学位論文要旨



No 128924
著者(漢字) 結束,晃平
著者(英字)
著者(カナ) ケッソク,コウヘイ
標題(和) アトラス検出器を用いた重心系エネルギー7 TeVでの陽子・陽子衝突におけるW±Z事象の測定
標題(洋) Measurement of W±Z Production in Proton-Proton Collisions at √s=7 TeV with the ATLAS Detector
報告番号 128924
報告番号 甲28924
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5901号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 横山,将志
 東京大学 教授 斎藤,直人
 東京大学 教授 福島,正己
 東京大学 准教授 濱口,幸一
 東京大学 准教授 小沢,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

The Standard Model of particle physics (SM) which was established in 1970's has tremendous success. Large Hadron Collider (LHC) was built at CERN to get a clearer picture of the SM, explore the TeV energy region where new phenomena are expected to be observed, and make it clear whether the Higgs boson really exists, or not.

The ATLAS (A Toroidal Lhc ApparatuS) experiment was designed to catch extensive range of signals which indicate interesting physics. The experiment is expected to bring fruitful new knowledges concerning the elementary particle physics, and they could change our world view.

The W± Z process is one of interesting Standard Model processes because the process has not been tested at sufficient level at the past experiments. Furthermore anomalous Triple Gauge Couplings beyond the Standard Model could be observed in the production. The W± Z→lνl'l' channel can be identified with less backgrounds compared to the other processes because of the three high p_T leptons coming from W and Z bosons. However, there are still significant backgrounds in the LHC environment, which are mainly ZZ, Z+jets, tt ̅, and Z+γ processes. Therefore the event and object selections need to be optimized to reduce those backgrounds. Among the selections, the isolation requirement for leptons is expected to largely reduce the backgrounds. This thesis reports the effect of this requirement on the process. Finally the W± Z production cross section at √s=7 TeV is measured to be 19.0(-1.3)(+1.4) (stat.)±0.9 (syst.)±0.4 (lumi.) pb with 4.6 fb(-1) data. This result is consistent with the Standard Model prediction within the uncertainties. The limit on anomalous Triple Gauge Couplings is also determined.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ATLAS検出器を用い重心系エネルギー7TeVでの陽子・陽子衝突におけるWZ生成事象の生成断面積を測定したものである。弱い相互作用を媒介するゲージボソンであるW粒子とZ粒子が同時に生成されるWZ生成事象には、クォーク-反クォーク対から直接WとZが生成されるダイアグラムの他に、triple gauge coupling(TGC)と呼ばれる、ゲージボソン同士の結合によるダイアグラムが寄与する。このゲージボゾン同士の結合は、素粒子の標準理論の基幹をなすワインバーグ-サラム理論において、弱い相互作用が非可換ゲージ理論で記述されることによる帰結である。TGCを含むゲージ粒子の結合の大きさが標準模型の予想通りであることは、200GeV程度までのエネルギーでは過去の実験で精密に検証されているが、さらに高エネルギーでの振る舞いについては実験的検証が必要であり、WZ生成事象の研究はその重要な手段の一つである。

本論文では、W粒子とZ粒子の崩壊モードのうち、特にクリーンな信号を得ることが可能であり、検出器の応答も実験初期から比較的よく理解されているレプトンへの崩壊モード(WZ→eee)に着目し解析を行った。なお、論文提出者はミューオントリガーシステムのコミッショニング・運転や、ミューオントリガー・再構成の効率測定を実験開始時から自らの手でこなしており、WZ生成断面積の解析に重要なミューオンの測定に特に大きな役割を果たしている。信号事象は(i)高い横運動量を持つレプトン3つが存在、(ii)レプトン対(ee)の不変質量がZボソンと一致、(iii)W→evによる大きな横消失エネルギーの存在、の3つの基本的な事象選択を行うことにより選び出した。背景事象としては、(a)ZZ隼域(b)Z+γ生成(c)tt対生成(d)Z+ジェットの4種類が残ることがわかったが、中でもモンテカルロシミュレーションでの見積もりの不定性が犬きいtt対生成とZ+ジェットの背景事象について、コントロールサンプルを巧みに用いて実データから見積もる方法を考案、確立することで、信頼性の高い測定を可能にした。解析の各ステップでシミュレーションによるデータの再現性の確認に気が配られており、実験初期に自らデータと格闘してその理解を深めた軌跡がうかがえる。

2011年にATLAS検出器で取得された4.6fb-1のデータから選ばれた候補事象は317事象、シミュレーションで見積もられた背景事象は68.1±5.5±8.2事象、予想される信号事象は231.2±1.1±7.8事象であり、そこからWZ生成断面積は

と求められた。最初の誤差は統計誤差、2番目は系統誤差、3番目はルミノシティの測定に伴う不定性である。これは、標準模型による予想値

と誤差の範囲で一致し、重心系エネルギー7TeVでも標準理論のゲージセクターの記述が正しいことが確かめられた。過去には米国・フェルミ国立加速器研究所においてWZ生成断面積の測定がされているが、1.96TeVというエネルギーで数十事象という低統計の測定であったのに対し、本研究はより高エネルギーでの測定を高統計で行ったことで全く新しい知見を得たものである。また、この結果を元に標準理論からはずれたゲージボゾン同士の結合(anomalous TGC)の大きさに世界最高レベルの制限をつけることにも成功している。

本論文は7章からなり、第1章で本研究の理論的背景を述べ、第2章では実験に用いられたLHC加速器とATLAS検出器の詳細を、第3章では事象選択と背景事象の見積もり、および系統誤差の評価について述べている。第4章ではWZ生成断面積を、第5章ではanomalous TGCに対する制限を求め、第6章で結果に対する議論と考察が、第7章で結論が述べられている。標準的なフォーマットに従いつつも、筆者の貢献が分かるメリハリの効いた構成であり、論文としての完成度も高い。

なお、本論文に述べられている研究で使用したATLAS検出器は国際共同研グループにより運営されているものであるが、WZ生成断面積の測定についてはすべて論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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