が戦略的提携によって自社に不足する経営資源を補完するのに加え、提携相手を変更し契約による提携を資本提携に変更するなど,企業提携の形態は多様でありダイナミックに変化する。本研究は、企業が実施する戦略的提携と企業の買収・合併活動を包括的に説明する分析フレームワークを設定し、そのフレームワークを用いて発生する企業活動がどのような形で説明できるか、その可能性を資源ベース理論とダイナミック・ケイパビリティ理論によって示した。

第三章では,同分野における企業提携の展開と構造をさまざまな視点から明らかにし,次に、企業提携の製品上市に与える影響に関して考察した。日本企業は,その経営戦略に応じて買収・合併を含む一連の資本提携を実施するなど,さまざまな形態の企業提携を幅広く展開しており,その提携パターンは,日本企業の従来からの提携パターンと比較して大きく変容している。同分野において製品上市を目指す企業の提携実績をみると、企業は,同分野への参入時において戦略的提携によって必要な経営資源を補完し,その後,経営環境の変化に対応して買収・合併を含む資本提携を戦略的に利用する傾向が認められた。株式市場が研究開発に将来価値を見出した技術の複雑度が高いディスプレイ分野では,セットメーカー間に戦略的な事業の買収・合併が発生し,石油・化学産業の有力企業は,社業の脱石油化を目指して積極的な買収・合併を実施している。

第四章では,同分野で出願された特許データを用いて,企業提携が企業の知識創造に与える影響について定量分析した。提携によって企業の知識創造量は増加し、知識創造は研究開発を目的とした企業提携によって推進され,企業が提携以前に構築していた知識基盤が企業におけるその後の組織学習を促進する。提携企業がその他の企業より活発に知識を創造したことは,企業提携が有機ELの産業形成のために有効に機能したことを示す。企業提携が企業の技術領域に与える影響をみると,一般的に、提携企業が提携相手の技術知識を取り込み関与する技術領域を類似させるかわりに,従来、その企業が専門としてきた技術領域において技術水準を高度化する傾向が認められた。

第五章では,同分野の企業提携が企業価値に与える影響を,イベント・スタディー手法により検証した。企業提携をイベント日とする株価の平均累積異常リターンは1.94%であり、株式市場は,一般的に、同分野における企業提携を積極的に評価していることが判明した。提携目的別に提携効果をみると,研究開発や販売を目的とする企業提携よりも,製造を目的とする企業提携が高く評価されており、研究開発を目的とする提携に関する評価は消極的であった。さらに、研究開発目的の提携に提携範囲として製品市場を加えて分析すると、株式市場は、複雑度の高い技術特性を有する製品市場に対する企業提携を,高く評価することが判明した。

第六章では,以上の分析内容をまとめ、分析結果を理論的に考察して経営含意を明らかにした。本研究の分析結果は、現在、日本企業が有機EL分野で展開している一連の提携関係を、資源ベース理論からの戦略的提携にダイナミック・ケイパビリティ理論からの「買収による革新能力」を加えた包括的視点から分析することの有効性を明らかにした。さらに、本研究は、その経営含意として、日本企業が同分野において企業提携から利益を得るためには、経営者が進んで相対的に高いリスクを負担し、「買収による革新能力」を発揮することが必要であることを示唆した。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク