学位論文要旨



No 128950
著者(漢字) 西口,和孝
著者(英字)
著者(カナ) ニシグチ,カズタカ
標題(和) 多層系銅酸化物における高温超伝導の理論
標題(洋) Theory of high Tc superconductivity in multi-layered cuprates
報告番号 128950
報告番号 甲28950
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5927号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 髙木,英典
 東京大学 教授 常行,真司
 東京大学 教授 押川,正毅
内容要旨 要旨を表示する

銅酸化物高温超伝導体(high-Tc cuprate) であるLa(2-x)SrxCuO4 (Tc = 37K) が発見されて以来、類似した結晶構造を持ち高い超伝導転移温度Tc を持つ化合物が続々と発見された。Cuprates で重要なことは、そのTc が非常に高いというだけではなく、その超伝導メカニズムが強いCoulomb 斥力による電子相関に起因し、従来型のphonon 交換引力機構とは決定的に異なることである。

Cuprates は層状物質でありその主な電子的性質を二次元的なCuO2 面が担っているが、このCuO2面を単位胞内に複数枚有する多層系銅酸化物高温超伝導体という物質群が存在し、現在に至るまで知られている全ての物質の中で最高のTc を持つ。これらの超伝導転移温度Tc は、単位胞内のCuO2 面の枚数と共に上昇し3 枚でピークに達し以後減少する。多層系cuprates にはHg 系、Bi 系、T1 系などの様々な化合物が存在するがこのTc のCuO2 面の枚数依存性はこれらの系に共通の性質である。また、多層系cuprate の一種であるHg 系の3 層系が、銅酸化物を含めたすべての超伝導体中で最高のTc を持つ。従ってこうした実験的事実を理論的に理解することが基本的な問題となる。従来の理論的アプローチとしては、1電子ホッピングによるCooper ペアの層間トンネル機構や多層系での面内Coulombエネルギーの利得など様々な提案があるが未だに明確な解明はなされていない。これに対して本論文では、上記でも触れた超伝導体の中で最高のTc を持つ多層系cuprate であるHgBa2Ca(n-1)CunO(2+2n+δ)(Hg-12(n - 1)n. n はCuO2 面の枚数) に注目し、第一原理計算から得られた有効モデルを出発点として多層系cuprate のマイクロスコピックな超伝導メカニズムについて研究を行った。

1 第一原理電子状態計算

Hg-12(n - 1)n の1 層系、2 層系、3 層系(nL = 1, 2, 3) に注目し、密度汎関数に基づく第一原理電子状態計算を行い、それぞれのバンド構造やFermi 面の構造などを調べた。そこではnL のいずれの場合においてもCu のdx2-y2 軌道とO のp 軌道が混成した1本のバンドが重要であり、各1バンドを持つ層が結合した多層Hubbard モデルが多層系cuprate の有効モデルとなる。更にダウンフォールディングを行うことで、層内1電子ホッピング(t, t', t'') と層間1電子ホッピング(tz, tn, t'n , t''n )(図1左)の値を求めた。結果は、層内1電子ホッピングの値は異なるnL を持つ系の間で殆ど差がなく、層間1電子ホッピングは層内のそれと較べて非常に小さいことが分かった。

2 層間1 電子ホッピング

多層系の超伝導性を議論するため、nL = 1, 2, 3 で多層Hubbard モデルをfluctuation exchange approximation(FLEX 近似) で解き、Eliashberg 方程式の固有値λ を求めることで各nL での超伝導性の比較を行った。ここではλ = 1 が超伝導転移に対応するが、λ の大きさを超伝導性の強さの指標として見ることができる。まず、各nL での層内・層間1電子ホッピングの大きさの差から、Tc の違いを説明できるか否かを調べた。そのため、ダウンフォールディングした値でλ を計算したが、ほとんど違いが見られなかった(図2 左)。基本的には層間1電子ホッピングの大きさが非常に小さいためであり、このことは層間1電子ホッピングでは多層系Cuprate の物理を理解できないことを意味する。これを更に確認するために、層間1 電子ホッピング(全体的な大きさt⊥)を仮想的に大きくすると、λ はnL とともに減少する。従って、層間1 電子ホッピングは超伝導を抑制する方向に働き、これは実験事実と逆の方向である。

3 層間ペアホッピング

そこで次に、多層系超伝導で特有の性質であり多体の行列要素でもある層間Cooper ペアホッピング(図1(右))を導入し、これにより超伝導がどのように変化するかをFLEX の範囲内で取り込む。層間ペアホッピングとしては、同一サイト上のスピンシングレットペアを層間で跳ばす層間オンサイト・ペアホッピングH(on)(pair) だけでなく、隣接サイトのスピンシングレットペアを層間で跳ばす層間オフサイト・ペアホッピングも取り入れた。後者の過程では全ハミルトニアンのスピンSU(2) 対称性を守るために、スピン交換を含まないプロセスであるH(off(1))(pair) と、スピン交換を含むプロセスであるH(off(2))(pair)の双方を考える必要があることを先ず指摘した。

3.1 層間ペアホッピングを考慮したFLEX

層間ペアホッピングを考慮するためにFLEX の定式化を拡張した。特に、SU(2) 対称性を守るスピン交換を含む層間ペアホッピングであるH(off(2))(pair)を考慮するために、通常のスピン交換を含まない相互作用に加えて、スピン交換を含む相互作用も取り扱うことのできるようにFLEX の拡張を行った。

3.2 2層系

上記で述べた多層系で特有の性質である層間ペアホッピングを、拡張したFLEX を用いたEliashberg方程式の固有値λ を求めることによって調べた。上記の三種類の層間ペアホッピングの効果を調べるため、それぞれの層間ペアホッピングを逐次ハミルトニアンに加えたときのλ の挙動を調べた。結果として、(i) Suhl-Kondo メカニズムの意味で超伝導を増強する効果と、(ii) 層内での自己エネルギーを増大させて電子を重くする、という相反する2つの効果をもたらすが、結果として前者の効果が優り、特に二つの層間オフサイト・ペアホッピングが各面内のd 波超伝導ギャップ同士を層間の超伝導ペアリング相互作用を通して強め合い、Tc を上昇させることが解った(図3(左))。即ち、SU(2) 対称性を守るために導入したスピン交換を含むオフサイト・ペアホッピングの項も更なるλ の増大をもたらす(図3(左)の+H(off(2))(pair) とラベルされた線)。

3.3 3層系

3層系でも同様に層間ペアホッピングを考慮してEliashberg 方程式の固有値λ を調べた。結果は3層系ではλ が2層系より更に大きくなり超伝導性が強められた(図4(左)(ε = 0.0 eV)。これは、3層系は内部層(IP) と外部層(OP) 2枚から成るが、層間ペアホッピングで相互作用することでIP の超伝導ギャップΔ(22) が先導して大きくなるためである(図4(右))。しかし、IP は同時にOP 2枚と相互作用するために自己エネルギーが増大し超伝導のλ の増加は頭打ちになっている。一方、3層系で初めて生じる要素の一つに、IP とOP の非対称に由来するサイトポテンシャルの差ε がある。第一原理計算によるダウンフォールディングによれば、IP のサイトポテンシャルはε = 0.1 eV だけ大きいが、その時のλ はε = 0.0eV と殆ど変わらない。これは自己エネルギー効果によってサイトポテンシャルの差ε によるIP とOP の局所的なフィリングの差が小さくなるからである。またε を仮想的に大きくすると、IP とOP の局所的なフィリングの差が大きくなり超伝導を抑制する。

4 まとめと展望

以上のように、典型的な多層系cuprate の一つであるHg-12(n - 1)n のnL = 1, 2, 3 ついて第一原理計算に基づくダウンフォールディングを行い有効モデルを構築し、多層系特有の性質である層間1電子ホッピングと層間ペアホッピングの超伝導への効果を調べた。そこでは、後者の層間ペアホッピングがTc を上昇させ、その中でも特にオフサイト層間ペアホッピングがTc の上昇に重要であり、多層系cuprate におけるnL = 1, 2, 3 のTc の上昇と整合することを見出した。

今後の課題としては、層間ペアホッピングの大きさを(cRPA 法などにより)第一原理的に評価することや、4層系以降のTc の下降を上記のような層間ペアホッピングで説明できるかということ、また、層間ペアホッピングが実験的にどのような物理量と関係するのか、ということなどが挙げられる。

図1: 2層cuprate における層内・層間1電子ホッピング(左)と層間ペアホッピング(右)。

図2: 各nL でのバンドフィリングn vs. Eliashberg 方程式の固有値λ。(左)ダウンフォールドされたホッピングパラメーターを用いた場合。(右)層間1 電子ホッピングt⊥ を仮想的に大きくした場合。

図3: (左)層間ペアホッピングを考慮した場合のフィリングn vs. Eliashberg 方程式の固有値λ。各線にラベルされた項を順次加えた時の結果。(右)層間ペアホッピングを考慮した場合のフィリングn vs. Tc の相図。層間ペアホッピングによるTc の増加が見られる。

図4: (左)層数nL vs. Eliashberg 方程式の固有値λ をサイトポテンシャルの差ε の様々な値に対して示す。(右)IP (OP) の超伝導ギャップ関数Δ(22) (Δ(11) = Δ(33)) を(kx, ky) に対して示す。

審査要旨 要旨を表示する

銅酸化物高温超伝導体における超伝導機構の解明は,銅酸化物超伝導体の発見以来20年以上未解決で,物性物理学最大の難問として残されている。蓄積された多くの実験事実のなかでも最も顕著なもののひとつとして,単位胞当たりのCuO2面の枚数の増加とともに超伝導臨界温度Tcが上昇する現象が広く見られ,高温超伝導機構解明の鍵を握る現象と考えられてきた。本論文は,このような多層系銅酸化物超伝導体のTc上昇の機構を理論的に検討したものである。

本論文は7章からなる。第1章は本論文への導入として,銅酸化物高温超伝導体一般についての説明と,多層系銅酸化物超伝導体の物性の紹介,および本研究の目的が述べられている。

第2章では,本論文に用いた第一原理計算の手法とプログラムについて詳しく述べた後,CuO2面を1枚,2枚,3枚持つ水銀系銅酸化物超伝導体についての計算結果が示されている。とくに,フェルミ面の形状とフェルミ準位を横切るバンドの軌道成分が示されている。続く第3章では,本論文で超伝導特性の計算に用いたモデルと手法である多バンド・ハバード・モデルと揺らぎ交換近似(FLEX近似)について説明している。

第4章以降は,計算内容の詳細と計算結果について述べられている。第一原理バンド構造のダウンフォールディングによって面内および面間のワーニエ軌道間の移動積分が求められ,多バンド・ハバード・モデルのパラメータとして採用している。FLEX近似を多バンド系へ拡張した後,多バンド・ババード・モデルに対してエリアシュバーグ方程式をFLEX近似で解き,方程式の固有値が1を超える温度をTcと見做して超伝導特性を議論している。第4章では,まず,CuO2面間の1電子の移動が超伝導に及ぼす影響が調べられている。面間の移動積分を大きくすると多層系ではエリアシュバーグ方程式の固有値が低下すること,CuO2面の枚数が多いほど低下の程度が大きいことが示され,面間の1電子移動は超伝導を抑制する方向に働き,多層系におけるTcの上昇を説明できないことが示されている。

第5章では2層系超伝導体に話を限り,前章で調べられた1電子移動の代わりに,SuhlおよびKondoが最初に提唱した反平行スピンをもつ2電子の対がバンド間を移動することによってTcが増強する機構を,多層系銅酸化物に適用し超伝導特性が調べられている。FLEX近似を電子対移動も正しく扱えるように拡張した後にエリアシュバーグ方程式の固有値を求め,面間の電子対移動が実際にTcを大きく上昇させることを見出している。面間の電子対移動により,運動量空間での電子間引力の異方性も強くなり,d波超伝導を増強することも示されている。このように,面間の電子対移動はTcを上昇させる効果があるが,一方で電子の自己エネルギーを増加させてTcを抑制する効果もあり,両者の競合の結果として前者が勝ちTcが上昇していることが指摘されている。

続く第6章では,面間の電子対移動の超伝導特性に及ぼす影響を3層系超伝導体でも調べ,島がCuO2面の枚数の増加とともにさらに上昇することが示されている。ただし,2層系から3層系へのTcの上昇は,1層系から2層系へのTcの上昇ほどは大きくなく,実験で観測されている3層系でTcがピークをとる現象,4層系以降でTcが低下する現象を反映している可能性がある。3層系では,両側をCuO2面に挟まれた中間のCuO2面が,Tc増強効果においても,自己エネルギーによるTc抑制効果についても大きく,結果としてTcの上昇につながっている。

最後の第7章で以上の結果がまとめられ,本論文で得られた新しい知見と今後の展望がまとめて述べられている。とくに,面間電子対移動の行列要素を第一原理的に評価することが,本論文で提唱されている多層系高温超伝導体におけるTc増強機構を確立するのに重要であることが述べられている。

以上のように,本論文では多層系銅酸化物高温超伝導体におけるTcの上昇を説明するために,第一原理計算に基づいてモデルを構築し,面間の電子対移動が有力な機構であることを示しており,高温超伝導機構の理解に重要な寄与をしている。なお,本論文は青木秀夫,黒木和彦,有田亮太郎,岡隆史の各氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって計画し理論計算を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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