学位論文要旨



No 128914
著者(漢字) 鳥居,真吾
著者(英字)
著者(カナ) トリイ,シンゴ
標題(和) Wess-Zumino-Witten型の開いた超弦の場の理論のゲージ固定
標題(洋) Gauge Fixing of the Wess-Zumino-Witten-Type Open Superstring Field Theory
報告番号 128914
報告番号 甲28914
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1225号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 国場,敦夫
 東京大学 特任教授 杉本,茂樹
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 教授 菊川,芳夫
内容要旨 要旨を表示する

摂動論的な超弦理論においては、開弦と閉弦は独立な自由度として導入されている。しかし、開弦-閉弦双対性の背後にあるものを突き詰めれば、第二量子化の理論である弦の場の理論においては、開弦の場という1つの自由度を用いて、開弦のみならず閉弦をも記述できる可能性がある。開弦の場の理論においてこの問題を解析するためには、同理論の量子化を行えばよいであろう。なぜなら、開弦-閉弦双対性は、開弦の立場では量子効果に他ならないからである。この場合、考察すべきことは、

『開弦の場の理論は、閉弦の場のような新たな力学的自由度を加えることなしに、無矛盾に量子化可能か』…(*)

という問題になる。もし開弦の場の理論が閉弦に関する何らかの必要情報を欠いていたならば、同理論の対称性は、量子化の際にアノマリーを持つであろう。一方、そのようなアノマリー無しに、(*)の問題が肯定的に解決されたとすれば、そのことは、「閉弦が開弦の場の言葉で記述可能である」ということを示唆しており、さらには、閉弦が開弦の場の言葉で「どのように記述できるのか」また「どの程度記述できるのか」という問題へと繋がるものとなる。第一量子化のレベルでは理論の基本的な構成要素と考えられている閉弦も、開弦の場の理論という非摂動論的な枠組みの中では、開弦の場という、より基本的な要素から生じる副次的なものである可能性がある。開弦の場の理論を量子化しようという試み自体はこれまでにもあったが、その際に扱われたのはボソン的弦の場の理論であったことから、tadpole diagramsに起因する発散があった他、そもそもタキオンが存在するという困難を抱えていた。したがって、(*)の問題を解決するためには、超弦の場の理論を取り扱うことが重要となる。

以上のような動機に基づき、本学位論文では特に、Wess-Zumino-Witten型の開いた超弦の場の理論に着目し、量子化に向けた第一歩として、NSセクターのゲージ固定に取り組んだ。弦の場の理論のゲージ構造は複雑であり、そのゲージ固定に際しては、単なるゴースト場のみならず、ゴースト場のゴースト場なども含めた無限個のゴースト場および反ゴースト場が必要になる。そこで、本論文ではまず自由場の理論を考察し、どのような量子数を持つゴースト場や反ゴースト場が出現するのかを明らかにした。また、将来アノマリーの計算をする上で有用と思われるようなゲージ固定条件を含む、十分に大きなゲージ固定条件の族を提案し、対応するプロパゲータの導出も行った。

これら自由場の理論の解析は通常のBRST形式を用いて完遂することが可能だが、相互作用まで含めた理論のゲージ固定においては、on-shellゲージ対称性をも取り扱う必要がある。この問題にシステマティックに対処するために、本論文では、Batalin-Vilkovisky形式というものを用いた。同形式において、ゲージ固定の問題は、マスター方程式と呼ばれる方程式の解を構成することに帰着される。この方程式の基本変数には反場というものが含まれるが、自由場の理論の解析を通して同定した反場および場をもとに相互作用のある理論のマスター方程式を解き、完全な解を得るまでには至らなかったものの、三次の相互作用項を全て特定することに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

超弦理論は、重力を含む整合的かつ統一的な量子理論の最も有力な候補として精力的に研究されてきたが、弦の無限個の励起モードに対応する無限個の場が現れるため、ゆたかではあるが非常に複雑な構造を持っている。特に理論の基底状態等を解明するのに不可欠である非摂動論的な取り扱いについては未だ満足な定式化が得られていないが、一つの候補として「弦の場の理論」と呼ばれる定式化があり、特に開弦の場の理論に関しては近年非摂動的な基底状態を表す厳密な古典解が構成されるなど、興味深い進展が見られている。しかしながら、こうした開弦の場のみを基本力学変数とする理論が量子論的に整合な理論であるかどうかは重要な未解決の問題である。これを調べるには、まず摂動論的にこの理論を量子化してその性質を調べることが不可欠であるが、弦の場の理論の持つ無限に入り組んだゲージ対称性のために、非自明で緻密な解析を必要とする。本論文は、こうした背景のもとで、後述するひとつの有望な超対称な開弦の場の理論について解析を行い、これまで知られていなかったこの理論のゲージ対称性の構造の詳細な解明を行うとともに、それに基づくゲージ固定の方法を考案し、それを用いて伝播関数の構成に成功した。この結果は、相関関数の量子的な計算をする上で基礎となるものであり、将来的に有用である。

本論文は第1部から第5部併せて14の章、および6つの補遺から構成されている。以下その概略を述べながら、本論文の審査の要旨を述べる。

第1部(第1章~第3章)、第2部(第4章~第5章)はレビューであり、ボゾン的開弦の場の理論のゲージ対称性の構造とそのゲージ固定の方法、およびその上で理論を構成するヒルベルト空間の大きさが異なる二つのタイプの超開弦の場の理論の定式化について述べている。このうち大きなヒルベルト空間を用いるWess-Zumino-Witten(WZW)型と呼ばれる比較的新しい定式化は、見かけは従来の小さなヒルベルト空間を用いるcubic型と呼ばれる定式化より複雑だが、cubic型の欠点である特異性の困難を解消していると考えられる有望な理論であり、本論文の考察の主な対象となる。

第3部(第6章~11章)がこの論文の要となる部分であり、これまで明らかにされていなかったWZW型の超開弦の場の理論の複雑なゲージ対称性の構造の理解とそのゲージ固定の方法を、いわゆるNeveu-Schwarz (NS) セクターと呼ばれるボゾン的な励起を記述する理論のセクターにおいて、相互作用を無視した自由場の近似において確立している。この解析で明らかになったことは、従来の小さなヒルベルト空間の上で展開される理論と比較して、無限のゲージ対称性の階層自体がいわば倍に拡張されており、そのゲージ固定に際して導入される無限個のゴースト場の系列もまた非自明な構造を伴って倍加されるという事実である。論文提出者はBatalin-Vilkovisky形式と呼ばれる手法を用いて、かなり広いクラスのゲージ固定条件に対応するゲージ固定された作用を系統的に構成し、それを用いて伝播関数を計算することに成功した。

第4部(第12章なみ第14章)では、前章の方法を相互作用をいれた場合に拡張する試みを行っている。相互作用を入れると、無限に入り組んだゲージ対称性の構造と相互作用を含んだ運動方程式とが絡んでくるという新しい現象が現れるので、この拡張は非常に非自明である。論文提出者は、理論の持つ離散的な対称性によってゲージ固定された作用の形が制限されることを利用して、弦の場について3次のオーダーまでのゲージ固定された作用を導出することに成功した。これは将来的に相関関数を計算するにあたって不可欠になる情報の一部を与えている。

最終第5部は結果のまとめおよび今後の課題の考察にあてられており、また補遺において計算および証明の技術的な詳細が述べられている。

以上のように、本論文は、開いた超弦の場の理論の量子的整合性という重要な未解決問題を研究する際に基礎となる、理論の無限に入り組んだゲージ対称性の構造の解明とその固定の仕方の考察を、Wess-Zumino-Witten型と呼ばれる有望な理論について、詳細に行ったもので、高度な専門知識と緻密な考察を駆使して、新しい有用な結果を得ており、高く評価される。

なお、本論文で得られた結果は、論文提出者による単名の論文によるものの他に、第 3部の結果の一部については、Michael Kroyter、大川祐司、Martin Schnabl、およびBarton Zwiebachの各氏との共同研究に基づいている。この部分に関しても、論文提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される。よって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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