学位論文要旨



No 128955
著者(漢字) 本橋,隼人
著者(英字)
著者(カナ) モトハシ,ハヤト
標題(和) 修正重力理論による加速膨張宇宙の記述とその宇宙論的帰結
標題(洋) Cosmological consequences of modified gravity for the primordial and late-time cosmic acceleration
報告番号 128955
報告番号 甲28955
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5932号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 教授 吉田,直紀
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 山本,智
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文では、宇宙に起こった二つの加速膨張期を修正重力理論により説明するとともに、その理論的な帰結から観測的に模型を区別する指標を見出し、実際の宇宙マイクロ波背景放射(CMB)非等方性や銀河団の大規模構造などの観測データと比較することに主眼をおき、解析を行った。

本研究の背景および動機

近年の観測的宇宙論の発展により我々の宇宙は二つの加速膨張期を経ていることがわかっている。一つは宇宙初期に起こったとされるインフレーションであり、ビッグバン宇宙論が抱える平坦性問題、地平線問題、モノポール問題といった諸問題を解決するとともに、現在観測されているほぼスケール不変な曲率揺らぎを生成する機構である。二つ目の加速膨張期は現在に近い時刻で起こるもので、1990 年代後半のIa 型超新星の観測以降、CMB、バリオン音響振動をはじめ、銀河団、大規模構造、重力レンズなど、多くの独立な観測源を用いて追検証され、確認されている。

アインシュタインの一般相対論に基づくと、物質成分や放射成分では宇宙の膨張速度を増加させることはできない。そのため、加速膨張を引き起こす原因はダークエネルギーと呼ばれ、スカラー場を導入する模型や、宇宙定数∧を導入する∧CDM 模型が考えられてきた。しかし、スカラー場や宇宙定数の物理的起源は解明されていない。さらに宇宙定数に関しては、観測結果から制限される宇宙定数の値が、場の量子論から推定される真空のエネルギースケールと比べて極めて小さいという問題もある。そのため一般相対論ではなく、重力理論を修正することで加速膨張を説明する、修正重力理論の研究が近年活発になされている。

本博士論文では、リッチ曲率R およびチャーン・サイモンズ項C を用いた修正重力理論に焦点を当てて研究を行った。これは一般相対論のラグランジアンR を、f(R;C) という関数に拡張した理論模型である。これは理論にスカラー自由度を一つ導入したことに相当し、その自由度はスカラロンと呼ばれる。歴史的には1980 年代のR2 項によるインフレーション模型に端を発し、近年では現在の加速膨張を説明する模型も提唱されている。これらを総称してf(R) 重力理論と呼ぶ。f(R;C) 重力理論はこれに加えてパリティを破る項C を導入した理論である。宇宙論的な帰結を議論する上では、重力波を除き、f(R) 重力理論とf(R;C) 重力理論は等価である。C の効果は球対称時空のまわりの線形摂動論であるブラックホール摂動論を用いて調べることができる。

f(R) 重力理論における背景量の時間発展

現在に近い時刻においてf(R) 重力理論の特徴を見出すために、実効的ダークエネルギーの圧力とエネルギー密度の無次元比である状態方程式パラメータw の時間発展を数値計算により追跡した。その結果、f(R) 重力理論においてはw が時間変化し、現在に近い過去において-1 より小さくなるファントム・クロッシング現象が生じることを示した。この現象はWMAP 衛星によるCMB 非等方性の観測解析においてw の時間変化を許した際に得られる結果からも示唆されているが、従来のスカラー場を用いた模型ではw を安定に-1 より小さくすることは不可能である。これが可能になるのはf(R) 重力理論を区別する上で大きな特徴の一つといえる。

この解析を発展させ、最終的に宇宙が到達するド・ジッター解のまわりの振動現象を研究した。先行研究では特定の関数f(R) においてw が-1 を中心に振動することが数値計算により知られていたが、模型に依存しない振動現象の一般的性質は解明されていなかった。本研究で関数f(R)を与えると振動を判定できる判定基準を確立した。この基準の物理的解釈は、スカラロンの質量が重い場合に振動が起こるということである。

f(R) 重力理論における物質密度揺らぎの時間発展

物質密度分布に存在する微小な揺らぎは重力理論の修正を顕著に反映するとともに、星、銀河、銀河団、超銀河団という宇宙の階層構造のタネとしての役割を果たすため、理論と観測を比較する指標になる。これに関して以下の一連の研究を行った。

まず高曲率近似を用いた漸近的f(R) 重力理論において、物質密度揺らぎの厳密解を超幾何関数によって導出した。現在の加速膨張を記述する関数f(R) は一般に複雑な形となるが、R が大きい極限では単純な形となる。これを利用して解析解を導出し、f(R) 重力理論では小スケールの密度揺らぎが促進されることを確認した。

次に、高曲率近似が破れる領域において背景量と摂動量の発展方程式を合わせて数値的に解き、密度揺らぎの時間発展を追跡した。その結果、密度揺らぎの成長を特徴づける成長因子γの時間・波数依存性という特徴を抽出した。また、f(R) 重力理論が物質密度揺らぎの成長を促進することを定量的に評価し、観測データからモデルパラメータへの制限を与えた。

この継続研究として、上記の数値計算に、質量を持ったニュートリノの効果を考慮した。わずかな質量を持つニュートリノは高速で運動するため、短い波長を持つ密度揺らぎの分布を平坦化させる働きを持つ。これはf(R) 重力理論と反対の効果である。公開ボルツマン・コードMGCAMBにf(R) 重力理論を組み込み、このプログラムを用いて計算したCMB 非等方性スペクトルおよび物質密度揺らぎのパワースペクトルをWMAP 衛星および銀河団分布探査プロジェクトSDSS の最新の観測データと比較することで、f(R) 重力理論においては∧CDM 模型と比較してより重いニュートリノ質量が許されることが示された。

さらに、この機構はステライル・ニュートリノの場合に応用できる。近年のニュートリノ振動実験から、1 eV 程度の質量を持ったステライル・ニュートリノの存在が示唆されているが、このように重いニュートリノの存在は、従来の∧CDM 模型における宇宙論的な制限とは相容れないものであった。この問題は上記の機構により、f(R) 重力理論において解決される。1 eV のステライル・ニュートリノを想定したもとでマルコフ連鎖モンテカルロ法により導かれた最適フィットのパラメータ値から、∧CDM 模型では物質密度揺らぎが小さくなり観測結果と矛盾するが、f(R)重力理論では観測結果と整合的になることが判明した。

f(R) 重力理論におけるインフレーションと再加熱

二つの加速膨張期を同時に説明するf(R) 模型は、それぞれを個別に説明する関数f(R) の単純な和では成立しない。R2 インフレーション終了期にはR が負になるため、その領域において生じる不安定性を防ぐ新しい関数形が必要となる。不安定性を除去するために関数f(R) が満たすべき条件から、その一般的な形を構築した。

次に一般形のうち一つの模型に着目し、インフレーションおよび再加熱期を解析し、アインシュタイン・フレームを利用して厳密解を導出した。この模型は特に再加熱時の振動期において従来の模型とは異なる非調和振動を引き起こす。これは再加熱期における重力的粒子生成の効率を下げる働きを持ち、107 GeV という低い再加熱温度を導く。また曲率揺らぎとテンソル揺らぎを評価し、現在の観測データからモデルパラメータに制限を与えた。さらにこの粒子生成の効果を取り入れた数値計算を行い、解析解との整合性を確認した。

パリティを破る重力理論でのブラックホール摂動論

最後に、チャーン・サイモンズ項C を取り入れた重力理論によって、パリティの破れを考慮した場合にどのような変更が現れるか、ブラックホール摂動論を用いて検証を行った。この理論模型でのブラックホール摂動論では、奇パリティと偶パリティの摂動変数が相互作用項を持つため、運動方程式の変形によるマスター変数の導出は困難となる。そこで運動方程式を整理するのではなく、その前の作用の段階において簡約化を行う手法によりこの問題を解決し、偶奇全ての摂動変数を含んだ完全な解析を行った。その結果、一般のf(R,C) 理論では非物理的なゴースト自由度が生じることが分かり、それを回避するために関数f(R,C) が満たすべき安定性条件を導いた。これは現象論的にパリティの破れを考慮する上で強い制限を与える。

結論

本博士論文の主要な結論をまとめると、以下のようになる。

1. f(R) 重力理論と∧CDM模型はほぼ同じ加速膨張を与える。そのため、状態方程式パラメータw が-1 を中心に振動するという理論的特徴はあるものの、背景量により両者を観測的に区別することは、現在の観測精度では困難である。しかし、摂動量には違いが顕著に現れる。特に、f(R) 重力理論において物質密度揺らぎの成長が小スケールで促進されることは、より重いニュートリノ質量を許すことができるため、∧CDM 模型と区別する指標となり得る。

2. 宇宙の二つの加速膨張を説明するf(R) 模型においては、従来のインフレーション模型とは異なり、インフレーション終了時に非調和振動が生じる。アインシュタイン・フレームで導出した厳密解と、重力的粒子生成を考慮した数値計算の結果から、非調和振動が粒子生成の効率を下げて再加熱期を長引かせることが判明した。

3. f(R,C) 重力理論における静的球対称計量の安定性解析を行った。偶パリティと奇パリティの両方の摂動変数を考慮した完全な解析はこれが初めてであり、ゴースト自由度を回避するための条件を求め、関数f(R;C) を制限した。

本研究では、修正重力理論を現象論として取り扱い、標準的な∧CDM 模型からのずれを定性的・定量的に評価した。将来的には、観測の面から両者を区別することと、修正重力理論をより本質的な理論の枠組みから導出することが、本分野の最終的な到達点となる。

審査要旨 要旨を表示する

近年の観測的宇宙論の発展により我々の宇宙は二つの加速膨張期を経ていることが明らかになった。一つは宇宙初期に起こったとされるインフレーション期、もう一つは数十億年ほど前から現在に至る時期である。特に、現在の加速膨張を引き起こす原因はダークエネルギー(その特別な場合がアインシュタインの宇宙定数である)と呼ばれ、精力的な研究テーマとなっている。これは一般相対論が宇宙論的スケールで厳密に正しい理論であると仮定した上でのモデルであるが、実はそれは直接検証されているわけではない。したがって、逆に宇宙論的スケールでは一般相対論が厳密には正しくなく、その結果として加速膨張が起こっているのではないかとする考え方もある。これは修正重力理論とよばれ、近年活発に研究されるようになってきた。

本博士論文は、この修正重力理論の具体的なモデルを用いて、宇宙定数を仮定したモデルとの違いを詳細に調べたものである。

本論文は全部で7章からなる。

第1章は、宇宙の加速膨張の簡単な紹介と本論文の目的と構成を述べている。第2章は、ラグランジアン密度として宇宙のリッチ曲率Rを用いる一般相対論を、関数f(R)に拡張した修正重力理論のレビューである。

第3章では、f(R)重力理論における背景量の時間発展を論じる。現在に近い時刻においてf(R)重力理論の特徴を見出すために、実効的ダークエネルギーの圧力とエネルギー密度の無次元比である状態方程式パラメータwの時間発展を数値計算により追跡した。その結果、f(R)重力理論においてはwが時間変化し、現在に近い過去において-1より小さくなるファントム・クロッシング現象が生じることを示した。従来のスカラー場を用いた模型ではwを安定に-1より小さくすることは不可能であるため、将来の観測結果からf(R)重力理論を検証する重要な予言であると考えられる。

第4章では、f(R)重力理論における物質密度揺らぎの時間発展を考察した。現在有力視されているStarobinsky模型およびHu-Sawicki模型では、関数f(R)が複雑な形であるため、密度揺らぎの厳密解を導出できないという問題点があった。しかし二つの模型は高曲率近似の極限では共通の関数形になる。これを用いて密度揺らぎの微分方程式を解析的に導出した。さらにその解析解を導出し、f(R)重力理論では小スケールの密度揺らぎの成長が促進されることを確認した。次に、高曲率近似が破れる領域において背景量と摂動量の発展方程式を合わせて数値的に解き、密度揺らぎの時間発展を追跡した。質量を持つニュートリノは高速で運動するため、小スケールの密度揺らぎの成長を抑制する。これは上述のf(R)重力理論と反対の効果であるため、両者が相殺するため、宇宙定数モデルに比べてより大きなニュートリノ質量が許される。実際、近年のニュートリノ振動実験から、1eV程度の質量を持ったステライル・ニュートリノの存在が示唆されており、仮にそれが確立すれば宇宙定数モデルでは説明が困難であり、f(R)重力理論を支持する証拠となることが示された。

第5章は、具体的なf(R)重力理論におけるインフレーションと再加熱期を解析し、厳密解を導出した。この模型は特に再加熱時の振動期において従来の模型とは異なる非調和振動を引き起こす。これは再加熱期における重力的粒子生成の効率を下げる働きを持ち、107GeVという低い再加熱温度を導く。また曲率揺らぎとテンソル揺らぎを評価し、現在の観測データからモデルパラメータに制限を与えた。

第6章は、ここまで考察した修正重力理論にさらにパリティを破るチャーン・サイモンズ項Cを取り入れたf(R,C)理論において、ブラックホールのまわりの摂動にどのような帰結をもたらすかを解析した。その結果、非物理的なゴースト自由度が生じることが分かり、それを回避するために関数f(R,C)が満たすべき安定性条件を導いた。

第7章はこれらの結果の結論が要約されている。いくつかの数学的な補遺が付録AからCで与えられている。

このように、本学位論文は、修正重力理論を現象論として取り扱い、標準的な宇宙定数モデルからのずれを定性的・定量的に評価した。将来的には、精密な測データを用いて両者を区別すること、さらに修正重力理論をより本質的な理論の枠組みから導出することが、本分野の最終的な到達点であり、本研究はその段階への橋渡しとなるものである。なお、本論文の一部は、指導教官である横山順一教授、ビッグバンセンター客員教授アレクセイスタロビンスキー教授等との共同研究にもとづいているが、論文提出者が主体となって解析・議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって博士(理学)を授与できると認める。

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