学位論文要旨



No 128916
著者(漢字) 野海,俊文
著者(英字)
著者(カナ) ノウミ,トシフミ
標題(和) 開いた超弦の場の理論における解析解
標題(洋) Analytic solutions in open superstring field theory
報告番号 128916
報告番号 甲28916
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1227号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 菊川,芳夫
 東京大学 特任教授 堀,健太朗
 東京大学 専任講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

■重力理論としての弦理論重力は我々にもっとも身近な相互作用であるが,物理学者にとっては最も不思議で魅力的な研究対象であると言える.とりわけミクロなスケールでの振る舞いについては現象論的にも理論的にも未知な領域が多く残されおり大変興味深い.長年に渡る理論的な研究の積み重ねにより,重力には熱力学との類似性やホログラフィーと呼ばれる低次元の異なる理論との双対性の存在が示唆されており,これらの現象の背後には未だ知られていない重力のミクロな記述が存在すると広く信じられている.弦理論はそのような重力のミクロな記述の有力な候補の一つであり,先の現象についても一定の理解を与えることに成功しているが,その際,弦理論の最も基本的な双対性の一つである開弦-閉弦双対性が重要な役割を果たしてきた.

■開弦-閉弦双対性弦理論にはゲージ粒子などを記述する開弦と重力子などを記述する閉弦の2つの自由度が存在する.世界面を用いた弦理論の定式化を用いると,閉弦の伝搬は開弦のループダイアグラムと解釈可能であることが自然と示され,これら2つの見方の等価性は開弦-閉弦双対性と呼ばれている.このことは,開弦のダイナミクスから重力子を含む閉弦が自然と現れる可能性を示唆しており大変興味深い.このように重力が他の自由度から副次的に現れる現象は,重力理論一般に期待されており,開弦-閉弦双対性が弦理論において重要であるのみならず,重力の基本的な側面を捉えたものとしても大変重要であると考えることができる.以上をふまえ,『開弦の自由度のみを用いてどのクラスの物理が記述可能であるか(※)』という問題意識のもと,本論文では開弦の場の理論についての議論を行う.

■弦の場の理論弦の場の理論は弦理論の非摂動論的側面の理解を目指した場の理論的定式化であり,その基本的な自由度『弦の場』は弦のスペクトラムに現れる無限個の状態に対応した無限個の場の自由度を含んでいる.特に,開弦の場の理論は開弦の自由度からなる開弦の場で構成されており,閉弦の自由度は露には含んでいない.そのため,開弦の場の理論は先の問題を議論するのに適した枠組みであると言える.実際,開弦の場の理論は『タキオン凝縮』と呼ばれる現象の理解に大きく貢献してきた.

■開弦の場の理論におけるタキオン凝縮ボソン弦のスペクトラムには不安定モードであるタキオンが含まれるが,開弦に含まれるタキオンは開弦が端を持つDirichlet ブレーン(Dブレーン)の不安定性と関係しており,特に,Dブレーンが消失して開弦の物理的自由度が存在しない『タキオン真空』が存在することがSen により予想された.Sen の予想を受けて開弦の場の理論において『タキオン真空を記述するタキオン真空解』構成の試みが1990 年代後半から盛んに行われてきたが,2005 年にSchnabl はタキオン真空解を解析的に構成することに成功した[1].Schnabl の成功を受けて,近年開弦の場の理論における解析的取り扱いが大きく進展しており,本論文の内容もこの流れを受けている.

■第一部(1章,2章):開弦の場の理論における解析的手法Schnabl の構成は後に,KBc 代数と呼ばれる代数関係式によって特徴づけられ,この代数的取り扱いの進展により様々な解析解が開弦の場の理論において構成されてきた.本論文の第一部では,開いたボソン弦の場の理論の導入を行った後に,KBc 代数に特徴づけられる近年大きく進展した弦の場の理論における解析的手法についてレビューを行い,タキオン真空解についてKBc 代数を用いて議論する.

■第二部前半(3章):境界状態による解への制限先の問題意識(※)に基づき『開弦の場の理論にどのクラスの古典解が含まれるか』を系統的に議論したいという動機のもと,第二部では開いたボソン弦の場の理論における解析解の構成に関する2つのアプローチを議論する.はじめに3章では我々の研究[2] に基づき,KBc 代数で記述可能な古典解について境界状態の視点から議論する.ある正則条件のもと,文献[3] による構成法を用いてKBc 代数に属す一般の弦の場の配位に対して境界状態を構成する.得られた境界状態に弦の場の運動方程式と関係したある種の無矛盾性条件を要求することで,このクラスにはタキオン真空,摂動真空,負のエネルギーを持つghost D-brane の境界状態を再現する古典解しか存在し得ないことを示す.さらに,我々の結果からその存在が示唆されるghost brane 解の具体形を提案する.また,近年盛んに議論されているKBc 代数における多重ブレーン解の構成可能性についても議論する.

■第二部後半(4章):boundary condition changing operator を用いた解の構成開弦の場の理論の古典解は開弦の背景場として無矛盾なDブレーン系を記述するが,世界面を用いた定式化においてそれらは世界面上の場の理論における境界条件(開弦の両端における境界条件に対応)で分類される.したがって,開弦の場の理論の古典解を系統的に構成する方法として,世界面上の場の理論の境界条件を変える演算子boundary condition changing (bcc) operator を用いる方法が考えられる.4章では,文献[4] におけるあるクラスのbcc operator を用いた解(KOS 解)の構成と,我々の行ったKOS 解の解析[5] について議論する.

■第三部(5章,6章,7章):開いた超弦の場の理論における古典解開いた超弦の場の理論についてはいくつかの定式化が提案されているが,現状では確固たる定式化が得られているとは言えない.しかし,ボソンを記述するNS セクターの開弦の場の理論については2つの有望な定式化(modified cubic 型,Berkovits 型)が存在する.興味深いことに,開いた超弦の場の理論における近年の解析解構成の状況は,先の2つの定式化の間で記述可能な解が異なる可能性を示唆している.この問題は,開いた超弦の場の理論の定式化における重要な問題であると考え,第三部では開いた超弦の場の理論における解析解構成について議論する.

5章で2つの定式化を導入した後,6章では両定式化において解が存在する例として,文献[5]で我々が構成した解析解について議論する.文献[5] において我々はKOS 解の構成を拡張し,開いた超弦の場の理論の解析解をbcc operator を用いて構成した.我々の構成法は,modified cubic 型における古典解からBerkovits 型の古典解を形式的に構成する一般的な処方箋に基づいている.はじめにmodified cubic 型においてbcc operator を用いた解析解を構成した後,我々の処方箋の一般論を述べる.次に,構成したmodified cubic 型の解に処方箋を適用することでBerkovits 型の解を構成する.また,得られた解の物理的な性質についても議論する.

文献[6] において,modified cubic 型のタキオン真空解構成されているが,Berkovits 型においては現在までにタキオン真空解は構成されていない.7章では,2つの定式化の間で解の構成状況が異なる例として,開いた超弦の場の理論におけるタキオン真空解について議論する.はじめにmodified cubic 型のタキオン真空解についてレビューした後,我々の一般的な処方箋の立場からBerkovits 型におけるタキオン真空解の構成可能性について議論する.

■まとめと展望本論文の第二部において行う開弦の場の理論の古典解に関する系統的議論は,今後開弦の場の理論で構成可能な解を議論していく上での重要なアプローチであると考えられる.また,第三部で議論するmodified cubic 型とBerkovits 型の開いた超弦の場の理論において記述可能な古典解の間の関係性については,開いた超弦の場の理論の定式化を目指す上での重要な判断材料となるであろう.このような意味で,本論文で行う議論は開弦の場の理論の今後の進展における重要な出発点となることが期待される.

[1] M. Schnabl, Adv. Theor. Math. Phys. 10, 433 (2006).[2] T. Masuda, T. Noumi and D. Takahashi, JHEP 1210, 113 (2012).[3] M. Kiermaier, Y. Okawa and B. Zwiebach, arXiv:0810.1737 [hep-th].[4] M. Kiermaier, Y. Okawa and P. Soler, JHEP 1103, 122 (2011).[5] T. Noumi and Y. Okawa, JHEP 1112, 034 (2011).[6] T. Erler, JHEP 0801, 013 (2008).
審査要旨 要旨を表示する

本学位申請論文のテーマは弦の場の理論と呼ばれるスーパーストリング理論の定式化の試みの一つに関するものである。本論文は全部で8章により構成され、第1章は弦の場の理論に関するレビュー、第2章では最近の解析解の手法の発展に関するレビュー、第3章では本人が共同研究者として参加し、本論文とも関連が深い研究の紹介、第4章で共形場理論の変形に関連する厳密解のレビューと、その解を用いたゲージ不変量の具体的な計算、第5章で超対称性がある場合のストリング理論の定式化(修正Witten型とBerkovitz型)のレビュー、第6章で修正Witten型の定式化から得られる解からBerkovitz型定式化の解をどのように構成するのか、具体的な構成法を与えている。第7章はこの手法で解を求めた時の問題点のレビュー、最後の第8章はまとめと今後の展望に充てられている。いくつかのappendixでは本論文中で説明が尽くされていない事項についての具体的な計算が与えられている。オリジナルな結果は第4章後半と第6章で与えられている。

弦により記述される物理は開いた弦と閉じた弦で大きく違い、後者が一般相対論を含む重力を記述しているのに対して前者はDブレーンと呼ばれる励起の上に現れるゲージ理論を記述している。弦の場の理論は、弦理論を通常の量子場の理論のように取り扱うことを目指す枠組みであるが、閉弦の取り扱いに比べて開弦の取り扱いがよく発展している。また超対称性がないボゾン弦については、標準的な定式化が知られている。近年のこの分野の主な発展としてはタキオン真空と呼ばれるブレーンの消滅を記述する厳密解がSchnablなどにより与えられた点と、Berkovitzなどにより超対称な弦の取り扱いが徐々に発展してきたことがあげられる。

このうち厳密解についてはSchnablによるWedge解を用いた手法が転換点となり、多くの発見が得られてきたが、この論文では第2章でタキオン真空と呼ばれる解についての詳細な解説がなされている。特にKBc代数と呼ばれる、ゴーストの自由度とWedge解の生成演算子を組み合わせた代数により厳密解が簡潔に書かれること、さらに大川准教授やErlerなどによる解の一般化とそれによりDブレーンの生成消滅がどのように記述されているかについて述べられている。

第3章は、これらの発展に関連する申請者の共同研究の内容について解説が行われている。主な結果はKBc代数を用いた厳密解から出発してDブレーンを構成した時、どのようなDブレーンが可能であるのかについての解析的な研究である。Dブレーンは共形場理論の境界状態と呼ばれる状態により記述されることが分かっているが、この章では場の理論の解から境界状態を構成した時、ブレーンの枚数が1,0, -1に場合に限り可能であるという議論を行っている。この章の内容は重要であり、申請者による貢献も評価できるが、本論文中ではレビューとして扱われ、学位申請の主要部分には含まれない。

第4章では境界共形場理論の変形理論に関連する厳密解の構成法をはじめにレビューした後、KBσ代数と呼ばれるより抽象的な代数を用いて解を書き換えられることを示している。さらに、このように作られた厳密解が、境界についているブレーンの性質をどのように反映しているのか、ゲージ不変な相関関数の計算を具体的に行っている。その結果、ここで得られた解がブレーンの変形の性質を実際に記述していることを示した。

以上はボソン弦と呼ばれる超対称性を持たないシンプルな模型の解析であったが、より現実的な超対称性を持つストリングの量子化には現在でも困難がある。この論文の第5章で紹介されている。スーパーストリングのもっとも単純な模型においては、開いた弦の中点にある種の演算子を挿入する必要があるが、それが望まれない発散を生むことが知られている。この問題を回避するため主に二つの提案がなされている。それが修正Witten型とBerkovitz型と呼ばれる定式化である。これらの定式化のどちらが正しいのか、あるいはどちらも正しくないのか、現段階でも未解決の状況である。この二つの定式化の間には当然ある種の対応関係があることが予想される。この学位論文では、第6章で修正Witten型の定式化で得られる運動方程式の解から出発してBerkovitz型の定式化の解を具体的にどのように構成するのかを導いている。解の対応関係自体はヒルベルト空間の解析によりすでに予想がなされていたが、具体的な構成法は知られていなかった。またこの構成法を用いて、これまで修正Witten型で与えられてきた解について、対応するBerkovitz型定式化における解が実際に存在するのか、特に第7章で具体的なレビューを与えている。特にタキオン真空に関連する解が問題を起こすことを議論している。

本論文は最近の弦の場の理論の発展を的確にレビューしたうえで、厳密解の構成に関していくつかの重要な貢献を与えている。本論文の主要部(第4章と第6章)は総合文化研究科の大川祐司准教授との共同研究にも基づくが、論文の提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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