学位論文要旨



No 128962
著者(漢字) 朽名,正道
著者(英字)
著者(カナ) クツナ,マサミチ
標題(和) スペクトルと光度曲線によるIa型超新星の母天体の解明
標題(洋) Revealing progenitors of type Ia supernovae from their spectra and light curves
報告番号 128962
報告番号 甲28962
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5939号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 准教授 梅田,秀之
 東京大学 准教授 小林,尚人
 東京大学 特任准教授 前田,啓一
内容要旨 要旨を表示する

Ia 型超新星は,連星系を成したC+O 白色矮星に,もう一方の星からガスが降り積もることによって起こる爆発現象である.白色矮星の質量がチャンドラセカール限界と呼ばれる上限質量に充分近づいたとき,中心部で炭素の暴走的核融合反応が起こり,星全体が吹き飛ぶと考えられている.しかし,ガスを供給する伴星が何であるかによって,Ia 型超新星の母天体には2つのシナリオが提唱されている.ひとつは,伴星が主系列星,または赤色巨星の場合であり,Single Degenerate(SD) シナリオと呼ばれている.このシナリオでは,伴星の外層がロッシュローブからあふれだし,白色矮星の表面に積もっていく.もう一つは,伴星も白色矮星の場合であり,Double Degenerate(DD) シナリオと呼ばれている.このシナリオでは,2つの白色矮星が,重力波を放出しながら接近し合体を起こす.どちらのシナリオが,どの程度の割合でIa 型超新星になっているのかは未だに不明である.

DD シナリオでは,爆発前に伴星が破壊されるため,爆発後には何も残らない.一方で,SD シナリオでは,外層だけが剥がされるため,爆発後に伴星が近くにいることになる.したがって,SDシナリオではIa 型超新星と伴星との衝突が起こる.Kasen (2010) は,この衝突で起こる衝撃波によって放出物質の一部が高温に暖められ,その領域からある立体角の方向に,爆発の初期に強い放射が出ることを示した.この放射が実際に観測されれば,その超新星がSD シナリオを起源とすることがわかる.また,衝突によって伴星の外層がはがされる.この外層の水素が超新星の放出物と充分混合されずに広がれば,Ia 型超新星を伴星を挟んで観測した場合,Hα 線がスペクトルに現れる可能性がある.しかし,これらの特徴が実際に観測されている例はない.この事実は,SD シナリオの発生率を制限する手段となる(Hayden et al., 2010).制限をつけるためには,これらの特徴がどの程度の強さで,どの範囲の立体角で観測できるかを理論的に調べる必要がある.

Kasen (2010) では,局所熱平衡を仮定して計算していた.しかし,高温で光る部分は,伴星から剥がされた物質が広がる密度の低い場所であるため,光学的に薄く熱平衡に達しない.また,彼らは光度曲線への影響にのみ注目し,スペクトルの変化は考えていなかった.本論文では,SD シナリオの中からいくつかのモデルについて,2次元軸対称の輻射流体力学に基づきIa 型超新星と伴星との衝突を計算した.さらに,得られた各時刻の物理量の分布に対して,各視線方向に輻射輸送方程式を解くことで,光度曲線とスペクトルを計算した.その結果,初期の放射はKasen (2010)の結果よりも弱く,連星間の距離がある程度より短い場合は発生率を制限することができないことがわかった.一方で,それらの連星系の中でも約2% のものには,スペクトルにHα の吸収線が見える可能性があることを示した.詳細を以下に述べる.

■モデル考えたモデルは以下の5つである.

MS 伴星が1M⊙ の主系列星であり,連星間距離が3 × 10(11) cm のモデル.伴星はロッシュローブを満たしている.

RGa 伴星が1M⊙ の赤色巨星であり,連星間距離が2 × 10(13) cm のモデル.伴星はロッシュローブを満たしている.

RGb モデルRGa よりも連星間距離を離し,3 × 10(13) cm としたモデル.

RGc モデルRGa より伴星の質量を軽くし,0.9M⊙ としたモデル.

RGd 伴星の赤色巨星はロッシュローブを満たさず,代わりに恒星風によって質量降着を起こすモデル.近い将来Ia 型超新星爆発を起こすと考えられる代表的な連星系RS Oph に似せて,伴星の質量を1M⊙,連星間距離を2 × 10(13) cm,伴星の半径を0.2 × 10(13) cm とした.

■光度曲線伴星を挟んで超新星を見たときの視線方向をθ = π とおく.各モデルについて,この方向から見たときの光度曲線を計算すると,図1 のようになった.Kasen (2010) と比較して,初期の放射は弱くなることがわかった.これは,非平衡にした効果によって光球の温度が下がったためである.爆発1 日後の光度は,モデルRGa が2.1 × 10(42) erg sec(-1),モデルRGb が3.0 × 10(42) erg sec(-1),モデルRGcが1.9 × 10(42) erg sec(-1) となった.Haydenet al. (2010) によると,Kasen (2010) にある6M⊙ の主系列星のモデルのもつ光度(= 2 × 10(42) erg sec(-1))よりも大きい場合,初期の放射がすでに観測されたIa 型超新星の中で見えてなければならない.モデルRGa, RGcは,この閾値のあたりにある.一方で,モデルRGb はこの閾値を超えてしまう.そのことから,連星間距離が2 ×1014 cm 以下の連星系は,Ia 型超新星の母天体として棄却できないことがわかった.

また,SN 2011fe の光度曲線と比較して,この母天体が,モデルRGa, RGb, RGc をθ > 5π/6の視線方向から観測したものではないことがわかった.

■スペクトル図2 に,爆発後35 日後のモデルRGa のスペクトルを示す.黒線,赤線,緑線,青線,紫線は,それぞれθ = 0, 2π=3, 5π=6, 11π=12, π の方向から見たスペクトルである.破線と実線に分かれている部分が,Hα の吸収を表している.図3 は,モデルRGa のHα の等価幅の時間変化である.モデルMS, RGa, RGb, RGc では,Hα の等価幅が,爆発後30 日以降に6A以上になる.しかし,モデルMS は伴星から剥がれた物質を先行研究と比較して多く出しすぎているため,吸収は本当はもっと弱いはずである.一方で,RGa, RGb, RGc モデルでは,Hα 線がθ > 11π=12の範囲で見えるはずである.つまり,これらのモデルを起源とするIa 型超新星の2% には,これが見えるはずである.一方,観測されているスペクトルにはこのようなHα の吸収は見えない.もし充分な数のスペクトルを良いSN 比でとり,Hα 線があることを確認できれば,ロッシュローブを満たした赤色巨星を伴星とする連星系はIa 型超新星の母天体の候補から外れることになるだろう.

Si II の吸収線の中心波長は視線方向によって異なっている.もし1つ以上のライトエコーが一つのIa 型超新星に対して見つかれば,異なる視線方向のスペクトルを同時に取得することになる.そして,視線方向によるケイ素の速度差を見積もることができる.モデルRGd 以外では,この速度の差は1000km=sec ほどであり,対応する波長の分解能は20Aである.ライトエコーを分解するには,より細かい分解能が必要になる.これには現在の観測技術では難しい.モデルRGd では,速度差は600km=sec ほどになり,余計に難しくなる.よって,RS Oph のような連星系では,視線方向による違いをスペクトルから得ることができない.

以上で述べたように,初期の放射では,連星間距離の短い連星系について制限することはできないことがわかった.一方で,スペクトルを使えば,これらの出現率を制限できる.また,Hα 線は,各超新星の母天体についての追加情報となる.超新星はいつどこで起こるかわからないため,初期の放射を見つけるのは難しい.X 線衛星がたまたまその領域を見ていたときにだけである.それに対して,Hα線は最大光度の後に強くなる.もしその超新星を継続的に分光観測していれば,決して見逃すことはない.これは優れた利点である.

Hayden, B. T., Garnavich, P. M., Kasen, D., et al. 2010, ApJ, 722, 1691Kasen, D. 2010, ApJ, 708, 1025

図1 θ = π から見たときの光度曲線(B バンド)

図2 モデルRGa の35 日後のスペクトル

図3 モデルRGa のHαの等価幅の時間変化

審査要旨 要旨を表示する

Ia 型超新星は、銀河の明るさにも匹敵する、最も明るい部類に属する超新星である。と同時に、その明るさの時間変化(光度曲線) が非常に均質でもある。これらの性質のため、Ia 型超新星は明るい標準光源として宇宙論的距離決定に使われ、宇宙膨張の加速を明らかにした。また、銀河の化学進化において、鉄族元素の主要な供給源となるなど、重要な役割を担っている。しかしながら、その母天体の正体は未だ明らかになっていない。連星系中の炭素酸素白色矮星が爆発するという点についての一致はあるが、相手の星(伴星) が通常の主系列星あるいは赤色巨星(Single Degenerate model, SD と略) なのか、それとも白色矮星どうしの合体(Double Degerate model, DD と略) なのか、が現在大きな問題になっている。論文提出者は、SD モデルに基づき、炭素酸素白色矮星の爆発残骸が伴星に衝突することによって生じる光度曲線の変化、および、伴星からはがされた水素が超新星のスペクトル中にどのように見えるかを計算し、Ia 型超新星の母天体が、SD かDD かを区別するための手法を提案した。

本論文は全6 章からなる。論文の内容自体は共同研究であるが、論文提出者、朽名正道の主導で研究が進められたものであることを論文審査において確認した。なお、その論文を博士論文として提出することについては、共著者の承諾書が得られている。

本論文第1 章は序論であり、特にIa 型超新星の特徴などを概観している。第2章は、本論文の背景をなすIa 型超新星の母天体の研究についての現状をまとめ、従来の研究の問題点を概観し、本研究の目的と意義について述べている。SD モデルに基づくと、超新星の爆発残骸が伴星に衝突することによって、衝撃波が発生し、爆発残骸を加熱する。この加熱によって、超新星の非常に初期の光度曲線が明るくなる。この衝撃波加熱による光度曲線の変化がKasen (2010) によってはじめて計算された。多くのIa 型超新星がこの加熱の兆候を示していないことから、Ia 型超新星の母天体としてはSD 型の連星系は少ないのではないかと推論されている。しかし、論文提出者は、Kasen が、爆発残骸中の輻射と物質が熱平衡にあるとして計算していることへの疑念を提出し、輻射と物質の熱平衡をはずした計算を行う必要があることを主張している。

第3 章では、超新星の爆発残骸が伴星に衝突し、さらに膨張して行く過程を追いかけるために、著者自らが独自に開発した数値流体力学の計算方法が詳しく述べられている。特に、超新星爆発残骸中の物質と輻射の相互作用については、熱平衡の仮定をはずし、輻射と流体の相互作用について、散乱吸収の過程を近似的に取り入れることで定式化を行っている。また、輻射流束については、流束制限法に基づいて、定式化を行っている。熱平衡の仮定をはずした計算を可能にするために、論文提出者は独自に数値計算コードを開発し、その各所において、様々な工夫をこらしている。それらは、最後の付章にまとめられているが、このような今までにない数値コードの開発それ自体高く評価される。

第4 章では、著者自ら開発した輻射流体力学コードを用いて計算した具体例について詳しく述べている。その結果は、Kasen の結果とは大きく異なり、ごく初期における衝撃波加熱による光度曲線の変化はあまり大きくなく、初期加熱の兆候が、観測された光度曲線に見られないからといって、SD モデルを簡単には棄却できないことが示される。また、輻射流体力学コードによって計算した爆発残骸の熱力学的状態からレイトレーシング法によって超新星のスペクトルを計算し、光度曲線の極大後から水素のバルマー線が吸収線として見えることを明らかにした。また、シリコン吸収線の膨張速度の変化が、超新星と伴星を見る位置関係が違うと異なることを示し、超新星のライトエコーが測定できれば、この変化が観測可能なことを指摘している。特に、ここで提案された極大後の水素吸収線が検出されれば、DD ではなくSD モデルであることが決定的になる。これらは、今までにない新しい結果、および視点であり、Ia 型超新星の母天体の正体を明らかにする上で、非常に大きな貢献と判断される。

第5 章は、4 章での結果をまとめている。

第6 章は付章で、著者が独自に開発した輻射流体力学コード、およびポストプロセスのレイトレーシング法によるスペクトルの計算方法の詳述である。

論文提出者は、Ia 型超新星の爆発残骸と伴星の衝突の結果生じる衝撃波加熱を熱平衡の仮定をはずして計算するための輻射流体力学コードを独自に開発し、先行研究とは大きく異なる新しい結果を導出した。また、ポストプロセスとして、レイトレーシング法により超新星のスペクトルを計算し、Ia 型超新星の母天体を見分けるための新しい観点を提案した。これらの結果はIa 型超新星の起源をめぐる研究を大きく進展させる画期的なものである。

以上を要するに、本論文は恒星進化天文学の分野において、新しい知見をもたらすとともに、新しい発展の可能性を開くものである。よって本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会は認める。

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