学位論文要旨



No 128897
著者(漢字) 柴田,桂太朗
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ケイタロウ
標題(和) 微小管相互作用特性に基づく細胞質ダイニン運動機構の研究
標題(洋) Studies on Motile Mechanisms of Cytoplasmic Dynein Based on the Properties of Microtubule Tracks
報告番号 128897
報告番号 甲28897
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1208号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 准教授 佐藤,健
 東京大学 准教授 矢島,潤一郎
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

真核細胞において、細胞骨格の一種である微小管は中心体から放射状に伸展し、細胞内ネットワークを構築している。微小管系モータータンパク質の一種である細胞質ダイニン-1(以下、ダイニン)とキネシン-1(以下、キネシン)はATP加水分解エネルギーを利用して、この微小管上を一方向に運動することで細胞内輸送や紡錘体形成などを行っており、ダイニンは細胞の中心へ向かう逆行輸送(微小管のマイナス端方向)、キネシンは細胞の中心から外へ向かう順行輸送(微小管のプラス端方向)を担っている。また、キネシンは機能や役割によって多種類に分化しており、それぞれの運動特性も多様であるのに対し、ダイニンは1種類のみで細胞内の多くの生命活動に関与している。その多機能性をもたらす運動特性には多くの研究者が関心を寄せているが、未だに分かっていないことが多い。

細胞内において複数の役割を持っているモータータンパク質にとって、働いているときの周辺環境は一定ではない。特に微小管上には様々な微小管結合タンパク質が存在しており、ダイニンやキネシンの運動に影響を及ぼしている可能性がある。しかしながら、in vitroでダイニン、キネシンの運動メカニズムを調べる際には、微小管の環境は一定であることが多く、これまで、微小管の性質を変化させて、モータータンパク質の運動を観察する試みはあまり多くなかった。

そこで本研究においては、微小管側の性質・状況を変化させ、ダイニン、キネシンがどのような運動変化を示すのかを観察し、その対応から特にダイニンの運動メカニズムを探ることを目的とした。

各論

1. 微小管プロトフィラメント1本上のダイニン、キネシン1分子運動観察

微小管はチューブリンの重合体で、13本のプロトフィラメントが円筒状に平行に並んだ構造をしている。ダイニン、キネシンが結合する部位は、微小管表面に露出しているβチューブリンのへリックス12であり、各プロトフィラメントに8 nm毎に存在している。

ダイニンは2つの頭部で微小管のプロトフィラメントを複数本使いながら運動する一方、キネシンは2つの頭部で1本のプロトフィラメントに沿って運動していることが分かっている。特にダイニンは、頭部の直径が約12 nm, 幅が9 nmあり、キネシンの10倍程大きい。運動時は幅約4 nmの狭いプロトフィラメントを複数本使わないと、運動に物理的な無理が生じると予想されていた。

そこで、微小管のプロトフィラメントを1本だけにしたとき、ダイニン、キネシンは運動可能かどうか調べることにした。まず私は、ダイニン、キネシンが使用可能なプロトフィラメントを1本しか持たないzinc-sheetを作製した。次にこのzinc-sheet上をダイニン、キネシンに運動させ、その様子を捉えることに成功した。さらにダイニンの頭部間距離を長くしたダイニンを使って同じ実験を行った。これらの運動速度を解析したところ、ダイニン、キネシン共に微小管上の運動速度とほとんど同じ速度であった。つまり複数本のプロトフィラメントを使って運動しているときと比べても、運動の仕方に大きな違いがないことが判明した。

この結果を踏まえて、特にダイニンに関しては、その構造的特徴や大きさから、zinc-sheet上における運動は図2のようなinchwormステップである可能性が示された。

2. モータータンパク質による渋滞微小管上のダイニン、キネシン1分子運動観察

前述の通り、細胞内の微小管上には様々な微小管結合タンパク質が存在し、混雑していることが予想される。また積荷の輸送や紡錘体形成時においては、ダイニンやキネシンは局所的に密に集合して働かなければならない。

そこで私は、このような混雑時にダイニン、キネシンはそれぞれどのような運動変化を示すのか調べることにした。具体的にはモータータンパク質で渋滞した微小管上をダイニン、キネシンそれぞれに運動させ、その様子を観察した。まずは、運動するダイニンもしくはキネシンで渋滞した微小管を使って実験を行った。渋滞の混み具合は、3-4段階に分けて観察した。さらによりダイニン、キネシンの運動阻害を明確にする為に、運動できないダイニンもしくはキネシンで渋滞した微小管を使って、同じ実験を行った。混雑時に1分子の運動を区別して観察する方法を工夫し、得られた画像データから、各分子の運動速度、移動距離、運動時間、微小管結合頻度を計測・集計した。

すると、渋滞要因や混み具合によって、ダイニン、キネシンそれぞれが特徴的な運動変化を示した(図3)。最も特徴的だったのが、ダイニン、キネシン共に微小管の混雑が増すにつれて結合頻度が上昇したことである。特に運動性キネシン存在下では顕著であり、最大でキネシンの結合頻度が約50倍上がった。

これらの特徴から、ダイニンは障害物にぶつかるとすぐに微小管から解離する傾向にあるが、混雑した微小管では結合頻度を上げることで、移動距離を維持しているものと考察される。これはつまり、片方の頭部のステップが阻害されても、もう一方の頭部はそのままcross-bridgeサイクルを進め、微小管から解離してしまうこと、すなわち分子内の2つの頭部間のcross-bridgeサイクルが独立していることを意味する。一方、キネシンも微小管から解離しやすくなるが、障害物が除かれるまで少し待つものと考えられる。さらにキネシンは混雑した微小管に結合したり、微小管上の一部に集合する際に効率よく集まることができると推察される。

総括

本研究により、ダイニンはinchwormステップが可能であり、2つの頭部間のcross-bridgeサイクルは互いに独立している、という特徴をもつことが明らかになった。しかしながら、これら2つの特徴が両立するような運動モデルは、これまでに提唱されていない。そこで私は、これまでに報告されているダイニンの研究結果を踏まえ、今回明らかになった特徴を両立させて説明するダイニンの運動モデルを構築した。今後、このモデルの正当性を検証し、ダイニン運動モデルの確立を目指していきたい。

図1. (A) Zinc-sheet上のダイニン運動モデル (B) Zinc-sheet上と、微小管上のダイニンの運動を示したカイモグラフ

図2. inchwormステップの模式図

図3. ダイニンで渋滞した微小管におけるダイニンの運動(上)と、キネシンで渋滞した微小管上におけるキネシンの運動(下)を示したカイモグラフ

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Studies on Motile Mechanisms of Cytoplasmic Dynein Based on the Properties of Microtubule Tracks (微小管相互作用特性に基づく細胞質ダイニン運動機構の研究)」は、序論、第1章 Dynein and Kinesin Moving on Single Protofilaments、第2章 Dynein and Kinesin Moving on Crowded MTs with Motor Proteins、総合討論、という構成になっている。

ダイニンは微小管の関わる細胞運動の原動力となるモータータンパク質分子である。本論文の序論では、ダイニンの分子構造と運動メカニズムについて、in vitroで明らかにされてきたこれまでの研究をまとめ、さらに、細胞内でダイニンが働くときの周辺環境を想定すると、これまでの微小管側が一定環境にあるin vitroの運動解析だけでは十分でなく、本研究の主題である「微小管の性質・状況を変化させてダイニン機能を探求する」ことが重要であるという着想に至った経緯が述べられている。

第1章では、ダイニンが微小管のプロトフィラメント1本だけを使って運動できるかどうか、という問題に答えるために、tubulin の集合体であるznic-sheet を使った実験を行った。zinc-sheet には、tubulin上のダイニン結合領域が表面に露出しているプロトフィラメント、すなわち、ダイニンがトラックとして使用できるプロトフィラメントが1本しか存在しない。このzinc-sheet は基板に固定されたダイニンの上を滑り運動するが、片端の1本のプロトフィラメント以外のプロトフィラメントは運動に使用できないこと、片端の1本にモータータンパク質が特異的に結合することなど、綿密なコントロール実験を行ったうえで、ダイニン1分子がプロトフィラメント1本を使ってプロセッシブに(微小管から解離することなく連続的に)運動することを直接観察した。これは、本論文でコントローとして使用されたキネシンも含めて、モータータンパク質であるダイニンとキネシンが1本のプロトフィラメントだけを使って運動可能であることを直接示した、初めての実験結果である。さらに、ダイニン1分子中の2個の頭部間の距離を離して固定した組換え体ダイニンを使用して、ダイニン頭部の重なりあいが起こらない条件でも1本のプロトフィラメント上をプロセッシブに運動できることを明らかにした。これらの運動の速度、連続性、拡散係数などを計測し、それらの値が微小管上でおそらく複数のプロトフィラメントを使って運動しているときと大差がないことを見出した。これらの結果とダイニンの構造的特徴などから、ダイニンの運動は2つの頭部を交互に前に出すhand-over-hand方式ではなく、片方の頭部が常に前方に、他方の頭部が常に後方に位置するようなinchworm方式で運動する可能性が高いことを結論した。

第2章では、細胞内で微小管は種々の微小管結合タンパク質が結合し、さらに積み荷の輸送や紡錘体形成時に局所的にモーター分子が集合する状況にあるので、微小管上に複数のモータータンパク質が相互作用している状況において、1分子のモータータンパク質に着目してその運動特性を解析した。すなわち、微小管上に多数の蛍光ダイニン、または蛍光キネシンを相互作用させ、相互作用している分子の量を蛍光強度から定量し、別の蛍光色素で標識した1分子のダイニン、またはキネシンの運動を観察し、その速度、移動距離、相互作用時間、微小管への結合頻度などを計測した。相互作用させる多数分子については、1分子観察するのと同じ運動性のあるダイニンまたはキネシンを用いることに加えて、モータードメインに変異を導入して運動性を失ったダイニンまたはキネシンを用いた実験も行った。その結果、ダイニンは運動していない分子や反対方向に動くキネシン分子に出会うと、すぐに微小管から解離しやすく、一方、キネシンはそのような障害物に出会ってもすぐには解離せずに、別の結合サイトを探すか、次の結合サイトが空になるまで待ってから次のステップを行う、という特徴を持つことが明らかになった。このことは、キネシンには2つの頭部間でクロスブリッジの進行を連携させる機構が存在するが、ダイニンにはそのような機構がなく、2つの頭部のクロスブリッジサイクルが独立していることを意味する。さらに特筆すべき結果は、ダイニン、キネシン共に、微小管上が他の分子で混み合っている状況で、微小管への結合頻度が上昇したことである。特に、運動性のあるキネシンで混雑しているときに、1分子ダイニン、キネシン共に結合頻度の上昇が顕著であった。これは、多分子のモータータンパク質の間で微小管を介したコミュニケーションがあり、モーター分子が働いている微小管の近傍にさらにモーター分子が集合しやすいという特性を表わしており、細胞内でのモーター分子間の協調性を説明するメカニズムとして、新しい概念を提出するものである。

ダイニンはinchworm方式のステップが可能であり、かつ、2つの頭部間のクロスブリッジサイクルが互いに独立している、という以上の結果を踏まえて、総合討論では、ダイニンの運動モデルを構築した。そのモデルにおいて、(1)ダイニンの2つ頭部の距離が可変であること、(2)ダイニン微小管結合部位は、微小管上を連続的に滑るように移動すること、(3)微小管に結合したダイニン頭部に力がかかるとき、微小管の極性に基づく力の向きによって解離しやすさが異なること、の3要件があれば、ダイニンはinchworm方式で運動できると説明した。

以上のように、論文提出者は本研究において、ダイニンがプロトフィラメント1本の上をinchworm方式で運動できること、ダイニンの2つの頭部間のクロスブリッジサイクルが独立していること、モーター分子が働いている微小管の近傍には次のモーター分子が結合しやすいこと、など重要な新知見を提供した。これらの結果は、モータータンパク質の運動機構そのもの、さらに、細胞内での複雑で高次な現象に対応するモータータンパク質の特性についての理解に、大きく貢献するものと認められる。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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