No | 128938 | |
著者(漢字) | 齋川,賢一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイカワ,ケンイチ | |
標題(和) | 初期宇宙におけるアクシオン暗黒物質の生成および発展について | |
標題(洋) | Production and evolution of axion dark matter in the early universe | |
報告番号 | 128938 | |
報告番号 | 甲28938 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5915号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年の宇宙観測の結果によると、宇宙の全エネルギーのうち22%は暗黒物質と呼ばれる未知の物質に占められていることが示唆されている。このような暗黒物質は素粒子標準模型の枠組みでは説明する事が出来ず、標準模型を超えた物理から説明されるべきものである。現在までに様々な標準模型の拡張の可能性が議論されているが、その中でも有力視されている枠組みの一つとしてPeccei-Quinn(PQ)機構と呼ばれる理論模型が挙げられる。PQ 機構は強い相互作用を記述する量子色力学(QCD)においてCP 対称性の破れの理論的予言が大きすぎるという問題を解決するために導入されたアイデアである。この枠組みでは、ある大域的対称性(PQ 対称性)を導入し、その自発的破れを考える事により、自然にCP の破れを小さくすることができると考えられている。ところで、このPQ 対称性の破れに伴って軽いボース粒子が現れることが予言されており、このような粒子はアクシオンと呼ばれる。未だアクシオンの存在は実験的に検証されていないが、これまでの様々な探索実験によりアクシオンと他の物質との相互作用は極めて弱いことが明らかになっており、現在の宇宙を満たしている暗黒物質の有力な候補と考えられている。 アクシオン模型に特有な現象として、宇宙初期に場のエネルギーがひも状に分布した配位(ストリング)や壁状に分布した配位(ドメインウォール)が形成されることが知られており、このような特殊な場の配位は位相的欠陥と呼ばれている。位相的欠陥の発展を考慮すると、宇宙初期の進化のシナリオはいくつかの可能性に分けて考えることができる。まず、PQ 対称性の破れが起こった後にインフレーションと呼ばれる宇宙が加速度的に膨張する時期があった場合、ストリングやウォールの密度はインフレーション期の膨張によって薄められてしまい、その後の宇宙において位相的欠陥の存在は無視できることが言える(便宜上これをシナリオI と呼ぶ)。一方、インフレーションの後にPQ 対称性の破れが起こった場合、位相的欠陥の存在は後の宇宙の歴史に影響を及ぼす可能性がある(これをシナリオII と呼ぶ)。 シナリオII では、さらにドメインウォール数と呼ばれる理論パラメターの値によってその後の宇宙の進化のシナリオが大きく変化する。まず、ドメインウォール数が1 の場合、ウォールをストリングが囲うような配位が形成される[図1(a)] が、このような配位が形成されるとウォールの張力により収縮し直ちに崩壊してしまう。したがってこのシナリオではドメインウォールは短寿命であり、生成後すぐに消滅すると考えられる。一方、ドメインウォール数が1 より大きい場合、ストリングに複数のウォールがつくような複雑な配位が形成される[図1(b)]。このような配位が形成されるとウォールは安定的に存在し続け、最終的に宇宙のエネルギー密度を支配してしまい標準宇宙論のシナリオと矛盾してしまう。しかしながら、このような問題はアクシオン場のポテンシャルに小さな対称性を破る項(バイアス項)を加え、ウォールの崩壊を促すことによって避けることができる。この場合、ドメインウォールは一般に長寿命となり、バイアス項の効果が無視できなくなる時間に崩壊することになる。 本論文では、こうした初期宇宙のシナリオそれぞれに対してアクシオン暗黒物質の生成および発展の過程を調べることにより、どのシナリオが宇宙論的に許されるかという点を議論した。アクシオンは宇宙初期に非熱的に生成されるが、最も良く知られた生成機構として傾斜機構(misalignment mechanism)と呼ばれるものが挙げられる。これは、QCD 相転移の際にアクシオンが質量を獲得することによって、アクシオン場が一様にポテンシャルの極小点まわりを振動し、この一様な振動が宇宙における冷たい物質として振る舞うというものである。しかしながら、このような一様な振動の寄与に加えて、アクシオンはストリングやドメインウォールの崩壊からも生成されることが知られている。位相的欠陥の崩壊によるアクシオン生成機構の詳細は傾斜機構に比べて十分に理解されておらず、アクシオン暗黒物質の残存量の見積りに大きな理論的不定性を残している。 このような不定性を除くため、本研究では位相的欠陥の発展過程を格子シミュレーションによって再現し[図1(a), (b)]、得られたアクシオン場のデータを用いてストリング-ウォール系によって放出されるアクシオンのスペクトルを数値的に評価した。計算の結果、放出されたアクシオンのスペクトルはアクシオンの質量で特徴づけられる典型的波数にピークを持つことが明らかになった(図2)。この結果を用いて全ての生成機構を考慮したアクシオン暗黒物質残存量を求め、ドメインウォールの崩壊によるアクシオン生成が重要な寄与をすることを示した。特に、ドメインウォールが短寿命の場合、ドメインウォール崩壊によるアクシオン生成の寄与を含めるとアクシオン崩壊定数に対して従来知られていたものより厳しい上限が与えられることを示した。また、長寿命のウォールの存在を予言するような模型では、冷たいアクシオンが過剰に生成されてしまうため、模型のパラメターの値を不自然に調節しない限りこのような模型はほとんど棄却されることを示した。 図1: アクシオン模型における位相的欠陥の数値シミュレーションの様子。(a) ドメインウォール数が1 の場合の配位(ドメインウォールは短寿命)。(b) ドメインウォール数が1 より大きい場合(図ではドメインウォール数が3)の配位(ドメインウォールは長寿命)。白いチューブ状の部分はストリングのコアの位置に対応する。色付きの膜はウォールのコアの中心部分に対応する。(a) ではストリングに1 枚のウォール(青い膜)がついている。(b) ではストリングに3 枚のウォール(青、赤、黄の膜)がついている。 図2: 数値計算で得られたアクシオンのスペクトル(ドメインウォール数が1 の場合)。縦軸の"difference"は数値計算の初期条件に起因するスペクトルの汚染を取り除いた差分であることを意味する。スペクトルはアクシオンの質量に対応するスケールk k O(1) にピークを持つ。ドメインウォール数が1 の場合、ドメインウォールの崩壊時刻Td はPQ 対称性の破れのスケールとQCD スケールの比に対応する理論パラメターκ に依存しているが、数値計算ではκ の値を変えながら放出されるアクシオンの平均運動量とその不定性を評価した。ここで、Tc はPQ 対称性の破れが起こる時刻に対応する。 | |
審査要旨 | 本論文は、強いCP問題の解の重要な候補であるPeccei-Quinn機構を持つ素粒子模型について、そこに現れるaxion粒子が宇宙進化に与える影響に着目し、axion粒子に対する最新の宇宙論的制限を求めたものである。特にtopological defectから生成されるaxion量を数値シミュレーションによって計算し、その結果を用いてaxion粒子に対する宇宙論的制限を求めている。 本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、Peccei-Quinn模型に関して宇宙論的議論を行うことの意義が述べられている。第2章では強いCP問題に関する基礎的事項を述べた後、強いCP問題がPeccei-Quinn機構によっていかに解決されるか、さらにはaxionと呼ばれる粒子がどのように現れるかを説明している。第3章はaxionが宇宙進化与える影響の解説である。 第4章が本論文の主要部分である。Peccei-Quinn対称性の破れに伴って宇宙紐やdomain wallといったtopological defectが現れるが、本論文ではそれらから生成されるaxion量の見積もりが行われている。本論文では空間点を格子化し、格子点上に乗ったPeccei-Quinnスカラー場の時間発展を宇宙発展と併せて数値シミュレーションによって解くという手法が用いられている。本論文は、得られたPeccei-Quinnスカラー場の配位からaxionの運動量分布を求め、topological defectから生成されるaxionの運動量の大きさがほぼaxion質量と同程度であることを明らかにした。さらにその結果を用いて、現在のaxionの質量密度が暗黒物質密度を超えないという条件から、Peccei-QuinnスケールがO(10(10)GeV) 程度以下でなくてはならないという結論を得た。そして、第5章は結論にあてられている。 Peccei-Quinn模型は強いCP問題の解として極めて重要な位置を占めており、この模型に対する宇宙論的制限を明らかにすることは極めて意義がある。本論文はtopological defectから生成されるaxion量を数値シミュレーションによって定量的に見積もり、これまでよりも厳しい宇宙論的制限を得た。本論文の結果はPeccei-Quinn模型を考える上での基礎的かつ重要な情報を与えるものである。 本論文の第4章は平松尚志氏、川崎雅裕氏、関口豊和氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものである。特に論文提出者は、axionの運動量分布の解析や結果の信頼度の評価に関して極めて重要な役割を果たしたと認められる。従って、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上から、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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