No | 128936 | |
著者(漢字) | 木原,工 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キハラ,タクミ | |
標題(和) | パルス強磁場下における磁気熱量効果測定手法の開発とメタ磁性形状記憶合金への応用 | |
標題(洋) | Development of a measurement system of magneto-caloric effects in pulsed high magnetic fields and its application to the metamagnetic shape memory alloys | |
報告番号 | 128936 | |
報告番号 | 甲28936 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5913号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 物性研究において、磁場は欠かすことのできない重要な外場の1つである。瞬間的にではあるが50T を超える強磁場を発生できるパルス磁場は、これまで数多くの磁性体、超伝導体、半導体などの研究に重要な役割を果たしてきた。近年、パルス磁場下における計測技術が大きく進歩し、様々な物理量の測定が可能になっているが、熱力学量の測定に関してはほぼ磁化測定に限定されている。本研究ではパルス強磁場下における精密熱量測定を目標とし、その第一歩として磁気熱量効果の測定装置を開発した。パルス磁場中で瞬間的に変化する試料温度を磁場の関数として正確に測定するために、熱容量が小さく試料との熱伝導性の良い薄膜の抵抗温度計を試料表面に直接作製した。この温度計を用いて、標準試料であるGd 及びGd3Ga5O(12 に対し磁気熱量効果の測定を行った。7.2 T までの磁場で測定したGd の室温付近における磁気熱量効果は、定常磁場下における比熱の温度/磁場依存性から見積もられた値と定量的に良い一致を示した。様々な温度における磁気熱量効果の測定結果と、ゼロ磁場での比熱の温度依存性を使うと磁場中比熱を見積もることができる。Gd に対しこのような解析を行い、この方法で見積もられた比熱から、相転移温度の磁場変化を調べられることを示した。低温領域(6 K - 30 K)におけるGd3Ga5O(12) の磁気熱量効果の結果も過去の報告と良い一致を示しており、本研究で開発した測定系が広い温度領域において有効であることが実証された。Gd3Ga5O(12) は、1K 以下の極低温でエントロピーの放出があることが知られている。今回の解析は、高温域での磁気熱量効果の測定によって測定温度以下の残留エントロピーについて知見が得られることを示した。 本研究で開発した装置を用いて、NiCoMnIn 系メタ磁性形状記憶合金における負の磁気熱量効果の研究を行った。この物質はホイスラー型の結晶構造を持ち、室温付近で高温の強磁性オーステナイト相から低温の常磁性マルテンサイト相へ変態する。常磁性マルテンサイト相から強磁性オーステナイト相へ磁場誘起相転移をする際、負の磁気熱量効果という現象を示す。この現象は、スピンが整列する寄与を超える巨大なエントロピー変化が電子系、格子系或は磁気系からもたらされることを意味するが、その起源は未だ解明されていない。本研究では、Ni(45)Co5Mn(50−x)Inx(x = 13.3, 13.5)に対して、パルス強磁場下の磁化測定によって相図を明らかにした後、パルス強磁場下における顕微鏡観察によって相変態時の構造変化を評価した。また定常磁場下の測定を通して、オーステナイト相とマルテンサイト相それぞれの低温比熱を調べた。その結果を両相で比較することで、相変態時のエントロピー変化に占める電子比熱の寄与はほとんど無いこと及びデバイ温度に顕著な差があることを明らかにした。更に、本研究で開発した手法を用いてパルス強磁場下におけるNi(45)Co5Mn(36.7)In(13.3) の磁気熱量効果を直接測定した。磁場誘起逆変態に伴って現れる急激な温度降下は、磁化からマクスウェルの関係式を使って間接的に見積もられた値と良く一致している。本研究の結果は、このような相変態による効果とは別に各相内での磁気熱量効果についても定量的情報を与えている。実際に観測されたオーステナイト相の磁気熱量効果は、分子場模型で計算されたスピン系の寄与として良く説明できた。以上の結果に基づいた実験的考察から、この系の負の磁気熱量効果には格子系が大きな役割を果たしていることが明らかになった。また磁気モーメントの伸びによるエントロピー変化も潜在的に同程度の寄与を出し得ることが分かった。 | |
審査要旨 | 本論文は5章から構成されている。 第1章は序章であり、パルス磁場下における熱量測定の先行研究や、磁気熱量効果の常温付近での磁気冷却技術への応用研究に関する記述の後に、本研究の目的が簡潔に述べられている。 第2章は磁気熱量効果の測定原理とパルス磁場を用いた磁気熱量効果測定装置の開発について詳しく述べられている。磁気熱量効果とは、断熱状態にある試料にかかる磁場を変化させた場合に試料の温度が変化する現象を指す。パルス磁場下では磁場の変化が速いために断熱条件が得られやすいが、その反面、試料の温度を速い応答速度で読み取らなければならないとう困難さがある。ここでは抵抗温度計として高温用(Au)と低温用(AuGe合金)の2種類を用い、これらを試料表面に直接蒸着することにより試料と温度計の間の熱緩和時間を最小にし、パルス磁場の時間変化に対して遅れることなく試料温度を読み取ることに成功している。また強磁場下では抵抗温度計の磁気抵抗効果を無視することができないが、これも正確に測定し補正を行っている。 第3章では2種類の標準試料を用いた磁気熱量効果の測定例について紹介している。第一は常温にキュリー温度を持つ強磁性体Gdで、キュリー温度付近における正の磁気熱量効果がパルス磁化下で正確に測定され、試料と温度計が熱平衡にあること、試料が断熱条件にあることなどが示されている。またゼロ磁場での比熱測定から求められたエントロピー曲線を基に磁場中のエントロピーの温度依存性を実験結果から求め、これが定常磁場下の比熱測定の結果とよく一致することがしめされている。第二はGGG(Gd3Ga5O(12))で、この系はGdスピン(S=7/2)がゼロ磁場下では低温まで秩序化しないことが分かっている。よってゼロ磁場では1 K以下に大きなエントロピーが残っている。そのため、ゼロ磁場での比熱測定からは系の全エントロピーを評価することが難しい。ここではGGGの6 Kから30 Kまでの磁気熱量効果の測定を行い、10 Kでの定常磁場下の比熱測定から求めたエントロピーの温度依存性を基に種々の磁場、特にゼロ磁場におけるエントロピーの温度依存性が評価可能であることを示した。 第4章では、メタ磁性を示す形状記憶合金であるNiCoMnInにおける磁気熱量効果の実験結果について詳しく述べられている。NiCoMnIn合金(Ni(45)Co5Mn(36.5)In(13.5))は300 K付近を境に高温では立方晶オーステナイト相の強磁性、低温では正方晶マルテンサイト相の常磁性状態にあり、オーステナイトからマルテンサイトへの結晶変態が形状記憶作用を示すことが知られている。またマルテンサイト相において強磁場をかけると、メタ磁性転移とともにオーステナイト相への逆変態が起こることがわかっている。またこのとき、大きな負の磁気熱量効果を示すことが知られていたが、磁気熱量効果の起源についての詳しい研究はこれまでなかった。木原氏はこの磁場誘起のマルテンサイト逆変態に伴う磁気熱量効果をパルス磁場下で詳細に測定し、系のエントロピー変化の寄与を特定することに成功した。磁気熱量効果の解析の結果、オーステナイト相は有効スピンが0.88の強磁性平均場モデルに良く合い、マルテンサイトは有効スピンが0.65の常磁性状態で理解できることがわかった。すなわち、マルテンサイト相からオーステナイト相への磁場誘起転移におけるエントロピーの変化は、有効スピンの増加による増分と、強磁性転移に伴う減少分との競合によってわずかに負の値を取る。一方、比熱測定の結果から、両相で伝導電子のエントロピーの差は無視できるほど小さいが、格子系のエントロピー変化は大きな正の値を示すことがわかった。これらの結果から、木原氏はNiCoMnIn合金のマルテンサイト逆変態に伴う負の磁気熱量効果の起源は、格子エントロピーの増加と磁気エントロピーの減少との競合によって起きていることを示した。 第5章は全体の総括に充てられている。 以上のように本研究はパルス磁場下における磁気熱量効果の測定法を確立し、それが磁場誘起の相転移の研究に有効であることを示した。これらの成果は強磁場科学の発展に対する貢献度が大であると評価される。 なお、本論文第2章および第3章は徳永将史氏、小濱芳允氏、橋本義昭氏、勝本信吾氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって装置開発および試験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって審査員一同は、本論文が博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものであると認定した。 | |
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