学位論文要旨



No 128872
著者(漢字) 古田,富建
著者(英字)
著者(カナ) フルタ,トミタテ
標題(和) 「韓国的キリスト教」と恨 : 韓国土着キリスト教の救済論
標題(洋)
報告番号 128872
報告番号 甲28872
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第908号
研究科 人文社会系
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島薗,進
 東京大学 教授 鶴岡,賀雄
 東京大学 准教授 本田,洋
 東京大学 准教授 藤原,聖子
 東京外国語大学 教授 丹羽,泉
内容要旨 要旨を表示する

本論文は朝鮮半島におけるキリスト教の土着化を恨から考察しようとした。

序論では「大伝統と周辺」の枠組みから韓国宗教史を概観し、本論文の考察対象である「韓国的キリスト教」のキーワードとなる恨にまつわる宗教文化史を整理した。恨は朝鮮半島の民俗宗教である巫俗に始まり、近代に欧米から伝わったキリスト教の中にも見られる。

また「韓国的キリスト教」である統一教が恨を取り込んだ教義を確立させるに至った経緯を明らかにするため、そのルーツとなる植民地期の復興師で、韓国自生キリスト教の嚆矢であるイエス教会を設立した李龍道牧師の思想とその系譜団体について取り上げた。李龍道のイエス観は当時のキリスト教主流派とは異なり、巫俗神に対する民衆の眼差しに通じるものであり、これは統一教の教義にも引き継がれている。また、イエス教会の分派団体である聖主教はイエスの「恨解き」儀礼を行い、統一教は「恨解き」を救済思想にまで拡大させている。

研究対象の選別に当たっては韓国の特殊性を考慮した。朝鮮半島では、文化や文明の中央に位置する「大伝統」として取り入れられた儒教やキリスト教は移植元の本家以上にその「純粋性」を守って「原理主義化」していく傾向があり、主流派は「土着化」に移行しにくい1 。「土着化」すると、その神学や教団は「周辺」に追いやられるからである。そこで、韓国キリスト教の「土着化」を考察する際、主流派より「周辺」に位置づけられた神学や教団に注目する必要性があり、本研究ではキリスト教系新宗教や「異端」的な扱いを受ける神学に着目した。また、恨を取り込んだ新しいキリスト教は、主流派の抱えてきた葛藤や問題点について、新しい宗教思想、運動という代案を示している。中でも本論文では「現世的救済(世直し/社会参与)」と「来世的救済(死者儀礼/解怨)」の2つの救済論に着目し、「韓国的キリスト教」の特徴を浮き彫りにしようとした。

1章は序章とは位相が異なるが、宗教史とは違った文脈で近代以降に成立する「恨言説」を成立時から00年代までを時系列的に整理し再構成した。本研究は上別府の恨の研究を補足または批判的に継承し、複雑なイメージを持つ「恨の言説」の形成について、「解けない恨(情恨)」と「解ける恨(怨恨)」の2つの概念を軸に捉えようとした。

「(1)恨の黎明期」に位置づけた植民地時代には、恨という言葉はまだ使われていないが、従順かつ悲哀を抱く女性的な韓国人・韓国文化像が作られた。柳宗悦の美術観に見られる「悲哀の美」がまさにそれである。

植民地解放直後から70年代にかけては「(2)恨の形成期」に当たる。解放直後の文学界では民族文学の再構築の議論が活発になり、金東里を中心とするグループが、金素月の作品を中心に恨(「解けない恨(情恨)」)に着目した(「恨の思想化」)。70年代には詩人金芝河が新しい「恨の言説」を誕生させる。解放後、朝鮮半島は分断され韓国に軍事独裁政権が敷かれたが、経済的な成功は収めるものの民衆は政治的な抑圧、経済的格差に苦しんでいた。そこで金芝河は、恨とは弾圧される「民衆の心性(怨恨)」であり、独裁に立ち向かう民衆の闘争の根源と位置づけた(「恨の政治化」)。こうして恨に「解くべきもの」という概念が加わる。金芝河は恨とは第三世界に共通する文化であると説いたが、金烈圭は「恨」を民族性と絡めて語った。韓国文化は「解き」の文化で、韓国人は恨を「解いてきた」民族であるとし、パンソリや巫俗など「解き」が見られる民族文化を再評価して「恨=巫俗」のイメージを作り上げた。こうして「解けない恨(情恨)」と「解ける恨(怨恨)」という二つのイメージが確立された。

その後、80年代の「(3)恨の拡散期」には、著しい経済成長とともに国際的地位が向上し、「文化的ナショナリズム」が高揚する。この時期、文学者のほか神学者や社会学者など知識人が、「形成期」に作られた2つの恨のイメージを踏襲あるいは複雑に組み合わせながら恨の本質について議論を深めた。

80年代~90年代までは「(4)恨の消費期」とした。歌謡曲や映画など大衆文化のモチーフとして恨が取り上げられるようになった時期である。

00年以降には「(5)恨言説の強化と解体」の両方向に動きが見られる。グローバル化の中でアイデンティティーの危機が叫ばれ、恨の本質論的な研究がより学際的に行われるようになる一方、カルチュラルスタディーズや各分野の専門家から「恨」の存在自体に批判が起き始める。また若い世代を中心に「恨」情緒が身体化されなくなってきており、言葉の重みやリアリティーが明らかに減衰している。

2章では「現世的救済」という観点から民衆神学と統一教(統一神学)の恨について考察した。70-80年代の韓国は軍事独裁政権期で、政治的な抑圧と経済格差という問題を抱えていた。当時のキリスト教主流派は政治や社会問題に対して無関心で、神の恩寵という「他力的救済」のみを語る中、両神学は「自己救済」による社会変革を行おうとした。

80年代に提唱された民衆神学は、聖書を逐語的に捉えるのではなく参考書だとし、その記述を「韓国史」に当てはめ、「今現在」「韓国」で起きている民衆弾圧についてキリスト教として対処しようとした。具体的には「民衆の恨」について語り、「民衆の恨」に共感して「民衆の恨」の解放を目指した。金芝河の影響を受けている民衆神学では「解くべき恨」が語られている。

一方、統一神学は、人間の堕落によって親子の関係が断ち切られたことによる「神の恨」を説き、「蕩減復帰」によって人間が神の子に戻る活動、つまり歴史的に対峙してきた神とサタンの対決を今この時代にも再現し、神(米国を中心とする自由主義)がサタン(ソ連を中心とする共産主義)に勝利する(勝共思想)こと(「政治活動」)によって地上天国を実現しようとした。ここでは神の「恨む対象」が子(人間)であるため、あるべき姿が叶わずに悲しみを背負い続けるという「解けない恨(情恨)」が語られている。

3章ではキリスト教主流派では機能を充分に果たせていなかった「来世的救済」について考察した。儒教が定着している韓国では、先祖の命日などに食べ物を供え「節」を捧げる祖先祭祀は極めて重要な儀礼だが、キリスト教では死者に「節」を捧げる行為を「偶像崇拝」であるとして禁じてきた。祭祀の代案として「追悼式」を取り入れてはきたが、非クリスチャンの先祖には救済の道がなく、そのことがクリスチャンを苦しめている実態をインタビュー調査から明らかにした。

3章の後半では統一教の清平祈祷院における死者救済の事例を紹介した。冷戦が終焉し、「神とサタンの対決」が終了した90年代以降、統一教では霊界が強調され始める。人間は死後霊人体となって永遠に生きるという教義を持つ統一教では、生者だけでなく死者も救済の対象である。そこで清平祈祷院では、怨恨を抱いて死んだ「人間(恨霊)」が信者に憑りつき危害を加えていることが信者の病気や貧困などの原因とする「病因論」を語るようになる。恨霊の「恨解き」機能に当たる「役事」を行うことで恨霊が体から消え、病が治ると同時に死者(恨霊)が救済されるというシステムである。清平祈祷院では信者に憑りつく「一般の恨霊」と信者の血統につながる「先祖の霊」の2つについて救済を行っているが、いずれも最終的には霊界で統一教の信徒になるための修練を行い、神の血統につながる「祝福結婚」を受けることで救済される。このように、「恨霊」の登場により、統一教では「解けない恨(情恨)」だけでなく「解ける恨(怨恨)」も語られるようになっている。また死後結婚は韓国巫俗でも施されてきたもので、神の「血統」を重視するところは儒教的でもある。

韓国におけるキリスト教の土着化には、前提として「大伝統」である神学や聖書の「絶対性」を超えるというハードルがあった。李龍道や統一教をはじめとするその派生教団は、神からの「啓示」を絶対視することで聖書を相対化し、韓国が今置かれている状況や巫俗など伝統宗教や文化を取り入れて土着へと踏み出した。一方、民衆神学者の徐南洞は、「民衆」「典拠」「合流」という3つの帰納法的方法論を用いることで聖書を相対化した。

こうして誕生した「韓国的キリスト教」の特徴は次のようにまとめられる。

1つ目は、「恨=苦難」が思想の根幹に据えられ、「恨=苦難」が崇拝対象や大切なものに宿っていると指摘していることである。

2つ目に、「恨」にとどまらず「恨解き」を目指していることである。「恨解き」という概念は「恨」を「解く」ことから、もともと救済システムと親和性がある。この思想が、民衆神学や統一教が救済を説く推進力となった。

3つ目は、「崇拝対象が恨を抱いている」としたことから、その崇拝対象が絶対的かつ無謬な存在ではないことになり、神やイエスの恩寵を一方的に受ける「他力的救済観」ではなく、人間が自らを助けるまたは神を助ける「自力的救済観」および「双方向的救済観」が形成されている点である。

4つ目は、土着化の証ともいえる「民族主義的な要素」が見られることである。李龍道や聖主教は再臨主が韓国人であると信じ、統一教は韓国人である文鮮明を再臨主とし、文鮮明によって神やイエス、人類の恨が解かれ、韓国語によって世界の言語が統一されるとした。民衆神学は聖書の歴史と韓国史を同列に位置付けようとし、今「韓国」で「恨」を抱えている「民衆」の救済を説いた。

1例えば儒教の本格的な受容は朝鮮王朝時代であったが、王朝から庶民の文化まですべてが儒教化されただけでなく、朱子学以外の学派の儒教はすべて排除し、党争を繰り返しては己の「正統性」を争った。

審査要旨 要旨を表示する

古田富建氏の「「韓国的キリスト教」と恨:韓国土着キリスト教の救済論」は、韓国独自の国民的思考と理解されている「恨(はん)」の概念の歴史をたどりつつ、「恨」の概念に関わりをもつ韓国の土着的キリスト教の諸相を照らし出そうとしたものである。

「恨」とはかなわなかった願いに対する残念な思いを指すが、他者への怨みとは区別される。韓国の巫俗では、伝統的に生者・死者の「恨を解く」儀礼が行われる。心に堆積している無念の思いが表出されるが、必ずしもそれですべてはらされるのではない。この「恨」にこそ韓国の国民文化の核があるという言説は、1970年代から形成されるが、抑圧状況下の「悲哀」を強調する言説が提示される一方、カトリック信者だった抵抗詩人金芝河や民衆神学のように解放を目指す社会変革の主体への期待と結びつけられもしたことを古田氏は示している。「恨」概念の構築性について新たな分析枠を提示したものだ。

これまでの研究とは大きく異なる点は、文鮮明が創始した統一教という宗教集団の教義と信仰実践を韓国的な文脈に置いて捉え返し、巫俗等に見られる伝統的な「恨」観念とどう関わっているかを解明していることだ。1950年代から60年代にかけて形成されるこの集団の神学では、「神の恨」や「イエスの恨」が説かれてきた。そこには儒教的な家族観や「解怨思想」(「恨」が解ける未来を待望する)の伝統が影響を及ぼしてもいる。古田氏はまた、統一教の形成に影響を及ぼしたことが知られているキリスト教伝道師、李龍道の信仰思想についても論じている。李龍道は1930年前後に独自の神学を掲げて活動したが、そこでは神やイエスの「悲しさ」や「孤独」が強調されていた。李龍道は次第に巫者的な機能を果たす女性との連携を強めるが、そこにも巫俗的な「恨」の伝統との親近性がうかがわれる。統一教の「恨」はこうした系譜に根ざしたものだった。

ところが、90年代以降、統一教は神やイエスの「恨」の概念とキリスト教色を後退させ、かわりに死者の「恨」を強調するようになる。死者を生者に引き合わせる「先祖解怨式」や死者に救いをもたらす「祝福結婚」を行うというように、巫俗的な「恨解き」の要素を残しつつも儒教的な血統重視の傾向を強めている。韓国プロテスタンティズム式の死者儀礼では原理的に対処しえなかった非信者、とくに先祖の救済を、「恨解き」によって可能にする儀礼でもある。これら興味深い資料を示しながら、古田氏は韓国的な要素を濃厚にもつ「韓国的キリスト教」において「恨」の概念が重要な要素となってきたことを示している。

70年代以降の「恨」言説を相対化して論じている第1章と分析概念として「恨」を用いている2、3章の間の論理的・方法論的関係づけが十分ではなく、「恨」の概念が韓国宗教史においてどのような位置を占めてきたのかについて明確な像が結ばないなどの難点はあるが、「韓国的キリスト教」の解明への貢献は大きい。「恨」概念を通して韓国近代宗教史に新たな光を当てているのも確かだ。よって審査委員会は本論文が博士(文学)の学位を授与するに値するものと判断する。

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