学位論文要旨



No 128951
著者(漢字) 平野,照幸
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,テルユキ
標題(和) 惑星移動機構解明に向けたトランジット惑星系の軌道傾斜角測定
標題(洋) Measurements of Spin-Orbit Angles for Transiting Systems : Toward an Understanding of the Migration History of Exoplanets
報告番号 128951
報告番号 甲28951
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5928号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 寺澤,敏夫
 東京大学 准教授 大橋,正健
内容要旨 要旨を表示する

中心星近くを公転する巨大ガス惑星の起源は,1995年に最初の太陽系外惑星が発見されて以来長い間論争が続けられて来た。中心星からの輻射が強く,氷やダストなどの固体成分が少ない恒星近傍では,惑星の核となる材料が不足しているため一般に巨大惑星は形成されない。ところが1995年以降,数百にのぼる巨大惑星が中心星近傍に見つかつたため,太陽系形成理論は修正を余儀なくされた。現在ではこのような巨大惑星は,本星と同様に中心星から十分離れた場所で形成されて,後に中心星近くまで落ちて来た(惑星移動)と一般に信じられている。このような惑星移動を引き起こすメカニズムは当初からいくつかのモデルが提唱されている。主要なものとしては,(A)原始惑星系円盤内にできた原始惑星が,円盤との重力相互作用によつて徐々に角運動量を失つて内側まで落ちて来た,というモデルがしばしば取り上げられる。また,(B)複数の惑星(特に3つ以上)が形成されると円盤ガス散逸後の惑星同士の重力相互作用によつて徐々に軌道が乱され,軌道離心率が極端に引き上げられる事がある。その後近日点近くで中心星との潮汐相互作用が働くと惑星は徐々に角運動量を失い,最終的に周期数日の軌道にまで落ちる,というモデルも有力視されている。その他にもいくつか理論モデルが唱えられてきたが,どれが正しいのかという問いは未だ決着がついていない。しかしながら惑星系における巨大惑星の移動は,系の長期的安定性,地球型惑星の居住可能性,さらには生命の存在を論じる上で本質的である。

この惑星移動機構を特定するためには,惑星の軌道傾斜角測定が有効となる。ここで言う軌道傾斜角とは,惑星が持つ軌道角運動量の向きと,中心星が持つ自転角運動量の向きのなす角度をさす。惑星移動のうち,(A)では基本的に惑星はほぼ円軌道を保ったまま静かに内側に落ちてくるため,それほど惑星の軌道面は変化しない。したがって惑星の公転軸は形成時からそれほど変化せず,中心星の自転軸とほぼ揃つている事が予想される。一方,(B)の様に惑星同士の散乱を経た場合,近接相互作用によつて惑星の公転面は劇的に変化する場合がある。その後惑星と中心星の潮汐相互作用によつて惑星の軌道長半径が減少しても,惑星の角運動量の向きはそれほど変化しないと考えられるため,最終的に恒星の自転軸とそれをまわる惑星の公転軸が必ずしも一致しないという結果が予言される。

この惑星の軌道傾斜角を調べる一つの手法として,「ロシター0マクローリン(以下,ロシター)効果」がこれまで注目されてきた。これは惑星が恒星の前を通過して食(トランジット)を起こす系において,トランジットの最中に恒星の視線速度を測定すると特徴的な変動が起こる現象であるが,この観測により惑星の公転軸と中心星の自転軸が天球面上でなす角度λを推定する事が可能となる。これまでロシター効果は数十個の系に対して観測され,初期の頃はほぼλ~0° という結果が得られており,惑星移動機構のうち上の(A)を支持するものが多かつた。ところが最近になってλ≠0° という系が多数発見され,惑星系の形成・進化に関する研究は混沌としてきている。

本論文では,上述のように系外惑星の発見以来最大の謎の一つである惑星の移動機構の解明を目標として,惑星の軌道傾斜角の測定に着目し,特に(1)ロシター効果に対する新たな理論モデルの構築,(2)ロシター効果の新観測と過去のデータの再解析,(3)惑星の軌道傾斜角推定のための新たな方法論の提案と観測, という3つの立場から研究を行つた。以下,それぞれを具体的に述べる。

(1)ロシター効果に対する新たな理論モデルの構築

ロシター効果は本来,惑星がトランジットする際に恒星面の一部分が隠される事で,星の自転によつて広がっているスペクトル線が歪む現象である。ところが惑星のトランジットの場合この歪みは極めて小さいので,直接捉える事は一般に困難であり,代わりに星の視線速度(スペクトル線のドップラーロシフト)を測定する事で検出される。ただしこの場合,観測される視線速度変動と,恒星面上での惑星の位置の関係は自明ではない。Ohta et al.(2005)は,ロシター効果によつて歪んだ吸収線の重心(1次のモーメント)を計算する事によつて,初めてロシター効果を記述する解析的な表式(OTS公式)が導いた。ところが,Winn et al.(2005)が行つたシミュレーションの結果,OTS公式は視線速度の振幅で10%程度ずれる事が明らかとなつた。ロシター効果の観測は,最近では極めて一般的に行われているにもかかわらず、その理論的研究はあまり進展していなかった。

我々は,HiranO et al.(2010)において,視線速度を観測的に推定する際の方法論がOTS公式の近似とは数学的に異なる事が,上述のずれの原因であることを指摘した。

本論文では,さらにそのモデルを拡張し,より現実的な吸収線プロファイルをとりこむ事によつてロシター効果による視線速度変動を記述する高精度解析公式を導出する。さらに実際の視線速度解析では,観測されたスペクトルと,別のテンプレート・スペクトルとフィットする(あるいはcross-correlationを取る)事によつて視線速度が算出される。本論文ではこれらの手続きを数学的に記述し,ロシター効果による視線速度変動を惑星の位置の関数として解析的に導出する。さらに実際の視線速度解析ソフトを用いたシミュレーションとの比較の結果,新解析公式は実際の観測データの解析を行う上で十分な精度である事を示す。ここで得た理論モデルは,(2)の実際の観測データを解析する上での基礎となる。また解析公式の応用として,恒星が差動回転している場合に解析公式を拡張し,近い将来の観測によって差動回転の検出が可能となる事を示す。

(2)ロシター効果の新観測と過去のデータの再解析

次にロシター効果の新たな観測・解析成果として,HAT-P-11,XO-3,KOI-94という3つの系をすばる望遠鏡で観測した結果を報告する。ロシター効果の観測はこれまで,単独で存在する木星サイズの巨大惑星ばかりであつた。一方,惑星とその中心星の潮汐相互作用は惑星の質量や軌道長半径に非常に敏感であるため,異なる質量の惑星の軌道傾斜角分布を調べる事は惑星系の進化を解明する上での重要なヒントとなる。上記3つの系のうちHAT-P-11は海王星サイズの惑星を持ち,KOI-94はトランジット惑星を4つ持つという著しい特徴をもつ。すばる望遠鏡の大口径を生かした観測を実施し,今回初めて海王星サイズの惑星を持つ系と複数トランジット惑星系に対してロシター効果を検出した。その結果,HAT-P-11では惑星公転軸が中心星自転軸と有意にずれており,KOI-94ではそれらが揃っている事が判明した。これらの結果は,小質量惑星と複数惑星系の進化を議論する上で数少ない貴重な観測的制限を与える事を述べる。

新たな観測成果に加えて,過去の他グループの観測データの再解析についても報告する。過去のロシター効果の解析においては理論モデルの不完全性から惑星の軌道傾斜角等の推定に系統誤差が伴つていた。そこで本研究では,すでにロシター効果が報告されているいくつかの系に対して(1)で導いた新しい理論モデルを適用して過去のデータを再解析し,過去の解析よりもフィットが有意に良くなる事を示す。

(3)惑星の軌道傾斜角推定のための新たな方法論の提案と観測

上述のように,ロシター効果の観測はこれまでほとんど巨大ガス惑星に対してのみであつた。これはロシター効果のシグナルが惑星の半径の2乗にほぼ比例するため,惑星が小さくなると検出が困難になる事に起因している。ただ惑星の軌道進化を議論する上で,今後スーパーアースを含むより小さな惑星に重心が移る事を考慮すると,ロシター効果に代わる新たな方法論によつて惑星の軌道傾斜角を制限する事が必要となる。

本論文ではロシター効果観測の欠点を補うため,黒点による星の明るさの周期的変動を用いて星の自転傾斜角を測定するという新しい方法論を提案する。星の明るさの変動を周期解析する事によつて星の自転周期が求まる。一方,分光観測を実施して星のスペクトルの吸収線幅を測定すると,射影自転速度(星の自転速度を我々の視線方向に射影したもの)が求まる。これらの情報を合わせると,星の自転軸が我々の視線方向に対してどれだけ傾いているか(自転傾斜角)の情報が得られる。トランジット惑星系では惑星の公転軸はほぼ我々の視線方向に垂直であるため,自転傾斜角の推定は星の自転軸と惑星公転軸の関係を与える。この方法論は惑星のサイズや軌道長半径によらず適用でき,小さい惑星に対してもその公転軸と中心星自転軸の関係を調べられるという利点がある。本研究では, トランジット探査衛星である「ケプラー宇宙望遠鏡」によつて見つかつたトランジット惑星候補を持つ10個程度の天体に対して星の自転傾斜角を測定した。結果として,K0I-261と呼ばれる海王星よりも小さい惑星候補を持つ系において星の自転軸と惑星公転軸が有意にずれている証拠を発見した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽系外の惑星における恒星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度(以下、軌道傾斜角)を求めるにあたり、「ロシター・マクローリン効果」 (以下、ロシター効果)の理論モデルの精密化を行い、さらにロシター効果に代わる新しい方法を提案し、それを実証したものである。

本論文は6章から構成される。

まず、1章において、研究の動機、すなわち「軌道傾斜角測定」が「惑星系における巨大惑星の移動機構の解明」に重要であることが述べられている。

続いて2章において、軌道傾斜角を求める研究の方法のレビューが行われている。特にロシター効果を用いて軌道傾斜角を求める方法について詳しく述べている。

3章では、ロシター効果に対する新たな理論モデルの構築を論じている。ロシター効果は、惑星がトランジットする際に恒星面の一部分が隠されることで、スペクトル線の形が歪む現象である。しかし、この歪を直接捉えることは困難であるため、代わりに星のスペクトル線の位置の時間変化を測定することで検出される。Ohta et al. (2005)は、歪んだスペクトル線の重心を計算することによって、ロシター効果を記述する解析的な表式を導いた。しかし、この式は、観測結果、特に視線速度の振幅を正しく表現できないという欠点がある。そこで、本論文では、より現実的なスペクトル線プロファイルをとりこむことによってロシター効果による視線速度変動を記述する高精度解析公式を導出している。さらに実際の視線速度解析の手続きを数学的に記述し、ロシター効果による視線速度変動を惑星の位置の関数として解析的に導出している。その上で、実際の視線速度解析ソフトを用いたシミュレーションと比較し、新解析公式が実際の観測データの解析を行う上で十分な精度であることを示している。また解析公式の応用として、恒星が差動回転している場合に解析公式を拡張し、差動回転の検出が可能であることを示している。

次に4章では、ロシター効果の新しい観測と過去のデータの再解析が論じられている。新たな観測としては、HAT-P-11、 XO-3、 KOI-94という3つの系の観測結果が報告されている。このうちHAT-P-11は海王星サイズの惑星を持ち、KOI-94はトランジット惑星を4つ持つという特徴をもつ。その結果、HAT-P-11では惑星公転軸が中心星自転軸と有意にずれており、KOI-94ではそれらが揃っていることを明らかにしている。特にKOI-94では、4つの惑星のうち2つが、ほぼ同時に主星の手前を横切り、その際に互いに視線上で重なるという稀な現象を捉え、2つの惑星の公転軸がほぼそろっていることを示している。さらに、過去の他グループの過去の観測データについても、新しい理論モデルを適用して再解析し、過去の解析よりもモデル・フィットが有意に良くなることを示している。

さらに5章では、惑星の軌道傾斜角推定のための新たな方法論の提案と、観測への適用とを行っている。ロシター効果が適用できないより暗い星まで軌道傾斜角を推定するため、本論文では、黒点による星の明るさの周期的変動を用いて星の自転傾斜角を測定するという新しい方法論を提案している。まず星の明るさの変動から星の自転周期を求め、さらに分光観測によるスペクトル線の吸収線幅から射影自転速度(星の自転速度を我々の視線方向に射影したもの)を求める。これらの情報を合わせると、星の自転軸が我々の視線方向に対してどれだけ傾いているか(自転傾斜角)の情報が得られる。トランジット惑星系では惑星の公転軸は、ほぼ観測の視線方向に垂直であるため、自転傾斜角の推定は星の自転軸と惑星公転軸の関係を与える。この方法は惑星のサイズや軌道長半径によらず適用でき、小さい惑星に対してもその公転軸と中心星自転軸の関係を調べられるという利点がある。本研究では、トランジット探査衛星である「ケプラー宇宙望遠鏡」によって見つかったトランジット惑星候補を持つ10 個程度の天体に対して、本方法により星の自転傾斜角を測定している。結果として、KOI-261と呼ばれる海王星よりも小さい惑星候補を持つ系において星の自転軸と惑星公転軸が有意にずれている証拠を発見している。

最後に6章で、結論をまとめている。

このように、本研究は、太陽系学惑星系において軌道傾斜角を求めるにあたり、ロシター効果の理論モデルをより精密化すると同時に、より暗い星についても適用できる新しい方法を提案・実証したものであり、太陽系外惑星系研究に新たな道を開いたものとして、高い価値を持っている。

なお、本論文は多くの研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測の提案、観測の実行、データの解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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