学位論文要旨



No 128877
著者(漢字) 鈴木,雅之
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサユキ
標題(和) テスト運用方法がテスト観と学習方略に与える影響
標題(洋)
報告番号 128877
報告番号 甲28877
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第205号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 准教授 遠藤,利彦
 東京大学 准教授 中村,高康
 東京大学 講師 両角,亜希子
内容要旨 要旨を表示する

近年,テストは社会的文脈の中で様々な意味に価値づけられ,多くの学習者に影響を与えると考えられている.それでは,テストは学習者にどのような影響を与えるのであろうか.1章では,この点に関して先行研究を概観した.まず,テストの影響について検討した研究の多くは,内発的動機づけに関するものが中心であるが,そこではテストの実施や成績をつけることが内発的動機づけを低下させるなど,テストの実施についてネガティブな考察がなされる場合が多い.また学習行動への影響については,実証的研究が少ないものの,目先のテストを乗り越えるための形骸化した学習に陥る傾向にあるなど,やはりテストの否定的側面が強調されがちである.しかし,学校で実施されるテストは,常に学習の本質的な意義を脅かすわけではない.例えばテストの実施には,学習者を外的に動機づける効果や,メタ認知的な学習方略の使用を促進する側面がある.このように,テストと学習者の関わりは非常に複雑であるため,あるテストを実施した場合に学習者がどのような影響を受けるのかは,統合的に説明できていないのが現状といえる.次に2章では,学校教育におけるテスト・教育評価の問題点について指摘した.本来,テストは教師の指導改善の資料や,子どもの学習改善の資料になるべきであるが,あたかもテストそれ自体が目的となっているという「逆転現象」が生じている.このようにテストが適切に機能していない原因の1つとして,教師の測定・評価リテラシーが欠如していることを挙げることができる.つまり,大学の教職課程では,教育評価の目的や方法に関する知識についてほとんど教育されないために,教育評価に関する教師のリテラシー能力が不十分になってしまっている.したがって,教師が理解しやすい枠組みで,テストが学習者に与える影響を明らかにし,効果的なテストの運用方法について具体的な示唆を得ることには大きな意義がある.

そこで本稿は,テストが学習者の動機づけや学習方略に及ぼす影響を明らかにする過程で,効果的なテスト運用方法について提案することを目的とした.本稿ではこれらの目的を達成するために,「テストの実施目的・役割に対する学習者の認識」であるテスト観に着目して研究を進めた.これは,テストの影響を決定する要因として,学習者が当該のテストをどのように意味づけるかが重要と考えられるためである.また,テストを効果的に活用するように促すことを考えた場合には,例えばテストを学習改善に活かすためのツールとして認識するように,テストの捉え方自体を変容していくことが重要となるからである.

4章(研究1)では,テスト観に関連する先行研究を基に,テスト観尺度を作成した.中学3年生215名を対象に質問紙調査を行い,探索的因子分析を行った結果,テストは理解度把握や学習改善に役立つという「改善」,自発的に学習を行うためのペースメーカーになるという「誘導」,教師が生徒を比較するためのものであるという「比較」,学習を強制させるためのものであるという「強制」の4つの側面で説明されることが示唆された.また,「改善」と「誘導」は望ましい学習行動を促進する変数と正の相関関係にあることが示された一方で,「比較」と「強制」はそれらと負の相関関係にあることが示された.こうした結果から,テスト観によってテストの影響を説明できる可能性が示唆されたといえる.5章(研究2)では,定期テストと模擬試験,入学試験の3つの試験に対するテスト観の測定を行い,テスト観の階層構造について検討した.その結果,一般的な水準でのテスト観のみならず,テストの種類ごとに個別のテスト観が形成されている可能性が示唆された.したがって,教示文によって特定のテストを想定させて回答を求めることで,一般的なテストに対する認識ではなく,当該のテストに対する認識を測定できるといえる.

6章(研究3)では,テスト観と学習方略の関連について検討を行うことを目的とした.この際,テストへの動機づけの一側面として考えられる,テストを受けることに対して接近するか回避するかという2つの動機を媒介変数,有能感を調整変数として,テスト観と学習方略の関連について検討を行った.大学生391名を対象に質問紙調査を行い,解析を行った結果,「テストは学習の改善に活用するためのものであり,また学習のペースメーカーとなる」というテスト観を有する学習者ほど,テスト接近傾向の高さを媒介して,効果的な学習方略を用いる傾向にあることが示された.また,テスト接近-回避傾向の影響を考慮しても,テスト観と学習方略には関連がみられ,学習改善としての側面を強く認識するほどテスト後に見直し行動をする傾向にあり,学習を強制させるものとしての側面を強く認識するほどテストのための学習に陥りがちであることが示唆された.さらに,これらの関連に有能感による調整効果はみられなかった.7章(研究4)では,研究3の問題点を修正した上で,高校1・2年生493名を対象に調査を行った.その結果,研究3と同様の結果が確認された.これら一連の結果は,有能感の低い学習者であっても,テストに対する認識を改めることで,効果的な学習方略の使用を促進できる可能性を示唆するものであった.また,テスト観やテスト接近-回避傾向の影響を考慮しても,テスト勉強時の方略使用が見直し行動時の方略使用の規定因となっていることが示された.この結果から,テスト後の見直し行動を促進するためには,テストを受ける前に適切なテスト勉強の方法を教授することも有効といえる.

8章(研究5)では,教師のテスト運用方法と学習者のテスト観の関連について検討した.本研究では,教師のテスト運用方法を評価するための枠組みとして,定期テストの内容とインフォームドアセスメントに関する取り組みに着目した.インフォームドアセスメントとは,「評価の目的や基準に関して実施者と受け手との間にしっかりとした知識の伝達・合意がなされているような評価のあり方」を指す.また本研究では,この目的に付随して,「インフォームドアセスメントに関する取り組み」および「テスト内容」とテスト観との関係の学校間差と,各変数とテスト観の関係の達成目標による調整効果についても検討を加えた.中学生・高校生1358名を対象に質問紙調査を実施した結果,インフォームドアセスメントに関する取り組みを教師が行っていると思う学習者ほど,またテストで出題される問題の実用性が高いと認知している学習者ほど,肯定的なテスト観を有することが示された。一方,教科能力を測っているとは思えない問題が出題されていると認知する学習者ほど,否定的なテスト観を持つ傾向にあることが示された.さらに,これらの関連には学校間差や個人差はほとんどみられなかった.以上の結果から,肯定的なテスト観を形成させるには,テストの実施目的の伝達や,評価基準の明確なフィードバックをすること,実用性の高い問題を出題することが重要であると示唆された.

9章(研究6)では,研究5の結果をふまえて,インフォームドアセスメントという評価の視点に立ち,テストをフィードバックする際にルーブリックを提示し,評価基準と評価目的を学習者に教示することの効果について検討した.また,返却された答案とルーブリックだけで,自身の答案内容とルーブリックの記述内容との対応関係が理解できるかを検討するために,ルーブリックを提示し具体的な添削をする群と,添削をしない群を設けた.さらに,ルーブリックがなくても具体的な添削があれば,ルーブリックの提示と同等の効果が得られる可能性を考慮し,ルーブリックを提示せずに添削だけを施す群も設定した.中学2年生101名を対象とした数学の実験授業を行った結果,ルーブリックを提示された2群は,提示されなかった群と比較して,「改善」テスト観や内発的動機づけが高く,理解を指向して授業を受ける傾向にあり,最終日の総合テストでも高い成績をおさめた.また,添削の効果はみられなかった.さらにパス解析を行った結果,動機づけと学習方略,テスト成績への影響は,ルーブリックの提示によって直接引き起こされたのではなく,テスト観を媒介したものであることが示唆された(図1).以上の結果から,適切なテスト観を形成する上でルーブリックを利用することが有用であり,適切なテスト観を形成することで,学習に対する動機づけや学習方略にもポジティブな影響が与えられることが示された.10章(研究7)では,ルーブリックがテスト観に与える影響のメカニズムについて検討した.中学2年生95名を対象とする数学の実験授業を行った結果,理解度確認や学習改善を目的にテストを実施することに納得するなど,インフォームドアセスメントが高い水準で達成された場合に,テストの学習改善としての目的を強く認識するようになることが示された.また,本研究で用いたような数学の文章題では,それぞれの評定値に該当する答案の具体例を提示することの効果がみられず,ルーブリックを提示することで,評価基準が学習者に十分に伝わることが示唆された.

以上の一連の研究成果は,テストの影響を決定する要因としてテスト観が重要な役割を果たしていることを特定したという点で意義がある.また,肯定的なテスト観を形成するための具体的な方法について示唆を得てきたという点で,実践的意義を備えるものといえるだろう.最後に11章では,これまでの研究のまとめを行い,本稿の示唆と限界について述べた.

図1 テスト観を媒介にしたルーブリック提示の効果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、テストが学習者の学習方略に及ぼす影響を明らかにする過程で、効果的なテスト運用方法の提案とその効果検証を行ったものである。

第I部ではまず、テストを実施した際に、学習者の動機づけや学習方略が受ける影響を統合的に説明できる理論が見られないことと、学校教育におけるテスト運用の問題点を指摘した。そして、テストの実施目的・役割に対する学習者の認識である「テスト観」に着目し、テストの影響を望ましい方向にしていくために、適切なテスト観を形成することが重要であることを主張している。

第II部では、テスト観尺度の作成を行っている。研究1では、テスト観尺度が、テストは自身の理解状態を把握し学習改善に活用するためのものとする「改善」、自発的に学習を行うためのペースメーカーとする「誘導」、他者と比較するためのものとする「比較」、勉強を強制させるためのものとする「強制」の4つの因子から成ることを示している。研究2では、一般的水準でのテスト観のみならず、定期テスト、模擬テストといったテストの種類や教科の違いに応じて、固有のテスト観が保持されていることが示唆された。

第III部では、テスト観と学習方略の関連について検討している。研究3の結果として、「改善」や「誘導」を強く認識する学習者は、適応的な学習方略を用いる傾向があること、「強制」を強く認識する学習者は、目前のテストに対処するための形骸化した学習をしがちであることが示唆された。研究4では、研究3の問題点を修正した上で調査・分析を行い、研究3と同様の結果を確認した。これら一連の結果は、有能感の低い学習者であっても、テストに対する認識を変えることで、効果的な学習方略の使用を促進できる可能性を示すものであるとしている。

第IV部では、テスト運用方法とテスト観の関連について検討を行っている。研究5として、テストの実施目的を伝達すること、評価基準が明確になるようにテストを実施すること、実用性の高い問題をテストで出題すること等が、肯定的なテスト観の形成において重要であることを示した。

第V部では、テスト結果を学習者にフィードバックする際にルーブリックを提示し、評価基準と評価目的を明確にすることの効果について、数学の実験授業を行って検討している。研究6では、ルーブリックを提示された群は、提示されなかった群と比較して、「改善」や内発的動機づけが高く、暗記よりも理解を指向して授業を受ける傾向にあり、最終日の総合テストでも高い成績をおさめたとしている。また、パス解析を行った結果、動機づけと学習方略、テスト成績への影響は、ルーブリックの提示によって直接引き起こされたのではなく、テスト観を媒介したものであることが示唆された。研究7では、研究6の問題を改善して実験授業を行い、その結果が再現されたとしている。これにより、肯定的なテスト観を形成する上でルーブリックが有用であり、またテスト観が学習動機および学習方略に影響を与えるという因果関係が示唆された。最後に第VI部では、これまでの成果をまとめて、本論文の結論を述べるとともに、理論的・実践的な示唆と本稿の限界を考察している。

このように、本論文は、テストの影響を規定する要因としてテスト観が重要であることを実証的に示し、適切なテスト観を形成するための具体的な方策の提案を行ったものであり、理論的にも実践的にも極めて意義のある研究といえる。よって、博士(教育学)の学位を授与するにふさわしい論文であると評価された。

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