学位論文要旨



No 128883
著者(漢字) 三崎,広海
著者(英字)
著者(カナ) ミサキ,ヒロウミ
標題(和) 非等間隔・非同期・ノイズ付き高頻度データに対するSIMLによる分散・共分散推定
標題(洋) The SIML Estimation of Volatility and Covariance for Irregular, Non-synchronized and Noisy High Frequency Data
報告番号 128883
報告番号 甲28883
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第319号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 国友,直人
 東京大学 教授 矢島,美寛
 東京大学 教授 久保川,達也
 東京大学 教授 大森,裕浩
 東京大学 教授 下津,克己
内容要旨 要旨を表示する

Estimating the volatility and covariance of asset prices has been a keyissue in finance, since it is very important for option pricing, asset allocation,risk management, and so on. By now it is possible to use a large numberof high-frequency data in financial markets including Tokyo and Osaka, andconsiderable interest has been paid on the estimation problem by using highfrequencydata in financial econometrics.

One of the conventional methods to estimate the volatility and covarianceis the realized volatility, introduced by Andersen, Bollerslev, Dieboldand Labys (2001). The realized volatility is defined by simply summing upthe intraday squared returns. They have argued that under some appropriate assumptions the realized volatility converges to the integrated volatility,which is a natural measure of volatility.

However, it has been well known that the realized volatility works poorly when there exist micro-market noise, of which we cannot ignore the affects in actual markets.

Following several earlier works to deal with the problem, Kunitomo andSato (2008a, b) have proposed a new estimation method called the SeparatingInformation Maximum Likelihood (SIML) for estimating the integratedvolatility and covariance under the presence of micro-market noise.

The SIML method has been originally defined on equidistant observations,but in actual markets the transactions occur randomly. In addition,when we wish to estimate the integrated covariance by the SIML estimation,we need synchronized data of two or more series of assets, but actualtransactions are usually non-synchronously observed. In this respect Hayashiand Yoshida (2005, 2008) have proposed the covariance estimator by usingnon-synchronous data without micro-market noise.

The main purpose of this thesis is to investigate the SIML estimation of the volatility, covariance and other related quantities such as hedging ratio, by using irregular and non-synchronous high-frequency data.

In this thesis we find the usefulness of the SIML estimation in three ways as follows.

First, we find that the SIML estimator is asymptotically robust in the sense that it is consistent and has the asymptotic normality under general conditions when the high frequency data are randomly sampled.

Second, we shows that the SIML estimator has reasonable robust properties in finite samples even when the micro-market structure has the nonlinear adjustments by conducting a number of Monte Carlo simulations.

Finally, we apply the SIML estimation to the transaction prices of individualstocks traded at the Osaka Securities Exchange (OSE), and estimatethe integrated volatilities, covariances and correlations. We also estimate thehedging ratio of the individual stocks by the Nikkei-225 Futures. Comparingto some alternative estimators, we conclude that the SIML method is quiteuseful in practice.

審査要旨 要旨を表示する

論文の内容

この論文は、計量経済学、特に金融経済学やファイナンス分野において近年になり関心の持たれている超高頻度(high frerquency) の金融時系列データからボラティリティ(volatility) や共分散(covariance) など、金融市場に潜むリスクの計測を巡る統計的推測問題及びその応用を扱っている。

近年では計量経済学として扱われる問題も多岐に及ぶようになっているが、特に金融経済学やファイナンスとよばれている研究分野では超高頻度の金融時系列データから金融市場に潜むリスク指標を巡る統計的推測問題が重要となっている。金融経済やファイナンスでは株価、外国為替、国債や社債、金利など様々な金融商品についての実証研究が重要であるが、こうした計量的研究が盛んとなっている研究の背景としては、ファイナンス、特に金融デリバティブの理論において株価や金利の分析、さらに先物契約やオプション契約の理論価格について、1970 年代頃から連続時間の確率過程モデルを利用することが盛んになたことを挙げることができる。ところで連続時間の確率過程モデルを利用する理論的分析の議論を実際に観察されるデータと照合することについては伝統的な統計学の世界として離散時間の時系列分析を利用した分析がかなりの間は主流であった。こうした研究の方法が利用されていた理由としては計算機能力の限界などもあり、金融市場で刻々と実現している取引データ、価格データを直接に利用できなかったことなどを挙げることができる。

こうした従来の金融データの統計的分析を巡る事情は2000 年頃より一変し、近年では世界中の主要な金融市場における取引データはかなり利用することが可能となっている。高頻度金融データ(high frequency financial data) とよばれる大量のデータが利用可能になるとともに、新たな統計的問題が統計家や計量経済学者の間で認識されている。高頻度金融データが利用可能となった現在、金融やファイナンスの理論分析でしばしば利用されている連続時間の確率過程モデルとの整合性や金融確率過程の統計的計測をどの様な統計的方法で行ったらよいか、という問題への解答を与えることが本研究の課題である。

まず第一章では、近年の高頻度金融データの計量分析における新しい研究動向について重要な研究を引用しつつ、解決すべき重要な統計的問題を解説している。Ait-Saharia, Mykland and Zhang (2005) の研究結果を引用しながら真の確率過程に確率的ノイズが存在すると高頻度金融データから計算されるボラティリティや共分散の推定値は大きなバイアスがあることを指摘している。そして実際の高頻度金融データとして大阪証券取引所(現在は東京証券取引所と統合されている) における主要な金融商品である主要な個別株の取引価格、Nikkei-225-Futures の取引価格である。これらの高頻度金融データを利用しつつ、この間の統計的推測問題を巡る主要な問題を概観している。そして、本学位論文の全体の研究方法と研究結果の概要と新しい知見の概略に言及している。

第二章では高頻度金融データが不等間隔で観測されているという、きわめて現実的な想定の下で金融ボラティリティ(Volatility) の推定問題を扱っている。従来の研究の多くでは高頻度金融データはあたかも伝統的な統計的時系列解析が標準的に想定している等間隔時系列と見なした分析を行っている。観測期間を不等間隔とすると時系列の統計分析がかなり困難であることにも由来するが、本研究では連続確率過程を観測できない真の理論価格と想定し、実際に観察される市場価格はミクロ金融市場ノイズ、とよばれる観測誤差の存在を仮定している。こうしたかなり一般的な想定の下で金融Volatility の分析はそれほど多くはない。本章ではこうした状況でKunitomo and Sato (2008a,b) が提唱しているSIML(Separating Information Maximum Likelihood 分離情報最尤推定)法による累積ボラティリティ(Integrated Volatility) の推定の妥当性について検討し、幾つかの新しい結果を得ている。観測間隔が小さくなると云う漸近理論を考察し、一定の仮定の下でSIML推定が一致性と漸近正規性が成立することを示している。さらにシミュレーション実験を様々な設定の下で行い、漸近的性質がより実際的なシミュレーションに置いて妥当することを示している。

次に第三章では、高頻度金融データが不等間隔で観測されているという、きわめて現実的な想定の下で累積共分散(Integrated Covariance) とヘッジ比の推定問題を扱っている。従来の研究の多くでは高頻度金融データはあたかも伝統的な統計的時系列解析が想定している等間隔時系列と見なして分析を行っているが、本研究では連続確率過程を観測できない真の理論価格と想定し、実際に観察される市場価格はミクロ金融市場ノイズ、とよばれる観測誤差の存在を仮定している。不等間隔の観測データという一般的な想定の下で累積共分散の統計的推定法としてはHayashi and Yoshida (2005) が知られているが、彼らの分析では「ミクロ金融市場ノイズは存在しない」ことが仮定されている。したがって、本研究の設定にはかなりの独自性があるが、Kunitomo and Sato (2008a,b) が提唱しているSIML(Separating Information Maximum Likelihood) 法による累積共分散(Integrated Covariance) 推定とHedge 比推定の妥当性について検討し、幾つかの結果を得ている。理論的には観測間隔が小さくなると云う漸近理論を考察し、一定の仮定の下でSIML推定が一致性と漸近正規性が成立することを示している。さらにシミュレーション実験を様々な設定の下で行っている。例えば実際の市場では最小取引単位、最小価格変動単位が存在するが、観測データが拡散過程という設定とは矛盾している。こうした現実的な状況において漸近的性質や実際的なシミュレーションによりSIML 推定が妥当であること示している。

第四章では、前章までの理論的分析を前提とした上で大阪証券取引所の個別株データを利用した分析を行っている。Integrated Volatility, Integrated Covariance, Hedging Ratio などを大阪市場における主要な取引銘柄について計算し、日時データから計算された推定量などと比較分析を行い、第2章・第三章で考察した統計的性質の妥当性について検証している。実際の高頻度取引データでは真の状態は未知であるのでその評価は困難であるが、概ね前章までの結果に現実妥当性があることを示している。

第五章では今後の課題として高頻度金融データ分析における幾つかの重要な話題について言及している。本論文で議論した分析は統計的時系列解析では重要な話題である状態空間表現として理解できるが、真の状態が連続確率過程、不等間隔離散観測のデータ、という設定では粒子フィルターによる分析が有効である、と主張している。

講評

本論文はこれまで三崎氏が博士課程に在学中に一貫して追求している高頻度金融データ分析の統計的推測問題に関する理論的研究と金融事象の分析結果をまとめたものである。特に近年の高頻度金融データの分析を一歩進め加えてSIML法などの統計的推定方法の性質を精密に検討し、現実的な状況における推定方法と検定方法の妥当性についてかなりの新しい結果を導いている。こうした高頻度金融データの統計的方法に関する理論的研究は、金融経済学やファイナンスにおける実際的な計量分析、さらには金融ビジネス実務などとも深く結びついているので、応用上でも大きな意味のある独自の貢献がかなりあると評価できる。この論文で扱われている様々な問題は近年の高頻度金融データ分野においてそれぞれかなり重要な問題であるが、そうした問題について注目すべき独創的な結果を導いたことは三崎氏の力量を示すものとなっている。

第二には本論文では高度な計算統計的方法を利用していることに言及する。各章で示された理論的分析の水準はかなり高いが、特に理論分析に平行して行われている研究遂行上で必要となった計算機を利用した確率過程モデルや時系列モデルに基づくモンテカルロ実験や数値計算も高度な水準にあり、数理統計的な意味ばかりではなく、付随する計算機の利用能力やプログラミング能力など三崎氏の研究水準の高さを示している。

第三には、近年の高頻度金融データの分析では、本論文の各章において議論されている統計的方法に付け加え、SIML 推定の有効性についての本論文の結果は幾つかの重要な論点について、ファイナンス分野で説明されている常識的な金融リスク推定法に関する議論について再考を迫るものがある。こうした議論は応用上に意義深いので、今後にかなり研究方向にもインパクトがあると判断される。

次に個々の章で論じられている内容については審査委員からは次のようなコメントや論点が提起されたことを報告しておく。第一のコメントとして、本論文での前半の議論は統計学的・理論的なオリジナルな考察であるが、その妥当性についての説明がなお十分とは云えず、結果を導くための十分条件などの検討をさらに重なる必要がある、という指摘があった。第二には統計的には理論的分析が金融リスク事象の計量経済分析に十分にはまだ統合されていないという点である。今後は更に前半の理論的考察を踏まえた高頻度金融データの実証分析が望まれる、というコメントがあった。第三には実際のデータ上では日々のボラティリティが変動する可能性も否定できず、その場合にはベンチマークとしての真の状態が分からないので実証結果の妥当性について指標について、さらなるより説得性のある議論が必要ではないか、と言うコメントがあった。第四には本研究で報告している実証分析は日本の金融市場の評価にかかわる重要な知見を述べているが、そうした実証結果が扱っている計量分析の方法にどの程度まで頑健であるか更に検討を加えるべき、というのもである。例えば大阪証券市場における観察結果がより大きな(論文が扱っている時期では別の市場である)東京証券取引所についても言えるのか、検討が望まれるというものである。

総じてここで述べたコメントは高頻度金融データの計量分析の理論面、応用面において重要であるので、本論文で報告した結果をさらに拡張することが望ましい、というものである。指摘されたこうした検討課題について、三崎氏による今後の研究の発展が期待される。

論文審査の結論

以上の講評では三崎氏の提出論文に対する全体的な好意的評価とともに、学位論文として提出された論文を超えて各審査委員が気がついた将来の課題などについての重要な論点を指摘した。むろん、本論文の全体的な内容そのものはオリジナルな内容が多く含まれているだけにとどまらず、既にかなりの完成度があり、本研究科が要求する論文博士の基準を十分に満たしていると考えられる。したがって、この審査委員会は、本論文により博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。

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