学位論文要旨



No 128963
著者(漢字) 鈴木,賢太
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンタ
標題(和) 電波銀河4C23.56周辺の高赤方偏移原始銀河団におけるダストに覆われた爆発的星形成銀河
標題(洋) Dusty Starburst Galaxies in the High Redshift Proto-cluster around the Radio Galaxy 4C 23.56
報告番号 128963
報告番号 甲28963
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5940号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 本原,顕太郎
 東京大学 教授 吉田,直紀
 東京大学 准教授 川良,公明
 東京大学 准教授 関本,裕太郎
 東北大学 教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

宇宙で最も高い星形成率(Star Formation Rates;SFRs)が見られる銀河種族はミリ波・サブミリ波帯で明るく検出されることからサブミリ波銀河(SubMillimeter GalaXies;SMGs)と呼ばれる。SMGsは~10(12-13)L⊙という高い遠赤外線光度(Far-Infrared Luminosity;LFIR)を持ち、多量のダストに覆われ、~10(2-3)M⊙yr(-1)にも達する極めて激しい爆発的星形成を行っていると考えられる。その極めて高いSFRsから、SMGsは銀河団環境で選択的に存在する巨大楕円銀河の祖先として有力な種族と考えられており、質量が10(11-12)M⊙になるような銀河団中の巨大楕円銀河はその形成初期段階においてSMGsに見られるような爆発的星形成を経験すると予想されている。しかしSMGsはダスト吸収とサブミリ波帯サーベイ観測の低分解能に起因する多波長同定および距離推定の難しさから、初期宇宙での高密度環境下、いわゆる原始銀河団領域に選択的に存在する種族であるかどうかは、未だ充分に明らかにされていない。

本研究では、既に独立な方法で原始銀河団領域と知られている領域においてミリ波サブミリ波帯観測によるSMGs探査および多波長高分解能観測を行い、銀河団に付随するSMGs、すなわちダストに覆われた激しい爆発的星形成銀河種族の存在や組成、星形成の性質を明らかにすることを試みる。観測対象として、すばる望遠鏡による狭帯域サーベイにより抽出された輝線銀河の高密度領域の中から、銀河団の現れ始める時期に相当するz>2の高密度領域として、z=2.48の電波銀河4C 23.56の周囲およそ2×2平方分の領域に広がるHα輝線天体(Hα Emitters;HAEs)の密度超過領域に着目した。本領域は一般領域に比べ5倍ものHAEsの密度超過がみられる領域で、それらのHAEsは~10(10-11)M⊙という大きい星質量、数100M⊙y(r-1)という高いSFRsを持つことが知られている。本領域は銀河形成を活発に行っている原始銀河団領域であることが明らかになっているが、この領域に、どの程度の数や明るさのサブミリ波銀河が存在し、それらがHAEsなどの銀河種族とどのような関係にあるかについては、これまで全く調べられていなかった。

こうした背景のもと、ASTE望遠鏡のAzTEC連続波カメラによる4C 23.56原始銀河団領域の1.1mm連続波撮像サーベイを行い、1.1mm選択のSMGs(以下、1.1mm源)の面分布を明らかにした(図1左)。この観測は高赤方偏移の電波銀河領域サーベイとしては最も広く深いものの一つであり(166平方分、1σ=0.6-0.9mJy)、電波銀河周囲における銀河団スケールでのダストに隠された銀河形成の分布を明らかにするという観点で新しく有用な情報をもたらす観測である。この領域において、S/N>3.5の基準で、43の1.1mm源が抽出された。抽出された1.1mm源のナンバーカウントを他のフィールドにおけるAzTECサーベイの結果と比較したところ、Lockman Hole,GOODS-S,ADF-S,SXDFのようなフィールドに比べて2倍程度の密度超過があり、GOODS-Nのような密度超過領域と同等の密度をもつことが分かった。特に電波銀河周辺のHAEs高密度領域においては、1.1mm源の分布が既知の明るいHAEs分布と相関していることが明らかになった(図1右)。ASTE1.1mmの分解能は30″と可視近赤外に比べて極端に悪く1.1mm源がどの天体に由来するものかはAzTECイメージのみからは不明であるが、面分布の相関から1.1mm源がこの原始銀河団のメンバー銀河由来である可能性が示唆される。

我々はさらに4C 23.56周囲に検出された1.1mm源に対してPlateau de Bure干渉計(PdBI)によるミリ波高分解能観測を行い、4C 23.56周囲の領域のミリ波源の対応天体を決定することに成功した。具体的には、4C 23.56周囲およそ5平方分の領域に存在する、HAEsに重なる4つのAzTEC1.1mm源(AzTEC1、8、10、27;図1右)に対するPdBI1.8mm連続波および分光観測を行った。その結果、4視野(合計0.7平方分)の中に8つの1.8mm連続波源がS/N>4で検出され、その内のAzTEC10、27に対応する4天体(PdB5、6、7、8)がHAEsと同定された(図2;AzTEC27の例)。さらにその内の2天体(PdB7,8)では輝線が見られ、Hα輝線との関係からそれがCO(5-4)輝線であることが分かった。一方でAzTEC1、AzTEC8に対応する4天体(PdB1、2、3、4)はHAEsと対応せず、さらに中間赤外から可視にかけて対応天体が見られないことから、4C23.56原始銀河団より更に遠方にある、背景のSMGsであると考えられる。

HAEsと同定された4天体のSMGsに関して、それらがどのような星形成モードにあるかを調べるため、CO輝線光度L'(CO)から、ガスから星への転換効率の指標となる星形成効率(Star Formation Efficiency;SFE≡LFIR/L'(CO))を推定すると、2天体は>80L⊙[Kkms-1pc2]-1の下限値が課された一方で、残りの2天体は15-20L⊙[K km s(-1)pc2](-1)という先の2天体よりも有意に低い値が見積もられた。SFEはSMGやクエーサーでは>100-L⊙[K km s(-1)pc2](-1)程度、円盤銀河では<100L⊙[K km s(-1)pc2](-1)程度と大まかに分かれるが、我々が検出した天体にはSFEがディスクモード星形成に近いものものとスターバーストモードに近いものの両方が存在することが本結果から見られ、爆発的星形成を起こしているものと比較的静穏なものが混在することが示される。さらにCO輝線が検出されたPdB7、8に対しては輝線から銀河組成に対して制限を行うことができる。CO輝線光度L'COからガス質量M(gas)を求め、星質量M*はKsバンド等級から換算することで推定を行い、バリオン質量におけるガスの割合M(gas)/(M(gas)+M*)を評価した。L'COおよびKsバンド等級の測定値および換算係数における不定性を考慮してM(gas)/(M(gas)+M*)を評価したところ、PdB7では0.04-0.40、PdB8では0.42-0.93とそれぞれ見積もられた。これらの見積もりから、PdB7は既に星形成を終えつつある銀河である一方、PdB8はバリオン質量のほとんどがまだ分子ガスの状態にある形成段階の銀河であると考えられる。同様の環境に存在する銀河においても形成段階が異なるという結果は、銀河進化に相互作用のような外的な作用が大きく寄与していることを示唆する。

我々は加えてHerschel宇宙望遠鏡による250/350/500μmの測光により、AzTEC 1.1mm源のダストSEDを決定し、ダスト温度をTdust=35Kと仮定した条件で赤方偏移z(dust)を推定した。全43天体のうち18天体の赤方偏移範囲は1.19<z(dust)<4.75であり、平均で<z(dust)>=2.56という赤方偏移分布を得た。この分布は過去のSMGサーベイサンプルのzの分布と整合する結果であり、また、AzTECによる1.1mm選択のサブミリ波銀河サーベイでは、Herschelのサブミリ波サーベイにもとづくサンプルに比べ、z>2の天体が選択的に検出されていることが分かる。推定されたzdustにもとづいてL(FIR)およびSFRsも推定することができ、それぞれ1.9-11×10(12)L⊙、220-1290M⊙yr-1となった。また干渉計観測を行ったAzTEC天体で同定されたミリ波源のうち、赤方偏移の不明なPdB1、2、3、4についてはSPIREの測光値から4C23.56原始銀河団の背後にあるz>3のSMGsである可能性が示唆された。HAEとの対応から赤方偏移の分かったPdB5、6、7、8に対しては、さらにT(dust)の制限を付けることができ、それをもとにLFIRおよびSFRsを推定することができた。このSFR推定値はHαやMIPSにもとづく推定に対し1/6~5倍程度という差をもっていたが、SPIRE-AzTEC測光にもとづく方法ではHαで問題となる減光量に依存しないことと、L(FIR)推定に大きく影響するT(dust)の不定性を制限できることから、より信頼性のあるSFR推定値であると考えられる。

ミリ波干渉計高分解能分光観測によって正確な赤方偏移の値を得たことにより、原始銀河団における位置および相対運動が明らかになった。PdB5については、典型的なSMGと同等の遠赤外光度および星形成率を持つ爆発的星形成銀河であることが分かったが、PdB6,7,8はHαでも見られたおよそ300kpc直径の領域に集中した星形成銀河のクランプのメンバーであり、CO輝線によるPdB7,8の相対速度はおよそ1200kms(-1)であることが明らかになった。また各々の星形成率は60-150M⊙yr(-1)と見積もられた。COの検出によって、このクランプは近傍のコンパクト銀河群と類似した構造であることが明らかになった。

以上の結果から、4C 23.56原始銀河団領域に付随するSMGsは、一般領域にみられるSMGsと比較して顕著な密度超過を示す一方で、それらの中ではSFEから見られる星形成モードはディスクに近いものものとスターバーストに近いものがあり、爆発的星形成を起こしているものと静穏的なものが混在しているということ、またCO輝線から組成比を求めたPdB7とPdB8に見られたように、同じ環境下における銀河においてもガスの割合M(gas)/(M(gas)+M*)がかなり異なるということが分かった。高密度環境下に存在するSMGsにおいても個々の進化段階や星形成モードには多様性があることが分かった。高密度環境下において、さまざまな進化段階や星形成モードの銀河が、HAE clumpに見られるような合体により集められることで、このような多様性が発現している可能性がある。

図1左:4C23.56原始銀河団領域におけるASTE10m望遠鏡AzTECカメラによる1.1mmS/Nマップ。166平方分の領域(1σ=0.6-0.9mJy)でS/N>3.5の1.1mm源を43天体検出した。右:電波銀河4C23.56の東側の領域~2×2平方分の範囲(左図中心の四角の領域に相当)に広がるHAEs(白丸)高密度領域におけるAzTEC1.1mm源(等高線)の分布。青い破線円はPdBIにより観測された視野。

図2AzTEC27の可視からミリ波の多波長イメージ。Suprime-Cam/Subaru B band、MOIRCS/Subaru Ks band、IRAC/Spitzer3.6/4.5/8.0μm三色合成、MIPS24μm、SPIRE/Herschel250/350/500μm三色合成、AzTEC 1.1mm。各イメージ上における緑の等高線はPdBI 1.8mmのS/N(S/N=3,4,5,..)、赤丸はHAEs、黄色の破線はPdBI主ビームの半値径(~28″)、白の等高線はAzTEC 1.1mmのS/N(S/N=3.5,4.5,5.5,..)をそれぞれ表す。

図3P4BI観測によって検出されたz=2.48の原始銀河団に付随する4つのミリ波源。およそ300kpcのスケールに複数のHAEcが集まった"HAEクランプ"の中において、3天体(PdB6,7,8)がミリ波で検出され、さらに内2天体(PdB:7,8)からCO輝線が検出された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、初期宇宙における形成中の銀河団であると考えられている電波銀河4C23.56の周囲にある赤方偏移z=2.48の原始銀河団をミリ波・サブミリ帯で観測し、それにより多量のダストに覆われた爆発的星形成銀河を多数検出するとともに、その性質を可視からミリ波までの多波長観測から詳細に調べることによって、銀河団形成についての新たな知見を示したものである。

本論文は8章から構成される。第1章はイントロダクションであり、銀河団環境においての銀河形成、これまでの高赤方偏移原始銀河団観測研究について得られた知見、サブミリ波観測の重要性とこれまでなされたサブミリ波銀河(Sub-Millimeter Galaxy : SMG)による銀河進化研究がまとめられている。

第2章は南米・チリにあるASTE望遠鏡に搭載されたミリ波ボロメータカメラAzTECにより、z=2.48にある電波銀河4C23.56周囲の星形成銀河(電離水素Hα輝線銀河 : HAE)密度超過領域を中心とした天域を1.1mm連続波で撮像観測をまとめたものである。これにより、166平方分に43個のSMGを検出した。とくに密度超過領域ではHAEの分布と良く相関していることが明らかになった。その数密度は、フラックスの明るい側でフィールドに比べ数倍の超過を示しており、原始銀河団で生じている爆発的星形成活動を捉えたものである。

第3章は前章で検出されたSMGのうちHAEと重なる4天体について、Plateau de Bure干渉計(PdBI)によりおこなった1.8mm帯分光観測をまとめたものである。この観測の空間分解能は3秒角であり、1.8mm連続波で8天体が検出され、そのうち4天体がHAEと同定されるとともに、内2天体についてはCO分子輝線も同時に検出されている。

第4章は電波銀河4C23.56領域の他波長データのまとめであり、すばる望遠鏡/SuprimeCamによる可視Bバンド、MOIRCSによる近赤外線Ksバンド、Spitzer宇宙望遠鏡による中間赤外線3.6/4.4/5.8/8.0/24μm、Herschel宇宙望遠鏡による遠赤外線250/350/500μmの撮像データとその詳細が述べられている。

第5章はここまでで得られた多波長データから、SMGの性質を調べたものである。赤方偏移が分かっていないSMGについては、ダスト温度を仮定することにより遠赤外線とミリ波のデータから赤方偏移を推定している。赤外線光度を推定した結果、太陽光度の1012~1013倍程度であり、星形成率に直すと300~2000太陽質量/年に相当する爆発的星形成を行っていることを示した。

第6章はCO分子輝線を用いて、原始銀河団に含まれるHAE2天体の分子ガス量を調べたものである。ガス量は変換係数に大きく依存するものの、2天体とも4~20×1010太陽質量程度であることが示された。分子ガスが銀河のバリオンに占める割合は少なくとも7~60%と大きなばらつきがあり、同じ原始銀河団内でも銀河進化ステージの様々な段階にあるものが存在することを示唆した。

第7章では以上の結果をまとめた議論を行なっている。1.1mmで検出されたSMGの星形成モードを探るため、分子ガス量の指標であるCO分子輝線強度と星形成率の指標である赤外線光度を比較し、半数は近傍の高光度赤外線銀河のような高い星形成効率を示すのに対し、半数は近傍の円盤銀河のように静穏な比較的低い星形成効率を持っていることを明らかにした。このことより、論文提出者は原始銀河団では大規模な星形成を行なっている爆発的星形成銀河が多数いる一方で、その進化段階や星形成のモードには様々な多様性があると主張している。

第8章は全体のまとめである。

以上、本論文ではミリ波・サブミリ波により遠方の原始銀河団の撮像観測を行い、銀河団形成期における爆発的星形成銀河の性質を明らかにしたものである。特に、(1)静止波長可視域でのHα輝線銀河(HAE)とSMGの対応を明らかにした初めての結果であり、(2)原始銀河団でSMGの数密度超過があることを示し、(3)SMGの進化段階や星形成モードに多様性があることを明らかにしたことは、今後の銀河団形成と進化の研究にも大きな影響を与える独創性の高い重要な成果である。

なお、本論文の第2章~第6章は河野孝太郎、田村陽一、五十嵐創、梅畑豪紀、廿日出文洋、川邊良平、中西康一郎、鍛冶澤賢、伊王野大介、大島泰、江澤元、Rob Ivison、田中壱、児玉忠恭、Grant W. Wilson、Min S. Yun、David H. Hughes、Itziar Aretxaga、Milagros Zeballos、Kimberly S. Scott との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、データ解析、及び科学的議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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