学位論文要旨



No 128954
著者(漢字) 宮本,幸一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,コウイチ
標題(和) 将来の重力波及び宇宙背景放射の観測による宇宙紐に対する制限
標題(洋) Forecast constraints on cosmic string parameters from observations of gravitational waves and CMB
報告番号 128954
報告番号 甲28954
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5931号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,直紀
 東京大学 特任准教授 渡利,泰山
 東京大学 准教授 大内,正己
 東京大学 准教授 大橋,正健
 東京大学 教授 須藤,靖
内容要旨 要旨を表示する

宇宙ひもとは、宇宙論的な長さと微視的な太さを持つ、莫大なエネルギーが凝縮した1次元的な領域である。素粒子や初期宇宙に関する様々な理論的な模型において、宇宙初期に宇宙ひもが発生し、現在も存在している可能性が指摘されている。最も典型的な例は、素粒子の大統一理論のような、自然はもともと高い対称性を有していたが、宇宙の進化の過程の中で対称性が破れていき、現在観測される対称性が生じたとする理論である。この対称性の破れの際に、位相欠陥として宇宙ひもが発生しうる。また、超弦理論に基づくインフレーション模型の1つであるブレーンインフレーションでは、インフレーションを引き起こすD ブレーンと反D ブレーンが対消滅した後に、宇宙論的な長さを持った超弦理論の「ひも」が残される。もし、宇宙ひもが発見され、その性質を詳しく調べる事ができれば、我々は、標準模型を超える素粒子物理学や、初期宇宙の歴史に対して観測的にアプローチする新たな手段を得る事になる。したがって、宇宙ひもは、素粒子物理学と宇宙論の双方にとって非常に重要である。

宇宙ひもは、発生後、衝突とつなぎ替わりを繰り返しながら、非常に非線形的に運動し、複雑なネットワークを形成する。この宇宙ひもネットワークには、次の2種類の宇宙ひもが含まれる。1つは、ハッブル地平線を越えて宇宙を張り巡るinfinite string である。infinite string の典型的な曲率半径や間隔は、ハッブル半径に匹敵する。もう1つは閉じたループである。これは、1本のinfinite string の異なる部分が衝突してつなぎ替わる事で生じ、振動に伴って重力波を放出しながら縮小し、最終的には消滅する。宇宙ひもネットワークは、主には重力を通じて、まわりの時空や物体に影響を及ぼす。このような宇宙ひもの痕跡は、将来の宇宙の観測実験を通じて検出される可能性がある。

宇宙ひもの観測的なシグナルには様々な種類のものがあるが、この論文では、その中でも以下の2種類のシグナルに注目する。1つ目は重力波である。莫大なエネルギーの塊である宇宙ひもが運動すれば、強力な重力波が発生する。宇宙ひもネットワークからの重力波は、主にはループによってもたらされる。特に、ループ上のカスプと呼ばれる構造が主たる重力波源となる。カスプとは、ループの振動の1周期のうちに数回現れる、非常に光速に近い速度を持った尖った領域である。カスプの運動に伴って、ビーム状の重力波が短時間のうちに放出される。これはしばしば重力波バーストと呼ばれる。この重力波バーストは、次の2つの形で検出される。1つ目は、検出器の感度を超える振幅を持つ強力なバーストが、そのまま単独のバーストとして検出されるものである。このようなバーストは稀にしか飛来しないので、レアバーストと呼ぶ事にする。2つ目は、微弱であるため単独では検出できないが頻繁にやってくるバーストが、互いに重なりあって形成する背景重力波である。LIGO やKAGRA といった重力波干渉計では、レアバーストに加えて、異なる干渉計のシグナルの相関を取る事で背景重力波も検出できる。また、背景重力波は、パルサーから届くパルスの到着時間のずれを観測するパルサータイミング実験によっても検出する事ができる。

もう1つの重要な宇宙ひものシグナルは、宇宙背景放射(CMB)の非等方性である。宇宙ひもは、その複雑な運動に伴って重力不安定性を発生させ、まわりの物質に揺らぎを作る。CMB も、主にはinfinite string からこのような影響を受け、我々は様々な方向から飛来するCMB の温度や偏光の揺らぎを観測する事になる。これまでに観測されたCMB の温度の非等方性は、インフレーション起源の揺らぎが作るものと基本的には一致しており、宇宙ひもはCMB 非等方性の主たる要因ではないことが明らかになっている。しかし、CMBpol のような将来のCMB 観測衛星によるより精密な測定により、宇宙ひものシグナルが発見される可能性がある。また、B モードと呼ばれるタイプの偏光には、宇宙ひもが主たる寄与を及ぼしうる。

宇宙ひもの性質を特徴付け、観測的なシグナルに大きな影響を与えるパラメータとして、以下の3つを挙げる事ができる。1つ目は、宇宙ひものtension μである。これは、宇宙ひもの単位長さあたりの質量にあたり、しばしばニュートン定数G との積Gμの形で書かれる。Gμは、対称性の破れに伴って発生した宇宙ひもに対しては、その対称性の破れが起こったエネルギースケールによって決まる。一方、超弦理論に基づく宇宙ひもの場合には、超弦理論のエネルギースケールや余剰次元の幾何がGμに反映される。Gμは、宇宙ひもから放出される重力波の振幅や、CMB 非等方性の大きさを決める。加えて、Gμはループの寿命を決めるので、ループの個数密度にも影響する。

2つ目は、ループの長さαである。時刻t に生じたループの長さはαt と表される。厳密には、αはパラメータではなく、宇宙ひもネットワークのダイナミクスを正確に追う事ができれば求まる量である。しかし、解析的にも数値的にも非常に非線形的なダイナミクスを追う事は容易ではなく、αの値はそのオーダーさえ明らかになっていない。そのため、この論文では、αをパラメータと見なす。αはループの個数密度に加えて重力波バーストの振幅にも影響する。

3つ目は、つなぎ替わり確率p である。2本の宇宙ひもが衝突すると、ある確率p でつなぎ替わりが起こる。対称性の破れにより生じる宇宙ひもの場合、p はほぼ1である。一方、超弦理論に基づく宇宙ひもの場合、4次元で見て衝突しそうな宇宙ひもが余剰次元の中ですれ違う等の効果のために、p は極めて小さくなりうる。infinite string はループ生成により常に長さを減らしていくが、p が小さくなればなるほどその効率が下がる。そのため、infinite string は密になる。ゆえに、p が小さいほどCMB 非等方性は大きくなる。infinitestring が密になればループの個数密度も大きくなるので、重力波シグナルも増大する。

これらのパラメータは、宇宙ひもの背後にある物理と密接に関係しており、これらのパラメータの値が分かれば、非常に大きなインパクトとなる。そのため、将来の観測で宇宙ひものシグナルが見つかったとして、どれだけの精度でこれらのパラメータの値を決定できるかを調べる事は、非常に意義深い。

この論文は、将来の干渉計による重力波直接検出実験、パルサータイミング実験及びCMB 観測の中で宇宙ひものシグナルが検出された場合に、Gμ、α、p がどの程度制限されるのかを調べることを主眼とする。まず、宇宙ひものダイナミクスや、宇宙ひものシグナルの計算方法等について、過去の研究の結果をレビューする。その後、レアバーストの検出頻度や背景重力波のスペクトル、CMB 非等方性のパワースペクトルが、宇宙ひものパラメータにどのように依存するのかを議論し、将来の観測により探索できるパラメータ領域を求める。そして、その領域の中からいくつかの点を取り上げ、真のパラメータがその点である場合にどの程度の精度でパラメータが決定できるかを、フィッシャー解析という手法を用いて推定する。その際、個々の実験が単独で与える制限だけでなく、異なる実験の組み合わせにより与えられる制限を求める。

重要なのは、異なる種類の実験は、宇宙ひもネットワークの異なる側面を反映するため、我々に異なる情報を与えてくれるという事である。例えば、重力波の主たる源となるのはループであるが、CMB 非等方性に主要な寄与をするのはinfinite string である。レアバーストの検出頻度は、ループの個数密度やループの長さを反映するが、背景重力波の振幅はループのエネルギー密度を反映する。また、異なる振動数の重力波は、異なる時期に放出されたものである。このような理由により、異なる実験の結果を組み合わせる事で、パラメータに対するより厳しい制限を得る事ができる。この意味で、レアバースト検出と背景重力波検出という2種類の観測を自ずから兼ね備えている重力波直接検出実験は、宇宙ひものパラメータを制限する上で非常に有用であると言える。とりわけ、DICIGO のような、宇宙空間に設置される重力波干渉計は、重力波に対する究極の感度を有し、宇宙ひもの極めて精密な観測を可能にする。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなる。第1章ではイントロダクションとして、初期宇宙における宇宙紐生成を示唆する理論モデルが紹介される。宇宙紐とは空間にひろがる幾何学的に細い紐状の位相欠陥のことであり、急激に膨張冷却する初期宇宙の相転移の結果として生成され得る。最近では高次元時空を取り扱う数理物理学でも膜宇宙の衝突により生成されると示唆されている。宇宙紐は重力波や宇宙背景放射の偏光などに特徴的な痕跡を残すと考えられており、将来の検出可能性が期待される。第2章では宇宙紐の生成機構をスカラー場の発展を中心に具体的に解説し、また第3章では生成された宇宙紐の力学的進化を論じている。宇宙紐は生成後に互いに衝突やつなぎ替わりを繰り返しながら、全体として複雑なネットワーク構造を形成する。この過程で重力波を爆発的に放出し、また宇宙を飛び交う背景放射の経路を曲げることで特徴的な揺らぎを誘起する。ここで重力波とマイクロ波背景放射の観測により宇宙紐の性質を解明するという本研究の目的が提示される。

第4章では宇宙紐が形成する閉じたループを解析的に取り扱い、典型的ループサイズと宇宙紐の張力や重力波放出効率との関係を明らかにする。

第5章では宇宙紐の運動により生成放出される重力波の強度や波形が求められる。宇宙紐はつなぎ替わりなどによりループやカスプといった特徴的な構造を作り、それらが空間内を運動したりまた消滅したりする際に爆発的に重力波を放出する。宇宙紐ループの数密度や消滅率から重力波放出の頻度を求め、現在の宇宙の観測者点でどれくらいの振幅の重力波を観測することができるかを具体的に計算した。さらに第7章以降の将来観測のための一般論を展開する。

第6章では多数の宇宙紐がマイクロ波背景放射に及ぼす影響を詳細に論じている。はじめに個々の宇宙紐が光子の伝搬に及ぼす影響を解説する。次に、解析的に取り扱うことのできるUSMモデルを導入する。USMモデルでは長く連なる宇宙紐は多数の短い直線状のひもの集まりとして表現され、宇宙紐による童カレンズ効果等を計算することが可能である。より詳細な直接数値シミュレーションの結果と比較した上で、USMモデルにより宇宙紐がマイクロ波背景放射の異方性や偏光に及ぼす影響を十分な精度で推定できると結論づけている。さらに、マイクロ波背景放射の揺らぎのスペクトルを具体的に求め、将来の観測により検出可能なパラメータ領域を明らかにした。

第7章では将来の地上重力波観測ネットワークにより宇宙紐を検出し、その性質を探る方法が提案される。宇宙紐を特徴づける3つのパラメータ(ループサイズ、張力、結合確率)をそれぞれ変えたモデルに対して重力波強度を計算し、KAGRAをはじめとする次世代の重力波検出装置による観測で制限を与えることのできるパラメータ領域を明らかにしている。

第8章では地上・宇宙における重力波観測、マイクロ波背景放射の偏光観測、および電波観測によるパルサータイミング計測を組み合わせて宇宙紐に関する上記のパラメータを推定する方法を提案する。多変数フィッシャー解析を行い、種々の前景ノイズなどが除去でき、10年にわたって重力波観測を行う理想的な状況では宇宙紐の各パラメータを数十パーセント程度の精度で特定できると結論づけている。第9章において結果を総括するとともに、宇宙紐の性質解明への展望を考察した。

なお、本論文第7章と第8章の一部、将来の観測によるパラメータ制限に関する部分は黒柳幸子氏、関口豊和氏、高橋慶太郎氏、Joseph Silk氏との共同研究をもとにしているが、地上・宇宙における重力波観測、マイクロ波背景放射の偏光観測、および電波観測によるパルサータイミングの測定を全て組み合わせた統計的解析を行うという着想は論文提出者本人が得たものである。それぞれの観測に対して観測量を理論的に計算し、多変数フィシャー解析を行う作業も論文提出者自身が行った。最終的に宇宙紐を特徴づけるパラメータ間の縮退に考察を与え、論文提出者のオリジナルな成果であると認められる。

素粒子や初期宇宙進化に関する多くの理論モデルにおいて宇宙紐の生成可能性が指摘されており、その存在を観測的に明らかにすることや、現在の宇宙での存在量に制限を与えることは宇宙論分野の重要な課題の一つである。本論文は重力波バーストや背景放射偏光といった宇宙紐に固有の痕跡に着目し、典型的ループサイズや張力など宇宙紐を特徴づける基本的な性質を推定する方法を提案した。計画されている将来の重力波観測に大きな示唆を与え、素粒子物理学と宇宙論にまたがる重要問題に迫る研究成果である。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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