学位論文要旨



No 128909
著者(漢字) 増田,暢
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,トオル
標題(和) 開弦の場の理論における多重ブレーン解とその正則化について
標題(洋) On Multiple-Brane Solutions and Their Regularization in Open String Field Theory
報告番号 128909
報告番号 甲28909
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1220号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 立川,裕二
 東京大学 准教授 加藤,晃史
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 菊川,芳夫
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

素粒子の標準模型は非常によい精度で現実を記述することが確認されており、これまでに行われたほとんど全ての実験・観測に矛盾しない。しかし、この理論は重力の効果を含まないという点で不満が残る。そこで、一般相対性理論と量子論を整合的に結びつける理論が求められる。そのような理論の候補として弦理論が研究されている。弦理論は点粒子の代わりに一次元的な拡がりをもつ物体を考える理論で、自然界に存在する4つの力を自然な形で統一的に記述する可能性を持つ。また、近年ではゲージ理論の強結合領域の解析などにも応用され、場の理論の性質を解明するための道具として有用であることもわかっている。ところで、弦理論は摂動論的にしか定義されておらず、議論の難しい問題が色々とある。非摂動的な定式化が求められる理由としては、まず摂動的な定義では弦理論の真空の安定性について正確な議論ができないことが挙げられる。また別の理由として、強結合領域における理論の様相がもともとの弦の理論とは大きく異なると示唆されていることがある。たとえば、開弦が端をおくことのできるものとして定義されるDブレーンは、典型的な非摂動的物体である。それは弦理論のソリトンであると考えられており、強結合領域においては場の理論における双対性との類推などからこれらの物体を基本的自由度とする記述が自然になるという予想がある。このような事項についてよく理解するためには、素朴には弦を場の理論的に定式化することが役立つと考えられる。

一般に、弦を場の理論的に定式化する際には様々な困難が伴うが、ボゾン的開弦を自由度とする理論に限って言えば、よい定式化が存在する。その一つが Witten の開弦の場の理論である。特に、2000年頃の数値的解析の結果から、この理論の枠内でDブレーンが何もないような真空が記述できていることが確認されている。

本稿の主題は、この理論の枠内でDブレーンが複数枚重なって存在するような背景が記述できるかどうかである。まずこの問題については2011年に Murata-Schnabl により古典解が提案されたが、解は特異性を持っており、運動方程式を満たすような正則化は現在まで知られていない。また、最近、Hata-Kojita によって新しい解の構成法が提案されたが、解はやはりある種の特異性を持ち、特定の計算処方のもとで議論がなされている。

そこで、本論文では新しい正則化法を提案し、2枚のブレーンを表すとされる解に適用した。結果、Hata-Kojita の提案に沿ったタイプの新しい2重ブレーン解について、解自身と内積した場合も、Fock 空間上の元と内積した場合も運動方程式が満たされることがわかった。運動方程式を満たす多重ブレーン解はこれが初めてのものである。

しかし、この解は以下に述べるような問題を持っている。第一に、ゲージ不変量が予想されたものと違った。第二に、解に対応する境界状態が Dブレーン2枚のものではなかった。これらの問題については、ゲージ不変量や境界状態の意味づけと計算方法を考察しなおすことで解決できるのではないかと考えており、最終章において議論を与えている。

以上に加えて、副産物としてDブレーン(-1) 枚に相当するエネルギーを持つ新しい解を構成した。この解のゲージ不変量および境界状態を計算した結果、形式的にDブレーンの枚数を(-1)にとったような表式が得られ、一応の整合性が見られた。これは予想外の結果であり、解釈も不明である。この解を物理的なものと見做すべきか否かは現在のところわかっていない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文のテーマは、開弦の場の理論において一枚より多いブレーンを記述すると思われている解について、正則化を丁寧に行ってその性質を調べるというものである。論文は本文 7 章および付録 5 章よりなり、第 1 章は全般的な導入説明、第 2 章は開弦の場の理論の構造の概説、第 3 章は開弦の場の厳密解を記述する際に重要な sliver 座標系と KBc 部分代数の概説、第 4 章は開弦の場の厳密解でこれまで解析法の確立している摂動真空およびタキオン真空の概説が記されている。第 5 章が申請者自身の研究であり、多重ブレーン解の正則化とその性質の記述にあてられている。第 6 章ではその他の厳密解について述べられている。第 7 章はまとめと今後の展望である。付録 A, B, C, D, E はそれぞれ本文に載せるには煩雑な計算がまとめてある。

内容の詳細

弦理論は一般共変性をもつ重力理論を量子的に解析することのできる枠組であり広く研究されているが、弦の振動のそれぞれのモードが通常の場の理論の意味での1つの場となる。そのため、弦理論を通常の場の理論として書き下す枠組である弦の場の理論は無限個の場を含むのでこれまで解析は煩雑であった。その中でも、ボゾン弦理論の時空内のソリトンであるブレーンに張り付いた開弦を記述する開弦の場の理論は、弦の場の理論の中では比較的扱いやすいため良く研究されている。特に、通常の摂動的真空には不安定なスカラー場があるため、それが真空期待値を持つことによってブレーンが消滅するということが Sen によって 1998 年に予想されていた。

それに対する解は、Schnabl が 2005 年にはじめてまっとうなものを構成した。これを大川が 2006 年に簡潔にまとめて書くために開発したものが KBc 代数であり、これを用いて 2011 年に村田-Schnabl が多数枚のブレーンに対応する解を書き下したのであるが、 KBc 代数はあくまで無限個の場を含むものの形式解を簡潔にまとめて書くことができるのみであり、実際の収束性等は個別に判定しなければならない。個々の場は有限の値を取るのであるが、理論に場が無限に存在するため、物理量の評価の際に条件収束する和や積分があらわれるので、物理的に自然な正則化を与えて和および積分の順序を決め、その後に正則化を取り払うという操作をする必要があるのである。

これまで提唱されていた多重ブレーン解は収束性が非常に微妙であった。博士論文提出者は、提出者自身が発見に関与した KBc 代数の自己同型を用いて、まず二重ブレーン解の表式の書き換えを行い、より良く振る舞う解を得た。その上で、この解に収束する正則化された場の配位の列を構成し、正則化した場の配位それぞれについてエネルギー等の物理量を計算したのち、極限をとることによって、確かにこの解が通常のブレーンの二倍のエネルギーを持つこと等を示した。

結び

以上のように、論文提出者は、これまで形式的に提唱されていた解が期待される性質をもつことを正則化を伴う詳細な数学的解析によって示しており、また、その他の形式解についてもどのように正則化すべきかの指針を与えた。また、論文提出者が発見に関与した KBc 代数の自己同型はそれ自体弦の場の理論の解析に有用なテクニックである。このように、論文提出者は弦の場の理論の解析に複数の意義のある寄与をした。したがって、本審査委員会は 博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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