学位論文要旨



No 128912
著者(漢字) 寺田,陽祐
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,ヨウスケ
標題(和) 間接バンド端を基底状態にもつ2準位電子・正孔系における輻射再結合過程の研究
標題(洋)
報告番号 128912
報告番号 甲28912
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1223号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深津,晋
 東京大学 教授 前田,京剛
 東京大学 教授 久我,隆弘
 東京大学 准教授 鳥井,寿夫
 東京大学 准教授 上野,和紀
内容要旨 要旨を表示する

シリコン(Si)ベースの光エミッタはオンチップ光電子融合を実現する上でのキーデバイスとして期待されている。しかしSiのエネルギーバンドは間接遷移型で輻射再結合速度が小さいため光エミッタには不向きである。この実現に向けて多くの研究が行われる中、系に新たな準位を導入する方法論が少なくない。例えば、Si(1-x)Gex / Si歪量子井戸ではSiの準位にSi(1-x)Gex層(井戸層)由来の準位が加わる。光物性の観点からは発光準位だけが注目されがちであるが、Siのような輻射再結合速度の小さい系においては、他の準位との競合やキャリア移動が顕著となる。キャリア移動はフォノン散乱を伴う実空間、波数空間内での遷移にほかならないが、フォノン散乱は非常に速い過程(~ps)なので、断熱的なキャリア再分布の形で輻射再結合過程に影響を与える。一方、輻射再結合速度の小ささゆえに他の励起・緩和過程との競合をも考慮する必要がある。

本研究の目的は、電子格子相互作用で結合した複数準位をもつ電子あるいは正孔系におけるキャリアダイナミクスと輻射再結合過程の相関に関する知見を得ることである。本研究では基底・励起状態2準位系を対象に選んだ。間接遷移バンド端が基底状態となるSi(1-x)Gex系結晶を用いることで、キャリア再分布の影響をまず調べた(2準位間でのキャリア分配による励起強度に対する高次非線形性とフェルミ端・状態密度特異点共鳴の光学検出)。次に同じ2準位系を用いて、通常は分光によって観測できない非輻射再結合過程を発光準位のみで模倣した(2準位輻射再結合系を用いた非輻射再結合過程とその競合ダイナミクスの模倣)。最後に、近年注目を集めているゲルマニウム(Ge)光エミッタにおいても、間接遷移端と直線遷移端の2準位でのキャリア再分布が再結合過程に重大な影響を与えていることを調べた(Ge室温蛍光の直接・間接遷移発光の時間・空間分離とバレー間フォノン散乱による直接バレー励起の実証)。

1)2準位間でのキャリア分配による励起強度に対する高次非線形性とフェルミ端・状態密度特異点共鳴の光学検出

フォトルミネッセンス(PL)測定法は、光励起されたキャリアが緩和する際に放出する光を計測する手法である。スペクトルを計測しバンド端近傍のエネルギー状態を調べるのが一般的だが、励起強度依存性を測定することで競合過程を推察することが可能である。具体的には輻射光と励起光の強度を両対数軸上にプロットし、傾きmを算出することで、キャリア数密度に対し何次の過程(輻射再結合過程は2次)が優勢なのかを推定する。一般則では3次までの過程の競合 (1) を考えるため、mが2を超えない法則をもつ。これは単一の再結合中心を前提にしているが、本研究では2つの再結合中心でのキャリア再分布の影響によりmが2を超え得ることを見出した。

状態密度に不連続を内包する系(図1-1)で、基底状態、励起状態のキャリア数を全キャリア数の関数として計算したところ、非線形な増大が得られた(図1-2)。考察により、キャリアが形成するフェルミ分布の裾野と状態密度の不連続点が近いとき(この状態をフェルミ端・状態密度特異点共鳴と呼ぶことにする)に傾きm(DOS)が大きくなることが分かった。PL実験の観測で得られるmは、(1)式から得られる傾きm(kin)とm(DOS)の積 (2) で表される。m(kin)は2を超えないが、m(DOS)が大きな値を取り得るので、mは2を超え得る。また、温度上昇によりフェルミ分布が拡がると、励起キャリアのm(DOS)が小さくなることも計算から得られた。

以上をふまえ、2準位とも光学活性なSi(1-x)Gex / Si歪超格子(Strained Layer Superlattice, SLS)障壁量子井戸(Quantum Well, QW)を用いて、PL強度の励起強度依存性を測定した。図1-2に結果を示す。励起状態に相当するSLSの発光からm = 2.9 (> 2) が観測され、フェルミ端・状態密度特異点共鳴の光学的な検出が実証された。また、温度依存性の測定では温度が高いほどmが小さくなることが観測できた。実験結果とモデルの傾向は定性的に一致した。フェルミ端・状態密度特異点共鳴が起こる励起強度領域では、mが大きくなり得る。

2)2準位輻射再結合系を用いた非輻射再結合過程とその競合ダイナミクスの模倣

Siをはじめとする間接遷移型半導体は輻射再結合(Radiative Recombination, RR)レートが小さいため、非輻射再結合(Nonradiative Recombination, NR)過程との競合が重要である。Schockley-Read-Hall再結合などキャリア数密度に対し低次のNR過程は弱励起下で支配的になるため根本的な除去が必要であるが、起源は不純物や結晶欠陥であり除去は困難である。また、NR過程であるため分光によって特性を評価することができない。本研究は1)で用いた発光2準位系 (Si(1-x)Gex / Si SLS障壁QW)を用いて、NR中心へのキャリア移動を再現し、さらに発光の観測によって特性が評価可能であることを示す。

図2-1に励起状態のPL発光の再結合寿命の温度依存性を示す。比較対象として、基底状態のみの系であるSi(1-x)Gex / Si SLSからの発光の再結合寿命も計測した。弱励起領域において励起強度の増大に伴い再結合寿命が増大した。RRおよび高次のNRでは励起強度が高いほど再結合寿命が小さくなるため、低次のNRの再結合寿命の特性を模倣していると考えられる。また、基底状態のみの系であるSi(1-x)Gex / Si SLSと比較すると、弱励起領域では発光2準位系の方の再結合寿命が小さいことが分かる。再結合寿命の低下は励起状態(SLS)から基底状態(QW)へのキャリア移動を示唆する。一方、強励起領域では弱励起領域でみられたNRの特性が消失している。これはQWからSLSへのキャリア横溢によりQWがNR中心として機能しなくなったことを示唆している。以上のように推測したキャリア移動の機構は、スペクトルの時間発展の観測(図2-2)によって直接観測可能である。

続いて温度依存性を調べたところ、T = 20-30 Kより低温でも高温でも本系のNRとしての機能が抑制された(図2-3)。それぞれの温度領域で発光強度および発光寿命を解析することで、低温下では励起状態を構成するSLS層のポテンシャル揺らぎが、高温下では基底状態からの励起状態からの逆移動の促進が、それぞれNRの機能を抑制していたことが分かった。

3)Ge室温蛍光の直接・間接遷移発光の時間・空間分離とバレー間フォノン散乱による直接バレー励起の実証

近年、Geが光エミッタ材料として注目を集めている。GeはSiの同族元素でありCMOSをはじめとするSi技術と親和性が高く、間接遷移型だが直接遷移端(ΓC)のエネルギーが比較的近いエネルギーバンドをもつためである。デバイス化を前提としている以上、直接遷移発光の取り出しはエレクトロルミネッセンス(EL)で行われることが望ましいが、PLと異なり必ず間接遷移端(LC)へキャリアが注入されるため、LC端からΓC端へのフォノン散乱の促進が必要となる(図3-1)。直接遷移EL発光はすでに複数報告されているが、大半がスペクトル上での同定のみを根拠としている。しかし、室温では直接遷移と間接遷移の発光ピークの重なりが大きく、また間接遷移発光が抑制され発光ピークが1つしか観測されない系が存在するため、別視点からの根拠の補強が必要である。本研究では、直接遷移が間接遷移と比較して非常に小さな時定数をもつことを利用して、時間軸上での直接遷移ELと間接遷移ELの分離を試みた。

まずGe(100)基板の表面にAl電極を2箇所蒸着したMSMダイオードに30 Vの矩形パルスを印加し、ELの時間発展を観測した(図3-2)。ELの蛍光減衰曲線から速い応答(~15 ns)および遅い応答(~300 ns)が得られた。そこで波長分散を測定したところ、速い応答の分布がスペクトル上での直接遷移の発光ピークと一致した。したがって速い応答は直接遷移によることが同定できた。

続いて、p-i-nダイオードを用いて印加パルスの順方向・逆方向電圧の依存性を調べた。ダイオードの電流-電圧特性から、逆方向電圧によって電場の印加が期待される。実際に逆方向電圧により直接遷移・間接遷移の双方の時定数が小さくなった。また、逆方向電圧印加のもとでスペクトルの時間発展を観測されたところ、直接遷移と間接遷移の分離が強調された(図3-3)。さらに直接遷移の発光ピークにStarkシフトと思われる低エネルギー側への移動が観測された。

結論

間接バンド端が基底状態のフォノン結合2準位系において断熱的キャリア再分布が輻射再結合過程におよぼす影響について調べた。2準位間でのキャリア分配による励起強度に対する高次非線形性の研究では、両対数軸上での励起状態の発光強度の傾きが大きくなる可能性を見いだすとともにフェルミ端・状態密度特異点のバリアレス共鳴が光学検出できることを示し、状態密度不連続を内包する系に普遍的な現象であることを指摘した。一方、2準位系の輻射再結合系を用いて非輻射再結合過程とその競合ダイナミクスを模倣する試みは、NR過程を可視化することで未踏の光物性の解明につながる可能性を内包している。以上の結果はSi, Geに限定されず、励起状態の蛍光制御への道筋をつける内容である。また、Ge室温蛍光の直接・間接遷移発光の時間・空間分離およびバレー間フォノン散乱による直接バレー励起の実証では、直接遷移ELの寄与を時間ドメイン観測から同定する一方、波数空間においても断熱的2準系キャリア再分布が本質的に重要なこと、さらにStarkシフトを通じたキャリア再分布観測の可能性を示した。以上、キャリア再分布が内在する2準位系再結合の励起強度・温度・電場依存性を通じて、外場から励起状態がより強い影響を受けることがわかった。これらは基底状態に特化した物性描像に対する理解の深化に寄与するとともに未踏分野である励起状態の発光制御への発展可能性を示唆するものである。

図1-1 状態密度不連続の系

図1-2 Nexの計算結果

図1-3 mの励起強度依存性の実験結果

図2-1 励起状態の寿命の励起強度依存性

図2-2 PLスペクトルの時間発展

図2-3 各温度における寿命の励起強度依存性

図3-1 直接遷移ELの際のフォノン散乱

図3-2 EL発光ピークの時間発展

図3-3 EL発光スペクトルの時間発展

審査要旨 要旨を表示する

間接バンド端を基底状態にもつ双極子許容2準位電子・正孔系における輻射再結合過程の研究ついてまとめられた寺田氏の博士論文は、全6章からなる。第1章は導入部で研究の動機、背景、目的が述べられ、第2章で実験の原理と現象の理論的背景が詳述されている。これに続く第3章から5章では、3つのテーマにそって実験結果とそれに関する考察が述べられ、最後の第6章で結論と今後の展望が述べられている。

導入で述べられているとおり、間接遷移バレーを伝導帯の最低エネルギー状態にもつIV族半導体の輻射再結合の制御を目的として、同氏は、修士の時分から近赤外領域の時間ドメイン評価を基軸にSiGe/Siヘテロ構造を中心とする量子ナノ構造の研究に従事してきた。博士後期課程では、励起子基底状態からの双極子許容間接遷移において長寿命性を反映した、直接遷移物質では観測しにくい特異なキャリアダイナミクスが系統的に発現することを見いだした。同材料系はホール量子閉じ込めとは対照的に電子が殆ど束縛を受けない特殊なタイプII型の閉じ込めを示すが、逆にこの性質を利用することで2準位系の断熱的キャリア再分布のダイナミクスと再結合キネティクスを制御可能な構造がデザインできることを示した。これによって従来あった光学評価に内包されながら看過されてきた問題点を浮き彫りにし、物性評価の新手法を開発するとともに最先端研究のループホールを指摘。これを実験事実を通じて発展的に解消することで、分野の発展に大いに貢献した。そしてこれらの成果をまとめることで本論文を完成させた。

第3章では、簡便なセットアップで測定が可能、かつ汎用性が高い光学評価法として有名な光励起蛍光を取り上げ、従来のデータ解析と物性評価に大きな変更を迫る内容を提示している。同手法は、半導体をはじめとするさまざまな物質の研究に用いられてきた。蛍光から得られるデータとしてはエネルギーと並んで相対強度が重要であり、ことに励起強度のべき指数は、蛍光と競合する非輻射な再結合過程の寄与に関する情報を与えてくれる点で重用される。励起強度に対して光キャリア濃度が一様に増加する系においては、蛍光強度対励起密度のべきが最大2を超えないことが一般的に知られている。氏は、状態密度にとびがある2準位系では、この一般則が崩れることに気がついた。まずモデル理論計算を用いてこの効果示し、修士時代の専門であるIV族半導体ヘテロ構造のバンド接続、間接遷移特性などを駆使することで、これを実証的に示した。その結果、状態密度にステップ的な不連続が存在すると、励起状態蛍光のべき指数が2を大きく超える一方、同時に基底状態蛍光のべき指数は1を下回ることがわかった。さらにキャリアの再結合を表すレート方程式から導かれるべき指数にくわえて、状態密度不連続がもたらすべき指数が、簡単な積の形で全体のべき指数に取り込まれることを示した。この効果は、実験でも明瞭に観測され、フェルミ分布のぼけとともにべき指数の異常が逐次的に解消される温度効果、高温極限での振る舞いなどが、悉く理論予測と符号することがわかった。さらにしばしば観測事実だけにもとづいて議論される実験結果、たとえば誘導放出と誤認されるべき指数の異常増大が、実は状態密度の不連続に起因する高い蓋然性を指摘した。一方、現象論的側面では、同効果が輸送現象として著名な共鳴トンネルダイオードのアナロジーで理解できることを指摘した。擬フェルミ準位と状態密度不連続の共鳴が、光学的にかつトンネル障壁のない状況においても検知可能であることは驚異的である。この性質にもとづいて同氏は、同評価法が即時、量子閉じ込め系の障壁へのキャリア実空間移動に適用可能なことを指摘し、物質非依存な特性であることにも言及している。これらは物理学、応用物理学にとどまらず、蛍光評価を必要とする物質・材料系分野の方法論にとどまらず、学理の発展と深化に貢献するものである。

第4章の狙いは、第3章で扱った結合2準位間の可逆なキャリア移動の性質を積極的に利用することで、輻射再結合系のみを利用して、非輻射再結合系の人工モデルシステムを模倣的に構築することにある。これによって通常は外部出力を得ることができず、想像の産物の域を出ないブラックボックスとしての非輻射再結合過程と輻射再結合過程の間のミクロレベルなキャリアダイナミクスや、前者の効果的な回避あるいは抑制法を明示的な形で研究することが可能となる点が重要である。勿論のことこのような試みは今までに例がない。氏は、超格子障壁と量子井戸の間のホール移動に注目し、前者を輻射再結合過程、後者を非輻射再結合過程とみたてることでこれを可能にした。まず、低励起密度で支配的な非輻射再結合過程の代表格であるShockley-Reed-Hall再結合過程の際立った基本的な性質(1)ベキ指数が2であること、(2)励起密度上昇とともに寿命が伸びる効果をともに再現することに成功した。一方、この非輻射過程模倣モデルには有効な温度領域が存在することを見いだした。それによれば低温では超格子における弱局在、高温では量子井戸からのホールの脱離が支配的となるが、この結果を敷衍して時間分解蛍光計測を行うことで新しい知見を得ている。すなわち、局在支配の低温環境であっても強励起条件下においては、ホール脱離が支配的となることによって非輻射再結合過程が抑制される結果、(2) の効果が発現することを直に示したのである。これは、(1)が前章でも指摘があったように、 (2)あるいは定常励起下における非輻射過程の抑制効果が経験的に知られていても、その検証が困難であったことに鑑みれば、これは大きな前進であるといえる。その一方で、極低温の局在条件下では局在支配ゆえに井戸への捕獲が促進しないこととあわせて、非輻射再結合の抑制にはポテンシャル障壁の導入以外にも強励起による飽和抑制が有効であることを明らかにした点が意義深い。非輻射再結合の抑制と制御は、半導体レーザを初め再結合過程では最重要の位置づけにあり、今回の研究のもつ意義は極めて大きいと言える。

第5章では、波数空間で隔たった、散乱による電子移動が伴う2準位間の輻射再結合過程を対象として、前2章とは異なる視野から研究を行っている。とくに両バレーのエネルギー差が小さい間接、直接バレーをもつIV族半導体のゲルマニウムを選択した点を特徴としている。電子状態を制御する観点からは量子構造が好適であるが、直接バレーの利用やスピンに端を発する昨今のゲルマニウム熱の高まりの中、未知の光学的性質を明らかにすることは時代の要請でもある。実際、発光エネルギーが通信波長帯に一致することを動機に、ゲルマニウムの直接バレー発光が近年、盛んに研究されている。しかし、歪、無歪系を問わず、ゲルマニウムの発光における直接バレーの関与は、エネルギー計算以外に確たる根拠を持たない。一方、直接遷移であれば高速の直接変調が可能となる筈である。氏は、時間分解法をもちいてこれらの懸案事項の一気解決を目指した。量子構造は一般に薄膜の形態をとるが、エピタキシャル成長中に導入される格子欠陥は非輻射再結合中心をもたらす。それゆえ短寿命の直接遷移と超寿命の間接遷移では後者の効率の低下が著しい。これらは定常励起蛍光で直接評価することが難しいが、時間分解計測であれば寿命短縮として弁別が容易である。氏は、バルクのゲルマニウム試料に2つの金属電極を設けた構造を用い、パルス電流注入条件での発光強度と寿命のエネルギー分散およびその温度特性を時間の関数として詳細に解析した。その結果、直接、間接蛍光の明確な同定と分離に成功し、直接遷移がパルス電源の周波数応答より短い1ns以下の寿命をもつとともにpin構造のバイアス変調によってNRZパルスのオンオフ変調帯域40MHz を得た。これはゲルマニウムの発光ダイオードの変調速度としては最高値であり、直接遷移の関与を示唆している。さらにこの変調特性にもとづいて、逆バイアス下での直接、間接バレー端におけるStark効果の発現を観測している。さらに電流注入では間接バレーにのみ電子が注入可能であるが、そこからバレー間フォノン散乱によってのみ直接バレーが励起可能であることを今回の実験によって直に示した。

以上より間接端基底状態2準位系では励起状態のみ外場への応答性が高く、基底状態だけを扱う従来の物性描像の正しさ裏付ける一方で、励起状態からの発光の利用と制御への道筋をつけた。このように最先端分野をリードする成果、鋭い洞察力と判断力を駆使して、従来看過されてきた本質的な問題を掘り起こし、緻密な議論と明解な論理展開、そして実験を通じてこれらを実証する姿勢は、後に続く学生のロールモデルであり、一連の業績は、特定の研究分野のみならず、物性物理学の発展に寄与するものである。

尚、第3、4、5章の一部は、安武祐輔氏、深津晋氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体的に実験計画の立案、実行、解析と考察を行ったものであり、その寄与は十分であると判断する。

よって本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク