学位論文要旨



No 128923
著者(漢字) 黒田,真史
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,マサフミ
標題(和) 液晶トポロジカル欠陥の乱流ダイナミクス
標題(洋) Turbulent Dynamics of Topological Defects in Liquid Crystals
報告番号 128923
報告番号 甲28923
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5900号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 准教授 加藤,雄介
 お茶の水女子大学 教授 奥村,剛
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

乱流は、我々の身の回りいたるところで観察されるものでありながら、その複雑さは今日に至るまでやっかいなままである。Reynoldsによる実験から130年経た現在においても、完全な理解には得られていない。層流から乱流への遷移はどのように記述されるか、乱流をどのようなモデル方程式で記述したらよいか、多くの物理学者を悩ませてきた。また、化学振動や欠陥乱流など、時間的空間的に相関を失って無秩序化していく過程は、いわゆる流体以外にも種々の現象にみられるが、どのような共通点があるのか、全体像はつかめていない。

近年盛んに研究されている、超流動ヘリウムや冷却原子気体といった量子流体は、構成方程式が古典流体よりもシンプルであることから、特に乱流の雛形として非平衡統計力学の観点からも注目される。しかし古典系に比べて理想的で、有限レイノルズ数の粘性流体を記述できるのかは疑問である。

本論文で扱う液晶乱流はトポロジカル欠陥と呼ぶ分子配向秩序の特異点が粘性流体中に存在する系である。流体乱流における渦とは異なり配向欠陥そのものは運動量をもっていないが、液晶では流れとの相互作用によって配向場が乱され、欠陥が生成伸張し、衝突、組換をおこなう過程が明確に観察できる。

液晶系の利点は、なによりもまず実験の簡便性にあって、室温で光学的に直接観察できること、電場による高精度な制御が可能であることから、乱流転移のダイナミクスの詳細を検証するには優れたシステムである。

欠陥乱流の生成

ガラス板の間にネマチック液晶を封入し、この中に保持したタングステン極細線に交流電流を流すとともに、セルを永久磁石による縦磁場の中において、ローレンツ力によって振動させる。図は、電流の周波数を一定として細線を振動させた場合の透過光位相差顕微観察画像で、駆動電流の増加とともに明線で表される欠陥渦(disclination)が拡がっていくことを示している。最初は、細線上のところどころに散見されるが、間もなく細線全体に拡がり、一様にまとわりついた状態になる。

欠陥が生じ始めるときのReynolds数(慣性力と粘性散逸力との比)は、おおよそ10-3であって、いわゆるNavier-Stokes流体としては乱流化しうる状態ではないが、欠陥乱流の指標であるEricksen数(粘性力と弾性力との比)を考えると、103程度と求まった。また、欠陥を可視化すると同時に、異なる波長のパルス光源を用いて細線の振動振幅を観察することによって、欠陥生成とともに実効的な粘性が急峻に増大していることを見出した。これは、振動駆動が欠陥維持に必要な力に変換されたものと理解できる。

なおこの振動細線による乱流生成法は、超流動乱流においては既に同様の報告があるが、液晶における応用は本論文が初めてである。

また、以前から知られているように、電気対流と呼ばれる(熱対流によく似た)運動を利用することもできる。これは液晶セルの上下面に電場を印加し、液晶分子のもつ異方性を利用して電気流体力学的不安定性を生じさせるものである。熱対流におけるのと同様に、まずロール状の構造が現れ、次第に乱雑な運動をするようになる。乱流様の状態は、光を強く散乱し濁って観察されることから、動的散乱モード(Dynamic Scattering Mode, DSM)と呼ばれ、さらに電圧をあげると、からみあった糸状の配向欠陥を生じるようになる。

これは分子に異方性のある液晶に特徴的な相であり、DSM 2と呼んで、配向欠陥のないDSM 1と区別することができる。DSM 2における配向欠陥は、閉曲線状のねじれ転傾(twist disclination)であり、流体中あるいは流体壁面間の強いせん断力によって生成され引き伸ばされているものと考えられているが、その詳細について定量的に検証されてはいない。一方で面内に均一な乱流相を用意することができるため、統計的な振る舞いを見るのに適している。

乱流転移の非平衡統計則

DSM 2相の密度をオーダーパラメタとしてその分布挙動を観察する。繰り込み群の考え方を用いると、臨界点近傍においては時間、空間がスケーリングし、ひとつの普遍的な関数によって記述できると考えられる。先行研究によってなされた時間方向の緩和に加えて、本論文では新たに空間方向におけるスケーリング関係を確認した。特にベキ指数に着目することによって、いずれの場合もDirected Percolationと呼ばれる吸収状態転移の普遍的なダイナミクスに一致することが確かめられた。

臨界クエンチ実験… システム全体をすべて DSM 2相にしておきその後急峻に電圧降下する。DSM 2相密度の時間変化を計測して、時間方向へ緩和から臨界点を探す。

臨界フライト実験… 2次元面システムの境界壁の一辺に別の線状電極を用意して、常にこの壁でDSM 2相が湧き出てくるように用意する。この壁からの距離方向への減衰を計測する。

横方向流れが加わった場合の転移点電圧の降下

電気対流における乱流実験系において、液晶セルの2次元面間に横方向のポアズイユ流れを加えることを考える。いわば、シェア流れの駆動力が対流的駆動力に対してどのように影響するのかを見る実験である。

空間一様である系では、DSM 2相のダイナミクスは横方向流れとともに動くムービングフレームで見た場合と同等で、臨界クエンチ実験における時間緩和に変化は見られなかった。ただし、DSM 1-2転移点の電圧には定量的な変化が見られ、横方向流れの流速の2乗に比例して転移点が低下する。横方向流れのせん断力が、電気対流による駆動力に加算されるため、より低い電圧でも配向欠陥を維持することができると考えられる。

臨界フライト実験においても、同じ転移点電圧の降下が確認される一方で、距離方向のベキ的減衰における指数の変化が捉えられた。流れがある場合には、相関距離より相関時間のほうが支配的になることから、時間に関するベキ指数となって現れたものと考えられる。これは一般にSurface DPと呼ばれる非平衡相転移に特徴的な境界条件の問題のひとつとして認知されており、本論文ではスケーリング関係を実験的に初めて示した。

これまで対流駆動力でしか認知されていなかった液晶系での欠陥乱流の維持に関する相転移において、シェア流による駆動力が有効に寄与することを明確にした。電気対流による駆動力V2に加えて、横方向流れからの乱流駆動力v2が相補的に働いて、DSM 2相の維持に寄与していることを世界で始めて計測し、2つの外力による相転移相図を描くことができた。

da Vinci による渦のスケッチ

Reynoldsのパイプフロー実験装置

振動細線まわりに拡がる糸状欠陥渦

DSM 1-2 の共存状態

臨界フライト実験

欠陥乱流維持の相図

審査要旨 要旨を表示する

乱流は日常生活で観察される物理現象であり古くから研究されているが、層流から乱流への遷移をどのように記述できるかなど完全な理解は得られていない。また時間的空間的に相関を失い無秩序化していく過程は、流体乱流以外にも化学振動や欠陥乱流などの種々の現象で見られるが、共通点や全体像は十分に得られていない。液晶における位相欠陥の乱流は、分子配向秩序の特異点が粘性流体中に存在する系である。液晶の流れとの相互作用によって配向場が乱され、欠陥が生成、伸張、衝突、組換する過程が明確に観察できる。流体乱流の実験と比べると、室温で光学的に直接観察でき、電場による駆動力の高精度な制御が可能であるなど、乱流転移のダイナミクスをより詳細に検討できる利点がある。

そこで本研究では液晶位相欠陥乱流の臨界挙動に着目し、非線形相転移としての統計的性質を考察した。2次元液晶系は大きなアスペクト比をもち、電場による精密な制御が可能であるため、臨界現象を探るには最適な系である。任意の境界条件を設定できる電極を設定するとともに、面内を横方向に進むバルク流れを組み込んだマイクロ流体デバイスを構築し、実験を行った。

まず第1章で研究の背景と目的を述べた後、第2章で液晶欠陥乱流の基礎を解説し、さらに放射状の流れによる欠陥のダイナミクスを考察した。液晶セルの中央に開けた細孔から液晶を注入し、2次元面内を放射状に広がる流れを形成した。流速を上げるとループ状の欠陥が現れ拡大し定常状態となる。欠陥のコアや周囲の液晶に蓄積されたエネルギーを考慮して、弾性力と粘性力のつりあいから流速と欠陥ループの半径との関係を明らかにした。

第3章では電場によって駆動される欠陥乱流に、横方向のバルク流れを加えた場合の影響を考察した。2次元の液晶セルに電場を加えると、電気流体力学的不安定性により対流運動が生じる。電圧が低いときは規則的なロールや格子状の対流パターンが見られる。電圧が高いと配向場が乱雑になり動的散乱モード(DSM)と呼ばれる乱流状態となり、さらに電圧を上げるとからみあった糸状の配向欠陥が生じるようになる。配向欠陥のないDSM1相と配向欠陥を伴うDSM2相の間の相転移は、有向パーコレーションのクラスに属することが知られている。そこで、液晶電気対流に対して横方向のバルク流れを加えられる系を考案し、流れによる駆動力が相転移に与える影響を調べた。特に、初期条件として電圧を十分大きくとった全活性状態から急峻に電圧降下したときの緩和の様子を用いて相転移点を調べるという臨界クエンチ実験を行った。液晶の撮影画像からDSM2相の面積密度を求め、その時間変化のスケーリング則を確認し臨界指数を求めた。その結果、横方向流れがある場合でも有向パーコレーションクラスと同じ臨界指数の値が得られた。また横方向流れの速度が増すと転移点電圧が降下し、電圧の2乗である電気対流駆動力は速度の2乗に比例して減少することを発見した。また、液晶セルの上流側に新たに線状電極を置いて欠陥の活性壁とし、配向欠陥が壁から空間的に広がり減衰するふるまいを調べ、スケーリング関係を確認した。横方向流れが加わった場合は、転移点電圧が減少するだけでなく、臨界指数も空間緩和の指数から時間緩和の指数に変化する様子が観察された。

第4章では振動細線を用いた欠陥乱流の生成について考察した。液晶セルの上下に磁石を置いて静磁場を加え、セルの中に金属細線を保持し交流電流を流すことで細線を振動させた。電流が小さいと欠陥は生じないが、電流を増やすと糸状の欠陥渦が生成され細線に垂直な方向に広がることがわかった。また細線振動の振幅を調べ、欠陥が生じない小電流では細線の振幅は電流に比例するが、欠陥が生じる大電流では振幅の増加率が減少し、抑制されることが示された。

以上本論文は従来の液晶セルによる電気対流の欠陥乱流実験に、新たに横方向のバルク流れを加えて欠陥の相転移を調べた。横方向流れがある場合も有向パーコレーションクラスの相転移であること、電気対流による駆動力に加えて流れによる駆動力が相補的に働きDSM2相を維持していることを初めて明らかにし、欠陥乱流に対するバルク流れの重要性を示した。また振動細線による欠陥乱流生成の実験を初めて行った。これらの成果は液晶欠陥乱流の相転移の研究を進展させ、非線形物理学の発展に貢献するものである。

なお、本論文第2章と第3章の主要部分は佐野雅己との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験と解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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