学位論文要旨



No 128961
著者(漢字) 神谷,保臣
著者(英字)
著者(カナ) カミヤ,ヤスオミ
標題(和) 極めて明るいIa型超新星の理論的な光度曲線
標題(洋) Theoretical Light Curves of Highly Luminous Type Ia Supernovae
報告番号 128961
報告番号 甲28961
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5938号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 梶野,敏貴
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 准教授 茂山,俊和
 広島大学 准教授 植村,誠
 早稲田大学 教授 山田,章一
内容要旨 要旨を表示する

超新星は、恒星が一生の最期に大爆発する天体現象である。観測されたスペクトルや光度曲線がもつ特徴によって、超新星はいくつかの型に分類される。本論文で取り扱うIa型超新星は、初期のスペクトルに水素やヘリウムの吸収線はないが、強いケイ素の吸収線がある超新星である、と定義されている。Ia型超新星は、近接連星系にある、炭素と酸素からなる白色綾星の熱核爆発であり、以下の過程を経て爆発に至ると考えられている。

(1)伴星からの物質が白色矮星表面に降り積もり、白色矮星が「太って」ゆく。

(2)白色矮星の質量がチャンドラセカール質量(約1.4太陽質量)に非常に近くなると、白色矮星の中心部にある炭素に「火がつく」。

(3)電子の縮退圧によって支えられている白色綾星は膨張して温度を下げることができないため、核反応が暴走的に進み、結果として星全体が爆発する。

このような爆発機構から、Ia型超新星はどれも同じような性質を持つことが期待される。たとえば、実際に観測されたIa型超新星は(同じ距離に置いたと仮定したときに)どれも最大光度がほぼ同じである。遠方の宇宙に出現しても観測できるほど明るいことから、Ia型超新星を宇宙論における距離指標として使うことができる。現実にはIa型超新星の最大光度にぼらつきがあり、そのままでは距離指標にするのは難しい。しかし、数多くのIa型超新星の観測から、最大光度と光度曲線の幅との間にある関係が発見されている。この関係によって補正されて初めて、Ia型超新星は距離指標として用いることができる。このようにしてIa型超新星の観測から宇宙膨張の加速が判明したことは記憶に新しい。

近年、極めて明るいIa型超新星がいくつか観測、報告されている(図1)。これらの特異なIa型超新星は、通常のIa型超新星よりもかなり明るい。Ia型超新星は明るく輝くのは、主に、超新星爆発時に合成されたニッケル56やその娘核種のコバルト56が崩壊し、周囲の物質を加熱するためである。したがって、観測された明るさからニッケル56の質量をある程度推定することができる。極めて明るいIa型超新星は、その明るさからニッケル56が多量に、中にはチャンドラセカール質量よりも多く、合成されたことが推測されている。こうしたニッケル56の質量は、チャンドラセカール質量の白色媛星の核爆発では説明することが難しい。そこで、極めて明るいIa型超新星を説明するために、爆発した白色矮星が超チャンドラセカール質量であったとする考え方が提唱されている。こうした重い白色媛星は高速回転しており、遠心力のためにチャンドラセカール質量を超えることができると考えられている。ただ、チャンドラセカール質量よりも重い白色矮星に関する研究(安定的な成長シナリオや爆発のシミュレーションなど)は多くないが現状である。また、ニッケル56の質量や爆発した白色矮星の質量を推定する際には解析的な手法が用いられている。極めて明るいIa型超新星のそうした性質を推定し、超チャンドラセカール質量の白色矮星やその爆発などを議論するためには、より精緻なアプローチをとる必要がある。

本論文では、観測された極めて明るいIa型超新星の1つであるSN2009dcに注目し、

(1)簡略化された1次元の超チャンドラセカール質量の理論モデルを構築し、

(2)そのモデルの光度曲線を輻射流体計算から求め、

(3)得られたモデルと観測された光度曲線などを比較する

ことで、SN2009dcの先駆天体の性質を推定した。モデルのパラメータは、鉄族元素(安定的な鉄・コバルト・ニッケル)とニッケル56、中間質量元素(ケイ素・硫黄・カルシウム)、炭素・酸素、および爆発した白色矮星の質量である。典型的なIa型超新星の性質を再現するチャンドラセカール質量のモデルの流体力学的な構造を「スケール」することで、爆発後に一様膨張している超チャンドラセカール質量のモデルを考えた。本論文では、観測が示唆するニッケル56の質量やケイ素の吸収線速度などを考慮しており、現実的なモデルを構築している(図2)。また、光度曲線の計算においては、約16万本のスペクトル線を考慮に入れて吸収係数を現実的に求める、1次元の多波長輻射流体計算コードを用い、輻射光度だけでなく各波長帯における光度曲線を得た。なお、超チャンドラセカール質量のモデルの各波長帯の光度曲線は、本研究によって初めて得られたものである。観測との比較では、光度曲線だけではなく、モデルの光球速度と観測されたケイ素の吸収線速度も比較している。

計算で得られた各モデルがもつ光度曲線やその立ち上がり時間、および光球速度と、SN2009dcの観測を比較した結果、母銀河による減光が無視できるならば、爆発した白色矮星の質量は2.2~2.4太陽質量であり、爆発時に合成されたニッケル56の質量は1.2~1.4太陽質量であるモデルが、観測を良く再現することが分かった(図3)。一方で、母銀河による減光が大きい場合には、本論文で構築したモデルでは観測をある程度までしか説明できないものの、爆発した白色矮星とニッケル56の質量は、それぞれ2.8太陽質量と約1.8太陽質量であることが示唆された。また、母銀河による減光がどれだけあるにせよ、爆発した白色媛星は元素合成を経ても、全体の質量の20~30%に相当する「燃え残り」の炭素と酸素を最外層に持つことが分かった。このことは、SN2009dcの初期スペクトルに遅い速度を持った炭素の吸収線が見られた観測事実と一致しており、放出物質中に炭素が存在することを意味する。本論文で得られたSN2009dcの先駆天体の性質は現在のIa型超新星の理論で説明することは難しい。しかし、最新の連星進化の理論計算を考慮すれぼ、チャンドラセカール質量を超えるような白色媛星が非縮退の伴星から質量降着を受けて形成され、質量が約2.4太陽質量になると回転に対する不安定性が生じ、それが極めて明るいIa型超新星爆発の引き金となる、という描像が考えられる。

図1観測されたIa型超新星の光度曲線。SN2005cfは典型的なもので、sN2006gzとSN2007if、およびSN2009dcは極めて明るいものである。なお、sN2007ifとsN2009dcは母銀河による減光を補正していない。

図2モデルの密度分布(上)と元素分布(下)の一例。観測されたケイ素の吸収線速度から、影の領域の物質混交を仮定している。モデルの全体とニッケル56の質量は、それぞれ2.0太陽質量と1.2太陽質量、また安定な鉄族元素と炭素・酸素が、それぞれ全体の20%と10%(質量比)である。

図3モデルの「輻射」光度の時間変化(左)と各波長帯における光度曲線(右下)、および光球速度と観測されたケイ素の吸収線速度との比較の一例。モデルの全体とニッケル56の質量は、それぞれ2.4太陽質量と1.2太陽質量、また安定な鉄族元素と炭素・酸素が、それぞれ全体の10%と30%(質量比)である。ここで「輻射」光度としているのは、それが文字通り輻射光度ではなく、B~Iバンドの光度を足し合わせたような光度を考えているためである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、恒星が進化の最期で迎える大爆発のうちIa型超新星と分類される超新星のなかで、従来の理論では説明できないほど例外的に極めて明るい一群の超新星が、超チャンドラセカール質量(>約1.4倍太陽質量)を持つ白色矮星の熱核爆発で説明できることを、具体的にSN 2009dcの理論モデルを構築し、各波長帯の光度曲線やスペクトルに関する理論予測と観測との詳細な比較を行なって示したものである。本論文は4章と付録からなる。

第1章は導入部である。この章では、まず、さまざまな質量を持つ恒星の構造進化と、進化の最終段階で迎える超新星爆発について概観し、超新星の分類を説明している。特に本論文で取り扱うIa型超新星は、近接連星系をなす炭素と酸素からなる白色矮星の表面に伴星から物質が降着し、質量がチャンドラセカール質量(約1.4倍太陽質量)に近くなると中心部付近で炭素の核燃焼が暴走する。その結果星全体が爆発に至る熱核爆発であることを説明している。このような爆発機構から、標準的なIa型超新星が示す最大光度や光度曲線は、幾つかの経験的な補正を行った上でほぼ同じであると推定され、宇宙論における距離指標として加速的宇宙膨張の発見に用いられてきたことは記憶に新しい。しかし、近年、極めて明るいIa型超新星の観測例が報告されている。超新星の光度は、主に爆発時に合成されたニッケル56とその娘核コバルト56が崩壊し、周囲の物質を加熱することで説明できる。従って、極めて明るいIa型超新星では、チャンドラセカール質量を越えるような白色矮星の爆発によって多量のニッケル56が合成されたのではないかとする仮説が提唱されている。具体的に理論モデルを構築することによって、このように極めて明るい一群の超新星を説明するという本論文の目的が述べられている。

第2章では、超チャンドラセカール質量を持つ白色矮星のモデル構築を行っている。標準モデルより重い白色矮星は高速回転しており、遠心力のためにチャンドラセカール質量を超える質量を支えることができる。典型的なIa型超新星モデルの流体力学的な構造をスケールすることで、爆発後に一様膨張する超チャンドラセカール質量のモデルを考えた。モデルパラメータは、安定な鉄族元素(鉄・コバルト・ニッケル)とニッケル56、中間質量元素(ケイ素・硫黄・カルシウム)、炭素・酸素、および爆発した白色矮星の質量である。導入したパラメータの範囲と、これらのパラメータと観測量の関係を詳述している。さらに本論文で、各波長帯の光度曲線の計算に用いたSTELLAコードの特徴を説明している。

第3章では、構築した精緻なる爆発モデルを用いて各波長帯の光度曲線やエネルギースペクトルを輻射流体計算から求め、具体的にSN 2009dcの観測量と比較して先駆天体の性質を推定した。即ち、観測から示唆されるニッケル56の質量やケイ素の吸収線速度などを考慮し、約16万本のスペクトル線を考慮して現実的な吸収係数を求め、1次元の多波長輻射流体計算コードを用いて光度曲線を計算した。これらの理論計算が示す光度曲線やその立ち上がり時間、光球速度、等とSN2009dcの観測量との緻密なる比較の結果、母銀河による減光が無視できるならば、爆発した白色矮星の質量は2.2~2.4倍太陽質量であり、爆発時に合成されたニッケル56の質量は1.2~1.4倍太陽質量のモデルが観測を良く再現することが判った。母銀河による減光が大きい場合、本論文で構築したモデルでは観測をある程度までしか説明できないものの、爆発した白色矮星とニッケル56の質量はそれぞれ2.8倍太陽質量と約1.8倍太陽質量であることが示唆された。また、母銀河による減光の程度によらず、全体の質量の20~30%に相当する炭素と酸素が爆発的元素合成後に最外層に燃え残ることも判った。このことは、SN 2009dcの初期スペクトルに遅い速度を持った炭素の吸収線が見られた観測事実と一致しており、放出物質中に炭素が存在することを意味する。

第4章では、本研究で得られた結果が要約され、今後の研究の展望が述べられている。

付録では、第3章の考察に用いられた理論計算結果と観測値との詳細な比較が、図として示されている。

以上、本論文は標準的なIa型超新星の理論モデルで説明することが難しい極めて明るいIa型超新星SN 2009dcを詳細に研究し、先駆天体が非縮退の伴星から質量降着を受けて形成されたチャンドラセカール質量を超えるような白色矮星であれば観測を説明できることを示した。このようなIa型超新星モデルで輻射光度、波長帯ごとの光度曲線の理論計算を行ったのは、本研究が世界で初めてである。その結果、白色矮星の質量が約2.4倍太陽質量になると爆発を起こし、極めて明るいIa型超新星として輝くとする描像に基づいて世界で初めて具体的に計算し、観測と比較したものである。上記の独創的な研究成果は高く評価でき、今後の当該研究分野の発展に大きく寄与することが期待される。

なお、本論文の内容は複数の共著者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行っており論文提出者の寄与は十分であると判断できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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