学位論文要旨



No 128906
著者(漢字) 坂本,亮太
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,リョウタ
標題(和) クサギ繁殖成功に対する複数送粉者の貢献に係る生態学的解析
標題(洋) Ecological analysis of contribution of multiple pollinators to reproductive success in Clerodendrum trichotomum.
報告番号 128906
報告番号 甲28906
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1217号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 嶋田,正和
 東京大学 准教授 増田,建
 東京大学 准教授 吉田,丈人
 岐阜大学 准教授 川窪,伸光
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

送粉相互作用の解明は,被子植物の進化や多様性の創出を理解するための重要な課題として認識されている。そのために,植物の繁殖成功に対して,特定の送粉者がどのような役割を担っているかが明らかにされてきた。多くの研究において,主に訪花する送粉者による植物の繁殖成功が解析され,植物と主要な送粉者との間に生じている送粉相互作用の解明が実施されてきた。

しかしながら,野外の植物に特定の送粉者一種のみが訪花するという現象は一般的でなく,多くの花は複数種類の送粉者によって訪花される。複数送粉者が訪花する場合,一種のみの場合と異なり,送粉者の貢献を評価することが困難であった。そのため,これら複数送粉者と植物との送粉相互作用を解明する研究においては,主にニつの側面によて解析が行われてきた。一つ目は送粉者の行動によって評価する手法である。訪花頻度や訪花順,訪花距離などを指標とし,解析が行われてきた。二つ目は送粉者のを実験的に排除し,その貢献度を評価する方法である。一部の送粉者を排除することによって生じた植物繁殖成功の差異を,排除した送粉者の貢献として解析してきた。

とは言うものの,これら二つの側面からの解析を複合的に評価した研究例は極めて少ない。また,訪花行動による送粉者の評価と,植物繁殖成功に対する貢献とを複数送粉者それぞれで照らしあわせて解析した研究例は知られていない。ところが一般的に,例えば訪花頻度が高い送粉者は,低い送粉者に比べて植物繁殖成功に対する貢献が高いと考えられている。しかしながら,一種の送粉者と植物との送粉相互作用とは異なり,複数送粉者系において,訪花行動と送粉者としての貢献の関係性は示されてこなかった。

そこで本論文では,同一の複数送粉者系を用い、異なる送粉者の同時排除実験と,それら送粉者ごとの訪花行動の詳細な解析を行う。これらの解析において,複数送粉者系における訪花行動の解析と,繁殖成功に対する貢献との結果をすりあわせ,複数送粉者系における送粉者評価の実態を明らかにすることを目的とした。そのために私は,送粉者による一連の訪花行動を,異なる10の行動と繁殖成功に対する貢献に分けた。これら合わせて11の項目それぞれにおいて送粉者の評価を行う。そのための材料として,複数送粉者が観察されているシソ科植物クサギを用いた。

第2章では異なる送粉者の選択排除実験による送粉貢献度の解明を行った。第3章では解明した送粉者の異なる貢献が,どのような行動の変化によって規定されているか,クサギ開花期間における季節変動を通じて解析を行った。第4章ではハイスピードカメラを用いて極短時間に行われる訪花行動を解析し,異なる送粉者の間で訪花と送粉の関係性を比較した。第5章では訪花行動量に伴った花粉の移動量を明らかにし,送粉者の評価を行った。第6章では,上記の結果を踏まえた上で,複数送粉者系を有する植物としてクサギの繁殖戦略について考察を行った。

第2章 選択排除実験による種子生産に対する貢献の検出

クサギに訪花するホシホウジャク,キムネクマバチ,アゲハチョウ属を対象に,園芸用ネットの網目を用いた選択排除実験を行った。自然条件とアゲハチョウ排除との間の結果率・種子生産率の差をアゲハチョウ属の送粉貢献として,アゲハチョウ排除とアゲハ・ホウジャク同時排除との間の差をホウジャクの送粉貢献として,アゲハ・ホウジャク同時排除での結果率,種子生産率をクマバチの貢献として解析した。クサギの交配実験の結果,クサギは自家不和合性であり,繁殖成功のために訪花昆虫による送粉が必須であることが示された。送粉貢献度の解析の結果,単位時間あたりの訪花頻度が最も多いホシホウジャクの送粉貢献は検出されなかった。一方でアゲハチョウ属とキムネクマバチの送粉貢献は検出された。これらの結果によって,複数送粉者系において,異なる送粉者を訪花頻度のみで評価し,比較できないことが示された。

第3章 複数送粉者の貢献と種子生産の季節変動

クサギの開花期を5週に分け,それぞれの週におけるクサギの開花数,種子生産率と,送粉者ごとの貢献度,訪花頻度,同クサギ株内における連続訪花回数を明らかにした。その結果,自然条件下でのクサギの種子生産率は季節変動を示さなかった。一方で,アゲハチョウ貢献度やホウジャク貢献度は特定の週でのみ検出され,季節変動を示した。けれども,これらの週でのアゲハチョウやホシホウジャクの訪花頻度は,貢献が検出されなかった週と比べて有意に異ならなかった。ところが,これらの週ではクサギの開花量が最盛期に比べ有意に少なく,同株内における連続訪花回数が低下すると示され,隣家受粉が減少することと予測された。これらの結果は,自家不和合性のクサギにとって,送粉者による訪花量が増加し,柱頭への受粉量が増加することよりも,受粉した花粉のうち外交配の花粉量の割合が増加することの方が,種子生産量を増加させることを示唆している。本章では,我々が複数送粉者を評価する場合,一側面からの解析のみでは誤った評価をしてしまうことが示された。

第4章 ハイスピードカメラによる詳細な訪花行動の解析

訪花行動の比較は送粉者の評価の重要な指標である。しかしながら,訪花行動の多くは極めて素早いため,その多くは見落とされてきたと考えられる。そこで本章では,ハイスピードカメラを用いた極短時間で行われる訪花行動の観察を行い,我々にとって見えていたが認識できていなかった行動の解析を試み,訪花と訪花によって生じる送粉の関係性を明らかにした。送粉者の体とクサギの葯および柱頭への接触頻度を計測した結果,ホウジャクではアゲハチョウ属やクマバチに比べて有意に低かった。しかしながらホウジャクの訪花頻度は他の2種に比べて有意に高かった。目視での観察である訪花頻度と,詳細な訪花行動の解析である接触頻度を,複数送粉者で比較した結果,その傾向は大きくことなった。これらの結果は,訪花と送粉は異なる頻度で生じることを,加えて,その関係性は送粉者の間で異なることを示している。

第5章 詳細な訪花行動量と花粉移動量における関係性

訪花に伴った柱頭への花粉付着量や,葯からの花粉持ち去り量は,送粉者を評価する主要な方法であった。これらの解析により,訪花回数の増加は花粉の持ち去り量を増加させるが,付着量を常には増加させないことが明らかとなった。この結果は,訪花回数の増加は植物の雄としての繁殖成功を増加させると示してきた。一方で,訪花に伴う花粉の移動量は訪花行動の少しの差異によって大きく異なることが予測されてきた。そこで本研究では,詳細な訪花行動の解析による接触回数の把握と,接触に伴う花粉移動量を照らし合わせて解析することにより,送粉者の評価を行い,訪花回数の増加に伴った植物の雄繁殖成功の増減に対して考察した。接触回数と花粉移動量の比較の結果,接触回数の増加は,柱頭への花粉量とは有意な相関関係が示されず,葯からの持ち去り量とは有意な相関関係が示された。しかしながら,葯へ接触した送粉者の体の部位の比率と,花粉が付着していた部位の比率を比較した結果,ホウジャクとクマバチではこれらの比率が有意に異なった。この結果は,葯への接触によって持ち去った花粉の多くを体表面に保持せず,脱落させていることを示している。本章は,特定の送粉者による接触回数の増加,しいては訪花回数の増加が,植物の雌としての繁殖成功量だけでなく,雄としての繁殖成功量をも常には増加させないということを強く示唆している。

第6章 総合考察

本論文は,クサギとクサギの複数送粉者を対象に,複数送粉者それぞれで,訪花行動に伴った送粉の実態を詳しく評価し,送粉者間で繁殖成功に対する貢献の比較を行った。本論文では,複数の送粉者を排除する方法としてネットがけ処理を,素早い訪花行動の解析を行う方法として高速度撮影を新たに取り入れ,その両方が送粉相互作用を解析するための極めて有効な手段であることが示された。

全ての章において,クサギが複数送粉者の貢献を組み合わせることにより繁殖成功を実現していることが明らかになった。また,訪花行動の差異が送粉者の貢献度の差異に影響する訪花行動と影響しない訪花行動が存在することを示した。これら訪花行動の差異による貢献度の差異は,他の送粉者の貢献度やクサギの開花量などによって変動する可能性が示された。

また本研究では,クサギの果実・種子生産は,開花時期それぞれで複数送粉者の貢献度が異なり,足し合わせるようにして検出されることが示された。一方で,送粉者ごとの解析を行った結果,最も訪花頻度の高いホシホウジャクによる果実・種子生産に対する送粉貢献が検出されることは稀であった。これらの結果は,クサギは訪花量の多い盗蜜者の訪花に応じ,数少ない送粉者による訪花を待つといった繁殖戦略をとっていると考察された。

さらには,本論文が定義した送粉行動に関わる11項目は,クサギの雄としての繁殖成功,雌としての繁殖成功の二つに分けることができると考察された。これら雌雄で分けて解析した場合,キムネクマバチは,クサギの雌としての繁殖成功にのみ貢献が高いと考えられた。この結果は,複数送粉者が関わる送粉相互作用系でのみ生じる特有の現象であり,植物における繁殖戦略の新たな一側面を示している。今後の課題としては,本論文が明らかにした複数送粉者による送粉相互作用の実在が,一般的なものであるかどうか,他の相互作用系や理論研究をも含めた手法で解析すること。また,植物の繁殖成功を雌雄で分けて議論した場合,どのような進化的帰結を迎えるか示していくことが必要であると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1種の植物の花に複数の種類の送粉者が訪花するという複数送粉者系において、各送粉者が植物の結実に関わる繁殖成功にどのように貢献しているかについて研究を行ったものである。シソ科クサギとその複数送粉者系を研究対象とし、従来の研究では十分に解析が行なえていなかった個々の送粉者の貢献度の測定と詳細な訪花行動の観察について、新たに開発した手法である複数メッシュの網掛けによる選択排除実験と高速撮影用ビデオカメラによる行動観測をもとに解析している。その結果、従来考えられていた常識とは異なり、最も訪花頻度の高い送粉者はクサギの繁殖成功にはほとんど貢献しないことが明らかになり、複数送粉者系研究においては、詳細かつ正確で定量的な訪花行動解析が不可欠であることを示した。本論文は6章からなる。

第1章では、これまで行われてきた送粉系の研究を精査し、複数送粉者系研究における問題点を整理した。その上で、複数送粉者系の研究においては、送粉者を段階的に選択排除した実験および、各送粉者の訪花行動の詳細かつ正確で定量的な解析が必要であると指摘している。また、複数送粉者系の研究対象として、自家不和合性を示すクサギは最適な植物の1つである理由を説明している。

第2章では、第1章で必要性を提唱した、送粉者の選択排除実験による各送粉者の植物の繁殖成功(結実)への貢献度の推定を行っている。クサギに訪花するホシホウジャク、キムネクマバチ、アゲハチョウ属(大型のモンキアゲハ、クロアゲハ、オナガアゲハ、カラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハの5種)を対象に、10cmの網目サイズのネットを物理的な障害として用いてアゲハチョウ類を、2.5cmの網目サイズのネットを用いてアゲハチョウ類に加えてホシホウジャクを排除した。それぞれの実験結果と自然条件下において、各送粉者の訪花頻度とクサギ結実率を解析・比較した。その結果、訪花頻度が最も高いホシホウジャクではクサギの結実率への貢献は検出されない一方で、アゲハチョウ類とキムネクマバチでは有意な貢献が認められた。この結果は、複数送粉者系において、従来の研究のように送粉者の訪花頻度のみで評価することには誤りが生じる可能性があることを示している。

第3章では、第2章で推定した各送粉者のクサギ結実への貢献度の季節変化の有無を解明するため、クサギの開花頻度や送粉者の訪花行動の季節変化があるかどうかを20XX年8月前後の5週間を使って解析している。その結果、自然条件下でのクサギの結実率は週間で変化を示さなかった。その一方で、アゲハチョウ類とホシホウジャクの結実への貢献は週間で変化を示したが、それぞれの訪花頻度の週間での差異は有意ではなかった。これらの結果は、自家不和合性のクサギにとって、訪花頻度の増加にともなう柱頭への受粉量の増加はそれほど重要ではなく、各柱頭上における外交配由来の花粉の割合の増加が結実を増加させていることを示唆している。

第4章と5章では、第1章序章で提唱したもう1つの研究手法である高速撮影用ビデオカメラによる詳細かつ正確な定量的な訪花行動解析を行っている。第4章では7台の高速撮影用ビデオカメラを同時撮影することで、極短時間に進行する送粉者の訪花行動の観測によって、訪花とそれにより生じる受粉の関係を定量的に明らかにした。その結果、花への訪花回数が最も多いホシホウジャクでは、体とクサギの葯および柱頭への接触回数はアゲハチョウ類やキムネクマバチに比べて有意に少ないことが分かかった。目視で観察できる訪花頻度と、高速撮影用カメラによる正確な接触頻度の関係は、送粉者ごとに傾向は大きく異なっていた。これは、新たな手法での測定データで初めて分かったことである。第5章では虫と花各部位との接触回数に関する花粉移動量の比較を行っている。その結果、虫の接触回数と柱頭への花粉蓄積量とは有意な相関関係は認められない一方で、接触回数と葯からの花粉持ち去り量では有意な相関関係が認められた。また、これらの結果は、送粉者の体のどの部位に花粉が付着することにより生じていることを明らかにした。上記のように、新たな機器を使用しての詳細な観察とその解析により、これまで無視されてきた送粉者ごとの訪花行動の差異が植物の繁殖成功に大きな影響を与えていることを示すことに成功した。

第6章は総合考察である。第1章で提唱した2つのアプローチ、複数網目メッシュによる選択排除実験と高速撮影用ビデオカメラによる詳細な訪花行動の観察が、クサギにおける複数送粉系の解析において有効であることを示し、他の複数送粉者を持つ植物の研究においても採用されるべきであると主張している。また、第4、5章で観察した詳細な訪花行動を10ステップに区分し、各送粉者がどのステップにおいて送粉効率を低下させているかを整理し、第2、3章で推定した最終的なクサギの結実への貢献度との関係を議論した。

上記のように、本論文はこれまで十分に理解されていなかった複数送粉者を持つ植物の繁殖成功における各送粉者の貢献度について、新たに開発した手法を用いた観察と解析によりその実態を明らかにしたものである。本論文で開発された研究手法とその研究成果は今後の複数送粉者系の研究方向を示すものであり、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものとして認定する。

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